10-56 テロ対策チーム
「ねえ、ケイン。……これって、いったい何の集まりだと思う?」
困惑している様子のサムが、ケインに尋ねた。
同じように、戸惑っているケインは応える。
「何って……何だろうな。今朝、急に呼び出されたってことしか」
「ぜんぜん、わかんないよね」
「ぜんぜん、わからないな」
高層ビルの上層階にある、役員用の大会議室。
大きなテーブルを、クルステル魔導学院の生徒たちが囲んで座っている。
それぞれが、革張りの立派なチェアに背を預けていた。
集まっているのは、いずれも名家出身の、若い生徒たちだ。
ケインとサムも、場違いなその場に紛れて、席を並べて座っていた。
2人が緊張した面持ちで強ばっていると、顔見知りの女子生徒が、遅れて会議室へ姿を見せる。桃色の長いポニーテール。整った顔立ちは気が強そうで、眼差しには、力強さがある。腰には2本の打刀を差していた。凛とした眼差しは、ケインたちの姿を見るなり緩んだ。
「おー。久しぶりじゃのう、2人共。おぬしらも、この会合に声をかけられておったのか。奇遇じゃな」
空いていたサムの隣の席へ、アル・スレイドは、遠慮なく腰掛ける。
そうして笑顔で、2人の顔を見てきた。
「ええっと。アルも、この“緊急会議”っていうのに呼び出されたのか?」
「うむ。今朝方、起きたらメール通知が届いていたのでな。その様子だと、ケインやサム、他の生徒たちも、妾と同じようじゃなあ。皆、豆鉄砲をくらった鳩のような顔をしておる」
「久しぶりだね、アル。実習でカリフォルニアに来て以来だから、僕たちと会うのは、かれこれ3ヵ月くらいぶり?」
そう言えばそんなに会っていなかったのかと、アルは腕組みをしながら考え込んだ。
「言われてみると、そうじゃなあ。月日の流れは早いのう。アデル・アルトローゼの結婚式まで、のこり1週間。つまりこの実習も残すところ、あと1週間程度。どうじゃ? 式の前に、グレイン騎士団と一緒に不穏分子どもを露払いする、この実習生活の感想は?」
イタズラっぽく微笑み、アルは2人に尋ねた。
説明しにくいことを聞かれて、ケインもつられて苦笑する。
「どうもこうも……。オレとサムの場合は、ちょっと特殊な日々だったよ。イリアクラウスさんのご指名で、専属護衛をやってただけだし。他のクラスメイトたちとは、一風、変わってる実習だったというか」
言いながら思い出しているのか、ケインの顔色が悪くなる。
同じように、サムの表情も青ざめていた。
「あんまり、犯罪組織とかを見つけてやっつけるって感じの実習じゃ、なかったよね。他のみんなは、FBIのローテクな犯罪捜査とコラボして、不満を言ってたりしたみたいだけど、僕たちはそういうのもなかったかな……」
「ほお、イリアクラウス・レインバラードか。エレンディア家出身の大令嬢で、今は勇者殿の嫁であったな。“死の商人”の専属護衛とは、なかなか得がたい経験をしておったようじゃな」
「そうなんだよ! イリアさん、とんでもなく命知らずで、あの人は頭がイカレてるよ! いきなり鉢合わせた商売敵とロシアンルーレットを始めたり、とんでもない賭け金のギャンブルを始めたりさ! 僕たちは護衛だから、すごくヤバい人たちとの取引会場とかにも、バンバン顔出しさせられて。おかげでこっちは、寿命が縮まりすぎて早死に間違いなくなったよ!」
「本当にヤバい場面は何度かあったし、イリアさんが命知らずだって言うのは同感。さすがは勇者の奥さん。あれくらい胆力がないと、務まらないのかもなあ」
「アッハッハ! 2人とも、なかなかに苦労しておったようじゃなあ。まあ、ご指名ということは気に入られておるのじゃろうて。卒業後の進路は、レインバラード家というのもありかものう」
「げえ! イヤだよ! よくよく考えたら、それってアーサーの家でもあるじゃないか!」
唾棄するように、サムが眉間を歪めて拒絶している。
いつも通りに賑やかなサムを横目にしながら、ケインはぼやいた。
「それにしても、どうしてオレとサムをご指名だったのか。なんだかわからない部分も多かったなあ……」
まず、そもそも指名された理由がわからない。アルは「気に入られているのだろう」と考えているようだが、ただそれだけで、自分の専属護衛として、クルステル魔導学院の実習中の生徒を起用しようとするものだろうか。ケインとサムは、魔術さえ使えない、凡庸な生徒だ。イリアなら、金を払いさえすれば、もっと実力のあるプロを雇うことだってできたはずなのだ。なのに……なぜ、ケインたちだったのか。選定の意味がわからなかった。
