10-47 脱出口
常闇に覆われ、異常存在たちが徘徊する形咲町。
月埜化成研究所の地下に形成した生存者コロニーは、崩壊していた。
篠川に化けていた偽物の登場を皮切りに、待ち構えていたように襲来した異常存在たち。武装した末松組によって4体を撃退したものの、犠牲になった町人たちは多い。物資搬入用の倉庫スペースに集まった人々は、互いの無事を確かめ合い、助かったことに涙していた。
「生き残ったのは、こんだけかよ……!」
遅れてやってきたトウゴは、歯噛みした。
数えたところ、生き残った町人の数は14人。
管理名簿によれば、27人がいたはずだ。
つまり半数が異常存在たちに殺害されてしまったことになる。殺害された者たちの無残な惨殺死体は、異常存在の死体の傍に転がり、床や壁へ、臓物や血しぶきの痕をバラ撒いていた。
「クソッ!」
八つ当たりで、トウゴは壁を殴りつけた。
「ミズキも攫われて、生存者たちも半数が殺されて……! 犠牲ばかり増えやがる!」
冷静さを欠いているトウゴの気を静めるべく、白衣のアズサが言った。
「落ち着いてください、トウゴくん。元々、人員も武器も不足していたんです。全員を守れないのは仕方在りません。全滅しなかっただけでも、良かったくらいですよ。それに、起きてしまったことは、今さら変えようがない現実。ここから先をどうするかで、挽回するべきです」
「わかってるよ、アズサ先生。けどよ……ああ、ちくしょう!」
スーパーマーケットで、トウゴが助けた親子の死体が転がっていた。父親は娘を抱きしめた格好で絶命しており、娘はそれに寄り添うようにして息絶えていた。死ななくても良かったはずの命が失われている状況に、トウゴは激しく憤りを感じていた。
「――――トウゴ?」
名を呼び止められる。
声をかけてきたのは、生き残った1人。
だが、形咲町の住人ではない。
知った顔の少女だ。
それは、篠川と一緒にテレビ撮影に来ていたタレント、蔵田ヒナである。
「無事だったんだな、ヒナ」
「そっちこそ。ところで、篠川は……?」
「……」
「一緒に、アズサ先生のところへ行くのを見たよ? あいつはどこへ行ったの?」
「篠川さんは……たぶん無事だ。ちょっと今は、居場所がわからないけどな」
「……はあ? どういう意味なのよ、それ!」
煮え切らないトウゴの答えに、ヒナは苛立った。ヒナは篠川に対して、特別な感情を持っているのではないかと、ミズキが推測していた。だからこそ、ハッキリしない答えに腹を立てているのだろう。トウゴに詰め寄ってくる。
「たぶん無事ってどういうこと? しかも居場所がわからないって……怪我とかしてるんじゃないわよね!?」
怒りと焦りをぶつけてくるヒナ。その勢いに、トウゴは苦々しい表情を返すしかなかった。トウゴが困っていると、そこへスキンヘッドの男が、人相の悪い手下たちを連れて歩み寄ってくる。
「――――悪いな、嬢ちゃん。私的な言い争いなら、後にしておいてくれるかい」
会話に割り込んできたのは、末松組の組長、末松サキチである。手下たちと共に、異常存在と戦ったのだろう。返り血を浴びた姿はグロテスクで、銃器を手にしていた。その迫力に気圧されたのだろう、ヒナは思わず言葉を呑み込んで黙り込んだ。
「トウゴとは、これから少しばかり、大人の話し合いをしないといけないんでな」
「……」
色々とトウゴを問い詰めたいのだろうが、ヒナはグッと我慢する。末松の迫力に怯んだこともあったが、襲撃を受けたこの生存者コロニーで今、人々が頼れるのはトウゴだけなのだ。怪物と戦える希少な人員同士で話し合いをしたいというのだから、その優先度は、ヒナの私的な用事に勝るだろう。
ヒナはトウゴを睨み付けながら、渋々とその場を後にして行った。
「……こりゃあ、恨まれちまったかな」
「女なんて生き物は、年中、男を恨んでるんだ。お前さんも男に生まれたなら、そのうち慣れる」
「末松さんみたいな、女泣かせと同じみたいに言うなよ」
「かっかっ。ちげえねえ」
冗談っぽく笑ったのも束の間、末松は真顔で尋ねてきた。
「それで? もうわかってんだろ? 隠れ家に使っていた、この場所が敵側に知られちまったんだ。先遣隊の化け物どもは片付けられたが、次はもっと大所帯でカチコミかけてくるかもわからねえ。これ以上、全員でここに長居はできねえぞ。新しい隠れ家が必要だ」
「……」
隠れ家が見つかったというのは、正確ではない。篠川に化けて、生存者コロニーに紛れていたブラッドベノムのスパイがいたのだ。だいぶ前から、この場所は敵側に“知られていた”のだと考えるべきだろう。おそらく、トウゴが篠川の正体を見破ったことがキッカケとなって、今回の襲撃が起きたのだ。シェイプシフターが、ミズキを連れて脱出する、その時間稼ぎのための襲撃だったのだろう。
末松の見解は正確でないが、状況分析は正しい。
「たしかに。これ以上、ここに隠れていても危険しかねえ。場所を移動するしかねえのは間違いないな」
「なら、今度はどこへ逃げる。どっか宛てはあんのか?」
