11-12 異種族の愚連隊
シュバルツ流、第2階梯。
剣聖には及ばないものの、それに匹敵する強さを示す階級である。
つまり、ネロ・カトラスの戦闘能力は高すぎた。
「なんてスピードの小娘だ! 本当に人間なのかい!」
悲鳴のように、ジョーが嘆きの声を漏らしてしまう。
メイド姿の、気怠そうなワイルドキャット。見た目は細身の少女だが、繰り出す銃剣の斬撃は、瞬く間にレジスタンスの前衛を壊滅させていく。奇襲攻撃により、制御室まで、あと1歩のところまでグレイン騎士団を押し込んでいたレジスタンスだったが、ネロの登場によって、その戦力は突入時の半分程度にまで減らされてしまった。数分もかからず、総崩れ状態である。
まさに、屍山血河。
赤色で模様替えしたかのように、血まみれと化した通路を見渡し、ネロは溜息を漏らした。
「はぁ~。よわ! こんな雑魚たちを狩るのに、わざわざあたしが出向いてくる必要あった? そのへんの上級魔導兵でも、あてがっておけば良かったんじゃね?」
横目で見られたシラヌイは、笑いもせずに答えた。
「あるっス。戦いはいつも、兵士たちの気合いのぶつかり合いッス。最初に圧倒的な戦力差を見せつけて、相手の気合いを挫き、勢いを殺すのは定石ッス。勝てないと確信させるだけの、恐怖を与える心理効果は、強烈なものっスよ」
「ふーん。恐怖ねえ」
「忘れないでくださいッス。私たちの仕事は、レジスタンスから制御室を守ることッス。この白石塔内で、これから起きる混乱から、カリフォルニア市民を逃がす退路を作るために、白石塔の転移門を解放して、下民たちをアークへ野放しにしようと目論んでいるのが連中ッス」
「白石塔内で起きる混乱……? あー。たしか、生物兵器テロとか、企業国王同士の殺し合いが起きるかも、とかだっけ? あと、アルテミア様は他にも色々やるみたいだったし。つまり、いっぱい下民が死ぬのがイヤだから、ここへ攻め入ってきてるわけ? はー、レジスタンスって、よくわかんない連中だわー。かったる」
レジスタンスたちの惨殺体が転がる通路を踏みしめ、ネロとシラヌイは、場違いなほどに緩い会話をしていた。歩み寄ってくる怪物同然の少女に恐れ戦き、レジスタンスの兵士たちは、すでにネロを見て震え上がっていた。
「ひぃっ! 殺されちまう!」
「あんな化け物女、どうにかできるわけねえ!」
シラヌイの狙いは成功していた。ネロという飛び抜けた強者が立ちはだかる状況は、恐怖を与えるのに、効果てきめんである。奇襲攻撃を始めた時の勢いは完全に失われ、レジスタンスの兵士たちは、及び腰になって、後退っている。
さっきまで虫の息であった、拠点防衛のグレイン騎士団勢力。
だが、ネロとシラヌイの助力によって、息を吹き返そうとしているのだ。
このままでは押し戻されてしまうだろう。
ジョーは戦況が劣勢に転じたことを確信し、舌打ちをする。
「恐怖を与えるとかさー。そんなの感じる前に、全員を始末しちゃえば、どうでも良いことなんじゃない?」
そう呟いて、再びネロは殺戮を始める。
目にも止まらぬ速度で、首を刎ねられ、あるいは胴を両断されていく仲間たち。その恐ろしい光景を目の当たりにしたレジスタンスの兵士たちは、たまらず震え上がっている。完全に撤退するタイミングを失ったことを悟り、後退もできないジョーは、ただ檄を飛ばすしかない。
「踏ん張りな! もうすぐ援軍がくる! それまで耐えるんだよ!」
「援軍って、どっから誰がやって来てくれるってんですか、ミスター・ジョー!」
「こんな化け物、止められる仲間なんか控えてるんです?!」
「……!」
答えられない。
言っているジョー自身にも、わからないことだからだ。
「死の騎士、雨宮ケイ……! このまま信用を裏切るんじゃないだろうね……!」
