表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
268/478

10-75 帰還



 まるで歯が立たなかった。

 トウゴは激しく床を転がり、吹き飛ばされて、コンテナの壁に背を叩きつける。

 無様に倒れ伏すトウゴを、建物を包囲するグレインの騎士たちが観戦していた。


「ごはあっ……!」


 鼻血と吐血で、口内が鉄さびの匂いで充満する。床に這いつくばりながら、懸命に呼吸を整えた。次に動き出すまで、体力を尽きさせないため、少しでも長く休みたかった。悠然と歩み寄ってくる男は、これまで戦ってきた誰よりも強いのだ。間違いなく最強と呼べるだろう。


 床にへばりついたまま立ち上がれないのは、身体のダメージのせいだけではない。恐怖で膝が震えているのだ。その事実を悔しく思いながら、トウゴは、日本刀を携えた最強の騎士、剣聖サイラス・シュバルツを見上げる。


「……こっちは代償覚悟で、魔眼を使う大サービスまでしてるってのに。加速した時間の中でも、俺の動きに合わせてくるとか……どんだけデタラメな強さだよ、オッサン」


「刑務所から逃走する時に、君のその手品は見せてもらっている。自身の時を加速させることで、超高速行動を可能とする力だろう? 下駄を履かせてもらっているとは言え、私のスピードに、そこそこついてこられていることは称賛しよう」


「……笑えねえよ。これが、()()()()ってのか? あんた、魔術が使えないって聞いてたのに、まさか時間を操る魔術でも使ってんじゃねえだろうな」


「私に魔術は使えんよ。ただ、人より“マナの流れ”を感じ、制御できるだけのことだ」


「マナの流れだあ? ははん。カールから聞いたことはあるぜ。魔術の別系統みたいな技法、たしか“気”ってヤツか?」


「ほう。粗暴(そぼう)な性格そうだが、それなりの見識はありそうだ。バフェルトの追撃を、今日まで生き延びてこられたのは、伊達ではないか」


「性格が悪くて厳しい機人(エルフ)に、そう仕込まれたんでね。“簡単には殺されねえ”ってことを徹底されたんだよ。敵からすりゃ、弱くてもしぶとい相手ってのは、強敵と同じくらいに厄介な存在だろ?」


 必死に強がった態度を取る。

 だが、虚勢(きょせい)であることは見抜かれているだろう。


「どうやら。シラヌイが口を滑らせてやがった通り、やっぱりグレイン側は、バフェルトの動きを知ってやがるんだな。なら連中が、最新の生物兵器を結婚式に向けて準備してたことだって、すでに知ってるわけだ。まさか“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”だってのか?」


「やはり君たちは知りすぎているね。アルテミア様の懸念(けねん)材料になるのも(うなず)ける。ここで退場してもらうべきだ」


「そりゃ肯定ってことかよ。なら、ブラッドベノムも、アレイスターのグロ顔野郎も、こりゃあ本格的に、誰も彼もが、グレインの手の平の上かもしれねえな。“真の黒幕”はアルテミアかよ……!」


 剣聖は刀を構える。

 それだけで、トウゴは背筋が(こお)る思いだ。


 さっき。ほんの数分。刃を交えただけのこと。それでも、剣聖の放つ凄まじいプレッシャーが、瞬く間にトウゴの精神をすり減らし、溶解させている。すでにトウゴは汗まみれで、心身ともに疲れ果ててしまっている。対峙しただけで疲労させられるほどの“圧”は初めて体験するものだ。身体を休めるため、何とか会話をすることで時間を稼いでいたが、とっくにその意図は見抜かれているだろう。


