表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
263/478

10-70 暴力の傑物



 10年前――――。







 山奥に建てられた、ヴィクトリアン様式の豪勢な館。

 高価な美術品に(いろど)られた屋内に、数え切れない召使(めしつか)いたち。

 それら全てが企業国王(ドミネーター)、ミリアム・グレインの所有物である。


 執事(しつじ)から夕食(ディナー)の準備が整ったことを知らされ、ミリアムは私室を後にする。1階の食卓へ降りると、そこには純白のテーブルクロスで覆われた、大きな長机が置かれていた。卓上の燭台(しょくだい)の明かりが、室内にムードをもたらしている。部屋の隅、暗がりには、護衛として連れてきている剣聖、サイラス・シュバルツの姿があった。後ろ手に手を組み、いつも通り、穏やかに微笑み(たたず)んでいた。


 ミリアムはテーブルについた。

 相対する席には、年端もいかない、幼い少女が腰掛けていた。

 ドレスとティアラでめかしこんだ、美しい桃髪の少女である。


「おお。今宵(こよい)も何と美しいのだ、アルテミアよ」


 相席の少女、アルテミアは上品に微笑んでみせた。


「お()めにあずかり、光栄でございます。ミリアムお父様」


 召使いたちが、テーブルへ料理を運び始める。

 最初のオードブルに手を付け、ミリアムは食べながら喋り続けた。


「ここへ来た当初は、みすぼらしい下民の娘でしかなかったと言うのに。それがどうだ。この私が見初(みそ)め、磨き上げたことで、今では誰もが振り返る、天使も同然に生まれ変わった。まさに生ける至宝よ。私は美しい娘を持てて、幸せだとも」


「感謝しております、お父様」


「フフ。そしてまだ2桁の歳にも満たぬというのに、夜の技量も卓越(たくえつ)しているときている。今夜こそは、お前の浅瀬へ根元まで(うず)めてみせるぞ、アルテミアよ」


「ええ、楽しみにしていますわ」


 食卓を囲み、おぞましい会話を交わす偽の父子。

 互いに微笑みあい、2人きりの食事は進んでいく。


 黙々と料理を食べるミリアムへ、珍しくアルテミアが語り出した。


「……思えば、もう2年。奴隷(どれい)市場でお父様に買っていただき、この館へ来てから、それだけの月日が流れたのですね」


「うむ。とは言え、不老処置を受けた私にとって2年など、昨日、今日の出来事のように感じるものだがな。この館はお前のために用意したのだ。どうだ、気に入ってくれているか?」


「ええ」


 アルテミアは子供らしい、無邪気な笑みで答える。


「この館では、昔のように衣食住で困ることはありませんし。それに何より、多くの“学び”が得られています。奴隷の身だった私にとって、これは大きな収穫。普通では、()がたい環境でございます」


「学びとは?」


「この館の前の主人が残したものでしょう、膨大な書物があります。AIV(アイブ)に電子データ化される以前の時代のものもあり、帝国史以前の著書も数多く遺っていました。おそらく本の収集が趣味だったのでしょうね。この館の図書室の本は、まだ7割程度しか読み込めていませんわ」


「ほう。7割も読んだ……とな? それはその……すごいな。あの図書館には、たしか数万の書籍があったはずだが」


「ええ。お父様のおかげで、毎日たくさんの本を読ませていただいています」


「……」


 アルテミアは誇張ではないことを、暗に告げる。

 想像以上に勉学に熱心であった娘に、ミリアムは素直に驚いてしまう。


「特に興味深いのは、帝国史以前の文明に関する著書ですね。真王様が統治している、今の帝国社会とは異なる政治制度や、法制度について記述された書物が数多くありました。支配権限を基底に置いた強権支配とは異なる、民主制や独裁制といった――――」


「真王様に統治を委託された我々、七企業国王セブンス・ドミネーターの統治に勝る政治体系などない。帝国史以前の時代に関心を持つのは結構だが、妙な知恵はつけなくとも良い」


「なぜです? お父様が企業国(ユニオン)を治める方法より、優れた統治があっては、都合が悪いからですか?」


「アルテミア!」


 度が過ぎている娘の発言を、ミリアムの自尊心が許さなかった。目の前の娘には、余計な知識や知性など必要ないのだ。ただ、小児性愛者のミリアムの性欲を満たす肉人形以上の役割など、求められていないのだから。


 苛立ち、席を立って身を乗り出すミリアム。

 だが対してアルテミアは、余裕の笑みを浮かべて嘲笑っていた。


「お父様、口から血が出ていますよ?」


「……!?」


 言われて、ミリアムはナプキンで唇を(ぬぐ)う。するとそこには、べっとりと自身の血液が付着していた。先程から妙に息苦しい。動悸が激しいのは、娘への怒りが原因ではない。


