10-69 アルテミア
トウゴは、手にしたショットガンを連射する。ダイキの正面から、大量に散弾を浴びせかけた。同時にケインが大きく回り込むようにして、剣を手にダイキへ向かって駆け出していく。
「クッソがッ! 2対1は卑怯じゃねえのかよお、トウゴくんよお!」
「うっせえ! そっちは何体の手下を連れてきてると思ってんだ!」
異常存在化により、脅威的な肉体再生能力を有するダイキにとって、散弾を数発もらったところで、即座に致命傷とはならない。だが、1度にたくさん浴びせかけられれば、一時停止くらいはさせられてしまう。怯んだところを押し込まれれば、本当の命取りになるだろう。
この場合は、回避するしかない。
放たれた散弾をまともに受けないよう、ダイキは手近な柱の陰に身を隠した。行動範囲を狭められたところへ、ケインが素早く駆けつけて追撃する。トウゴの銃で足止めされた隙を突いて、ケインは上段からの振り下ろしを仕掛けた。
ダイキは、手にした大きな配管で、ケインの騎士剣を受け止める。金属のぶつかり合う甲高い音と同時に、火花が散る。人間の身体能力を遙かに上回るダイキの腕力をもってすれば、ケインの全力の振り下ろしなど、片手で受け止めても余裕であった。逆にそのまま、斬りかかってきたケインの刃を押し返し、はじき返す。
「クッ! 人間の腕力じゃない!」
「トウゴくんが説明してたろお!? 俺は異常存在だってのよお!」
ダイキは歓喜の笑みを浮かべ、身の丈を超える巨大な鉄の配管を振り下ろしてきた。おそらく100キロの重量は超えているであろう鉄塊が、ケインの頭上から、身体を叩き潰す勢いで迫る。それをケインは、防御姿勢に構えた騎士剣で、真っ向から受け止めようとする。
焦ったトウゴが忠告した。
「バカ! 人間の腕で受け止められる威力じゃ――――!」
間に合わない。相手の腕力を軽視した、ケインの判断ミスである。騎士剣ごと押し潰され、圧殺されてしまうだろう。得物の質量差を考えれば、鉄塊のような配管の一撃を、片手剣の強度が耐えられるはずもない。
「――――静剣」
だが呼吸を落ち着け、ケインは囁く。
次の瞬間、ケインはダイキの一撃を受け止めきっていた。
「なっ!?」
驚愕したのはトウゴだけではない。
一撃を繰り出したダイキが、頓狂な声を上げて首を傾げる。
「はあ!? 何だぁ!? この粘土を殴ったみてえな手応えはよお!」
星気術。万物に働くマナの力。
その流れを受け流す技術、静剣である。
ダイキの攻撃の衝撃は、ケインの身体を素通りし、透過させられたのである。だが、その原理を、無知な敵へ教える必要はない。相手が困惑しているうちに、ケインは行動に出た。
星を巡る気の力。その流れを制御する技術を使ってできることは、受け流しだけではない。周囲の力の流れを集約し、点に束ねて撃ち出すこともできる。ケインは、受け止めた鉄の配管をはじき返すと、返す剣で配管の上を狙って剣を振り下ろす。
「破剣!」
ダイキが振り回していた鉄塊のような武器は、ケインの剣によって容易く両断されてしまった。武器を失ったダイキは舌打ちし、背後へ跳躍して距離を空ける。
「はは! やるじゃねえか、でかしたぞ! そういや俺の助太刀に入った時も、ダイキの一撃を受け止めてたっけか。マグレじゃなさそうだな、雨宮もどき!」
「だから、ケイン・トラヴァースだって言ってるだろ!」
後退したダイキの側部を、トウゴが放った散弾の雨が叩きつける。微細な穴を無数に穿たれた片腕。しかも頭部にも数発着弾しており、そこから血肉を噴出させながら、ダイキは苛立つ。
「いってえな! 俺様の美麗な顔に風穴開けてくれてんじゃねえよお!」
転がっていた刑務官の死体からハンドガンを取り上げると、ダイキはそれを両手で構えて乱射する。弾幕を張られたトウゴは、ダメージを回避するため物陰へ隠れるが、銃弾ではケインを止められない。
「捕まってた間抜けなテロリストのわりに、動きが良い」
「そっちこそ、帝国の犬のくせに機転が利くじゃねえか」
トウゴが守ればケインが攻め、ケインが攻めあぐねれば、トウゴが援護する。
初めて組むとは思えない、阿吽の連携を発揮していた。
「なんだあテメエ等!? 息ピッタリで攻めてくんじゃねえよお! カマ野郎どもかよ!」
