表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
254/478

10-61 残留記憶



「どうして、雨宮がここにいるんだ……!」


 目の前に現れた刺客。

 その見覚えがある容貌に、トウゴは激しく動揺していた。

 同時に、激しい怒りも胸にこみ上げてくる。


「おい……お前は今、アデルの護衛として、アイツと一緒にいなきゃいけないはずだろうが! 一時でも、お前がアルトローゼ王国を離れることの、戦略的な意味がわかってんのか!」


 アルトローゼ王国にとって、雨宮ケイの存在は、他国への“抑止力(よくしりょく)”だ。企業国王(ドミネーター)たちの王冠(ケテル)の力に、真っ向から対抗できる唯一の武器、原死の剣(アイン・セイバー)の使い手である。王国に雨宮ケイがいてこそ、他国は簡単に侵略を仕掛けることができずにいる。アークの世は今、そうした軍事バランスになっているのだ。


 つまり雨宮ケイの不在の期間が生じれば、それは王国に、存亡の危機が訪れていることに他ならない。アデルたちが、危険にさらされるのだ。そのリスクを取ってまで、トウゴの追跡に乗り出してきたというのは、あまりにも理にかなっていない。


「こんなところで、俺なんかのケツを追ってきてる場合かよ!」


 トウゴの発言を聞いた刺客の少年は、少し驚いた表情を返す。

 だがすぐ、面倒そうに溜息を漏らして言った。


「やれやれ……。まさかアンタも、俺のことを雨宮ケイだと勘違いする口なのかい?」


「勘違いだ? どういうことだよ、そりゃあ。俺がお前を見間違えるわけがねえだろ」


「初対面のテロリストにまで見間違えられるなんて、よっぽどだな。けどコッチはいい加減、その質問にウンザリしてるんだ。自分じゃないソックリの他人が、俺の身の周りへ浸透しすぎてる。本当、度が過ぎてるよ」


「初対面って……お前、俺が誰だかわかってねえのか?」


 少年は皮肉っぽく肩をすくめた。


「悪いけど、オレにテロリストの知り合いはいない。帝国社会が気に入らないからと言って、アデルさんの結婚式を狙い、生物兵器をバラ撒こうとするような卑劣なヤツには、特にな。この白石塔(タワー)の中に住んでるたくさんの人たちを、テロの巻き添えにしても構わないと、そう考えての計画を立ててるんだろ? 帝国のやり方が気に入らない以前に、やってることは、そっちの方が最悪だ」


 少年は騎士剣を構え、トウゴを鋭く睨み付けてくる。


「2度と間違えるな。オレの名前は――――ケイン・トラヴァースだ」


「!」


 ケインと名乗る少年の、鋭い踏み込み。トウゴの予測よりも、数段に早い。一瞬で接近を終え、下段から刃を斬り上げてくる。かろうじてその斬撃をかわせたトウゴだったが、頬には浅い切り傷が生じる。(かす)ったのだ。


「くっ、問答無用かよ! ガチで、他人のそら似だってのか……!」


 見たところ、ケインは銃器の類いを装備していない。得物は騎士剣だけに見える。今の斬り込みの速度と鋭さを考慮すれば、おそらくは飛来する銃弾を、斬り払えるレベルの技量だ。だがトウゴの知る、雨宮ケイほどの攻撃スピードではなかった。それでも、そこそこ強いのは間違いないだろう。銃の交戦距離を保つことは難しい。今は遠距離武器よりも、近接武器に切り替えて戦うべきだ。


 瞬時に戦術を組み立て終える。


 トウゴは腰に提げたホルスターへ、ハンドガンをしまい込む。すかさず、隠して背負っていた、手斧を取り出した。斬り上げから立て続けに繰り出してきた、ケインの上段攻撃を受け止める。