「こんな化け物を、どうやって退けた、雨宮……!」


 自分の後輩は、以前に剣聖と対決したことがあるのだと聞いている。

 どうやって戦い、撤退させたのか。

 実物を目の当たりにすると、その方法は想像もつかない。


 体力の回復は、まだほとんどできていない。

 それでもフラついた足取りで起き上がり、臨戦態勢をとる。

 弱っているトウゴを見ていた剣聖が、観察の結果を語った。


「その魔眼、ただの異能装具(アーティファクト)ではないね。なにせ“時間”という(ことわり)に触れる力を有しているんだ。最上位クラスの異能装具(アーティファクト)ともなれば、機人(エルフ)族の製造した至宝級か。それとも先代文明のロストテクノロジーによって製造された異能装具(アーティファクト)。つまりは聖遺物(イノセンス)と呼ばれるものだろう。いずれにせよ、君のような下民の立場で、正規ルートで入手できるものではあるまい。だとすれば、お友達の機人(エルフ)の情報屋から(ゆず)ってもらったものかな?」


「へっ。マンガでよくある展開だろ。朝起きたら、自分の性別が変わってたとかよ。朝起きたら、目玉がこうなっていたんだよ」


「答える気はないということか。まあ良い」


 剣聖は変わらぬ微笑みの(はし)に、冷酷な気配を覗かせる。


(つい)えるが良い」


「――――やらせるかい!」


 物陰に隠れて忍び寄ったミスター・ジョーが、飛び出しざまに発砲する。剣聖にとっては死角からの、アサルトライフルによるフルオート近距離射撃だ。普通の敵なら、それで葬れたことだろう。だが剣聖は普通ではない。背を撃たれるどころか、いつの間にかジョーの背後に回り込む。


「はっ! 不意打ちで剣聖を殺れるなんざ、思っちゃいないよ! やんな!」


「おう!」


 剣聖がジョーの対処に手を取られた隙を逃さず、時間を加速させたトウゴが行動を始めていた。ジョーの背後に回り込んだ剣聖の、さらに背後をトウゴが取っている。手にした手斧を、強敵の背筋に叩き込もうと振り下ろし、声を荒げた。


「おおおおおおおお!」


「――――笑止」


 剣聖は慌てた様子もなく対処する。


 身を(よじ)って、超高速のトウゴの一撃を回避した。時間を加速させているトウゴの動きと同等か、それ以上の行動速度なのだ。目を疑う速さである。そして剣聖は回避の動きを利用して、裏拳でジョーの背を殴りつけていた。


「がっ!」


 小さな(うめ)きを漏らし、ジョーは前方へ押し出されるようにして、先程のトウゴと同様に吹き飛ばされていく。近くのコンテナの壁に、正面から叩きつけられた。老体のジョーなら即死でもおかしくない衝撃だ。


 だが、その身を案じているヒマもなく。剣聖の刃が横薙ぎに放たれ、手斧を振り下ろしているトウゴの両腕を、両断しようとしている。加速した世界の中でも、自身と同等の速度の攻撃を放つ相手に、トウゴは冷や汗をかくしかない。慌てて引っ込めた手は切断を免れるが、掠った剣聖の剣先が、トウゴの左手小指を斬り飛ばした。


「ぐあっ!」


 その痛みに怯んだ瞬間を、剣聖は見逃さない。すかさず刃の向きを変えて平突きを繰り出してきた。その切っ先は、たやすくトウゴの肩口を貫き、トウゴの身体を手近な柱へ釘付けにした。


「うっ! があああ!」


 肩と指の痛みで、トウゴは時間の加速を解除してしまう。剣聖がトウゴから刃を引き抜くと、トウゴの肩は見る見る間に血の赤に染まっていった。出血量からして、太い血管が傷ついたのだろう。早く処置しなければ、数分のうちに失血死する。


 動かなくなったジョーは、絶命しているのか、気絶しているのかわからない。刃で肩を貫かれたトウゴは、出血を止めようと傷口を押さえながら、その場に両膝をついて動けなくなっている。レジスタンスの部隊は、発砲しても無意味だと悟り、もはや完全に戦意を失って立ち尽くしていた。魔術の使い手であるリンネは、剣聖に怯えて、完全に動けなくなってしまっている。