よく知りもしない少年から、そう聞かされているだけだと、この場で言えるだろうか。正直に言えば、仲間たちは一気に希望を失い、戦う意思も同時に失ってしまうだろう。そうなれば戦線の維持は不可能だ。ジョーは悔しげに歯噛みして、黙り込むしかなかった。
暴れ回るネロをめがけて、ショットガンを撃つ。
だが、やはりそんなものは掠りもしない。
銃弾より早く動く相手に対して、銃など無意味。
しかし、レジスタンスの武器は全て、その無意味な銃なのだ。
つまりジョーたちの抵抗は、ネロの前では、全てが無力でしかなかった。
「銃じゃ、時間稼ぎにもなりゃしないってのかい……!」
「へー。見たとこ、そこの婆さんがレジスタンスのリーダーってとこー?」
「!」
ネロは、ジョーの存在に気が付いた様子だった。
ペロリと唇を舐めて、ほくそ笑む。
「ならさー。あんたが死ねば、この面倒な戦いが終わってくれるわけ?」
ネロは方向転換し、一気にジョーへ駆け寄ってくる。
狙いをジョーに定め、銃剣を大きく振りかぶった。
「速攻で死んでよ――――」
冷たく言い放つネロ。ジョーの頭上から振り下ろされる刃は、たやすく体を左右へ両断するはずだった。咄嗟に死を覚悟したジョーだったが――――結果、そうはならない。
「はあっ?! なに!? 重っ!」
ネロの手にした銃剣は、振り下ろす直前、いきなり重くなったように感じられた。刃は、ジョーを両断する軌道を外れ、深々と地面へ突き刺さる。急激に重量が変わった自分の得物を、怪訝に見下ろすネロだったが、すぐに気が付いた。
「これってもしかして、この前の根暗ちゃんが使ってた、重力魔術……!?」
「根暗って言わないでくださいいぃ!! リンネって名前なんですぅぅ!」
怨嗟のように嘆く声が、ジョーの後方から聞こえた。
レジスタンスが攻め入ってきた方角。ジョーたちが駆け抜けた通路を、遅れて2人の少女が駆けてくる。ネロが予想した通り、1人は根暗少女。重力魔術の使い手、リンネだ。息を切らせて走りながら、ネロの方に手を掲げ、必死に魔術を発現させた様子である。ネロの周囲の重力を大きくして、ネロの行動速度を低下させる領域を展開しているのだ。
「また、この動きにくくさせる能力低下……! めんどくさ!」
それは以前、トラヴァース機関の秘密研究所で交戦した時と同様、頭上からネロの体を押し潰そうとする重圧を感じさせられた。リンネは、ネロと同系統の、力場魔術の使い手である。重力デバフにより、ネロの身体能力は著しく低下させられてしまった。
「――――おや、撃ち頃だね」
一気に行動速度が遅くなったネロの隙を見逃さず、ジョーがショットガンで、追撃の一発を撃ち込もうと動きを見せていた。ネロは焦った。
「やばっ!」
やむなく、ベクトルを制御する自身の魔術を使う。そうして自分の身体を、ロケットのように虚空へ投げ出して移動することにした。ジョーの銃弾は虚しく空を過ぎただけだった。ネロは大きく後退して、レジスタンスの戦列と距離を空けて対峙した。
「フヒィ……フヒィ……! ここまで階段を上ってくるの……息が切れました……!」
肩で息をしながら、リンネはジョーの傍まで辿り着いた。
リンネの隣には、同じように息を切らせている赤髪の少女も同行していた。
2人とも、なるべく大急ぎで駆けてきたことが覗えた。
ゼエゼエと、苦しそうに呼吸をしている。
「ハア……ハア……! か、かなり危ないところだったけど、ギリギリ間に合った!? レジスタンスの人たち、まだ生き残ってるわよね!?」
青ざめた表情でジョーへ尋ねてきたのは、ジェシカである。
その顔を遠目に見るなり、ネロはイヤそうな顔をした。
「げえ……。エリーゼ様と一緒にいた、やたら高火力な魔術を使う小っこい魔人じゃん。根暗ちゃんといい、なんで2人とも、また出てくんのさ」
