10-67 雑な仕事
床に組み伏せられ、身動きを封じられアレイスター。
その背に跨がって、腕の関節を極めているシラヌイは冷淡に言う。
「峰御トウゴをエサに使えば、バフェルト陣営を引っ張り出せると考えてたッスけど。意外な大物が、かかってくれたもんッスね」
アレイスターは皮肉っぽく笑んで応えた。
「……過大評価です。私は下っ端。大物と言われるほどの地位ではありません」
「よく言う。素性の調べは、ついてんスよ。あんたは、バフェルトに雇われたスパイ。しかも、表向きにはレイヴン騎士団長の子飼いとして働き、定期的にアルトローゼ王宮にも出入りしてたッス。なら間違いなく、王宮で何が起きているのかを知っているはずッス」
「……」
「おい。アルトローゼ王宮が何だって? そりゃあ、いったい何の話をしてんだ……?」
鉄格子を隔てて、険しい顔をしているトウゴ。
口を挟んでくるが、シラヌイはそれを無視する。
「バフェルトは、どこまで情報を掴んでいるんスか? 教えて欲しいッスね」
「……」
「ダンマリッスか。まあ、この場合はセオリー、ッスよね。けど、そんなのは時間稼ぎにしかならない。こっちには、あんたみたいなのに情報を吐かせる“専門家”もいるんスよ。そもそもスパイなんて、平気で味方を裏切って騙せるタイプの人間。バフェルトへの忠誠心なんて、持っていないはずなのに、苦しい思いをしてまで、口を閉ざしてやる義理なんてないんじゃないッスか?」
「……」
「どうせ苦しみ抜いた末に、白状することになるんス。なら今ここで話しておいた方が、お互いに無駄が省けて良いんスけどね」
アレイスターは黙秘を続けた。その態度に苛立つこともなく、シラヌイはアレイスターの腕を捻ったまま、その場に立たせる。後ろ手に手錠をかけて、アレイスターの両手の自由を制限する。そうして、後ろから膝を蹴って、黙って歩くように警告する。どこかへ連行しようとしている様子だ。
「おい、待てって」
自分の用を済ませ、早々にその場を去ろうとするシラヌイ。それをトウゴは呼び止めた。
「……なんスか、テロリストさん? あなたに用はないんですけどね」
「そいつに聞きたいことがあるのは、俺も同じだっつたろ? 勝手に話を終わらせてんじゃねえよ、忍者女」
「あなたの事情なんて知らないッス。暗殺を免れただけ、幸運だと思うことッスね。こっちは忙しいんで、このまま失礼するッスよ」
「――――救済兵器について、グレインはすでに情報を掴んでいたわけか」
「……」
聞き捨てならないと、シラヌイは足を止める。
黙ったまま、ゾッとするような冷たい眼差しで、トウゴを横目に見る。
対してトウゴは、平然とニヤけて続けた。
「俺に用がないってことは、俺から聞きたい情報は何もないってこったろ? つまり俺が知ってるようなことは、すでにそっちは、全て知っているってこった。しかも、そこのグロ顔野郎への質問は、雇い主のバフェルトに関することだけときてやがる。てっきり俺は、グレイン騎士団が手に入れた、ウイルスの空容器について、グロ顔に尋ねるもんだとばかり思ってたが、そうじゃないみてえだな」
「……ほう。それは面白い話です」
トウゴの推察を聞いたアレイスターが、口を開いてニヤける。余計な情報をアレイスターに与えてしまったことを察し、シラヌイは舌打ちをした。これ以上、トウゴに余計な考察を語られるのは迷惑である。シラヌイは嘆息を漏らした。
「……1分だけッス。話して」
「助かるね」
シラヌイは、アレイスターの背を突き飛ばして、鉄格子へぶつける。トウゴは、そのアレイスターの襟首を掴んで、小声で質問をした。
「形咲町で、47号が拉致したミズキ。今どこにいるか教えろ。もちろん、無事なんだろうな?」
「……それをあなたに教えて、私に何の得があると?」
シラヌイの死角で、トウゴは囚人服の袖下から、手のひらに収まるサイズの小型ナイフを取り出す。その刃をつまんで、アレイスターへ差し出した。情報を寄越せば、ナイフをくれてやるという目配せである。囚われた身でありながら、抜け目なく何でも持っているトウゴに、アレイスターは呆れた。
だが、微笑む。
「四条院アキラと、アデル・アルトローゼの結婚式当日。会場のオレンジカウンティ。ラグナビーチ付近」
「……何だそりゃ? どういう意味だよ」
「さあ。私の立場で言えるのは、ここまでです」
アレイスターは、トウゴの手からナイフを受け取る。
そうして、握った手のひらの中に隠した。
「話は済んだッスか? なら、もう用はないッスよね」
そう言うと、シラヌイは、アレイスターを鉄格子から引き離す。
そのまま通路を歩いて、連行していった。
シラヌイは、アレイスターが手に武器を隠し持っていることを知らない。うまく立ち回れば、隙を突いて逃げ出すチャンスが得られるだろう。トウゴは、そのチャンスをくれてやったのだ。だが、2人がこの後、どうなろうと知ったことではない。トウゴには関係ない。
