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11-3 人類救済



 よく晴れた、快晴の日の空。

 絵の具で塗られたように青い海が、海岸へ穏やかに押し寄せてきていた。

 砂浜には、波を捉まえにきた若者たちが、サーフボードを小脇に抱えて歩いている。


 海辺のレストランの客席で、トウゴは打ち寄せる波を眺めていた。パラソル付きの簡素なテーブル席。そこに置いたビール瓶は、もうぬるくなってしまっている。オーシャンビューと向き合いながら、その実、見ているのは海ではなかった。視界の中央には、AIV(アイブ)が見せるホログラムの、テレビ映像が浮かんでいる。


 四条院アキラと、アデル・アルトローゼの結婚式――――。


 知覚制限を受けているカリフォルニア白石塔(タワー)の人々は、今日がその、特別な1日であることに気付いてさえいない。トウゴは無知の人々の中に紛れ、密かに中継映像で式の様子を確認しているところだった。若い新夫婦を乗せた車がパレードをする様子は、とても華々しい演出をされている。晴れ舞台であるというのに、映し出されたアデルの表情には、笑顔がなかった。その理由なら、アデルに近しい関係であるトウゴからすれば、容易に想像がついた。


「とうとうアデルの、“望まぬ結婚式”が始まっちまったわけかよ。……どう出るつもりだ、雨宮?」


 独り言として呟く。

 この場に後輩はいないのだから、その言葉に返事などあるはずもない。

 それでもトウゴは、後輩がどう答えるのか、予想が付いた。


「聞くまでもねえか。俺たちみたいな馬鹿が考えることなんて、そりゃあ、馬鹿なことに決まってるよな」


 ぬるくなったビールを飲み干し、代金と共に、空瓶をテーブへ置く。椅子にかけておいたジャケットを羽織り、静かに席を立った。そうして、どこからどう見ても、危険があるとは思えない、平和な雰囲気のビーチを歩き始める。


「さて。困ってる後輩たちを手伝ってやりたいところだが、その前にこっちは、こっちのやるべきことを済ましておかねえとな」


 ミリタリージャケットに、カーゴパンツ。日差しのある砂浜を歩くにしては、トウゴの格好は、少し暑苦しかった。だが、人目に付かないよう、武器や道具を密かに持ち歩くためには、薄着では都合が悪い。暑いのは我慢しながら、トウゴは海沿いの砂浜を進んでいった。


 目指すのは、行く手に見えてきている“異形の大塊”だ。海沿いということもあり、砂浜には視界を(さえぎ)るような高層建造物は建っていない。開けた視界の遠く向こうに、トウゴは異様なものを見ている。


「……結婚式当日。その会場のオレンジ郡、ラグナビーチ付近。ミズキの居場所を聞いた時に、アレイスターの野郎が言ってやがったのは、どう見たって“アレ”のことだよな?」


 それは遠目に、“漆黒(しっこく)の大樹”に見えた。


 表面は、一切の光を反射していない。それ故に光沢を持たず、まるで空間を切り抜いて作られた、影絵のようなシルエットだ。だが近づくに連れて、それが絵ではなく、立体物であることがわかってくる。砂浜の真ん中に生えた大きな樹木だ。それが実際、ミズキと関係しているのかは不明だったが、見るからに怪しいものがあるとすれば、周囲にはそれしか見当たらない。近づく前に、レストランで一般客を装い、今まで遠目に観察しつつ、見回りの敵などがいないかも確認していたのだ。


「知覚制限されてる、カリフォルニア白石塔(タワー)の連中は気付いてないってか。相変わらず、下民は盲目の子羊ってやつだな。俺も昔はこうだったのかと思うと、寒気がするぜ」


 ビーチの客たちは、樹の存在に気が付いていない様子だった。

 つまり少なくとも、普通に成長して、昔からあった植物というわけではないだろう。

 だとしたら、間違いなくこの場に存在し得ない“異物”だ。


「俺が聞いたのは、たしか“ミズキの居場所”のはずなんだがな……。アレイスターの野郎め。あの樹は、いったい何だ?」


「――――間もなく、わかることだよ」


「……!」


 独り言に、予期せず返事があった。

 トウゴは驚き、反射的に(ふところ)のハンドガンを手にする。

 身をかがめて警戒しながら、すばやく周囲に視線を配った。


 見つけたのは、見知った面影だった。


「兄貴……?」


 峰御ユウト。カールたちと一緒にレジスタンスの元を去り、その後、何日か会えていない兄弟だ。いつも酒臭い、女ったらしのヘラヘラした兄の表情は、真剣である。このビーチで、いきなり再会することになるとは思っていなかった。


 だがトウゴは、手にしたハンドガンを放さない。

 その正体を、すぐに見破った。


「いいや。お前は47号だな」


「……」


 否定せず、ユウトは沈黙している。

 それを肯定と見なし、トウゴは、相対者がドッペルゲンガーであることを確信する。


 峰御ユウトの姿をした、知性を持った異常存在(ヘテロ)

 ミズキを誘拐した怪人、47号だ。


 周囲をよく見れば、一見して一般人のような姿をしているが、47号の仲間と思われる者達の姿が、チラホラと見かけられた。いずれもその場で足を止め、トウゴの周りを取り囲むような位置取りで、動きを止めている。薄気味悪いニヤニヤした笑みを浮かべて、沈黙していた。おそらく、トウゴが初めて遭遇した、浦谷と呼ばれる人型の異常存在(ヘテロ)と同タイプだろう。