問いかけてくる末松へ、すぐには返事をしない。
トウゴは、アズサへ目配せした。
「……アズサ先生。ミズキの場所は特定できているかい?」
尋ねられたアズサは、先程からタブレットPCを操作して、あれこれ調べている様子だった。トウゴに言われ、近隣の地図画面を表示して見せてくる。画面の中央には、赤い点があった。
「敵に誘拐されたミズキさんには、発信器が付いています。途中までしか追跡できていませんが、最後に反応があった場所はわかっています。私は普段、このプラントからあまり外へ出ませんので。周辺の地理に詳しくはありませんが……ここですね」
アズサが指さす赤い点を、末松が目を細めながら確認した。
「こりゃあ……畑山坑道跡地か?」
「畑山坑道……ですか?」
「ここから北へ3キロほどの山中だ。田園地帯を抜けた先。公民館よりさらに北へ行った、藪の中にある坑道だよ。40年以上前に閉鎖されて以来、立入禁止になってる。俺が爺さんから聞いた話にゃなるが、中は広い坑道になってて、大昔に使われていた頃は、山隣の町まで繋がってたとか。実際に入って見たことがあるわけじゃねえがなあ」
「山隣の町まで繋がってる坑道ってことか……?」
トウゴはアズサを見やる。
意図を察しているアズサは、頷いて肯定した。
トウゴは真顔で見解を述べた。
「偽物野郎は、1度、自分の拠点へ戻ったはずだ。ミズキを連れたままじゃ、また俺たちと戦う時にやりづらいからな。ならこの坑道が、ブラッドベノムの拠点へ続く道。隔離されたこの村から脱出できる、出入り口になってる可能性が高い」
「おそらく、そういうことでしょう。ブラッドベノムは、この坑道を使って外の世界を行き来している。そして、ここから異常存在を送り込んできてもいるわけです」
「なら俺たちも、ここを通れば隣町まで行ける。脱出できるかもしれねえってことだな」
「可能性の話ですが、そうですね」
トウゴとアズサの会話を聞いていて、末松は眉をひそめる。
「おいおい、お2人さん。坑道から隣町へ行くって……正気かい? 40年以上も使われていない坑道だぜ? 俺の爺さんが言っていた通りに、本当に隣の町まで繋がっているのかなんてわからないし。そもそも、まだ安全に通れる道が残ってるのかもわからん。土砂や崩落で塞がってるかもしれねえんだぞ」
「けど、村に化け物を放った連中は、この坑道を使ってるみたいだぜ」
「そりゃあ……そうみたいだが……」
トウゴは末松へ頼んだ。
「末松さん。悪いけど、生き残ったみんなを集めてきてくれるかい」
「ああん。集めて、どうするつもりなんだ?」
「俺の考えを、みんなに話す。また新しい隠れ家を見つけて、そこに避難するのも手だが、それじゃあ、いつまで経っても問題の解決にはならねえ。この村にとどまれば、食糧が尽きて飢え死にか、徘徊している異常存在どものエサになるしかねえんだ。ただ生きるだけなら逃げ回りゃ良いさ。けれど、未来を求めるなら……脱出するべきだ」
「…………かもな。とりあえず、村人たちを集めてくる。10分後に、物資搬入エレベータ前で良いな?」
「助かるよ。ありがとな」
苦笑しながら、末松はスキンヘッドの頭を掻きながら背を向ける。手下たちへ指示を飛ばし、生存者に声をかけてくるように命令していた。その背を見送るトウゴを、意味ありげにアズサが見つめてきている。何を言いたいのか、察しはついていた。
「わかってる。ミズキに発信器が付いていることは、篠川さんに化けてた偽物野郎だって知っていたことだ。なのにそれを敢えて外さず、この村から脱出できる突破口の場所を、俺たちに漏らしてやがるんだ。こっちにとって都合が良すぎる」
「……罠の可能性が高いですよ」
「それでも、だよ。俺たちに選べる選択肢は少ねえ。いつまでも逃げ回れねえのはたしかなんだ。まだこちらに戦える余力があるうちに、仕掛けるべきだろ」
トウゴは拳を固め、それを手のひらに叩きつける。
パシッと小気味よい音を立て、覚悟を決めた。
「決戦だな」
「……」
視線を鋭くしているトウゴ。
それを傍から見ていたアズサは、複雑そうな表情をしていた。
やがて溜息を漏らし、観念して告げた。
「トウゴくん。実は、あなたとスグルには黙っていましたが、ミズキさんを隔離していた部屋には、隠しカメラが存在していました」
「……え?」
意外なアズサの告白に、トウゴは驚いた顔を返す。
「あなたたち2人は、情に脆いタイプでしたから……。顔見知りのミズキさんに情けをかけて、逃がしてしまうかもしれないと考えていました。悪かったとは思いますが、結果として、それが幸いしました。スグルに化けた偽物が、ミズキさんと会話をする場面を録画することに成功したんです。撮影された映像と音声から、とても興味深い情報が得られましたよ」
アズサはAIVを操作し、トウゴの視界へ、録画映像を送りつけてくる。それを再生させたトウゴは、愕然とした。
「コーネリア……バフェルト……!?」
予期していなかった名前を耳にして、トウゴは唖然とした。