血みどろの通路の悲惨さにドン引きしながら、ネロに気付いたジェシカが言った。
「そこのアンタ! 秘密研究所を守ってた不良メイドじゃない! こんなところでレジスタンスの邪魔してるとか、なによ、前の職場はクビになって左遷されたってとこ? ざまあないわね!」
「相変わらず、口が悪っ……! あんたたちを取り逃したせいで、あの後、色々と叱られて大変だったのに! なんでまた、こんなとこで遭遇するわけよ! ほんと、ついてねー……」
ジェシカに拒否反応を示しているネロは、顔をしかめて、イヤなことを様々に思い出している様子である。雨宮ケイを救出されてしまったことで、研究所の警備担当だったネロは、だいぶ絞られたのだろう。その原因の一因でもあるジェシカの顔など、見たくもないのだ。
ネロの猛攻が止まったところで、ジョーはショットガンに弾を込めなおす。魔術を使える味方が現れたことで、レジスタンスの兵士たちも、少し希望を持てたのだろう。それぞれがリロードをして、再攻撃のために体勢を立て直そうとしていた。
ジョーは、敵陣のネロを睨み付けたまま、ジェシカへ尋ねてきた。
「それで? 死の騎士がよこすと言っていた“援軍”ってのは、まさかあんたたち、小娘2人かい」
「上級魔導兵クラスが1人と、この私、超天才の魔導兵が助っ人に駆けつけてきてんのよ。不満あるわけ?」
「フン。来るのが遅すぎるんだよ。あんたたちが来るまでの間、いったい何人が死んだと思ってる。こっちは、あのおかしなメイドに、戦列を崩されちまった。ここでもう一度、押し込めなきゃ、制御室を奪うには人員が足りなくなっちまうよ」
「わ、悪かったわよ! でもそっちだって、いつどうやって攻撃するのか知らせないまま作戦を始めちゃうし! 今日まで潜伏してて連絡も取れないし! こっちが出遅れても仕方ないじゃない!」
「別れる前に、攻撃目標だけは伝えてただろ。素人じゃなきゃ、朝方の奇襲だとわかるはずさね。援軍を名乗りたいなら、こっちが全滅する前に助力を頼みたいもんだ」
「ぐぬぬ……!」
ジョーの悪態と、ジェシカの悪態がぶつかり合う。互いに口と態度が悪い者同士、若干のいがみ合いになりそうだったが、敢えてそれは我慢する。今は揉めている場合ではないのだ。
「……!」
ジョーは致命的なことに気が付いた。
その場の誰もが、縦横無尽に暴れ回るネロに気を取られていた。だが、それに隠れて、いつの間にかシラヌイの姿がなくなっている。慌てて仲間を振り向き、警告を発した。
「まずいよ! 敵を1人見失った! どこにいっ――――なっ!」
すでに、ジェシカの背後に立っていた。
「――――雷火の魔女には、速攻で退場願うッスよ」
「えっ!?」
忍者のような見た目通りの素早さであり、存在感の無さで裏取りをされていた。いきなり後ろから耳元で囁かれ、ジェシカは背筋を凍らせる。忍び寄っていたシラヌイは、ジェシカの首筋に、ナイフの刃を押し当てていた。力を込めれば、容易く細い首は斬り裂かれるだろう。
「ヤバ――――」
反応が間に合わない。
いきなり絶対絶命の危機である。
「!?」
ジェシカを殺そうとしたシラヌイだったが、何かから逃れるようにして、咄嗟にジェシカの背後から離れた。なぜ、シラヌイがそうしたのかは、直後にわかった。
――――無数の光の矢が、床材を貫き飛び出してくる。
矢は、今しがたまでシラヌイが立っていた空間を射貫く軌道だった。下から上へ。天井に刺さって、砂のように解けて消えて行く。誰かが下の階から、壁越しにシラヌイを攻撃したのだ。その光の矢を放った者の名に、ジェシカはすぐに思い至る。
「リーゼ!」
足下の床が割れ、風穴が開く。軽鎧にフードローブを羽織った機人の少女が、そこから飛び出し、ジェシカの隣へ並び立った。ジェシカを狙っているシラヌイを威嚇するように、大弓を構えた。
「久しぶりだね、ジェシカ」
