10-40 シェイプシフター
装弾を終えてすぐに、トウゴは偽篠川へ発砲を再開する。
ナイフしか持ち合わせていないのであろう相手に対して、近距離戦に持ち込む間合いを許さず、少し離れた位置からの中距離攻撃。反撃させる余地を与えず、トウゴは一方的に銃弾を撃ち込めた。ただの人間であれば、それは避けようもない必殺の連射である。だがしかし、偽篠川は身を反らし、その場で奇妙な踊りを披露するようにして、難なく銃弾を避けて見せた。
「攻撃が来るとわかってりゃ、銃弾でも見てかわせるってかよ。イカレた反射神経じゃねえか!」
だが身体構造が人体である以上、その回避能力に限界はあるようだ。トウゴの放った銃弾の数発を、肩口や腿に喰らって、多少の怯みを見せる。分が悪いと判断したのであろう、偽篠川は背後の扉を蹴破って、アズサの部屋を飛び出して行った。
「逃がすかよ!」
弾倉を交換しながら、逃げた偽篠川を追いかけようとするトウゴ。
だが突然、目の前から光が失われる。周囲一帯が、暗転したのだ。
動じた声を漏らしたのは、トウゴではなく、アズサだった。
「明かりが……!」
「……落とされたな。どうやら擬態人間の仲間も忍び込んでやがったな」
深追いは危険と判断し、トウゴは足を止めた。
アズサは自分のデスクの引き出しから、懐中電灯を取り出した。
それを点灯して作られた小さな明かりの中へ、トウゴは歩み寄った。
「アズサ先生、怪我はないか」
「え、ええ……。私は大丈夫です。それより、あのスグルに化けた男はいったい」
「以前に、京都で遭遇したことがある。兄貴に化けて、カールをやりやがった異常存在だ。おそらく、ブラッドベノムが子飼いにしてる“暗殺者”ってとこか? クネクネ野郎と同列だろうよ」
「人に化ける異能を有した異常存在、ですか……」
いきなり篠川に襲われて、アズサはまだ動揺している様子だった。残念ながら、今は非常事態だ。気持ちが落ち着くのを待ってやることもできず、トウゴは、偽篠川が逃げていった方向を確認する。
蹴破られた扉の角から、研究区画の通路を覗き込んだ。ブレーカーが落とされているのだろうが、ここは研究所であり、化学プラントでもある。当然のことながら予備電源が存在し、施設内の設備の全電源が落ちるような事態にはなっていない。見たところ、事務所スペース一帯の照明が落ちているだけだろう。通路の足下には非常灯が灯り、点々と向こうまで、薄暗い通路を照らし出している。
見える範囲に敵の気配がないことを確認してから、トウゴはアズサに声をかける。自分の後ろについてくるように、アズサへ指示をした。そうして警戒しながら、通路を慎重に進んでいく。
「ったく。こっちは奇襲を仕掛けたんだぜ。連中からしたら、予期せぬ事態のはずだろ。なのにこうして、ヤツの正体を暴いた途端に停電だ。ってことは、これをやった仲間がいるってことだよな。しかも連絡には、異常存在同士でテレパシーでも使ったのか……?」
愚痴に近いトウゴの独り言を聞いて、アズサが応えた。
「おそらく、EDENを経由した通信ですね。クラス3以上は、帝国人の指示を受信するチャンネルを持っているはずですから」
「……そいつを仲間同士で使ってるってことか? ならあの野郎も、斗鉤ダイキと同じく、独自に状況判断をして行動できる、意思を持ってやがる可能性があるな。厄介だぜ」
「ミズキさんのような、自由意志を持った異常存在、ですか……」
アズサは険しい顔で考え込んでいる。
少し間を置いてから、前方を警戒しているトウゴの背へ話しかけた。
「聞いてください、トウゴくん。咄嗟のことでしたが。さっき、解析魔術で、スグルの偽物を走査しました。完全な解析を行う時間はありませんでしたが、触りだけでも、わかったことがあります。あれは“人型をした陶器”のような身体構造をしていました」