「さてと……とりあえず、情報は手に入ったのか? まあ、ともかくとして。ここから脱出しねえと、ガチでヤバそうなところに移送されちまう。何とかしねえとな」
目先に迫った脅威である、アレイスターの背を見送りながら、トウゴは呟く。
だがそれも束の間だった。牢獄が揺れるほどの地響きと共に、重たい破砕音が遠くから聞こえた。老朽化した建物の天井はひび割れ、パラパラと崩れた破片が降り注いでくる。シラヌイは、思わず足を止めて周囲の様子に目を配っている。トウゴも驚いて、ひび割れた天井を見上げた。
「……何だ、今の揺れは?」
間もなくして、所内の各所から、緊急事態を示すサイレンの音が鳴り響く。赤いパトランプの非常灯が灯り、遠くからは囚人たちの歓声のような声も聞こえてきた。
「……これは、襲撃ッスか?」
「問題は、誰の、だな」
シラヌイとトウゴが、各々に発言する。
だがアレイスターだけは頭痛がするようで、こめかみを抑えながらぼやいた。
「本番間近ですが、念を入れて、なるべく痕跡を残すべきではないのだと説明したばかりなのに。やれやれ、これだからですよ。結局は“仕事が雑な部下たち”を押しつけられた私に、責任が降りかかってくる……社会とは理不尽です」
◇◇◇
高い壁と、鉄条網で囲われた刑務所。突如、その入口のフェンス壁が、検問所ごと爆破され、刑務官たちは目を白黒させて驚愕していた。
燃えさかる炎と黒煙の向こうから駆け込んできたのは、異形の集団だった。
最初に姿を見せたのは、警察官たちである。そう思ったのも束の間、警察官の格好をしているだけで、首から上に血まみれのアンテナだけを生やした、機械とも生物ともとれない化け物たちだった。それぞれがハンドガンで武装しており、手近な刑務官に駆け寄っては発砲して、射殺していく。
「な、何だコイツ等は!」
「ひい! 人間じゃない! 化け物だ!」
わけがわからないうちに始まった銃撃戦に、刑務官たちは必死で応戦する。だが怪物警官たちは、いくら銃弾を浴びても怯んだ様子がない。痛みを感じていないのか、撃たれても平気で突撃してくる。
「ぎゃああ!」
「やめてくれ! 俺にはまだ幼い娘――――!」
命乞いなど聞く耳持たず、刑務官たちは殺害されていった。
そうして、刑務所入り口を守っていた刑務官たちの前列が崩壊する頃には、後続からさらなる異形の怪物たちが雪崩れ込んでくる。たとえば、人の体躯を上回る大きさのカマキリ。その頭部にはギョロギョロと蠢く、無数の人間の目玉が付いている。他にも、人間の手足を無数に生やした巨大ムカデのような、おぞましい生物の姿も見られた。
見ただけで戦意を喪失しそうなフォルムの怪物たちに、刑務官たちが逃げ出し始める。すると今後は入れ違いで、刑務所に駐在していたグレイン騎士団の騎士たちが前線に駆けつけてくる。帝国製の銃火器は強力で、敵前衛の怪物警官たちは、容赦なくなぎ倒されていく。
指揮官らしき騎士が、支配の指輪を掲げて、怪物たちに命令を下した。
「攻撃をやめろ! おぞましき異常存在ども!」
帝国の管理下にある怪物、異常存在たちであれば、支配権限による命令には逆らえない。だが怪物たちは、攻撃の中止命令を無視している。交戦しながら、騎士たちは察した。
「異常存在たちが、こちらの命令に従いません!」
「ならつまり、コイツ等は野生化した異常存在ってことだ! なぜそれが、白石塔の内部で大量発生している!」
怪物警官たちは遮蔽物に身を隠しながら、急に特殊部隊のような統率が取れた挙動を見せ始める。集中砲火、援護射撃など、作戦を使い分けて、グレイン騎士たちの戦線を脅かし始めた。
「バカな! 組織だって行動してるぞ、コイツ等! 本当に野生の異常存在か!?」
「いいや! そんな知恵、そもそも異常存在どもにあるはずがない!」
殺し合い、潰し合う。人間と怪物たち。怪物たちの最後方から歩いてやって来た人型の男が、その様子を眺めて、ゲラゲラと愉快そうに笑っていた。染め上げた金髪。両耳はピアスだらけである。ロングレザーコートを着込み、肩には金属バットを担いでいた。
「げひゃははは! 予定時間になっても、アレイスターの旦那が戻ってこねえ! なら、しくじったってこったなあ? この俺様から2度も生きて逃れただけのことはありやがる! やるじゃねえのお、トウゴくんよおお!」
それが嬉しいことであるかのように、斗鉤ダイキはニヤニヤと気味悪い笑みを浮かべた。バットで素振りをしながら、すでに焼け野原状態の、刑務所施設の入り口へ歩いて行く。
「あとは部隊長の俺様の現場判断で良いよなあ!? 結婚式までお預け食らっても、ぶっちゃけ待てなかったんだよ。人間をぶっ殺して、ぶっ殺しまくって、スカッとしたくてよお! なら今夜は、前哨戦といこうぜえ!」