10-76 雨宮ケイ
カリフォルニア州、サンフランシスコ。西海岸でも有数の大都市の一画に、人々が立ち寄らない“知覚不可領域”は存在する。白石塔で暮らす下民たちには、知覚できないビルディングが建ち並ぶ区画であり、グレイン騎士団が駐屯地として利用していた。
防衛総本部の司令室には、多くの情報官たちが24時間体制で常駐しており、数え切れないホログラムに表示される、数え切れない情報を分析し、州内へ展開する各部隊への指令を発している。その中央に鎮座するのは、新任の若い防衛総司令。クリス・レインバラードだ。
先程からクリスは、険しい表情でAIV通信を行っていた。数刻前に、企業国王から直接に指示された“最優先作戦”の対応に追われているためである。
「本部から、イーグル。報告が止まっているぞ。現場の状況はどうなっている」
情報官が繋いだ通信に、クリスは呼びかける。
すると、応答したのは実の弟、アーサー・レインバラードの声だ。
『イーグルから本部。刑務所から脱走した峰御トウゴを発見。サンノゼの自動車工場に、仲間のレジスタンス42名と立てこもっています。すでにグレイン騎士団による包囲網は完成。前回の港倉庫のように、転移装置を使った逃走に備え、今回は稼働妨害システムを持ち込んでいます。逃げ場はありません。今から剣聖が、前線に入ります』
「本部、了解。映像回線を共有しろ」
『イーグル、了解』
クリスの視界に、アーサーの指揮する部隊が送信してくる、現場のリアルタイム映像が表示された。報告を受けた通り、騎士団は現場に展開を終えている。レジスタンスは完全に包囲されていて、クリスの目から見ても、逃走することは不可能に見える状況だった。もはや“詰み”である。
どう考えても、仕事は順調に進行している。懸念があるとすれば、峰御トウゴの抹殺作戦を、他の作戦よりも優先しなければならない理由が、不明なことだ。
「……」
たしかにテロリストが脱走したことは、由々しき事態ではある。だが、峰御トウゴはあくまで、テロリストの1人でしかない。防衛総本部は、他にも多くのテロへの対処を行っていて、峰御トウゴだけに対処しているわけではないのだ。それに、最も奇妙な点は、そこではない。
クリスは、不可解な思いで呟く。
「指名手配されていた剣聖が発見されたかと思えば、急にそれを援護しろときている。そもそも俺は、その剣聖を倒すための戦力として、このカリフォルニアの防衛総司令に任命されたはずじゃなかったのか……? アルテミア様から直々のご命令とは言え、これには……いったいどういう意味がある」
アルテミア・グレイン。
過去に数度だけ、謁見したことがある。見た目で言えば、クリスよりも年下の少女であり、若い王だった。少し話しただけで、ただならぬ才覚を持った切れ者であることは感じ取れた。あの少女が、ただの気まぐれでこのような命令をしてくるとは思えない。何か裏があるのは間違いないだろう。だが、指名手配犯に協力をしろという命令には、さすがに戸惑いを禁じ得なかった。
クリスが思考を巡らせる間に、現場の状況が変わっていく。
白石塔製の旧式な銃器を使っているとは言え、レジスタンスはなかなかに奮闘して抵抗をしていた。それを見かねたのだろう、剣聖が前線に歩み入ったのだ。見る見る間に敵は斬り伏せられ、血しぶきと共に数を減らしていく。容易に予想がついていた結末である。
「案の定、一方的だ。峰御トウゴの魔眼ごときで、あの剣聖に勝てるわけがない。初めから、グレイン騎士団が援護する意味さえ必要なかったかもな。サイラス・シュバルツなら、1人でどうにかできる」
溜息を漏らした。
「こうなる結果など、わかりきっていたと言うのに……。アルテミア様は、なぜ俺に剣聖の援護を命じた。わざわざこの虐殺を、俺に見せたかったのか?」
疑問がつきない。
