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10-46 古強者



「あたし、そろそろ昼寝がしたいんだけど。タラタラやってると、いつまでも戦いが長引きそうだから、さっさと終わらせるよ?」


 ネロは銃剣を手に、ユラリと動き出す。直後、力場魔術(フォーススキル)で生み出した力場に乗って、右へ左へと投げ出されたように移動を始めた。エリーの張り巡らせた鋼線の結界など、無いも同然の余裕の動き。鋼線の編み目をくぐりぬけ、エリーをめがけて刃を叩き込んでくる。


「そんな! 私の重力魔術で、身体の動きを鈍化させてるはずなのに!」


「魔術で移動してる時は、身体能力で高速移動してるわけじゃないからでしょ……!」


 驚き、目を丸くしているリンネへ、ジェシカが冷や汗交じりで言う。その間にも、ネロに攻め立てられているエリーは、窮地へ(おちい)っていった。激しい斬撃を浴びせかけられ、鋼線を束ねた(こん)でそれを受け止める。


「先程よりも速いっ……!」


 格段にネロの手数が増えて、一撃の重みも増していた。もはや反撃するほどの余裕もなく、エリーは攻撃を受け止めるだけ。防戦一方に回ってしまっていた。だが、(しの)ぎきれない。


「かはっ!」


 後退った先で、ネロが虚空に残していた“残撃”の一撃を背中に受けてしまう。かまいたちに斬り付けられたように、エリーの背に深々とした切り傷が生じ、血が飛び散る。立て続けに、仕掛けられていた残撃の一撃を受けてしまい、肩口、ふくらはぎと、次々に裂傷を受けてしまう。まるで空間中に仕掛けられた、斬撃地雷である。


「エリー先生!」


 見る見る間に、血みどろと化したエリーは(たま)らず、その場で膝をついて動かなくなってしまう。ものの1分もしない間に、かの有名な鋼線令嬢を追い詰めて見せたネロは、攻撃の手を止めて立ち止まった。


「格の違い、わかってくれたかな-」


「……っ!」


 (ひざまず)いたエリーは、悔しげにネロを見上げた。

 息を切らしており、余力がないのが見て取れる。

 あっという間にエリーを戦闘不能にすると、ネロはチラリと、ジェシカとリンネを見やった。


「さてと」


 ネロはゆっくりと、ジェシカとリンネの方へ歩み寄ってくる。

 2人の表情は、思わず(こわ)ばってしまった。


 これまで2人が攻撃されなかったのは、エリーが近接戦を仕掛けることで、ネロにその余裕を与えなかったためだ。前衛のエリーが倒された今、ネロを阻む者はいないのである。強力な魔術を使えても、身体能力が凡人と大差ない。むしろか弱いくらいのジェシカとリンネでは、達人の域にあるネロの攻撃を防ぐことはできない。魔術を放つ間もなく、殺されてしまうのは間違いないだろう。


「ここまでなの……!」


 妹を傷つけた施設の管理者。1度殺すだけでは、殺したりないくらいに憎い相手だ。その相手に手も足も出ず、敗れ去るしかないとは、あまりにも無念である。せめて一太刀でも、妹の代わりに与えてから死にたかった。破れかぶれになりながら、ジェシカは再び現象理論(プログラム)を構築し始める。


「ジェシカちゃん……!」


 今さら、そんなことをしても無駄。魔術の発動など間に合わない。そう言いたそうな顔で、リンネが悲しそうな表情を向けてくる。だが構わなかった。


「たとえ殺されたって、アタシはアイツに負けなんて認めない……! 妹をこんな姿にした奴等の黒幕に、命乞いなんてするもんですか! なら、最期まで戦ってやるんだから!」


「……暑苦しいなあ~。そう言うの、めんどうなんだよね」


 ネロは銃剣を手に、ユラリと身体を揺する。


「魔術の発動前に、その小っこい頭を斬り飛ばしてあげる」


 リンネの背後へ回り込んだ初動と同じように、ネロの姿が消え失せる。猛烈な速度で、ジェシカたちの視界の外へ離脱し、死角から飛び込んでくるつもりなのだ。


 見えない一撃。

 回避不能。


 それだけで、自分の死を予感することは簡単だった。次の瞬間、自分の頭が宙を飛んでいてもおかしくない恐怖の中で、ジェシカは周囲に敵の姿を探した。半ば絶望する思いで。


 ガギンッ!