ダイキは怪しく笑んだ。
「ならこっちだって増援だ! おい、テメエ等!」
ダイキの号令に従い、周囲にいたのであろうザコの異常存在たちが、食堂へ集まってくる。崩れた壁の向こう側から、天井のダクトの中から、あちこちから異形の怪物たちが姿を覗かせ始めた。ここへ来るまでにケインが交戦した、アンテナ頭の警官たちの姿も見受けられる。
異常存在たちに取り囲まれ、ケインはトウゴと背中を突き合わせる。
「どうなってるんだよ、コイツ等! 帝国の支配権限を受け付けないのに、同じ仲間の異常存在の指示には従ってるのか……!?」
「ヤツらが造ったウイルス兵器と関係があるらしい」
「!」
トウゴの発言に、ケインは戸惑う。
「よく聞け。あのダイキの野郎は、ウイルスの試作段階で副産物的に生まれた、試験体らしい。失敗作とも言うな。以前、アレイスターの野郎が、そう言ってやがったのを憶えてる。他にも47号とか、色々と似たような境遇の怪物がいるみたいだぜ。さしずめ、統率異常存在とでも呼べば良いか?」
「……ウイルスは、あんたたちが造ったものじゃなかったのか?」
「俺がそんな頭良さそうに見えるのか? そう見せかけただけだ。テロリスト扱いされてる俺が何を言っても、バフェルトと四条院が、アデルの結婚式を狙ってるなんて話、信じやしなかったろ。お前たち、グレイン騎士団を動かすために、仕方なくだったんだよ。こうして捕まったのは予定外だが」
「バフェルトと四条院が、アデルさんの式を狙ってるだって!?」
「おっと。お前もヤバいことを知っちまったな。バレたら、連中に地の果てまで追われるぜ。俺みたいにな」
トウゴの衝撃的な話を聞き、ケインは固い唾を飲み込んだ。
だが、ようやく納得できた心境である。
「……なるほど。それがイリアさんの言っていた、アンタの“事情”ってやつかよ……!」
話し合っている2人を見て、ダイキは苛立ちを募らせていた。
「お喋りしてるヒマがあんのかコラあああ!?」
その声が号令であったかのように、異常存在たちは一斉に襲いかかってくる。
「クッ! 数が多すぎる! 止まっていたら、群がれて喰われるぞ! 撤退しないと!」
「それができたら、とっくにやってるっつの!」
トウゴが軍勢をショットガンで蹴散らし、撃ち漏らしをケインが斬り伏せる。だが、敵の数が多すぎて対処しきれない。2人の防衛線は、簡単に抜かれてしまう。
「しまった!」
巨大カマキリのような異常存在が、ケインの頭上から鎌の腕を振り下ろしてきていた。だが、他の敵に手を取られていて、それを受け止めるのは間に合わない。絶体絶命の危機であったが、どこからともなく飛来した銃弾によって、カマキリ異常存在の腕は弾け飛ぶ。
「なにっ!?」
驚愕したダイキが目を向けると、騎士甲冑のようなボディアーマで完全武装した、グレイン騎士団の応援部隊が駆けつけてきていた。陣頭指揮している金髪の少年が、食堂へ雪崩れ込む騎士たちに命令を発していた。
「生き残っていたか、トラヴァース!」
「アーサー! 遅いぞ!」
ケインの前衛に回り込むようにして、制服姿の桃色髪の少女と、メガネの少年も現れる。
「待たせてしまったようじゃのう、ケイン。妾も、この楽しそうな宴に、少しばかり混ぜてもらうとするぞ」
「ぼ、僕も助けにきたよ、ケイン!」
「アル! それにサムも!」
同じチームの学友たち。全員が派遣されてきている。どうやらアーサー部隊は、総動員がかけられた様子だ。気のせいか。見たところ、シラヌイの姿だけが見受けられないようだが。
ようやく応援部隊が到着した。
食堂内は一気に、騎士部隊と異常存在たちとで、激しい混戦状態に陥っていく。学友たちが異常存在と戦っている戦列に、ケインはすぐには加わらなかった。トウゴに近づいて、忠告するためである。
「アンタはもう良い、ここを逃げろ! これ以上、ここへ留まったら脱獄できなくなるぞ!」
「……」
「言っただろ。オレはあんたを逃がすためにきた。けど他の仲間たちは違う。あんたをここから逃がさないために駆けつけたんだ。みんなが戦闘に集中している今なら、うまく逃げ出せるはずだろ」
トウゴは苦笑した。