「ごはっ!!」


 盛大に吐血し、ミリアムはその場で膝を折った。食あたりのような吐き気と悪寒。目が充血し、たちまち体調が悪くなっていく。先程までは何ともなかったと言うのに、尋常ならざる事態である。


「ここで学べたのは、本から得られる情報だけではありません。お父様と濃密な時間を長く過ごせましたから、企業国王(ドミネーター)についても、よく理解することができましたわ」


 体内の何もかもを吐き出してしまいそうな勢いで、ミリアムは吐血を続ける。憐れな者を見るように、アルテミアは席を立って、雄弁に続けた。


「真王様より授かる“王冠(ケテル)”は、貴方たち七企業国王セブンス・ドミネーターが、このアークを統治できるようにするための裏付けとして“異能”を与えます。この世の理を操る、魔術を超えた、真王様と同等の力。その一部は常に、企業国王(ドミネーター)の肉体を守る絶対障壁を展開していますね。遅効装甲(コラプサー・シールド)と呼ばれる、接近するあらゆる事象の時間を極大まで遅くすることができる、まさに無敵の盾。人が生み出す武器や兵器では、お父様の肉体に届かず、傷を与えることもできません」


 アルテミアは嘲笑う。


「剣や銃弾がお父様の肌に届かなくとも、お父様のお口には、いつでも料理が届いていますよね?」


「これは……“毒”だな……!?」


 クスクスと妖美に微笑んでいるアルテミアは、答えない。


 毒殺――――。


 物理的に傷つけることができない企業国王(ドミネーター)を殺害するために、アルテミアが用意した攻撃は、それだった。まさか娘に一服を盛られるとは、考えてもいなかった。ただのセックスドールでしかない下民出身の子供に、命を脅かされるなどと、思うはずがなかった。見れば、食事を運んできた召使いたちも、執事も、皆、黙って事の成り行きを見守っている。護衛として連れてきた剣聖ですら、主人の危機を見て動きだすことさえしていない。


 この場の全員が、アルテミアの策謀の共犯なのだ。

 これは計画された暗殺で違いない。


「最近では、完全に私に油断して、支配権限の指輪をすることもなくなりましたね。私を従わせたければ、王冠(ケテル)の力に頼るしかありませんが……発動できるご体調でしょうか?」


「おのれ、アルテミア……! 奴隷市場から拾い上げ、寵愛(ちょうあい)してやった大恩を、こんな形で返すつもりだったのか……!? 許さぬ……許さぬぞ……!」


 赤い炎が、ミリアムの右腕に(ほとばし)り始める。それは暴怒卿(ぼうどきょう)王冠(ケテル)の力が生じさせる、実体のない火だ。どうやら、使用者が毒による体力消耗をしているせいで、王冠(ケテル)の形成はできていない様子だ。つまり出力全開ではなく、漏れ出ている火花程度の火力しかないだろう。


 それでも放たれれば、このアルテミアを蒸発させる程度の火力は有している。


「アルテミア様……!」


 少女の危機を感じた剣聖が、自らの刀の柄に手を伸ばしている。だがアルテミアは動じた様子もなく、涼やかに静止を命じた。


「下がりなさい、サイラス。これは私が挑んだ戦い。助太刀など必要ありません」


「……承知いたしました」


 アルテミアは、召使いの1人から刀を受け取る。

 それを(さや)から抜き放ち、静かに構えた。


「アルテミアぁぁああぁぁああ!!」


 炎をまとった右腕を掲げる。残された力を振り絞るようにして、ミリアムは放てる渾身の炎を、アルテミアに向かって放つ。その炎流は押し寄せる水のごとく、アルテミアの姿を覆い潰す。


「――――静剣」


 呟き、迫る炎塊へ刀を突き刺す。すると刀身に吸い込まれるようにして火は掻き消え、直後、アルテミアの背後の虚空から、爆発的な勢いで再び炎流が迸る。まるでアルテミアの身体を透過したように、炎はアルテミアの身体をすり抜け、後方にあった壁を焼き尽くしたのみであった。


「バカな……! ぐふっ!」


 渾身の炎をぶつけて、無傷で佇む娘。

 その姿に畏怖(いふ)を感じながら、ミリアムは項垂(うなだ)れる。

 もはや戦う余力など残されていなかった。


 刀を手に佇む、まだ8歳のドレス姿の少女。

 燃えさかる炎を背負った姿を見て、剣聖は冷や汗を流した。


「……剣術を教えて、まだ半年程度。なのに、なんと完璧な静剣……。(たぐ)(まれ)なる剣才と知性を兼ね備えた、天性の王たる器……。私の目に狂いはなかった。貴女様は、間違いなく傑物(けつぶつ)であらせられます、アルテミア様」


