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10-37 生存者コロニー



 知覚制限(ちかくせいげん)――――。


 白石塔(タワー)で暮らす全ての下民の脳に、生まれつきプリインストールされている、拡張機能(プラグイン)である。遺伝子レベルで肉体へ組み込まれた機能であるため、その形質は、白石塔(タワー)の人類がまだ文明を持たない太古の時代から、脈々(みゃくみゃく)と子孫へ受け継がれ続けてきている。それによって、生まれてから死ぬまでの間、人々は“世界の真実の姿”を認識することができずに生涯を終える。


 暗い洞窟の底のような、暗黒に包まれた白石塔(タワー)の中に生きながら、空に太陽や青空などの“幻覚”を見るのである。


 関西の地方にある田舎町、形咲町(かたさきちょう)。そこの住人たちは、知覚制限の呪縛から、解放されつつある様子だった。人々は空の暗さを知り、太陽が空に輝いていないことを認識できていた。それが本来の世界であるとは知らず、まだ、異常気象だと(とら)えている様子だったが。


 月埜(つきの)化成研究所――――。


 形咲町の町外れ、川沿いに建造された化学プラントだ。その敷地面積は広大であり、山1つほどの敷地を占有している。複雑に、(から)み合うように建てられた煙突や、薬品の備蓄タンクなどが(ひし)めくその風景は、ちょっとした企業工場集積地帯(コンビナート)を形成しているように見えた。敷地内の明かりは、全て落とされている。暗黒の工場地帯には、数多の機械から発せられる、くぐもったモーター音だけが、囁くように鳴り響いていた。


 このプラントには、陽の光を嫌う、取り扱いが繊細な薬品も保管されているため、広い地下空間も存在していた。生き残った町の人々は、そこへ避難しており、この一ヶ月間を、工場の備蓄食料で(しの)いできている。研究所内にある物資運搬用の大型エレベータに乗り、トウゴは地下階へと降りた。扉が開いた先に現れたのは、地下格納庫だ。学校の体育館を思わせる高い天井に、広い長方形のスペース。あちこちに避難者たちの姿がある。


「帰ってきたか」


 エレベータを降りた先で、トウゴを出迎えてくれたのは、スキンヘッドの人相が悪い男だ。同じように人相が悪い大男たちを背後に従えており、それぞれの手には、猟銃や拳銃が握られている。


「よお、末松のオッサン。留守の間、何か変わったことはあったかい?」


「ねえよ。こうしてうちの組のモンが、町民の皆さんの安全を守ってんだ。化け物どもが雪崩れ込んでこようが、返り討ちにしてやれる警備体制だってんだよ」


 スキンヘッドの男。

 末松組の組長である、末松サキチが、鼻を鳴らして苦笑する。


「それよか、トウゴよ。そっちのヤツと、お嬢ちゃんたちはもしかして?」


 身を寄せ合いながら、トウゴの後をついてきた親子。

 末松は察した顔で、そちらを見ている。


「ああ。生存者だよ。あんたの豪邸の近くにスーパーがあるだろ。あそこで見つけた」


「たまげたな……。まだあの辺に生き残りがいたとは。おい」


「へい!」


 末松に声をかけられただけで、背後に控えていた舎弟(しゃてい)が意を()み取る。トウゴが連れてきた親子へ、ぶっきらぼうに声をかけた。


「俺についてきな。市役所のヤツも避難してんだ。じゅーみんだいちょーとか言うヤツで、生存した町民の身元を確認してるそうだ。身元照会が終わったら、食いもんをやる」


 親子は涙ながらに頷き、舎弟の男についていく。1度だけ、トウゴを振り返って、深々と頭を下げて礼をする。「助けてくれてありがとう」と、娘の方が手を振ってくれた。トウゴはそれに、手を振り返す。


 親子と一緒に背負ってきた、食糧でいっぱいのバックパックを末松に手渡して、後のことは任せた。トウゴは伸びをしながら、研究区画の方へ歩いて行く。本来なら出入りするためにカード認証が必要な金属扉は、今は開放されている。その扉の(そば)で、腕組みをして待ち構えていた男が、声をかけてきた。


「――――お疲れ様」


 ボサボサの髪。ミリタリージャケットを着ている、ひげ面の男だ。突撃自動小銃(アサルトライフル)をベルトで肩から()げており、武装していた。トウゴに歩み寄り、語りかけてくる。


「今日は、長谷島(はせじま)さんたちと一緒に、コンビニやスーパーへ食糧調達に行ったんだってね。それに、まだ町で生き残っていた親子を助けたんだって? お手柄じゃないか」


