10-60 星気
ミスター・ジョーと呼ばれる手配犯一派が、港倉庫で、峰御トウゴ一派と取引することは、あらかじめ捕らえておいたレジスタンスの一員から、情報を聞き出せていた。脱出手段として小型の転移装置を運用していることもわかっていたため、あとはテロリストたちが、転移して脱出する先がどこであるのかを知ることができれば、包囲して一網打尽にできる計画であった。
支配権限によって操った女をレジスタンスに戻し、内通させる。
現場指揮官として任命されたアーサーが、立てた作戦は成功していた。
「機人族が、妙な目眩まし道具を持ってること以外はな!」
深い霧のように、周囲一帯へ広がる煙幕。ただの煙幕弾よりも拡散範囲が広大で、教会を中心に市街地全体が煙りに覆われたような状況になる。周辺の家々から、煙を誤検知した火災報知器が、合唱するように鳴り始めていた。教会の裏口から出てきたテロリストたちの姿を見失い、FBIの特殊部隊と連携して敷いた包囲網は、総崩れ状態となってしまう。
「ひええ! これじゃ何も見えないよ! 近くにいるの、ケイン!?」
濃い煙の向こうで、サムが慌てている声が聞こえてきた。近くから、仲間たちの咳き込む音も聞こえてくる。敵味方ともに、視界がない中では、耳に頼って敵の位置を探るしかないだろう。
無作為に音を出すことは、死に直結している。
「大声を出すな、サム! 敵に位置を知られてしまうぞ!」
ケインの警告が聞こえたのだろう。
サムたちは黙り込んだ。
テロリストたちは、交戦よりも撤退を優先させるだろう。積極的に攻撃してくることはないはずだ。だがケインたちの目的は、テロリストたちの抹殺。峰御トウゴの捕獲だ。このまま黙って見逃すことはできない。煙に視界を奪われた静寂の中で、ケインは思考を巡らせる。
煙を吸いすぎないよう、呼吸を浅く。
心を落ち着けた。
――――そうしてマナの流れを読む。
世界を形作るのは、目に見えない、マナと呼ばれるものだ。それは、あらゆる物質を経路で繋ぎ、EDENを成している。
誰しもが世界と、マナを通じて繋がっているのだ。
ケインとて例外ではない。
たとえ魔術を使えなくても。
繋がっている以上は、その機微や流れを読み取ることができる。
理屈は簡単だが、実践は至難である。それでもケインは、アイゼンの下で、学んできたのだ。習った剣技とは、すなわちマナの流れを読み、御する技法。無から有を生み出す魔術とは違い、無を無のままに利用する。星の中を血液のように流れる力の奔流を、五感で捉え、自在に操る技術。
「星気術――――」
五感を研ぎ澄ませば、周囲に満ちたマナの、微細な流れまで感じ取れた。まるで波のない、湖面のように静まった気配。その中で激しく動き回る命の気配があれば、それは激しく湖面を揺らがせる異物となる。近くの木の上で、さえずる小鳥。羽音を立てる小さな虫。ケインの周囲にいる、あらゆる命の気配を、鮮明に肌で感じ取ることができた。その中から、単独で、砂浜の方角へ駆けて去ろうとする峰御トウゴの位置を、ハッキリと感知する。
「逃がさない!」
ケインは、目の前を埋め尽くす煙の中を駆けだした。視界はゼロに等しいほどに酷い状況だった。だが足をもつれさせることもなく、転ぶこともなく、素早くターゲットの背を追いかける。
視力が役に立たない状況でも、星気術を使えば、自分の周囲の地形を把握することは容易だった。感覚を研ぎ澄ましていると、目から見える主観視点だけが情報元ではなく、肌や耳を、目のように使うことができるのだ。まるで自分を頭上から俯瞰して見下ろしているように、周囲一帯が広々と見渡せている。前方だけではなく、横や後ろ、上も下も、同時に全てが見えているようだ。自分という存在が、周囲へ大きく広がったようでもある。
AIV通信で、指揮官のアーサーから連絡が入る。
『こちらアーサー。峰御の仲間の機人族と交戦中だ。刀身の長さを自在に変えられる、光のナイフの使い手のようだ。奴等の機械眼は、この煙幕の中でもこちらの位置を正確に捕捉できている。近接戦に自信のない者は、むやみに仕掛けるな。これから囲い込んで、この私がトドメを刺す』
アーサーの通信に、ケインは応えた。
「こちらトラヴァース。ビーチの方角へ逃走している、峰御トウゴを追跡中」
『なっ! トラヴァース!? このゼロ視界の中で、どうやって追跡を!?」
「細かいことは後だ。必要に応じて交戦することになるだろう。相手は魔術の使い手じゃないらしいが、普通の戦闘員でもないという情報だったよな。おそらくは機人製の異能装具、妙な魔眼を持ってるとか……オレの援護をよこせるか?」
ケインの報告を聞いたアーサーは、興奮して応えてくる。
『トラヴァース、そのまま峰御トウゴを逃すなよ! 峰御トウゴこそが、本作戦のメインターゲットだ! お前の近くには今……サムとシラヌイがいるな! 2人共、この通信が聞こえているなら、トラヴァースのAIVの位置を目指して合流しろ! 視界が悪い。途中、潜んでいる敵の奇襲に注意しろ!』
『シラヌイ、了解ッス!』
『あ、サムも了解! ケイン、1人で無理しないでね!』
「トラヴァース、了解」
ひとまず援護をよこしてくれることになった。あとは仲間の合流まで、峰御トウゴを逃がさないようにするだけだ。何も見えない中を、ケインは駆け続けた。
次話の更新は月曜日です。