イリアに声をかけられたのは、サムの“暗殺未遂事件”のすぐ後だった。
彼女のおかげで、犯人の可能性がある他の生徒たちと共通の任務に参加する機会が少なく、接点を多く作らなくて良い状況になったのは助かっていた。……もしかして、他の生徒たちから、サムを遠ざけることに協力してくれた結果なのかもしれない。だがそうだとしても、イリアが、ケインやサムに助力する理由は、皆目見当もつかない。何か思惑があってのことなのだろうか。それとも……サムに毒を盛った犯人について、何か知っているからなのか。
そもそもイリアの思考回路は普通ではないので、その考えなど、推測のしようもないことだが。ケインは予測を諦めて、嘆息を漏らす。話題を変えるべく、今度はアルの方へ尋ねた。
「そっちの方こそ、どうなのさ。ランダム班編成なのに、アルとは同じ班にならなかったけど。それでもアルの活躍は、さすがに耳に聞こえてきてるよ。この白石塔へ潜入しようとしていた武装獣人たちのテログループを、グレイン騎士団の情報部門より先に発見して、未然に一網打尽にしたんだろ?」
ケインの言葉で思い出したのだろう。
不快そうなしかめ面をしながら、サムが付け足した。
「たしか、その時はアーサーたちの班も一緒だったんだよね? うう~、あんな性悪な貴族のボンボンに、成績に反映されそうな手柄ができちゃったなんて、羨ましい! 妬ましい!」
「相変わらず、口を開けば、素直ストレートに本音がダダ漏れておるのお、サム。ウソがつけないヤツじゃ」
「サムは良いヤツだよな。ストレートすぎるバカなんだけど」
「バカってのはひどくない!? ってか、それ褒めてる?!」
アルはクックッと、低く笑って肩をすくめた。
「サムが元気そうで何よりじゃ。以前、新入生歓迎会で倒れて以来、あんまり会話をする機会もなかったからのう。正直、あの後から2人は、クラスメイトや先輩方を、避けているようにも感じておったからの」
「……」
微笑むアルの瞳の奥に、ギラリと輝く何かが見えた気がした。
思わずケインは、黙り込んでしまう。
相変わらず、頭が切れる少女である。騎士団に先んじ、テロリストたちを発見して殲滅したのは、運や偶然が成した手柄ではないだろう。実力で間違いない。新入生歓迎会でサムが倒れたのは、表向きには食中毒ということになっている。だがアルは、持ち前の推理力で、すでにサムの身に本当は何が起きたのか、気が付いているのかもしれない。
それはアルの頭が良いからなのか。
それとも……アルがサムを毒殺しようとした犯人であるからなのか。
信用して良いかわからない以上、事情を話すわけにもいかない。
会議室に少年が1人、颯爽と入室してくる。
ブラウンの長髪。整った顔立ちの貴族である。
豪華に装飾された剣を、腰に帯剣していた。
少年は、談笑しているケインとアルを見るなり、苛立って舌打ちをした。
「――――ヘラヘラと談笑しているのは、それくらいにしておけよ」
現れるなり、いきなり悪態をつく少年に、ケインも苛立った顔を返す。
「……アーサーか」
「今はアーサー“隊長”と呼べ、トラヴァース」
「隊長……?」
アーサーは、会議室に集まったメンバーを見渡した。そうして最後にケインたちを見やり、落胆して、肩を落とした。忌々しいものを押しつけられたような態度で、失望の溜息を吐く。
「フン。市民の分際でありながら、活躍しているアル・スレイドはともかく、貴様やサムのような、家柄も能力もないゴミが、なぜこの重大な任務のメンバーに選ばれたのか。防衛総司令官の判断を疑うところだ」
「……」
ケインとサムを名指しで否定してくる。
2人とも露骨に苛立つが、アーサーは気にした素振りもない。
「早朝の呼び出しだが、どうやら全員揃っているな。まあ、当然だな」
アーサーは議長の席に腰掛けて、偉そうに名乗った。
「私が、この特殊作戦の指揮を執ることになった、アーサー・レインバラードである。我が家名について、アークの民であれば聞いたことがあるだろう。そう、グレイン企業国の御三家に数えられる名家、レインバラードの者だ」
「……その情報って要る?」
小声で、サムがツッコミを入れる。
離れたアーサーの席には聞こえないだろうが、隣のケインには聞こえた。
その意見には、まったく同意だった。