 剣聖は、敵陣の惨状(さんじょう)を見渡しながら、感想を口にする。


「もう終わりか。面白い魔眼だったが、この程度とは期待外れだ」


 自分の目の前で膝をついている、息も絶え絶えなトウゴに向けて、剣聖は刀の先を向けた。そうして変わらぬ微笑みを浮かべたまま、無慈悲に宣告する。


「今、楽にしてあげよう」


 刀を上段に構える。振り下ろせば、その一振りは、トウゴの身体をたやすく左右へ両断することができるだろう。絶望的な思いで、トウゴは刃の切っ先を見上げていた。それが視界から消えた瞬間に、人生は終わっているのだ。もはや抗う余力も残っていない。覚悟を決めるしかなかった。


 情け容赦なく、剣聖は刀を振り下ろした。


 その両手には、トウゴの身体を切断した手応えが伝わる。硬い骨ごと肉を断った、鈍い感触。人の身体を真っ二つに切断したからだろう。トウゴは血しぶきをあげて、臓器を撒き散らしながら肉の塊と化したはず――――だった。


「……!?」


 切断されたのは、トウゴの身体ではなかった。

 剣聖が振り下ろした、自身の刀の方である。

 刀身の中腹で折れた切っ先が、回転しながら床へ突き立った。


「……ったく」


 思わず、トウゴは呟いて苦笑してしまう。


 安心したせいか、その場に腰を落として、ポケットからタバコを取り出した。血まみれのそれを咥えて火を点けると、青ざめた顔で、強がって微笑みかける。


「おっせんだよ、クソバカ後輩が……!」


「遅れてすいません、()()


 トウゴと剣聖の間に割り込む位置に、いつの間にか1人の少年が立っている。白髪。クールな眼差し。ジョーから貸してもらった、レジスタンス支給のダークコートを羽織っていた。手にした騎士剣で、剣聖の刃を受け止めるどころか、両断して見せたのだ。


「これは……破剣……!」


 剣聖は、冷ややかな視線を送りつけてくる少年の登場に驚き、無意識に微笑みを消す。折れた刀を手にしたまま、大きく後ろへ跳躍して距離を空けた。


 ――――予期せぬ事態が発生している。


 周囲で戦いを観戦していたグレイン騎士たちや、レジスタンスの面々は、唖然としていた。無敵としか思えない剣聖の戦いぶりを見ていれば、ここまで誰もが、その勝利を疑いようがなかったはずだろう。しかし、そんな剣聖の刀を折って見せる第三者が、突然にこの場へ現れたのだ。驚くのは無理もない。だが、当の少年と対峙している剣聖自身は、周囲とは違った意味で驚いていた。


「…………()()()()、なのか?」


 この場に現れるはずがない人物なのだ。

 思わず、尋ねてしまう。


 騎士剣を手に構える少年。見た目はケイン・トラヴァースに見える。だが、そこから発せられる気配が、知っているものとは違っていた。以前、獣殺競技大会で相対した、あの少年のものなのだ。


 少年、雨宮ケイは一言だけを告げた。


「撤退しろ」


「……」


 無表情に、ただ警告だけを発してくる。

 どう応えたものか。

 戸惑いながら、剣聖は口を開いた。


「……驚いていることを認めるよ。ケイン・トラヴァースという器に囚われていた(イデア)を、雨宮ケイの肉体へ戻してみせたというのか。この場に”雨宮ケイが現れる”などという事態は、少しばかり想定外がすぎる」


 ケイは何も応えない。

 ただ沈黙して、冷淡な眼差しを剣聖へ返すだけである。


 ……以前に戦った時とは異なるプレッシャー。

 それを全身に感じながら、剣聖は苦笑を浮かべる。


「我らグレインが誇る、最高頭脳の1人たるドクター・ドミニクほどの天才が、長年の研究成果を積み重ねて編み出した、(イデア)移送技術。その技法を紐解ける頭脳と技術があったとしても、こんな設備も何もない自動車工場で、いったい何をどうやって……」