 ジェシカの耳元に迫っていた銃剣の刃が、受け止められている。エリーがリンネへの攻撃を凌いだ時と、似たような金属音がした。ジェシカが気が付いた時には、銃剣を振り下ろしたネロが、すぐ近くまで迫っていた。その刃を受け止めたのは、()()()()()()()()の太刀である。


「……ったく。やれやれ」


 着物姿。口ひげを生やした、赤いザンバラ髪の中年だ。不健康そうに頬が()けた、顔色の悪い男である。(やつ)れた細い身体は、貧弱そうだが、その手にしている太刀で、強力なネロの一撃を受け止めきっている。


 予期せぬ参戦者に驚き、ネロは後退して距離を取る。

 赤髪の男は、太刀を手にしたまま、ネロの方を油断なく見つめていた。


 その顔には、見覚えがある。

 ジェシカとリンネは、恐る恐る訪ねた。


「アンタ……たしかグノーアの村にいた」


「アイゼンさん……でしたっけ?」


 悪異自然体(ヘイトスポット)へ入る前に立ち寄った、辺境の村グノーア。その酒場で酔い潰れていた、飲んだくれの住人だったはずだ。それがなぜ、この場に現れてジェシカたちを助けたのか。


 アイゼンはボリボリと頭を掻いて、少し照れくさそうに応えた。


「ああ、なんだ。まあ、他人とは言え、話したことがあると、どうにも情が湧いちまう。知った顔の姉妹を見送った後、どっちも揃って帰ってこないときたんだ。こんなに寝覚めの悪いことはなくってな。少しばかり様子を見に来てみれば、さっき、ここからデカい火の玉が上がってくるのが見えた。足を運んでみりゃ、この妙ちきりんな館ときた。それに……そっちはたしか、エマだったか?」


 アイゼンは、リンネが魔術で運んでいる痛ましい姿のエマの様子を見やっていた。それを見ながら、少し苛立った顔で呟いた。


「……これが、お前の望んだ理想か? バカ弟子よ」


 独り言を口にしながら、(いきどお)っている様子のアイゼン。エマのことに同情しているだけなのとは、少し様子が違う。悔しそうに目を細めていた。


 そこへ空気を読まず、面倒そうにネロが尋ねた。


「……まーったく。なにが、侵入者なんて滅多にこない暇な拠点よ。千客万来じゃない。そんでもって、また新客? 今度は誰よ、オジさん?」


 尋ねられたアイゼンは、苦笑する。

 ネロへ向き直って、耳をほじりながら答えた。


「さてな。飲んだくれ。もしくは、穀潰(ごくつぶ)しってところか? 好きに呼べ」




 ◇◇◇




「こりゃあ……まったくもって、よくわからん状況だ」


 アイゼンは、少し困惑しながら本音を呟いた。


悪異自然体(ヘイトスポット)に存在する上下逆さまの館。満身創痍のエリーゼ・シュバルツ嬢に、そこの機械に閉じ込められてるのは……もしかして、ケインか?」


 メインチャンバーに閉じ込められているケイと、赤い剣。それらを交互に見やりながら、怪訝そうに眉をひそめている。物珍しそうに研究施設を見回しているアイゼンに、ネロは呆れた口ぶりで言う。


「その態度じゃー、オジさんは何にも知らない部外者かな? 勘弁してよ。関係ない一般人まで、この秘密施設にやって来たってこと? もう秘密の意味ないじゃんか」 


「それで? まさか、そこのメイドのお嬢さんが、この秘密施設とやらの守護者か?」


 小馬鹿にしたアイゼンの口調に、ネロは少し苛立った顔を返す。


「こっちはシュバルツ流の第2階梯(かいてい)だけど? 不足ある?」


 ムキになったのか、ケンカ腰にネロは応えた。

 それを聞いたアイゼンは、皮肉っぽく笑う。


「はん、シュバルツ流ねえ。アークに無数ある少数流派を束ね、一大流派にまとめあげた、いわゆる“統合戦技”だったか。なでもかんでも見境なく良いとこ取りして、我が物顔にしているだけ。実際のところは本流なんてない、寄せ集め戦技だろ。実際、流派の人間が得物に選ぶ武器は、剣やら槍やら鋼線やら。まるで統一性というもんがない」