「さて。今回、ここに集まってもらった人員には、とある特別な任務が与えられることになった。新しい防衛司令官殿からの、直接の指令となる。全員、心して任務に臨むように」
また小声で、サムがアルへ尋ねた。
「新しい防衛司令官って? 前の人はいなくなったの? 誰のことさ?」
アルは小声で即答する。
「クリス・レインバラード。かの有名な“勇者”様じゃな。つい昨日に就任したばかりの、アーサーの兄上。新入生歓迎会で、ケインが接吻しようとしておった、イリアクラウス殿の夫でもあるのう」
「それは、色々とオレの過去の古傷をなじるような言い方だな……」
「でもまあ、なるほどね。アーサーが隊長に選ばれたのは、きっとお兄さんのコネに決まってるよ。実力で選ばれたんなら、アルの方が隊長に相応しい活躍だろ? 親の七光り野郎のアーサーらしいよ」
「妾は別に、隊長の座になど興味はないがのう」
「しかし……。もう結婚式まで1週間くらいしかない。こんな土壇場の時期に、いったいどうして司令官が替わるんだ……?」
騎士団の上層部の決め事である。
下っ端であるケインの疑問に、答えが出るわけではない。
アーサーはさっきから腕時計を見て、妙に時間を気にしている様子だった。
「任務の説明を行う前に、まずは全体放送で、アデル・アルトローゼ様から我々へお言葉をいただけることになっている。2分後だ。全員、心して拝聴するように」
「全体放送?」
「なんじゃ、サム。実習でカリフォルニアへ来ている学院の生徒全員に、メールで通達がきておったじゃろ。こうして妾たちが守ろうとしている結婚式。その“主役ご本人”から、スピーチがあるそうじゃぞ。メールを確認してなかったのかの?」
「え? そうなの?!」
時間になったのだろう。
ケインたちのAIVに、外部からの強制割り込み処理が入る。
目の前に現れたのは、ホログラム投影された、1人の少女の姿だった。
ミディアムショートの銀髪。その頭部には、色とりどりの花を編み込んで作った、花の冠が乗せられていた。ウエディングドレスのような純白の衣装の上に、赤いマントを羽織っていた。
「わあ…………。あの人が、アデル・アルトローゼ?」
思わずサムは呟き、息を呑み込んでしまう。
その隣で、ケインも同様に言葉を失っていた。
見惚れてしまったのだ。
あまりにも美しすぎる。
予想もしていなかった、可憐な少女だった。
「あんな女の子が、エヴァノフ企業国で起きたクーデターの首謀者……? 企業国王を殺した、死の騎士の主。アルトローゼ王国の王だって言うのか」
「アルトローゼ王国建国の仔細については、帝国社会では情報制限されておる。特に王や、死の騎士についての情報は、一般人なら、ほとんど閲覧禁止じゃ。ご尊顔の画像データすら、ネットワークやライブラリ上では見つけられない。なのに、こうしてアデル王の顔を見てしまった妾たちは、ある意味で機密情報を知ってしまったことになるのう」
「ええ!? それってなんかまずいこと?」
「さて、のう」
皮肉っぽくアルは微笑む。
そうしている間に、ホログラムの少女は唇を開く。
『初めまして、アデル・アルトローゼです』
透き通るような美しい声で、アデルは語り始めた。
『グレイン騎士団の皆さん。それに加えて、インターンとして手伝いにきていただいている、クルステル魔導学院の皆さん。皆さんは私の結婚式のため、当日の会場警備ならびに、カリフォルニア白石塔の治安維持活動に邁進していると、お聞きしています。毎日、危険な任務に当たっているともお聞きしていて、私としては、皆さんのことを、とても心配しています』
聞き慣れない言葉を耳にして、生徒たちは反芻して呟いてしまう。
「……心配?」
「王が、私たちのことを……?」
自分より身分が低い者の身を案じる。
騎士団では、考えられないような言葉である。
『日々の皆さんのご尽力に一言、感謝したいと思っていました。ですが、どうか無理をなさらず。ご家族やご友人のことを考えて、時には任務よりも、ご自身の命を大切にしてください。そうして、今後の任務にあたっていただければと思います』
その後も、アデルのスピーチは続いた。どうやら本気で、騎士団や学院の生徒たちのことを心配していて、その仕事ぶりに感謝している様子だった。そのことを一生懸命に演説して、アデルの話は終わった。同時に、ホログラムのアデルの姿も消える。
話を聞き終えたケインは、感慨深く呟いた。