 ケインは感心した態度である。


「情報にはなかったけど、近接戦闘もやれるのか?」


「お前みたいに、剣だけで銃とやり合えるような使い手が相手だと、銃は不利なことが多いんだ。それに、お前みたいなのとやり合えるようになるため、コッチはかなり鍛えてきてるんでな」


「……戦況分析が早い。なるほど。たしかに、ただのテロリストってわけじゃないらしい」


「さっきから上から目線で偉そうだな!」


 トウゴはケインの剣をはじき返し、攻勢に出る。


「どう見ても、こっちの方が年上だろ! ちっとは(うやま)えよ、後輩!」


 トウゴの手斧の攻撃を、ケインは剣の刀身で受け流し、(さば)いていく。

 刃を交えながら、ケインは苛立った。


「馴れ馴れしい! 学友でもあるまいし、アンタみたいなのを先輩扱いするわけが――――!」


 皆まで言う前に、激しい頭痛がケインを襲う。

 視界に砂嵐のようなノイズがチラつき、目眩(めまい)がした。

 堪らずケインは飛び退き、トウゴから距離を取った。

 激しい頭痛を()み殺しながら、顔色悪く、ケインは(うめ)いた。


「なんだ……この記憶は……!」


 脳裏に、妙な映像がチラついた。知らない学校にいて、知らない生徒たちと生活する自分。花が生えた奇妙なスマートフォンを手に、深夜の廃墟へ忍び込む。ビデオカメラを手にした少年と、メガネの少女と共にだ。


 ありえない。存在しないはずの記憶。

 峰御トウゴと対峙していると、それらが思考に付き(まと)う。


(ひる)んだ、のか……?」


 なぜか、急に苦しそうな顔をしているケイン。

 それに気付いたトウゴは、攻撃の手を止めて、怪訝に見る。


「よくわかんねえが、こりゃ脱出のチャンスだよな」


 最初から、戦闘は最低限にするつもりだった。今はジョーたちとの作戦のために、逃走することが目的なのだ。ここで捕まるわけにはいかないから、やむをえずケインと刃を交えている。相手を手負いにして、追跡できないようにすれば上出来だった。


 ケインを警戒しながら、トウゴは再び逃走を開始しようとする。煙幕の中に戻り、複雑に入り組んだ市街地の路地を通り抜け、仲間たちと事前に決めておいた合流地点へ向かうのだ。そちらへ足を向ける。


 だが、予期せぬ方角から銃声が発生し、弾がトウゴの肩を(かす)めていく。


「チッ!」


 見れば、向かおうとした煙幕の中から、メガネの少年が飛び出して、ハンドガンを撃ってきた。戦闘には慣れていない様子で、銃把を握る手を震わせている。当然のごとく、銃の狙いも外れている。


「もう仲間が追いついてきたってか。動きがはええじゃねえか……!」


「遅れてゴメン、ケイン! 無事!?」


 新手は銃を持っているが、射撃の腕は悪い。そのうえ、具合が悪そうなケインのことを心配し始めた様子だ。進路を見るに、ケインの傍へ駆け寄ろうとしている。目の前のトウゴへ、集中しきれていない。軽く小突いておけば、そのまま体勢を崩して、追跡してくることを諦めるだろう。素早く計算を終えたトウゴは、現れたメガネの少年めがけて突撃していく。


「ひえっ! くるの!?」


 トウゴは、足下に落ちていた石を拾い上げ、それを少年の顔をめがけて投げつけた。真っ直ぐ、目に当たる軌道で飛来するそれを、思わず少年は目を閉じて避けようとした。その一瞬の隙をついて、トウゴは煙幕の中に飛び込んで姿を隠そうとする。


「――――逃がさないッス」


「!?」


 伏兵(ふくへい)に気が付いた。


 トウゴが飛び込もうとした、煙幕のその向こうに、待ち構えていたもう1人の新手が潜んでいた。おそらくメガネの少年を先行させることで、トウゴの油断を誘ったのだろう。ケインの援護として現れたのは、弱そうな1人だけだと錯覚させたのだ。