「……オジさん、なかなか詳しいね。さっきは、あたしの一撃を受け止めたくらいだし。それなりにはヤルみたいだけど。その言い草じゃ、いわゆる少数流派ってヤツかな?」


「まあな。大昔に……シュバルツ流に取り込まれちまった、古くさい流派の1つだよ」


 ネロは銃剣を肩に担いで、溜息を吐いた。


「オジさんが誰だか知らないけどさー。今のところ、この場に邪魔者はあんただけみたい。なら、あたしはさっさとそれを始末して昼寝するだけ。悪いけど――――秒で殺すわね」


「できるもんならやってみな。売られたケンカは全部、勝つ主義だ」


 力場魔術(フォーススキル)で、自身の身体を射出して高速移動するネロ。その勢いを乗せて、銃剣の刃をアイゼンへ叩きつけようとする。だがその刃を、アイゼンは軽々とは太刀で受け流して無力化する。


「へえ。さっき受け止めたのもマグレじゃなさそう」


 感心しながらも、ネロはそのまま、連撃をアイゼンへ叩き込む。それら攻撃の全てを、アイゼンは軽々と受け流した。ジェシカやリンネが、肉眼では捉えられなかった高速攻撃を、見切っている様子だった。ただ者でないことは、それだけでも十分に伝わる。


 予期せず現れて、ジェシカたちの窮地を救ったアイゼン。その実力は常人離れしており、ネロとの攻防を繰り広げ始めた。エリーとネロの攻防も激しかったが、アイゼンとの戦いは、それ以上の激しさに見えた。見た限りでは、ネロはエリーを攻める時よりも、遙かに手数を増やして刃を振るっている。それだけアイゼンが、強敵であることを意味している。


「ジェシカ、それにリンネさん」


 急に声をかけられ、驚く。


 気が付けば、2人のすぐ(そば)にエリーが移動してきていた。間近で見るエリーは、身体のあちこちに刀傷を受けており、痛々しく出血している。苦しげな表情をしてはいるが、意識は保てている様子だ。ジェシカはエリーに駆けより、その身を案じた。


「エリー先生! その怪我……大丈夫なんですか!?」


「……今はそれどころではありません。これは千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスです」


 エリーは、ネロと斬り結んでいるアイゼンを見やって言った。


「……ネロさんと、私以上に渡り合えている。ただ者ではありません。どこのどなたかは存じませんが、幸いにも味方のようです。こうしてネロさんの注意をひいて、時間を稼いでいただけている。なら今のうちに、ケイ様を救出しましょう。手伝ってくれますか?」


 当初の目的はそれだったのだ。たしかにエリーが言う通り、今はまさに、ケイを助け出すチャンスであろう。ジェシカとリンネは、顔を見合わせて頷き合う。


 ネロと激しく刃を交差させているアイゼンを遠目に見ながら、3人はケイが閉じ込められているメインチャンバーへと忍び寄った。その脇に生え出ている操作盤を、苦悶の表情でエリーが操作する。


「……ケイ。やっと会えたわね」


 内部の液体が排出されていくチャンバーを間近で見上げながら、ジェシカは感慨深く呟く。その目には、涙が溢れた。


 ずっと探し続けてきた少年だ。見つけ出すために、ジェシカはアルトローゼ王国を去り、長い時間をかけてきた。いくら懸命に探しても、その足取りは掴めなかったのだ。それがまさか、妹を救出するために訪れた、こんな辺境の地で見つかるとは、思いもしていなかった。


 妹の身に起きた惨状を思えば、不幸中の幸いとは言えない気分だ。


 チャンバーのフタが開き、中に閉じ込められていた雨宮ケイの裸身が露わになる。エリーとリンネが、身体に接続されているケーブル類や呼吸器を取り外すが、ケイの意識はない様子だった。エマと同様に、リンネが重力魔術を使って運搬することになる。


 アイゼンとの攻防に没頭していたネロは、雨宮ケイがチャンバー内から取り出されたことに気が付く。(たま)らず、焦って呟いた。


「やっば……! 気が散ってるうちに、救出されちゃってんじゃん!」


「おい、小娘。よそ見か?」


「チッ! うっさいオジさんね!」


 ネロは舌打ちをして、思い切り銃剣をアイゼンの太刀へ叩き込む。その反動を利用して、ネロはアイゼンから距離を置いた。滞空しながら、スカートのポケットから携帯ボタンを取り出す。


