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3-2 無人都市への潜入



 佐渡(さわたり)の車に乗って、首都高(しゅとこう)をひた走る。

 朝から降り始めていた小雨(こさめ)は、徐々(じょじょ)雨滴(うてき)を大きくしていき、いつしか本降(ほんぶ)りになっていた。


 車窓(しゃそう)を流れる(しずく)を見つめていたケイだったが、やがて、その向こうに見えてきた、巨大なビルディングへと意識を向ける。どのビルの窓にも、まばらな明かりが灯っている。普通の人々には見えない、地図にない区画は、怪しい色のネオンを放ち、暗闇の空を背負った魔都のように見えた。


 無言の車内にはただ、車の屋根を叩く雨音だけが聞こえていた。

 やがて、目的地に辿り着いたのは正午頃のことである。


 埼玉県の、とある市街地。

 そこにある、たった1本の生活道路を(へだ)てて、向こう側は全て知覚不可領域(デッドゾーン)になっていた。なんの変哲(へんてつ)もない家々の風景が、そこで脈絡なく、不気味な魔都の景色へと切り替わっている。道行く人々や自動車は、決して、そこへ進入しようとはしない。自分たちのすぐ身近に、未踏(みとう)の領域が存在することを、まったく知らずに生活しているのだ。


 車は停車したが、すぐには降りず、ケイは窓の向こうを観察していた。

 都市の外周を取り巻くように貼られた、無数の黄色テープに目をやる。


「この立ち入り禁止のテープ。学校近くの森の前にも貼り巡らされてました。もしかして……知覚不可領域(デッドゾーン)の出入り口は、みんなこんな感じになってるんですかね」


「気持ち悪いわね。このテープ、いったい誰が貼ったって言うのよ」


「さあな。管理者(アドミニ)が、バイトでも雇ってたりすんのか……?」


 ケイたちは車を降りて、立ち入り禁止テープの一部を剥がした。

 そうして開けた道路から、佐渡の車で都市の区画内へと侵入した。

 知覚不可領域(デッドゾーン)に入ってすぐのところで車を駐車し、通行人たちに知覚できない場所へ入ったことを確認してから、トランクに積んであった装備を下ろし始める。


 取り出したのは、診療所で選んできた、それぞれの武器。

 それに簡単な宿泊キットを詰めたバックパックだ。

 無死の赤花を詰めたランタンも、念のため、それぞれの腰のベルトに括り付けてぶら下げておく。それは万が一、死ぬような怪我を負った時に、完全な死に至らないようにする工夫である。


 ケイたちは、羽織っていたジャケットのフードをかぶり、雨で頭が濡れないようにした。全員が着ている黒基調(きちょう)の色の服は、イリアから支給されたものだ。トウゴが、感想を口にした。


「これ、テックウェアって言うんだったか? なんかカッコいいデザインよな」


 テックウェア。

 文字通り様々な「技術(テック)」を盛り込んだ、機能性重視の衣類である。

 通気性が良く、防水性にも優れた、工業的で現代風(モダン)なデザインの服である。イリアの話によれば、ケイたちの着ているものは、軍事技術も応用されている特注品であり、防刃(ぼうじん)性能にも優れているらしい。ある程度なら、刺されても平気であるということだ。だが刺されたくはない。


「動きやすいし。あったかいし。見た目もかわいくて、なんか良い感じよね」


「ハハ。気に入ってもらえたなら、用意した立場の者としては嬉しいよ」


 バックパックを背負い、それぞれ懐中電灯と、予備の電池が十分であるかを確認していた。すると、佐渡が真面目な表情で忠告をしてきた。


「改めてですが……念のために、もう一度だけおさらいしておきますよ?」


 全員の視線が、佐渡へ向けられる。


「都市の捜索は、君たちの学校が休みの土日、この2日間で集中的に行います。不測の事態に備えて、最低限の宿泊装備は持ち込んでいただいてますけど、基本的には日帰りのつもりです。なぜなら、僕たちは毎晩、自殺をしなけばなりません。さもないと、管理者(アドミニ)側に僕たちが掴んでいる情報の全てと、居場所が漏れてしまうからです」