「帝国製の、人型異常存在(ヘテロ)も味方にいたってか? 知らない間に、すっかり包囲されちまってたぜ」


峰御(みねお)トウゴ。アレイスター殿から、来るだろうと聞いていた。てっきり仲間を連れてくるものだと考えていたが、まさか単独で乗り込んでくるとは。それとも、仲間はどこかに潜伏していて、我々を攻撃する機会でも狙っているのか?」


 47号は、カールやユウト、篠川たちのことを気にしている様子だった。トウゴが1人でやって来ているとは、思っていない様子だ。どこかに伏兵として潜んでいるのだと考えているのだろう。すぐにトウゴを襲ってこない理由は、それを警戒してだろう。トウゴが何かしらの罠を仕掛けていると思われているのだ。


 そう信じ込ませ、警戒させておいた方が、この場では都合が良さそうだ。

 トウゴは47号の見解を否定せず、便乗する。


「……だとしたら、どうするよ」


「どうもしない。我々の目的は、すでに果たされているのだから」


 トウゴの挑発を気にした様子もなく、47号は抑揚(よくよう)のない声で、淡々(たんたん)と答えた。予想に反し、熱意のない返事をされ、トウゴは怪訝に思う。


「目的を果たしたから、後はどうなっても良いって言ってるように聞こえるが? そりゃあ、どういう意味だ」


「見ての通り、救済兵器(メシア・ウイルス)は完成した。私と、私の仲間が製造された理由は、ウイルス完成までの間、その計画遂行を秘密裏に遂行することにあった。我々は、存在する理由を全うすることができたのだ。この後、(あるじ)が我々に、新たな生存理由を与えるのか、廃棄するつもりなのかは聞いていない。だが、与えられた仕事は完遂した。それを誇りに思っている」


 見ての通りとは……。


 47号は、背後の黒い大樹に視線を向けている。


「ハッ。そりゃあ、異常存在(ヘテロ)どもが“早期退職(アーリー・リタイア)”するって言ってんのか? お前等は定年を迎えたジジイかよ。仕事が終わったから死んでも良いなんて、(むな)しい生き方してんな」


「君たちヒトの中にも、神を信仰し、神から与えられた使命のために生きることを目的とする者がいるはずだ。信仰者と呼ぶのか? 我々もそれと類似している。造物主から与えられた使命のために生きる。ヒトと我々には、共通した価値観があると思う」


「……会話ができる化け物ってのは厄介だな。まさか、害獣も同然の異常存在(ヘテロ)野郎に、生き方を語られる日がくるなんざ、思ってもなかったぜ」


「我々の(あるじ)、バフェルト様は聡明な方だ。アレイスター殿をアルトローゼ王宮の内偵(ないてい)に使い、情報を集めた。裏で動いていた四条院や、シエルバーン、グレインの出方もわかった上で、式に(のぞ)まれている。我々が成したこの仕事が、あの方の“切り札”となるからだ。君に皮肉されようが、我々はそのことを光栄に思っているよ」


 トウゴの嫌味など、意に介してなどいない。47号や、仲間の異常存在(ヘテロ)たちは、成し遂げた者が見せる、満足げな顔をしていた。それを見て、トウゴは苛立った。


「ぶっちゃけ。お前等の仕事のやりがいだとか、人生哲学なんて、俺にはどうでも良いんだよ。こっちの邪魔するつもりがなく、引っ込んでてくれるってんなら、願ったり叶ったりだ。俺の要望は、ただ1つ」


 懐から銃を取り出して、それを47号に向けて脅す。


「――――ミズキを返しやがれ」


「……」


 怒りさえ込めたトウゴの鋭い眼差し。

 それを受け止めながら、47号は口を開いた。


「断る」


「はあ?」


「君たちが我々を傷つける、あるいは破壊することを(とが)めるつもりはない。だが、妻川(さいかわ)ミズキは、我々が成し遂げた仕事の集大成だ。奪還されるわけにはいかない。それは我々の存在した証を、否定されることと同義だからだ」


 さっきから47号の態度がおかしいことに気が付いていた。


 トウゴを、黒い樹へ近づけないようにしている。

 背後の黒い樹を、誇らしげに見やっている。

 自分たちの仕事の成果。妻川ミズキ。


「おい…………まさか、冗談じゃねえぞ。お前、“あの樹がミズキだ”って言ってんじゃねえだろうな……!」


 そうした細々した情報が、トウゴの頭の中で繋ぎ合わさり、最悪の予感をさせる。

 近くのヤシの木の陰から、フラリと、新たな人影が姿を見せた。

 その男は、トウゴへ歩み寄って話しかけてくる。


「ようするにだ。47号くんたちは、君をミズキちゃんへ近づけさせるわけにはいかないって言ってんの、峰御(みねお)少年?」


 黒髪、無精髭の人物だ。帝国騎士団とは異なるデザインの、甲冑のようなボディアーマ姿である。その装備には、アルトローゼ王国の紋章が描かれている。その顔を、トウゴは知っていた。東京解放戦の時に、自分を、警視庁の牢獄から救いに来てくれた恩人である。


「……カールの調べじゃ、アレイスターの野郎は、アンタの子飼いだって話だった。バフェルトの目論見とは、無関係であって欲しいと思ってたんだぜ、オッサン」


 トウゴは、忌々しそうに舌打ちをする。


「アルトローゼ王国騎士団団長、()()()()


 名を呼ばれた男。レイヴンは、気が進まなさそうな苦々しい表情をしていた。


「こんなところにまでやって来るとは、まいったね。雨宮少年の友人をどうこうしたくはなかったんだけど……知られすぎたってヤツかな」





次話の更新は月曜日です。

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