手斧を持った峰御トウゴが、魔眼の力を使って、剣聖に斬りかかっている姿が見受けられた。だが軽くあしらわれ、反撃に遭って吹き飛ばされている。そのまま畳みかけられ、レジスタンスの仲間の不意打ちも失敗し、すぐさまトドメを刺される寸前に追い込まれてしまった。
「終わりだな」
作戦の終了を確信する。
剣聖の前に跪いた敵が、そこから逃れられる可能性などゼロだ。
峰御トウゴは数秒後に、間違いなく殺されていることだろう。クリス以外の情報官たちも、映像を見ている全員が、疑うこともない結末を予感していたのだ。
「!?」
だが、その後に起きたことは、誰もの予想を超えていた。
◇◇◇
アーサー・レインバラードは、自分の目を疑っていた。
「バカな! あれは、トラヴァース……なのか!?」
剣聖が峰御トウゴに振り下ろした刀を、割り込んできた少年が受け止め、破壊して見せた。これまで無敵にしか見えなかった剣聖が、初めて驚いた顔を見せ、思わず後退しているではないか。しかも剣聖を怯ませた人物は、どう見ても、アーサーが知っている学友の顔にしか見えなかったのだ。
観戦していたグレインの騎士たちが、唖然とした顔で呟くのが聞こえる。
「剣聖、サイラス・シュバルツの刀が……“折られた”だと……?」
「あの強さだぞ? 受け止めることだって、無理のはずだろ……!?」
部下である騎士たちに、どよめきが生じている。
困惑。畏怖。アーサーを含め、騎士団の全員が戸惑い始めていた。
そんな中、本部の防衛総司令が、AIVを通じて問いかけてくる。
『何が起きている、イーグル! トラヴァースとは、何のことだ?!』
「兄上……くっ!」
アーサーは歯噛みする。
どう報告すれば良いのか、迷ったからだ。
「アーサー様!」
副官の騎士が、念押しするように警告してきた。
「ターゲットが、峰御トウゴ以外にもいること。つまりケイン・トラヴァースについては、本部に報告せず、秘密裏に剣聖の手で抹殺させよとの、アルテミア様のご命令でした」
「言われずともわかっている……! 兄上には報告しない! だが……ああして本人が姿を現してしまったんだぞ……!」
状況は、企業国王の指示を外れてしまった。
どう取り繕えば良いのか、アーサーは口を噤むしかなかった。
◇◇◇
最強の騎士が放つ、容赦のない一刀。一振りが大気を震わせ、生じた風が圧を伴って、津波のように周囲の空間を叩きつける。すでに人間の域を超えている、荒々しい剣聖の一撃を、雨宮ケイは手にした剣で、難なく受け止めて見せる。
刃と刃が衝突し、金属がぶつかる甲高い音と共に、火花が散る。
――――だが、手応えだけがない。
異様な感触を手に感じながら、剣聖は思わず笑みを浮かべた。
「……使えるようになったね、“静剣”を」
攻撃の力を受け流す星気術。それは、自身が使っている剣技と、同門の剣技で間違いなかった。この2年間、ケイン・トラヴァースとして学んだ技術は、しっかりと雨宮ケイに受け継がれているのだろう。それが証明されたことで、ますます剣聖の戦意は高ぶる。
「試させてもらう」
言うなり、剣聖は嵐のような連撃を繰り出してきた。トウゴの時間加速に匹敵する行動速度は、もはや常人の目で追うことは敵わない。数瞬のうちに、数十の斬撃を浴びせかけられたケイだったが、信じられないことに、その全ての攻撃に対応して見せ、静剣で受け流す。傍から見れば、2人の間には火花と音だけが生じているようにしか見えない。その手足の挙動は残像を生じさせ、陽炎のように揺らいでいる。刃がぶつかるたびに、周囲には衝撃波が叩きつけられた。
剣聖と肩を並べられる戦士など、この世に存在しないと考えられていた。相対したが最後、敗北が約束される強者なのだ。だが、それなのに。目の前で繰り広げている戦いは、五分五分に見える。観戦する騎士たちも、レジスタンスも、その場の誰もが、信じられないものを見る目付きだ。
「信じられない小僧だ……相手は、あのサイラス・シュバルツなんだよ?」