「まさか……わざわざ、お礼を言いたいだけだった、ってことか?」
何を話すのかと思えば、拍子抜けだった。
感謝の気持ちを伝えたい。
ただそれだけの演説だった。
困った表情で、サムも呟いた。
「僕、アデル・アルトローゼは、テロリストたちの崇める野蛮な王だって聞いてたけど……思ってたより、優しい人なのかな。グレイン騎士団だけじゃなく、インターンの僕たちのことまで心配して、労って、感謝してくれるなんて……。これが当たり前だと思ってる企業国王なんか、そんなことしようと思ったことすらないんじゃないの?」
「あるいは、見た目の優しさで偽ることが、彼女の人心掌握術なのかもしれぬぞ? なにせあの王は、エヴァノフ企業国の人々や、獣人たちまで決起させた才器なのじゃ。ただ者ではない」
「でも、ああやって労ってもらえると、みんなだって、もっと頑張ろうって気持ちにもなるよね。僕だってそうだしさ」
会議室を見回してみれば、アデルの演説を聴いた生徒たちが笑顔になっている。自分たちの仕事が認められていることに、悪い気はしていないのだろう。嬉しそうだった。
アデルの言葉を聞いていたケイは、なぜか、妙に落ち着かない気持ちにさせられていた。今日、初めてアデルの顔を見たはずなのに、アデルのことを昔から知っている。そんな既視感に似た、ノスタルジーな思いが胸を満たしているのだ。
――――絶対に彼女を守らなければならない。
強い想いが湧いてくるような気がした。
本当に、不思議な感情だった。
サムが言った。
「それにしても、なんかこう……普通に、可愛いって言うだけじゃ足りないって言うか。生きてる芸術品って存在って言えば良いのかな。キレイすぎたね」
「ほう。サムはやはり詩的なことを言うのう。たしかに、この世のものとは思えぬ美しさじゃ。同性の妾から見ても、惚れてしまいそうな外見じゃった。あれだけの美貌を持っていると、もはや呪いじゃな。本人に、その気が無くとも男たちを惑わせる。……かえって生きづらそうに思うのう」
サムとアルが語らっていると、満を持してアーサーが口を開いた。
「よし。アデル様のお言葉を、全員、胸に留めるように。だが、言葉通りに危険を冒さなくても良いわけじゃない。私たちは最前線に配備された戦士であり、我々の働きが、このアークの平和と秩序を担っていると言って過言ではないのだ。それほどまでに、この結婚式とは重要な式辞だ。命をかけてでも、死守する必要がある」
本題に入るべく、アーサーは会議室にいる全員のAIVへ、ホログラム映像を送りつけた。そうして、自身が指揮することになった作戦の説明を開始した。
「今回、集まってもらった君たちには、ある特別な任務に就いてもらう。今から、それを説明しよう」
「特別な任務?」
「四条院企業国が管理している白石塔。日本と呼ばれる内世界の国から、危険な“テロリスト”が渡米してきているという情報が得られた。相手がただの下民であれば、大した脅威ではないのだが、この男は白石塔に潜伏して非合法な活動をしている、アーク市民だ」
アーサーは、全員の視界に表示させた人物像を、アイトラッキングでマーキングした。大写しになったのは、左眼に眼帯をした、アジア系の黒髪の男である。まだ年齢は20歳の前半くらいだろう。人相の悪い、いかにも悪人な顔だ。
「――――峰御トウゴ」
問題の人物の名を、アーサーは口にした。
「2年前の東京白石塔廃棄処分の生き残り。その後、アークの各地を放浪した後に、再び内世界へ戻って潜伏していたようだ。故郷を滅ぼした帝国に対して、恨みを抱いている。最近になってから、目立った活動を開始。どうやら、アデル様の結婚式で何かを仕掛けようと、水面下での動きを活発化させているとの報告がある」
「隊長。水面下での動きとは、何ですか?」
「つい2週間ほど前のことだ。日本の田舎町を魔術で隔離し、正体不明の兵器実験を行っていた形跡が確認されている。その首謀者が、この峰御トウゴと見られている」
「兵器実験?」
「今言った通り、正体不明だ。しかし、実験地にされた村からは、高度にマナ汚染された村民たちの死体が、大量に発見されている。詳細な報告書は、各員のAIVへ送っておいた。後で確認しておくように。我々の任務は、その兵器の正体を探り、結婚式へのテロ攻撃を未然に防ぐことだ。まずは何としても、この男を捕らえて情報を得る必要がある。結婚式までは残り1週間だ。時間はないぞ」