「お言葉に甘えさせてもらうとするぜ。ただ、気をつけろよ。俺が言えた義理じゃねえが、イリアに深入りすると、このままドンドン悪い騎士になっちまうぜ」
「……忠告、忘れないよ」
「それじゃあ、俺はこの辺で――――」
「――――ああああああ!! ウゼエウゼエウゼエ! テメエ等、どうして俺様とトウゴくんの決闘を邪魔しにきやがるんだよおお!」
トウゴの言葉は、激昂するダイキの喚き声にかき消された。
否応にも、その場の全員の視線が、ダイキへ集まった。
「うぜえヤツにはよお、全員消えてもらわねえとすっきりしねえ性分なんだよなあ! てっめえら、全員ここで吹き飛んでおけや!」
ダイキは懐から、球体の機械を取り出した。野球ボールほどの球形。冷たいグレーの光沢を有する、人工物だ。それを見た途端、指揮官のアーサーが青ざめた顔をする。
「バカな! 携帯戦術核爆弾だと!?」
「ほお。よく知ってんじゃねえかよお、お坊ちゃん騎士!」
携帯戦術核爆弾。文字通り、人間が携帯できる大きさと重量の、戦術核爆弾である。この刑務所の敷地くらいなら、蒸発させるのに十分な火力を有しているだろう。しかし放射能漏れを完全に防げる構造の爆弾ではないため、普通の人間が長時間、素手で持ち運べば、確実に命を落とすであろう汚れた爆弾でもある。
「大型の専用ケースに入れて運搬し、専用の発射装置で起爆する兵器のはずだ! それを懐に入れて持ち運んで、まだ生きているだと……! 貴様、人間なのか!?」
「ぎゃははは! 残念だなあ! 俺様は異常存在! 人間みてえな劣等種じゃ、携行できねえような危険兵器でも運用できんだよおおお!」
「そんなものをここで起爆したら、お前もタダでは済まないだろう! 自決するつもりか!」
「んなこたあ、どうでも良いんだよ! それでテメエ等ムカつくヤツらが全員死ねば、俺様はそれで良いんだっつーの! ぎゃははははは!」
「本気じゃないだろうな!?」
「く、狂ってる……!」
自分の命などどうでも良い。不快な相手が、全員死ねばそれで良い。あまりにも刹那的なダイキの価値観は、騎士たちには理解不能だった。狂人の理屈に呆れ、絶望する。
ダイキは自身のAIVを起動し、視界に爆弾制御アプリ画面を表示する。そうして躊躇なく、携帯戦術核爆弾を起爆させようとした。
「んじゃあテメエ等、せいぜい、あの世でその間抜け面を見せてくれよなあ!」
快楽物質が脳を駆け巡っているのか、ダイキは気持ちよさそうな表情で喚く。理屈もなく、理性もきかない。本当の意味での狂人である。
「この爆弾で、全員ここで死――――」
「――――ずいぶん楽しいことになっているようだ」
「!?」
次の瞬間、ダイキの視界が暗転していた。
両眼はAIVごと横一文字に切り裂かれ、頭部は宙へ飛び上がっていた。
「………………は?」
何が起きたのか、ダイキにも、見守っていた騎士たちにも理解できていない。ただ、頭を切り離されたダイキの首の断面からは、噴水のような大量の赤血が噴き出して、周囲へ飛び散っている。そのまま頭は床に落下し、サッカーボールのように跳ねて、転がっていった。脳を失った首から下の身体は、その場で膝を崩して、前のめりに倒れた。
「…………うそ、だろ?」
最初に言葉を発したのは、ケインだった。
突然、その男はこの場に現れた。
そして、誰の目にも止まらぬ速度で、ダイキの両眼と首を斬って見せたのだ。
長い黒髪を結い上げた、緑眼の壮年男。細面の表情には、穏やかな笑みを湛えている。黒いネクタイに、黒い喪装。右手には日本刀を提げている。
あまりにも有名すぎる指名手配犯。その場の誰もが知っていた。
同時に、相手がどれだけ強く、危険な人物であるのかも周知されている。
ケインは後退りながら、蒼白な顔になる。
「……サイラス様……!」
「久しいな、ケイン」
男は、ダイキの首をはねた自身の日本刀を振り、僅かに付着していた血糊を払い飛ばす。誰しもが唖然として言葉を失っている中、ケインの後に続いて口を開けられたのは、トウゴである。
「バカな……! サイラス・シュバルツだあ!? 冗談じゃねえ! なんだってこんなところに、あの伝説の剣聖が……!?」