固い唾を飲み下し、ようやくミスター・ジョーは言葉を発する。
「魔術を使えず、身体能力と剣技のみで、並み居る上級魔導兵たちを押しのけて。そうして帝国最強の騎士とうたわれるようになった、生ける伝説の男が相手なんだ。なのに、あの小僧は、それと真っ向から勝負できてるってのかい……!」
愕然としながら呟くジョーへ、トウゴは皮肉な笑みを見せる。
剣聖に刺された肩を、リンネに応急処置してもらいながら、同意した。
「みてえだな。俺だって、実際にこの目で見ても信じられねえ光景だぜ。あいつら、物理法則も、何もかんも無視してるとしか思えねえわ」
「まさか……あの抜け殻だった小僧が。本当に、噂に聞く、企業国王殺しの“死の騎士”だってのかい。てっきり、あんたたちのホラ話だとばかり思っていたよ」
「ようやく信じたか? あれが、とびきり非常識な俺の後輩だよ。名前は雨宮ケイだ、よろしくな」
トウゴたちや、レジスタンスのみならず、グレインの騎士たちも反応は同じだった。困惑した表情には、それまで絶対優位と信じて疑わなかった、剣聖に対する不安が垣間見えている。
「サイラス様と、まともに斬り結んでいるのかよ?! なんてガキだ!」
「す……すさまじい……! これが人間同士の戦いだと言うのか!?」
「剣聖と正面からぶつかれるテロリストだなんて……」
「サイラス様は、負けたりしないんだよな……?」
どよめいている部下たちを尻目に、アーサーも、脂汗を眉間に滲ませて呟く。
「私は、夢でも見ているのか……! 田舎貴族の出で、あの劣等生でしかなかったトラヴァースが、サイラス様と対等に戦っているなんて……?!」
自分の力では、とてもついていけない異次元の戦い。
それを見せつけられたアーサーは、悔しそうに握りこぶしを作った。
「――――以前に戦った時から、見違えたよ」
剣聖は心底から感心していた。ひとしきりケイに浴びせかけた連撃の全てが、完璧に凌がれてしまったことを確認し、思わず不敵な笑みを浮かべて見せる。それは普段から見せている、静かで穏やかな笑みとは程遠い。まるで好敵手を見つけて歓喜する、一匹の獣の高揚である。
2人は間合いを開け、攻撃の手を中断する。
「私の攻撃に耐えきって見せるとは……素晴らしい! もはや剣術の素人と、バカにすることもできないな。動きに無駄がなくなり、挙動は恐ろしいまでに鋭く尖っている。師匠が良かったのか。私が想像していた以上に、君は遙かに強く成長してくれたようだ。シュバルツ流に当てはめて言えば、今の君の実力なら、確実に“第2階梯”以上だ」
「……」
ケイは何を考えているのか、黙ったまま戦い続けている。
ただ、冷ややかな視線を、剣聖へ送り続けるだけだ。
対峙する2人は、互いに息さえ切らしていなかった。激しい斬撃の応酬が続いた直後だというのに、まるでそれまでが、準備運動であったかのような、余力さえ感じさせて向かい合う。
「どうやら君を相手に、もう遠慮はいらないらしい」
剣聖は笑みを消す。これまでに見せていた穏やかさを、完全に掻き消した。今はまるで、獰猛な獣のように、眼差しを尖らせている。常人であれば、睨み付けられただけでも、気をおかしくしてしまいそうなほどのプレッシャー。背中へ氷水を流し込まれるような冷たい気配は、絶対の死を予感させる不吉さである。誰しもの本能へ、最大級の危険を訴えかけるのに十分だ。
それは、本気を出そうとしている予兆である。
剣聖が地を蹴ったかと思った瞬間、その足下が破砕音を伴って爆裂する。踏み込みの1歩だけで、アスファルトの地面が砕け散ったのである。これまでよりもさらに速度を上げた、非常識な疾走で、瞬間移動のようにケイの眼前へ迫る。
「!」
ケイの懐に飛び込んだ剣聖は、深く腰を落として、刀の柄と鞘を握っている状態だ。それは“居合い”を放つ前動作である。あまりにも剣聖の肉迫速度が早すぎて、ケイの防御態勢が間に合わなかった。その隙を逃さず“技”は繰り出される。