「……ですね」


「ええ。夜になってしまい、怪物たちが潜む、この地で自殺しなければならないとなると……寝込みを襲われては、ひとたまりもなくなります。完全に逃げられない状態になってますから。その事態に陥ることだけは、何としても避けたい。とても危険なことですからね」


 佐渡の忠告の後に、アデルが口を(はさ)んだ。


『付け足しておきます。佐渡を含め、今のケイたちは管理者(アドミニ)にとって、かなり都合の悪い、()み込んだ情報まで持っていると考えられます。睡眠をとることで管理者(アドミニ)が管理するネットワークに接続され、こちらの存在を感づかれたのなら――今までの()ではない、激しい攻撃に見舞(みま)われる可能性が高いでしょう』


「補足説明をありがとうございます、アデルさん。その通りですね……!」


 無人都市内は、道路を照らす発光植物の光が(とぼ)しいようだった。

 街灯も灯っていないため、周囲は真っ暗闇に近い。

 佐渡は懐中電灯の明かりを点けて、通りの向こうを照らした。


「おいおい! そんな大胆に遠くへ明かりを向けちまって、大丈夫なのかよ。明かりに怪物が反応して、こっちの存在が気付かれちまわないか?」


「どうでしょう。僕が観察してきた限り、ここの怪物たちは“明かりを嫌う”性質を持っているようでした。明かりを向ければ撃退できるとまでは言いませんが、それほど攻撃的な相手でなければ、もしかしたら追い払えるかもしれません。そうは言っても、基本的には明かりを見られない方が良いですけど、明かりがないと何も見えないくらいに暗い、こうした場所もありますので……もどかしいところです」


「そういうことなら大丈夫。オカ研メンバーは廃墟探索に慣れてるから、ライトは足下へ向けるのが基本になってるわ」


「へへ。遠くから明かりを目撃されないように周囲を照らすやり方は得意だぜ。というか、そういう小手先のことができねえと、ご近所さんに明かりが見つけられて、警察へ通報されるからな」


「撮影中に通報されて、職務質問されたことがありましたよね」


「それはそれは。頼もしいのか、頼もしくないのか、微妙なお話しですね……」


「フッ。ボクはオカ研じゃないけど、なるべく足下を照らすように気をつけよう」


 出発準備が整い、ケイたちはついに、無人都市の奥地を目指して歩み出す。

 向かう先は、シケイダがいると予想される“方角”である。


 知覚不可領域(デッドゾーン)の中では、既存のGPSや地図アプリのサービスは利用できない。未知の場所であるため、地図情報は無い。目的地の緯度経度も“虚数座標”という、本来なら存在し得ない値であるため、普通の地図アプリにそんな座標データを入力しても、無効になってしまうのだ。


 情報が皆無の場所である以上、基本的にはアナログな方法に頼るしかない。方位磁石(コンパス)で進行方向を確認しながら、虚数座標を元に、佐渡が計算して目星をつけた、大まかな位置へ向かって歩き続ける他にないのだ。自身の方向感覚と(かん)に任せて、ひたすら進む。実際のところ、計画はあってないようなものだ。


 間もなくして、道中でイリアが不満そうに呟いた。


「しかし残念だな。せっかく買い付けた武器のほとんどを置いていくことになるなんて」


「仕方ねえだろ……。あんな重たい銃の全部を持ち歩けるかよ」


 トウゴの言う通りである。


 たとえば《アサルトライフル》は、一挺につき弾薬込みで6キロ近い重量になる。訓練を受けた屈強な兵士でもなければ、長時間にわたって持ち運ぶことなどできない量を、イリアは買い付けてきたのである。結局、ケイたちは持ち運びやすい自動拳銃(ハンドガン)だけを持ってきていた。


 それに加えて、ケイは無骨(ぶこつ)散弾銃(ショットガン)と騎士剣を背負っている。

 トウゴは、黒塗りの手斧(ハチェット)を手に提げていた。


「雨宮、お前ずいぶんと重武装で来たよな。そんなにたくさん装備を持ち歩いて、大丈夫なのかよ。後からバテたりしねえだろうな」


「たぶん大丈夫です。それより先輩は、手斧(ハチェット)ですか」


「ん? ああ。なんつーか、野球の試合で使ってるバットみたいに扱えそうだったから、俺でも使いこなせそうかなと思ってよ。それよか、お前のその剣。カッコいいよな! 俺もそれにすれば良かったぜ!」