リーゼ・ベレッタは、微笑みを交えて言う。
2年間、顔を合わせることのなかった親友だ。
その顔を見ただけで、ジェシカは嬉しくて、泣き出しそうになってしまう。
「本当に、来てくれたのね!」
「もちろんだよ。連絡もらって、すごく嬉しかったんだよ」
「アデルの式の警備が優先だから。レジスタンスの手助けをして欲しいなんて、こんな無茶なお願い、聞いてもらえないと思ってた。でも……来てくれたんだ!」
「ケイの作戦を、信じただけだよ。それにジェシカとは……ケイのことで、ケンカ別れみたいになっちゃってたから。こうして、また会いたいって、ずっと思ってた」
リーゼは申し訳なそうに、俯き加減で続けた。
「……ごめんね。2年間ずっと、何の力にもなってあげられなかった。たった1人でジェシカが頑張ってたこと、知ってたんだよ。それで、ついにケイを見つけたなんて……本当にすごいよ」
「謝るのはアタシの方よ。アンタとアデルは、王国を離れられない事情があったんだもん。それがわかってたのに……アタシだって酷いことを言った。ずっと後悔してたんだよ。……ごめんなさい」
「ジェシカ……」
リーゼは決意を秘めた目で、シラヌイと対峙して言った。
「私は、この2年間、ずっと見ているだけだった。アデルのことも。ジェシカのことも。ケイのことも。友達が困って苦しんでいるのに、何もしてこなかった。そんなふうにしているべきじゃなかったのに……。だから今日、私は友達のために戦う。王国騎士じゃなく、1人の個人として」
「――――おいおい、俺のことも忘れてんじゃねえぜ?」
リーゼが開けた床の穴から、遅れて男が這い出てきた。
黒毛の人狼血族。獣人用の重鎧をまとっていた。昔よりも大人びた顔つきの仲間を見るなり、ジェシカは驚いた。
「うそ! ジェイドもきたの!?」
「たりめーだろ。リーゼから、こんな面白そうなケンカの誘いを受けて、断るかっつの。俺たちも混ぜろって」
ジェイドに遅れ、床下から次々と人狼血族の軍勢が這い出してくる。いずれも重鎧に身を包み、獣人用の大型近接武器で武装した兵士たちだ。それはジェイド特任大佐が率いる、アルトローゼ王国の精鋭小隊である。
「全部、リーゼから話を聞かせてもらったぜ。ここ何ヶ月も、王宮の動きが変だとは思ってたが、まさか……俺たちの王国の乗っ取り計画が進行中だったとは、舐められたもんだぜ。つーかリーゼも、もっと早く教えろっての」
「ごめんなさい。けど、今までは剣聖の監視が厳しくて、下手なことができなかったんだよ。ケイたちが剣聖を捕まえてくれたおかげで、ようやく自由が利くようになったの」
「はん。アマミヤの野郎。生きていたかと思えば、挨拶もなし。んでもって、いきなり剣聖をしばいてるとは、相変わらず、色々とぶっ飛んでる野郎だぜ」
ジェイドとその配下の部隊は、当然のように、ジェシカの前衛を守るように立った。
そうして、通路向こうに立ちはだかるネロと対峙する。
「あの女の得物を見るに、接近戦スタイルだな。お前、前衛は苦手だろ? なら後方から魔術の支援を頼む。前は俺たちに任せておきな、ジェシカ」
「ジェイド……!」
「へへ。もうチビって呼べないくらいには、2年前より、女っぽくなったじゃねえかよ」
ジェイドはそう言って、ネロを睨んで警告した。
「おい。グレイン企業国のクソ帝国人共。うちの姫さんと、俺のダチが、テメエ等にずいぶんと世話になってたらしいな?」
「ワラワラと湧いてきて。何なのよ、あんたたち。レジスタンスの増援ってとこ?」
「ああ? そんなチンケなもんじゃねえよ」
「じゃあ、それ以外の何だってのよ」
バキバキと腕を鳴らしながら、ジェイドの眼差しは、怒りで血走っていた。
「グレイン騎士団、ぶっ殺し愚連隊だっての」
11-9が説明不足だったので、少し加筆しました。