 苦痛でうずくまり、もはや身動きが取れないミリアム。

 それにゆっくりと歩み寄り、アルテミアは髪を掴み上げ、顔を覗き込んだ。


 予期せず訪れた死を確信し、怯え、震えている弱々しい顔が見えた。

 その目には明確な恐怖が宿っており、命乞いをしていた。

 態度から父親の心境を読み取り、アルテミアは微笑みながら言った。


「殺さないでくれ。ですよね?」


「……ひいっ!」


 王を標榜し、父親を名乗っていた男。

 その無様な醜態を見ても、アルテミアはなお、優しく微笑む。


「お父様。貴方は真王様から王冠(ケテル)を授かったことによって、ご自身が無敵の存在になられたのだと、勘違いしておられました。だからです。死への恐怖を忘れた者に、死が忍び寄ることは、たやすいのです。こうして死を目の前にして、ようやく学べたご様子ですね」


「わ……私を殺すのか……!? なぜ……!? お前の身体を弄んだからか!?」


「くだらない質問です、お父様」


 アルテミアは苦笑する。


「私は女。自分よりも強い男に、(なぐさ)みものにされるのは仕方がないこと。弱き者が強き者に従うのは、当然のことです。そのことを、恨んでなどおりません。今の私はただ、この世の真理に従い、行動しているまでです」


「この世の真理だと……?」


「あらゆるものは“合理的な暴力”によって支配されるべきだ、という真理ですよ」


 アルテミアは断言した。


「歴史を学んで、理解しました。この世界を変革してきたのは、為政者(いせいしゃ)の言葉や理想などではありません。突き詰めれば、いつだって“暴力”だったと言うのが事実です。法律も、理想も、権力も、あらゆるものは暴力によってねじ伏せられ、消し去れてしまう脆弱な力でしかありません。この世に、暴力の有する絶対たる支配力を超える力は、存在していません。それが現実なのです。私は、王たる者には、この暴力を合理的に統制できる知性が必要であると考えるのです」


「いったい、何の話をしているのだ、お前は……!」


「私が、次の暴怒卿(ぼうどきょう)になりたいと言っているのですよ、お父様」


「!?」


 そう言うと、アルテミアは懐から小瓶を取り出した。青色の液体が入ったそれを、ミリアムに見えるように差し出して見せる。


「これは解毒剤。今飲めば、まだ間に合うでしょう。命を助けて差し上げることができます」


「なっ!」


「ですが、あなたの王冠(ケテル)と交換です。ちゃんと知っているのですよ。ドミネーター・システムについても。私が企業国王(ドミネーター)になるためには、真王様に認めていただく必要があります。それが基本ですが……あるいはお父様から直々に、王冠(ケテル)委譲(いじょう)していただくという手段もあります」


「ば……バカな! なぜそのルールを知っている!」


「言ったではありませんか、企業国王(ドミネーター)についても学んだと。現職の企業国王(ドミネーター)が身体的不良、あるいは精神的不良によって、職務遂行不可能になった場合に備えた、王冠(ケテル)の移管プロトコルが存在しますよね? もちろん、臨時の企業国王(ドミネーター)という扱いになりますから、後日、改めて真王様に謁見が必要になりますが。今ここで、それをやっていただきたいのですよ」


「下民の出の、薄汚い娘が……企業国王(ドミネーター)になるだと……!?」


「今のご自身の姿を、ご覧ください、お父様」


 アルテミアは、部屋の隅にあった姿見を指さす。

 そこに映った、みすぼらしいミリアムを指さして言った。


「貴方には途方もなく強大な権力がある。人智を超えた異能の力だってある。なのにその全てが、小娘のささやかな暴力の前に無力でしょう? そんな貴方が、王に相応しい人間に見えますか?」


「ぐっ……!」


「こうして簡単に暴力に屈し、殺せる弱い凡百(ぼんびゃく)になど、このアークの王は務まりませんわ。ここで早々に引退し、私にその座を明け渡すことこそ、この企業国(ユニオン)の国益に繋がるでしょう。きっと真王様も、私が新たな企業国王(ドミネーター)となることを望まれます。貴方から教わることは、もはや何もないのです。用済みなのですよ」


 アルテミアはその場に立ち、足下に這いつくばる王を見下ろして嘲笑った。


「用が済めば、永遠に会うこともないでしょう。さようなら、お父様。弱き王よ」


 そうしてその夜、アークの運命を握る若き王が誕生した。




次話の更新は月曜日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければ「ブックマーク登録」「評価ポイント」をお願いします。
作者の励みになります。

また、ランキングタグも置いてみました。
この連載を応援いただけるのであれば、クリックしていただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング

©うづき, 2021. All rights reserved.
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