「刃物って、扱いが難しいですよ? 適当に振り回すと、自分が怪我しますし」


「バッカ、雨宮! 剣は男のロマンってもんだろうが!」


「男子って何で、(ぼう)きれ的なものを振り回すのが好きなのかしら。ねえ?」


「その問いかけは、ボクが女子だという前提で、同意を求めているのかい?」


『それで。イリアは女性なのですか。男性なのですか』


「う~ん。実に平和なやり取りです。緊張で殺伐(さつばつ)としているよりは良いですけど。とりあえず怪物に見つからないように、もう少し隠密行動しましょうよ」


 佐渡に注意されて、ケイたちは口を(つぐ)んだ。

 無言のまましばらく、暗い道路の上を、懐中電灯の明かりを頼りに歩く。


 遠くから見たビルディングの数々には、明かりが灯っていた。だが……ケイたちがいるのは、まだ都市の入り口付近であるためか、周囲のビル群は無灯(むとう)の様子だった。この辺り一帯の街灯も灯っておらず、光源がないため暗くなっているのだ。見上げたビルの数々は、頭上の暗い空、遙か遠くまで(そび)えていて、天辺(てっぺん)が見えない。かなりの高層ビルである。


「それにしても……。何なんだよ、この街。本当に誰もいねえじゃねえか」


 通行人も。通り過ぎる自動車やバイクも。一切ない。

 ただ、アスファルトに降る雨音だけが、耳の奥を埋め立てていく。


 都市内はどこまで行っても無人だというのに、どういうわけか、信号機や踏切は運転を続けている様子だった。まるで見えない自動車が、道路を行き交ってでもいるような錯覚を覚えてしまう。人類が去った後の世界で、機械だけが無意味な運転を続けている。そんな寂しい光景のように見えた。


「本気で不気味すぎるわ……いったい誰が何の目的で作った場所なのよ、ここ……!」


「お、見ろよ。あの辺からは、道路の街灯が点いてるみてえだぞ」


 トウゴが指さす先。そこから先は、街灯や、建物の明かりが(とも)っている様子だった。まだ夜の時間にはなっていないはずだが……通りに並ぶ、テナントショップの電灯が点いており、ウインドウから道路へ漏れ出した光が、地面を照らしていた。


「こりゃ、ケーキ屋か。ブランド品屋に、宝石店……。なんか金持ちの街って感じの、洒落た店が多いな」


『店員も来客も、誰もいません。なのに、この店は何のために存在しているんでしょうか』


「見たところ、商品はしっかりと陳列(ちんれつ)されているようだね。ショーケース内のケーキは腐っていないけれど……じゃあ、いったい誰が補充(ほじゅう)してるのかな」


「なんつーか……。この都市の意味不明さと、不気味さは、そんじょそこらの心霊スポット超えてるぞ、マジで」


 イリアは、手近なビルディングを見上げた。

 ここに来るまでに見かけてきたビルとは異なり、上階の方に明かりが灯っている様子だった。そこに誰かいるのだろうか。いたとしても、それは人間なのだろうか。


「興味深いね。ここが知覚不可領域(デッドゾーン)であることを考えると、これらのビルを建てたのは、いったいどこの誰なんだろう。まさか、この場所を知覚できない一般人たちが、やって来て建てられるわけでもないだろうに」


 イリアの疑問に、佐渡も同調する。


「何の目的で建てたのか、という点についてもわかりませんね。管理者(アドミニ)の配下は、いずれも言葉の通じない怪物ばかりのはずです。ですが……こういった巨大建造物を設計したり、建築できるような、知性が高い個体もいるんでしょうか。だとしたら、我々にとって、かなりの脅威(きょうい)ですよ……」


 佐渡は老婆心(ろうばしん)から、もう1度だけ全員に注意を(うなが)した。


「良いですか。イリアさんが用意してくれた強力な武器を持っていても、僕たちは所詮(しょせん)荒事(あらごと)に関しては素人(しろうと)です。人間より強力な怪物たちに、地力(じりき)で勝てるはずもありません」