篠川(しのかわ)さんか」


 研究区画の廊下を進むトウゴの隣に並び、篠川も歩く。

 トウゴは苦笑して応えた。


「そっちだって、末松組の連中を使えるようにするため、訓練教官をやってるだろ? あんな覚えの悪いオッサンたちの相手、篠川さんくらいに忍耐力がなきゃ務まんねえよ」


「僕たち2人だけで、この巨大プラントの守りを固めるなんて無理だからね。独自に銃を所持して武装していた小戦闘グループが、この町に存在したんだ。ヤクザだろうと、今は手を貸して貰わないと」


「それでも、人手なんか足りちゃいねえがな。まあ、俺が食糧調達チームに参加できるくらいには、警備を任せても大丈夫そうにはなってきたか」


「1ヶ月の簡易訓練だけじゃ、限界はあるけどね。それで? 僕はしばらく、この研究所に閉じこもっているからわからないけど……どうなっていた? 今の形咲町(かたさきちょう)の様子は」


「……地獄さ」


 トウゴは言葉を(にご)した。

 

 いちいち口にして説明する気も失せる。異常存在(ヘテロ)たちに生きたまま喰われた町人たち。血しぶきに染まった道路や家々。腐ったまま放置された死体の山だ。のどかな田舎町の風景が、血みどろの地獄と化している。


「どこもかしこも腐った死体だらけ。いつかの東京都の様子を思い出すよ。酷い有様さ……」


「……ブラッドベノムの奴等、許せないね」


 苦々しく相づちをしながらも、篠川は言った。


「それで? 外出ついでに調べてくるって言っていたろ? この町から出られそうな脱出口は見つかったかい?」


「いいや、ダメだな。そう簡単にはいかなさそうだったぜ」


 これまでに町の中を、自分の足で歩き回って調べたことを、トウゴは思い出す。


「ありゃあ、たぶん魔術で造った壁だと思う。詳しいことは何だかわからないが、見えないそれに(はば)まれて、町の外に出られねえ状況は、1ヶ月前から何も変わってねえ。町中に放たれてる邪魔な異常存在(ヘテロ)どもを始末しながら、壁沿いを進んで出口を探したが、出口なんてもんは、都合良く見つからなかった。しかも壁はぐるっと円形に、町を囲んでやがったよ」


「トウゴくんくらいに戦えないと、調べられなかった情報だね。つまり、この町は“見えない(おり)”の中ってことか」


「だな。それとおそらくだが、この町はブラッドベノムの連中に、もう“知覚不可領域(デッドゾーン)”にされたんだと思うぜ。外界の連中が、この町の異常に気付いて駆けつけてこねえってのがおかしいんだ。けど考え方を変えて、外の連中が、この状況に気付いてないってんなら」


「……誰も助けにこないことにも、説明はつくね。僕たちは相変わらず、孤立無援か」


 トウゴは溜息を漏らす。


「ああ。しかもこの、よくわからねえ“常闇(とこやみ)現象”だ。元々、白石塔(タワー)の中の世界ってのは闇に閉ざされてるけどよ。その本来の風景が、知覚制限されてるはずの町人たちにも見えてるってのは妙だ。町人たちは、空の暗さは認識できるのに、マナの黒霧や、一部の異常存在(ヘテロ)の姿は認識できない。なんだかまるで中途半端に、知覚制限が“()けてきてる”みたいじゃねかよ。東京都の人たちが、四条院キョウヤの大規模ハッキングによって、そうなった時の状況によく似てやがるんだ」


「……」


 トウゴの意見を聞いて、何やら篠川は、神妙な顔で考え込んだ。

 ふと足を止めて、トウゴは思い切って篠川へ尋ねた。


「……なあ、篠川(しのかわ)さん。いったい、この状況は何だと思う?」


 つられて篠川も足を止め、トウゴと向き合う。


「俺は、ブラッドベノムの連中から、救済兵器とかいうアンプルを盗んだ。それは俺が思ってた以上に、敵からしたら深刻な出来事だったらしい。回収と口封じのために、この形咲町を包囲し、町ごと俺たちを殺そうとしている。あの焼けた顔の男と、斗鉤(とかぎ)ダイキの口ぶりじゃ、そんな感じだったよな。けどよく考えると、そこからしておかしいんだ」