アズサの話で、トウゴは足を止める。
振り返り、驚いた顔を見せた。
淡々と、アズサは解析の結果をトウゴへ伝えた。
「外見として見えている部分は、タマゴの殻のようなもので、内部は空洞になっているようでした。表面の外殻部は柔らかく、人体の皮膚と変わらない素材でできています。わかったのは“腹部に脊椎回路を有した異常存在”であるということ」
「……なるほど。中身空っぽ野郎ってことか。頭を撃っても殺せねえわけだ。なら、あの野郎の弱点は腹ってことだな。それがわかっただけでも戦いやすくなったぜ。ありがとう、アズサ先生」
「あの、スグルは……」
礼を言うトウゴへ、アズサは悲しそうに目を伏して尋ねた。
「本物のスグルは……無事でしょうか」
「……」
トウゴは頭を掻いてから、苦笑して応えた。
「あのソックリ野郎は、俺の兄貴にも化けていたことがある。ヤツが兄貴に化けている間、本物の兄貴がどうなっていたかは知らねえ。ただカールからはいつも“見たモノだけが真実だ”って教え込まれてる。なら死体を見るまでは、生きてるかもしれねえって思うべきだろ。俺は、まだ兄貴が殺されたとは思ってねえよ。篠川さんだって同じだ。俺は、生きてると信じてる」
当然のように、トウゴは明朗な意見を告げる。
それを聞いたアズサは、少しだけ気が安らいだように思えた。
「……ええ。そうですね」
「篠川さんの安否は、もちろん気になるが、今は急場を凌ぐのが先だ。この停電は、ブラッドベノムの連中の攻撃かもしれねえ。いつか来るとは思っちゃいたし、備えてはいたが、とにかく連中を撃退しねえと、ここの避難者たちがやべえ」
トウゴたちが今いる研究区画には、アズサを含めた数名のプラント職員たちがいるだけだ。部外者である避難民たちは、物資搬入口付近の資材置き場に集まっている。そちらの方から、微かに銃の発砲音が聞こえてきている。
「たぶん、護衛の末松組の連中が、派手にやりあってんだな。あんだけ撃ってるってことは、敵が雪崩れ込んででもきてんのか? ソックリ野郎は、篠川さんに化けてとは言え、疑われねえように訓練はちゃんとやってたように見えたし、簡単にはやられねえだろ。ただ……避難者たちに流れ弾がいかなきゃ良いが」
心配しながらも、トウゴは足下を見下ろしていた。
廊下には点々と、偽篠川が落としたのであろう血痕が続いていた。
「この方角……ソックリ野郎め、狙いはミズキか!」
気が付いたトウゴは、駆け出した。
◇◇◇
周囲が暗転したと思った次の瞬間には、非常灯が灯っていた。
ショーケースのような、隔離実験室内に閉じ込められていたミズキは、慌てて椅子から腰を上げる。停電したことは察しが付いたが、なぜそうなったのかが、わからなかった。不安になって、キョロキョロと周囲を見渡してしまう。
見たところ、天井照明が消えただけだ。空調も止まっている。だが実験室内の冷凍保管棚や、PCの電源は落ちていない様子だった。設備を作動させるための電源は生きている。おそらくは、予備電源だろう。出入り扉のセキュリティロックは、残念ながら解除されていなかった。
ミズキは閉じ込められたままである。
「今村さん? 酒井さん?」
近くに職員がいないか、特殊ガラスの壁越しに呼びかけてみた。だが返事はない。実験室を出られない以上、ミズキには外の様子が窺い知れないのだ。状況を説明してくれる者もいないのでは、手詰まりである。また大人しく、椅子に腰掛けていることにした。
「……?」
ふと、暗がりの向こうから人が近づいてくるのが見えた。
非常灯の明かりの中に現れたのは、知っている人物である。