「せめて赤剣だけは渡さないようにしないとね……!」


 ネロがボタンを押すと、原死の剣(アインセイバー)が格納されたチャンバーが輝き出す。直後、内部に格納されていた剣が光に包まれ、忽然と姿を消失させてしまった。何が起きたのか、すかさず理解したエリーが悔しげに呟く。


「緊急隔離用の転移装置(ポータル)……!」


「フヒ! あの剣、どこかに転送されちゃったってことですか!?」


「……」


 なぜかエリーは、苦々しい顔をしてネロを(にら)んだ。

 ネロはイタズラっぽく舌を出して小馬鹿にしている。


 雨宮ケイをチャンバーから解放することはできたが、赤剣を奪還することは叶わなかった。

 

 ネロはアイゼンへ向き直り、姿勢を低くして銃剣を構える。


「オジさんと遊んでたせいで、雨宮ケイを取られちゃったじゃん。どーしてくれんの」


「雨宮ケイ? 誰だそいつは。あいつはケインだろ」


「はぁ~。そっから説明? めんどくさすぎ。悪いけど、これでトドメにさせてもらうから」


 ネロの眼差しが、鋭く尖る。


身体障壁(エントリーシールド)展開。力場魔術(フォーススキル)、最大出力」


 ネロの正面に青白い光の輪が幾重にも連なって生じる。その輪の1つ1つが、ネロの身体を加速させる、魔術の加速装置である。銃剣を振りかぶりながら、ネロは輪の中へ駆け込み呟く。


「――――影縫(かげぬ)い」


 次の瞬間、空気を叩きつけるような破裂音と共に、ネロの身体がかつてない速度で前方へ射出される。音速を超える速度なのだろう。周囲に衝撃波を生じさせながら、銃剣の切っ先をアイゼンの喉元へ向けて突撃した。まるで人間弾頭である。


 人間サイズの質量が、音速を超えて飛来する。その一撃は、受け止めただけでも、アイゼンの身体を木っ端微塵に粉砕するだろう。回避できたとしても、衝撃波によって、やはりアイゼンはバラバラに粉砕されてしまう。常人が生き延びる術などない、悪夢のような攻撃。


 だがアイゼンは――――飛来してきたネロの刃を()()()()()()()()


「?!」


 刃を素手で受け止められ、勢いが殺されるネロ。反動は激しく、胃の内容物を吐き出しそうになる。だが、グッとそれを堪えた。そんな隙を見せれば、即座にアイゼンに反撃される予感があったのだ。そう思わせるほどに、アイゼンの反応はネロの想定を超えていた。


 ネロの突撃を片手で止めたアイゼンの後方へ、すさまじい衝突の衝撃が(ほとばし)る。床材が吹き飛び、輪状の衝撃波が、アイゼンの身体をすり抜けて背後へ突き抜けた。


 アイゼンは無傷だった。


「そんな……これってまさか……!」


 刃を握られ、身動きを封じられたネロが、さすがに青ざめて呻く。


「シュバルツ流奥義……静剣……!? 何であんたみたいなオジさんが!?」


「おいおい。静剣が、シュバルツ流の奥義だって?」


 ネロの言葉を聞いて、アイゼンは吹き出し、笑い出した。

 

「こんなものは“基礎”だろうが」


 言うなり、アイゼンは手首を返す。

 手にした太刀を(ひるがえ)すと、そのままネロの腹部を峰打(みねう)ちした。

 ネロは小さな呻き声を漏らし、呆気なく気絶してしまった。


「ガキは殺さん主義だ。命拾いしたな」


 アイゼンの足下に転がったネロを見やり、エリーは驚愕していた。


「…………驚きました。渡り合うどころか、まさか倒してしまうだなんて」


「第2階梯がザコ同然なんて、いったい何者よ、あのオッサン……!」


 意識を失っているネロを蹴り転がすと、アイゼンは太刀を(さや)に収めて、エリーたちを見やった。そうして肩をすくめて、尋ねてくる。


「ここまで歩いてくる間に酒が切れちまってな。お前等、誰か持ってないか?」








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