予想外の事態の連続で、思考停止に陥りかけていた隊長のアーサーだったが、なんとか我に返ることができた。状況は混迷を極めているが、ひとまず刑務所襲撃の首魁と見られるダイキは、剣聖によって無力化された。他のザコ異常存在たちも、部下たちが各所で鎮圧に成功したことを、通信で報告してきている。襲撃者たちについてはもう、それほど気をつけなくても良いだろう。問題は、手に余る技量のお尋ね者が、いきなり目の前に現れたことだ。
血の気が失せた顔で、サムがアーサーへ警告してくる。
「アーサー、無理だよ! いくら何でも、あの人を相手に僕たちがどうこうできるわけがない! 戦えば殺されちゃうよ!」
「し、しかし我々の主任務は、カリフォルニア州に潜伏するテロリストたちの無力化であって、お尋ね者を前にして撤退など……」
「アーサー、無理だ。防衛総司令官である勇者に応援を求める以外にない」
「今から呼べと言うのか?! 兄上が来る頃には、全員が殺されているぞ!」
「なら、他にどうすれば良いんだよ……!」
緊張のあまり、顔中に脂汗を浮かべているケインが、険しい顔でアーサーへ忠告する。シュバルツ家の出であるケインは、当主のサイラス・シュバルツの実力をよく理解している。自分にとって兄弟子にあたる男は、遙か雲の上の存在。非常識な戦闘能力を有している。この場にいる騎士全員を殺すのに、おそらく10秒も必要としないだろう。それだけ人智を超えた、規格外の戦士なのだ。
なぜ、この場に剣聖が現れたのか。まるで見当もつかないことだが、確かなことは、ここで戦えば全員が死ぬという現実だ。剣聖と相対することの意味を、誰もが理解している。死の緊張感が漂う現場の空気は凍り付き、張り詰めた。
「――――この上ない強敵に尻込みしておるようじゃのう、ケイン。それにアーサー」
だが、そんな重苦しい空気の中で、1人の少女だけが飄々としている。少女は颯爽と、剣聖の前へ歩み出て行くではないか。普段は誰よりも賢く振る舞えるはずのクラスメイトであるのに、ケインにとって、それは自殺行為にしか見えなかった。
「よせ、アル! いくらなんでも、オレたちに勝てる相手じゃない!」
アル・スレイド。いったいこの時に、何を考えているのかわからないほどに無謀な行為に出ている。たとえ何か勝算があって、小細工を弄したところで、それが剣聖に通用するなどと思えない。それだけ剣聖とは、完全無敵に近い相手なのだ。
アルはニヤけた顔で、両手に刀を手にして剣聖と対峙する。
「慎重じゃなあ、ケインよ。戦わずして何を決めつけておる。なーに、この男を恐れる必要はない。ここは妾に任せておくが良い」
「無茶だよ、アル! 戦うなんてやめてよ! 殺されちゃうよ!」
「スレイド! これは命令だ、今すぐやめるんだ!」
チームの仲間たちの静止を聞かず、アルは堂々と正面から、剣聖に向かって歩み寄っていく。そうして刀の切っ先を、微動だにせずほほ笑み続ける剣聖の顔へ突きつけた。
「妾に牙を剥くか? 剣聖、サイラス・シュバルツよ」
余裕の笑みを浮かべ、アルは試すように剣聖へ尋ねた。命知らずにもほどがある行為なのに、それをまるで楽しんでいるようにさえ見える。剣聖は、目の前の少女のお遊びとも思える質問を受けて、ただ黙って微笑み続けている。何を考えているのか、見た目ではまるでわからない。
だが、誰も予期していなかった事態が発生する。
アルに刀の切っ先を向けられた剣聖は、降参するようにして、その場に跪いた。
そして深く、頭を垂れて忠誠を誓う。
「滅相もございません、アルテミア様」
「……!!?」
「全ての準備が整いました。私は、貴女様をお迎えに上がったまでです」
その場の誰しもが、剣聖の行動と発言に驚愕していた。
絶対無敵の剣聖が、なぜクルステル魔導学院の新入生の前に跪いているのだ。しかも、まるで忠誠を誓っているような態度。そして今、剣聖は何と言った。
アルが刀を鞘に戻すと、剣聖はその手を取り、甲に口づけをする。
それを見下ろしながら、アルは不敵に笑んで言った。
「今日までアルトローゼ王国の制圧任務。ご苦労じゃったな、サイラスよ」
「もったいなき御言葉。お褒めにあずかり、このサイラス、光栄の極みです」
グレイン企業国の主。
暴怒卿アルテミア・グレインとは、ケインのよく知る少女であった。