超高速の“連続居合い斬り”――――。
1秒に満たない刹那の間に、剣聖は10度もの居合い斬りを繰り出して見せた。鞘の中で刃を滑らせ、高速で、刀身を射出する強撃。鞘から抜いて、戻して。鞘から抜いて、戻してを、幾度となく繰り返した。その全ての攻撃が“破剣”。気の流れを収束させ、一点の破壊に特化させた剣。
「シュバルツ流奥義――――流星破剣」
ケイはかろうじて、それらの攻撃を騎士剣で受け止めた。
だが剣聖が繰り出す居合いの破剣は、威力が凄まじすぎた。
「ぐっ……!」
静剣で受け流しきれず、全ての居合い剣をガードした時点で、ケイの武器は粉砕されて壊れてしまう。ケイは後方へ弾き出され、自動車工場の壁を突き抜け、遠く市街地の方まで吹き飛ばされる。
剣聖はその場から飛び立つように跳躍し、ケイの後を追う。
ケイは遠くビルの壁面に背中から突き刺さり、どこの会社のものとも知れない、夜のオフィスの中を転げた。よろめくように立ち上がったケイは、体勢が整う前に、剣聖の追撃を受ける。剣先が砕けて折れた、ガラクタ同然の騎士剣で、ケイは剣聖の刃を受け止める。
「素晴らしいぞ、雨宮ケイ! 実に楽しませてもらっている!」
苦しげな表情で、つばぜり合いに必死なケイへ、意気揚々と剣聖が語りかけてきた。
「私が技を出して、それでもなお生きている人間は、これまでに数える程しかいない。君もそのうちの1人となった。やはりその剣才は本物で間違いなかった。実に嬉しいよ。このアークにまた1人、“挑むべき強敵”が現れたことが……!」
ケイは剣聖の刀を弾き飛ばし、押し返した。
そうして距離を空けて、間合いを取る。
荒くなった息を整えながら、ケイは表情を陰らせていた。
「――――オレは、もう誰とも戦うつもりなんてなかったんだ」
ずっと黙って戦っていたケイだったが、胸中を吐露し始める。
「これまで色んな理由で戦ってきたよ。最初は、家族を殺されたことへの、個人的な復讐のための戦いだった。それが、アデルを守るための戦いに変わっていって。いつしかアデル以外にも、力になってやりたい仲間がたくさんできて。東京の人たちや、獣人たち。帝国に虐げられてきた人たち。大勢の未来を守るために、戦うようになっていた。そうしてやっと、帝国の支配が及ばない、アルトローゼ王国という安息の地に辿り着けたと思っていたんだよ。ここでなら、普通に生きていけるのかもしれない。人生をやり直せるのかもしれないって、そう期待していた。だから、戦う理由なんて、なくなったと思っていた」
折れた剣を見下ろし、悲しげに目を細める。
「けれどそれを……アルテミアや、あんたたちに台無しにされてしまったみたいだな」
「……」
「オレは2年間を、あんたたちに奪われていた。オレからすればくだらないと思える、アルの身勝手で個人的な野心に利用されるためだ。そのためにずいぶんと、オレの仲間たちを傷つけてくれたよな。いいや、人のことばかり言えないか……。オレ自身もケイン・トラヴァースとして、無自覚に、ジェシカやイリアたちを傷つけたんだから」
ケイは折れた剣を構え、剣聖を睨み付けた。
「戦う理由を失っていたオレに、再びこうして、それを与えたんだ。なら、覚悟はできているんだよな。オレも、アルも、あんたも、落とし前をつけなきゃいけない。オレが、あんたの挑むべき強敵だって? 違うね。勘違いするのも程々にしておけよ」
ケイの周囲に置かれていたデスクや椅子が、音もなく、フワリと虚空へ浮かび始める。右腕に溶け込んでいる異能装具、略奪の腕の機能を使い、見えない巨腕で物体を掴み上げたのである。だが以前のように、1つや2つのものだけではない。フロアに配置された様々な無機物が、一斉に浮かび上がっている。
剣聖に劣らないプレッシャーを放ち、ケイは狼のような鋭い眼差しで断じた。