 攻撃の射程に入ったトウゴを睨むその顔は、少女である。長い黒髪をサイドテールでまとめており、頭には複数の(かんざし)を差している。


 迂闊(うかつ)にも、得体の知れない敵と、無防備で遭遇してしまった。

 危険が極まる状況を即座に理解し、トウゴは青ざめた。


「しまっ――――!」


「もう射程内! 遅いッス!」


 少女、シラヌイは不敵に笑んだ。


「――――錐雨(きりさめ)!」


 魔術が発動する。シラヌイのかざした手先から、複数の水滴(すいてき)が生じた。水滴は鋭く、硬く変質し、細い針の雨と化して、トウゴの両脚の(もも)を貫いた。無数の針に射貫かれ、パンツの(もも)に、点々とした赤い血しぶきの後が(にじ)む。


「があっ!」


 射貫かれた衝撃と痛みで、トウゴはスタンする。

 その場で立ち止まって、両膝(りょうひざ)を落とした。


 銃弾ではなく、極細の水の針で、身体を貫かれた。それは初めて味わう類いの痛みである。刺すような鋭い痛みが(ほとばし)ったものの、肉体が大きく損傷したわけではない。水針を打ち込まれた後でも、足を普通に動かすことはできた。だが、細かく貫かれた痛みは深く残留しており、まるで(しび)れたような、不快な苦痛を感じた。


「水滴を、針みたいにして飛ばす魔術だと……!」


 遅れて駆けつけたメガネの少年が、トウゴの後頭部にハンドガンの銃口を押しつけてくる。


「クソッタレ……やらかしちまったかよ、こりゃ……!」


 どうやら逃亡に失敗してしまった。

 それを察したトウゴは、両手を挙げる。


 一応、建前上のトウゴは、生物兵器テロを目論む危険人物ということになっている。実際のところ、それはブラッドベノムという、日本の半グレ組織ではあるのだが、この場で事情を話したところで、信用などされないだろう。今この場で、FBIやグレイン騎士団に殺されないようにするためには、反抗的な態度を取らないことだ。忌々しいことだが、こうなってしまっては大人しくするしかない。


 シラヌイが、トウゴの両腕に手錠をかけてくる。

 そうして、メガネの少年に微笑みかけた。


「ナイスな、アシストだったッスよ、サムくん」


「いや、僕はテンパってただけだよ。ケインも具合が悪くなってるみたいだし、これは全部“シラヌイちゃん”の手柄の、おこぼれに預かっただけな気がするけど」


「……!」


 メガネの少年が、少女の名を口にした途端、トウゴは驚いた顔をする。


 自分の脚を魔術で撃ち抜いてきた相手の顔を、トウゴは慌てて見上げた。


「お前、シラヌイって……!?」


「おっと」


 何かに気付いた様子のトウゴ。そのみぞおちに、シラヌイはすかさず、強烈な蹴りを見舞った。皆まで言葉を発することができず、トウゴは口を閉ざした。急所を蹴られ、胃の中のものが逆流してくるような嫌悪感と苦しみに悶える。蒼白な顔で、悶絶し続ける。


「シラヌイちゃん……?」


「あ、サムくん。今、峰御トウゴが銃を手に取ろうとしていたッス。すかさずキックしたッスよ」


「そ、そうだったの!? やっぱりテロリストって、油断も(すき)もないんだね!」


「……ぐぅ……!」


 咳き込みながら、トウゴは忌々(いまいま)しそうにシラヌイの顔を見上げていた。


「…………どうやら、状況はますますややこしくなってきてやがるな」


 息を切らし、そう呟くのがやっとだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければ「ブックマーク登録」「評価ポイント」をお願いします。
作者の励みになります。

また、ランキングタグも置いてみました。
この連載を応援いただけるのであれば、クリックしていただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング

©うづき, 2021. All rights reserved.
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