「……言いたいことはわかるよ。とにもかくにも、これは“やりすぎ”だ」


「そうなんだよ」


 当然の疑問が、トウゴの頭を離れずにいた。


「俺たちは、そこそこ戦える。たしかに一般人じゃない。けど軍隊じゃないし、組織でもない。個人なんだぜ? それを殺すために町ごと包囲して、異常存在(ヘテロ)を大量に送り込んできてるってんだ。たかだか俺たちを確殺するためだけにしちゃあ、こんな大がかりに人を殺しまくるってのは……()せねえよ。邪魔者を何人か殺せば良いだけなのに、まるでそのために核兵器を使うみたいな話だ」


 トウゴの疑問は、篠川も考えていたことだった。

 すぐに肯定する。


「僕も同意見だよ。それに、いくらここが田舎町とは言っても、白石塔(タワー)内でこれだけ派手なことをしておいて、管理者である四条院企業国(ユニオン)が、いまだに沈黙を保っているのも奇妙だ。彼等は人類不滅契約によって、白石塔(タワー)内の秩序を守らなければならない立場だ。警察ってわけじゃないけど……すぐにでも騎士団が介入してきて、ブラッドベノムを白石塔(タワー)仇成(あだな)す組織と見なし、掃討作戦を展開してきていても不思議じゃないんだ。正直、そうなってくれることを願っていたくらいだけど、現実はそうなっていないよね」


 トウゴは眉間にシワを寄せ、頭を抱えて言う。

 黙り込んでしまったトウゴへ、篠川は改めて尋ねた。


「実は、四条院企業国(ユニオン)が、ブラッドベノムとグルだった。仮にそうなら、話は単純でわかりやすくなるんだけど。でも、たしかカールさんの調べでは、そうした様子はなかったんだろ?」


 トウゴは、自信がなさそうに答えた。


「なんせ、時間が少ない中での調査だった。カールの調べが完璧だったかどうかは、わからないな。もっと調べてみたら、実は繋がりがあったとか。そういう情報が出てきた可能性はあるけど……」


 首を掻き切られたカールの姿が、脳裏をよぎった。あの傷は、人間であれば致命傷だ。機人(エルフ)にとってもそれが同じか、たしかめたことはないため、わからない。正直なところ、カールの生死は判断が付かないのだが……1ヶ月も連絡が絶たれているのが現実である。あまり頼りにしても仕方ないだろう。改めて、四条院企業国(ユニオン)とブラッドベノムが繋がっている可能性を、考えるべきなのかもしれない。


 もう1つ。


 トウゴが1番強く、疑問に思っていることがあった。

 それを篠川へぶつけてみる。


「おかしいのはそこだけじゃねえと思う。どういうわけか“この状況”が始まって、もう1ヵ月も経つ。ブラッドベノムの連中が、町1つを滅ぼすつもりで攻めてきてたんなら、なんでこんなに時間をかけてやがるのか、見当もつかねえよ。普通、短期決戦のはずだろ。この辺いったいを火の海にしてでも、もうとっくに俺たちを始末していなきゃおかしいのにだ。……あれ以来、ブラッドベノムの連中が大がかりに動き出す気配もねえよな。連中はいったい、何を待ってんだ?」


 トウゴの疑問に、篠川は答えを持たない。

 しばらく顎髭(あごひげ)をさすりながら考え込み、やがて言った。


「……少し前から考えていたんだけど。この状況は、包囲というよりも“隔離(かくり)”に近いような気がしないかい?」


「隔離?」


「僕たちを取り囲んで攻め入ろうというよりも、この町に存在する危険な何かを、閉じ込めて逃がさないようにしている。そしてその様子を遠くから観察しているような……。僕には、今のブラッドベノムの動きが、そんなふうに見えているんだよ」


「危険な何かって……何だよ」


「……」


 篠川は、黙り込んだ。その沈黙にどういう意味があるのか、トウゴにはわからない。しばらく口を閉ざしていた篠川だったが、思い出したように、手を打って見せた。


「そうそう。君を待っていた理由を話してなかったね。アズサが、僕たちに話したいことがあるらしい。ミズキちゃんに投与されたアンプルについて、何かわかったって言っていたよ。説明したいから、彼女の実験室に来て欲しいと、伝言を頼まれていたんだ」


「なるほど。まあ、どのみちこれから、ミズキに会いに行こうと思っていたところだ」


「そう思っていたから、研究区画前で待ってたのさ。一緒に行こう。もしかしたら、ブラッドベノムが、こうして1ヶ月間も動きを見せていない理由が、何かわかるかもしれない」


「……?」


 なぜ篠川がそんなことを言うのか、やはりトウゴにはわからない。

 思わず、不思議そうな顔をしてしまう。





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