「――――オレはお前たちの“死”なんだよ」
虚空を漂うデスクや椅子が、剣聖をめがけて大量に飛来する。そんなものは軽々と避けられるか、あるいは斬り伏せられ、破壊されてしまうことなどわかっていた。だが、その対処の手間で、僅かに手が取られる。
その僅かの隙が生まれれば、十分だった。
案の定、飛来物の間をすり抜けて迫ってくる剣聖。その接近ルートは、ケイがわざと、そこを通るように仕向けたものだ。予定通りに攻めてきた剣聖の側面へ、ケイは簡単に回り込めた。折れた剣で、剣聖の刀を払いのけ、そうして――――頬へ渾身の拳を叩き込む。
「!」
横面を殴られた剣聖は、勢いよく吹き飛ばされて、ビルディングの壁面を突き抜ける。眼下のハイウェイの路上へ、背中から叩きつけられ、そこへ小さなクレーターを生じさせてめり込んだ。
「かはっ!」
吐血する。
絶対無敵と恐れられる男が、ケイに殴られ、路上で大の字に埋まって血を吐いている。衝撃的な光景。その姿を、無人機が上空から撮影しており、騎士団のAIVへ中継放送されていた。
遅れて路上へ降り立つケイ。
剣聖は地面から這い出るようにして起き上がり、口元の血を袖で拭い取る。いつしか結っていた髪は解け、夜風によって揺らめいていた。切った額から血を流し、剣聖は歓喜していた。
「……痛みを与えられるのは、本当に久しい」
「……」
「獣人に近しい基礎身体能力。それを強化魔術で強化することで、ついに人の域を超えてきたか。剣術修行を経て、2年前よりもさらに強く、研ぎ澄まされている。もはや君も“たった1人で戦局を変え得る存在”と化したわけだ」
手にした刀を構え直し、剣聖は四肢に力を巡らせ始める。
その姿を冷ややかに見つめながら、ケイは告げた。
「真王の暗殺計画。帝国の統治体勢の破壊。好きにやってくれれば良いさ。けれどそのために、あんたやアルは、オレの仲間や友人をさらに傷つけ、あるいは利用しようとしている。オレはそれを黙って見ていることはしない。必要ならアルの計画なんて叩き潰してやる。何よりも……」
ケイは一拍の間を置いてから、憎しみを露わに形相を鋭くする。
「――――アデルを危険にさらそうとしていることが、絶対に許せない!」
ケイの考えを聞き終えて、剣聖は小馬鹿にしたように鼻で笑う。
互いに対立する立場が、変わることはないのだと、ハッキリした。
ならば、今この場でやるべきことは決まっている。
仕える主君のために、剣聖として敵を排除する以外にない。
「本気を出さなくては、君を止められそうにないな。ならば――――」
「――――そこまでだ、バカ弟子ども」
「!」
突如として割り込んできた声。
ケイと剣聖は、同時に驚いた顔をする。
直後、剣聖の延髄に、鋭い峰打ちの一撃が見舞われる。いつの間にか背後に現れた赤毛の男が、剣聖を気絶させて戦闘不能にして見せた。サイラスは路上へ倒れ伏し、動かなくなる。
「やれやれ、まったく。強敵相手になると、子供のように興奮しおって。この一帯を更地にでもするつもりか。いい歳こいて、血気盛んな性根は、ガキの頃から何も変わっちゃいない。ケインの一撃をまともに受けて、軽く脳振盪になっていたんだろうさ。足下が震えていたからな。でなけりゃ、こうして楽には落とせなかったぞ」
生やしていた口髭は剃られ、精悍な面影が強くなっていた。普段着の和装も置いてきたのか、ブラックスーツを着込んでいた。赤いザンバラ髪の中年。不健康そうに頬が痩けた、顔色の悪い男だ。手にしていた刀を鞘へ戻し、ケイへ視線だけを送りつけてくる。
「兄弟子を相手によくやったな、ケイン。……いや、気配が違うか。ならもう、雨宮ケイに戻ったのか?」
雪山の奥地で、2年間を共にした剣の師である。
口ぶりからすると、どうやら事情を知っている様子だった。
ケイは深々と頭を下げて言った。
「……こうして再会するのは、複雑な心境です。アイゼン師匠」