「まあ、そうだろうな……」


「浦谷をやっつけた雨宮くんだって、あの時はたまたま、運が良かっただけだと思うし」


『自分の力を過信(かしん)するのは危険です』


 アデルの意見に、佐渡は全面的に賛成する。


「はい。この街にいるのは、浦谷のように頭が触手になっているようなヤツだけじゃないんです。まだ僕たちがよく知らない、未知の生態を持ったヤツもうろついていますから、見かけても決して戦わず。基本は、隠れてやり過ごしましょう。見つかったら逃げるが勝ち。最優先は、とにかく逃げること。逃げて逃げて、逃げまくりましょう」


「なんか逃げまくって、永遠に目的地まで辿り着けない気もするわね、その作戦……」


「フム。怪物と遭遇せず、無事にシケイダのところまで辿り着けるルートが、都合良く見つかると良いんだがね」


 先頭を歩いていたケイが、急に足を止めた。

 即座に、背後のイリアたちへ指示を出す。


「前方方向から、何か来ます。隠れて」


「!?」


 ケイに言われて、後ろの全員が慌てて身を隠す場所を探す。その時ちょうど、ケーキ屋の入り口の自動ドアが開いたので、何となく全員でその中へなだれ込んだ。ショーケースの裏側に身を隠し、そこから顔を出して、慎重に店の外の様子をうかがった。


 店から漏れ出た明かりで、照らされた道路。

 その限られた光の中に、やがて奇妙な人影が現れた。

 子供くらいの背丈で、実体が無い。黒い人型の(もや)のような、そんな存在だ。


「ひぃ……! あれが、この街の怪物です……!」


 佐渡が小さな悲鳴を漏らした。


 黒い影は、光に当たった途端(とたん)に驚いた様子で、ヨタヨタと頼りない足取りで、店の前から逃げていった。……佐渡が言っていたように、明かりに弱いのだろうか。自ら明かりの下にやって来てしまうあたり、知能は低い様子である。


 どうやらケイたちには、気付かなかった様子だ。

 影が去った後で、興奮した様子のサキが、嬉しそうな半笑い顔で言った。


「あれってもしかして……影人間(シャドーピープル)?!」


「えっと……それって何でしょうか」


 サキが口にした単語に聞き覚えがなく、佐渡は苦笑して尋ねた。

 信じられないとばかりに、サキは言った。


「知らないんですか、佐渡先生! オカルト好きなら、みんな知ってる常識ですよ!」


「常識っつっても、俺たちだって目撃するのは初じゃねえかよ……」


 置いてけぼり状態の佐渡を憐れに思い、ケイが説明した。


「えっと。心霊写真とか心霊動画で、ああいうの見たことないですか? 世界中で目撃されている“人間の形をした影の幽霊”ですよ。というか幽霊と言えば、さっきのアレです。実際に影同然な存在で、実体はなくて、急に現れたり消えたりするんです。そういうのが映ってる動画は、再生数がハネ上がります」


「あー! 言われてみると、なんかそういう映像を、過去にいくつか見たことあるような……。そうか、前から既視感があるなと思ってましたが、テレビの心霊番組で見てたんですかね」


 ケイたちはケーキ屋を後にして、再び道路を歩き始める。

 注意して目をこらし、遠方の様子を確認すると、街の暗がりのあちこちに影人間(シャドーピープル)らしき怪物たちが(うごめ)いている様子だった。佐渡が感慨深く告げた。


「この無人都市では、いろんなタイプの怪物が目撃されてますけど、最も多く見かける怪物が、あいつらです。無人機(ドローン)で偵察した時にも、よく映ってました」


 サキは影人間(シャドーピープル)たちにカメラを向けながら、悔しそうに(なげ)いた。


「私は、あいつらをカメラに撮りたくて、今まで何時間も心霊スポットで1人検証してきたって言うのに、なんで普通にプラプラと街中をうろついてんのよ! 簡単に撮影できちゃってるじゃない! 何なのここ心霊サファリパークか何か? 舐めてんの?!」


「落ち着いてくださいよ、部長」


「ムキ―!」


 暴れ出しそうなサキを(なだ)めるケイ。

 その横で、佐渡は顔色悪く言った。


「ここから先は、ああいうのがウヨウヨいます。進行方向は怪物が多すぎるようですので、別のルートを探して、このまま奥地へ進みましょう。シケイダの示した座標は、僕の計算によれば、おそらくこの先、北へ200メートルくらいのはずです」








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