「篠川…………さん?」
トウゴとミズキの力になってくれている、テレビクルーの男だ。いつも温厚で、落ち着いている。頼れる大人である。だが、そんな篠川の様子が、少しおかしく思えた。ついさっき、トウゴと一緒に立ち寄ってくれた時と、雰囲気が違うのだ。
……薄気味悪い笑みを浮かべているではないか。
「!?」
ミズキは気が付いてしまった。
篠川の眉間から、血が流れ出ている。頭部を撃たれたのだろう。額に風穴が空いていて、そこから激しく流血しているのだ。頭部を撃たれているのに、平然としている。ただ血まみれの顔でニヤけながら、ミズキのいる実験室へ近づいてくるではないか。
篠川は、実験室のセキュリティカードを持っている。
程なくして、ミズキの部屋の扉が開けられた。
部屋には入らず、その場で無言のまま立ち止まる篠川。
ミズキは冷たい汗を背に感じながら、怯えて後じさりしてしまう。
「その頭の怪我……篠川さん、撃たれて……?」
「……彼の言う通り、つまらないミスだ」
ミズキと対峙し、篠川は口を開いた。
「擬態対象の記憶は、接触時間が長くなければ、完全に継承できない。車の事故現場で入れ替わったが、篠川という男と接触できた時間が短かったせいだろうな」
奇妙なことを語りながら、篠川は、実験室入口の脇壁に備え付けられていた、ショットガンを手に取る。それは万が一、異常存在化したミズキが暴れて、職員を襲うことになった時の備えだ。ミズキを殺すために設置された武器である。
黙々と散弾を装填している篠川を見て、ミズキは気付いた。
「あなた、もしかしてトウゴさんのお兄さんに変身してた……!」
「君はもう、我々の仲間だ。47号と呼んでくれ」
篠川の姿をした怪物は、名乗った。
だがそれは名前と言えず、番号である。
身を震わせ、怯えているミズキは、声を上げられない。
泣き出しそうな顔で、47号を見ていた。
「……これは当初の予定と異なる事態だ」
47号は、手にしたショットガンでポンプアクションを行う。
散弾を発射できるようにしてから、銃口をミズキに向けてきた。
「我々は、救済兵器の最終実験を、別の地で行うはずだった。この地でそれを行うことになったのは事故だ。準備のために、完成品候補であるアルファ、ベータ、ガンマの3つのサンプルを、大阪のタワーマンションで保管していた。だが君の友人は、我々からアルファを1本盗んだ。しかも手違いで、それが君に投与されてしまった。不運としか、言い様がなかった」
「いったい、何の話をしてるんですか……!」
47号は、ミズキの疑問に構わず続けた。
血まみれの顔は、不気味なほどに無表情であり、眼差しは冷たい。
「だがその偶然が、我々を救ったとも言える。ラボの外、自然環境下で、君は完成形の救済兵器を直接投与され、異常存在化した。この1ヶ月間、発狂死することなく、生存することができている。結果、君の身体にウイルスは定着しつつある。貴重な“成功例”と呼べるだろう。命令により、今日まで経過観察してきた。だが、そろそろ本格的な解析のために“回収”させてもらおう。君を主人の下へ送り届ければ、任務は完了する。君は、救済兵器の完成に必要なキーパーツとなった。アデル・アルトローゼの結婚式まで、残り3ヵ月ほど。我々はようやく、真王の統治を終わらせる最後の鍵を得た」
47号は、ほくそ笑んだ。
「全ては、暴食卿、コーネリア・バフェルトが、アークにもたらす新たなる秩序のために」
活動報告で書きました通り、作者が転職活動中のため、連載を一時休止します。
いつも通りに2weekほど休載予定ですが、詳細は別途ご報告いたします。
楽しみにされている方々には、まことに申し訳ないことです。すいません。