「――――そんなの簡単なことじゃない」


 返事をしたのは、目の前のケイではない。

 その後方、建物の奥から姿を見せた、赤髪の少女だ。


 足取りがおぼつかない様子を見るに、どうやら弱っているのだろう。苦しそうに荒い息を刻んでおり、疲れ果てた表情をしている。だが、そこに皮肉たっぷりな笑みを浮かべ、断言してきた。


「グレイン最高頭脳を上回る“超天才”が、この場にいたってことよね?」


「……」


 その少女も、以前、獣殺競技大会で見かけた顔である。

 昔よりも大人びたその姿と名前を、剣聖は知っていた。


「なるほど……。ジェシカ・クラーク。(たぐ)(まれ)な魔術の才に満ちた、かの有名な”雷火の魔女”か。ドクター・ドミニクは、魔人(ドワーフ)族の(イデア)抽出技術から着想を得たと言っていたが、たしか君は、その魔人(ドワーフ)族の生まれだったな。にわかには信じがたいが、君が雨宮ケイを()()()()()と言うなら、多少は説得力があるか」


 そうは言いつつも、やはり心底、信じられない気分だった。設備もスタッフも無しに、少女がたった1人で、超難解な魔術的な手術を成功させたことになるのだから。


 ただの天才ではない。

 天才中の天才としか、言い様がない。

 アルテミアとは違った意味での、傑物(けつぶつ)である可能性が高かった。


「まったく。雨宮ケイとその仲間たちは、いつも私を驚かせてくれるな。全てが計画通りに進んでいる今この時、アルテミア様の理想が成就しようとしている瞬間に、こうしてまさかの想定外をもたらしてくる。これまで君たちに敗北していった者たちは皆、その(わず)かな(ほころ)びを甘く見た。(ゆえ)に、このイレギュラーを見過ごす事はできない」


 剣聖は、折れた刀を放り捨てる。

 観戦していた部下の1人へ、声をかけた。

 そうして、新たな代えの日本刀を、投げてよこさせる。


 (さや)を掴み取り、抜き放った。


「……だが、これは私にとって好都合と考えるべきか?」


 自問した。


仮初(かりそめ)の肉体に入れられた(イデア)は、拒絶反応によって自然と崩壊していくものであるそうだ。その崩壊を防ぐため、常に心技体を磨き、鍛え続けていなければならない。ケインに剣術の師を与えたのは、雨宮ケイの(イデア)の崩壊を防止し、長く保管しておくためだ。だが、それは科学者たちに対して私が提案した建前の理由であって、本音は違っている」


 剣聖が新たに手にした刀は、さっきまで使っていた普通の刀と、少し雰囲気が異なっていた。紫色の刀身。毒々しい光沢と冷気を帯びている。


「私はいつか、こうして――――再び君と刃を交える機会がくると“期待”し続けていたからだ」


 主人であるアルテミアには、とっくにその気持ちを知られていただろう。それでも今日まで、ケインに剣術を仕込むことを拒否せず、黙認(もくにん)してくれていた。ケイン・トラヴァースを(きた)えておけば、いつか手駒(てごま)として使えると、期待してのことかもしれない。アルテミアには打算があったのかもしれないが、好きにやらせてもらえたことには、感謝せざるをえない。


 これは性分(しょうぶん)


 強者と戦い、どちらが強いのかを確かめたい、武芸者としての本能なのだ。それが、気持ちを高揚させていく。強敵との再戦に喜びが湧き上がり、思わず(ほお)(ゆる)んでしまう。


「私の刀を2度も折ったのは、君が初めてだよ。以前に相対した時は、ただの剣術の素人だったな。あの時、何者でもなかった子供は、果たして今、何に成れたのか……その仕上がりを見せてもらうとしよう」


 2年ぶりの対決。

 雨宮ケイと剣聖は、互いに刃を構えて睨み合った。






次話の更新は月曜日を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければ「ブックマーク登録」「評価ポイント」をお願いします。
作者の励みになります。

また、ランキングタグも置いてみました。
この連載を応援いただけるのであれば、クリックしていただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング

©うづき, 2021. All rights reserved.
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