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10-15 トラヴァース家の闇



 雪森の村グノーア。

 北方の山脈の辺境地に存在する集落は、雪に埋もれている。


 酒場の女将(おかみ)であるタニアの紹介で、エマとボーガの2人は、村長の家へ向かった。そんなに広いわけでもない村だ。歩けばすぐに辿り着いた。煙突から煙りが立ち上っている、コテージのような家。扉をノックすると、間を置いて白髭の老人が出迎えてくれた。


「……こんな辺境の村に、外からの客人とは。珍しいですな。どちら様ですかな?」


「初めまして。私はエマ。こちらはボーガさん」


「……俺たち、“専門家協会(ギルド)”に所属している、北方自然環境調査隊の一員」


「です!」


 エマとボーガはそれぞれ、自分の左手の平を、村長へ掲げて見せる。2人の皮膚下にインプラントされた、微小な資格情報(ライセンス)装置が、所属している専門家協会(ギルド)のエンブレムを、ホログラムで映像表示した。それを見て村長は、たくわえた(ひげ)()でて言う。


「ほほう。専門家協会(ギルド)の方でしたか。そちらのボーガさんはともかく、エマさんでしたか? ずいぶんとお若い方ですな」


「えへへ……よく言われます」


 見たところ、エマはまだ十代も前半だ。子供と見紛(みまが)う容姿をしている。専門家協会(ギルド)の一員になるための最低年齢条件は、たしか12歳のはずである。アークにおける、最低限の民間契約条項を理解できる歳が、それくらいだからだ。なら、さすがに小学生と言うことはないのだろうが、それでも若すぎるように見えた。


 ……見た目がとても若く見えるだけで、成人している可能性も十分にある。

 村長は、エマを大人として扱うことにした。


「失礼。女性に年齢を聞くのは不躾(ぶしつけ)でしたかな。外は寒いでしょう。どうぞ中へお入りください」


「ありがとうございます。失礼します」


 リビングの暖炉(だんろ)の前へ案内され、2人はソファに腰掛ける。

 村長の奥さんが、2人に暖かい紅茶を出してくれた。

 エマから来訪の目的を聞いた村長は、納得して(うなず)いた。


「なるほど……。お2人はこれから、ガーネウス氷谷(ひょうこく)の調査へ向かうのですか」


「正確には、我々の調査隊メンバー、21名で向かうので、2人だけじゃないですけどね。私たちは連絡係として、先行して来ているんです。ここはトラヴァース家の統治する領土。領土内の悪異自然地帯(ヘイトスポット)へ向かう前には、最寄りの各管理者、つまりここでの場合は、村長さんの許可を得てから、現地入りする決まりになってます」


 言われて村長は苦笑する。


「許可が必要とは言っても、私に皆さんの調査を引き留める権限はありませんがね。こう言うのも縁起が悪いのでしょうけど、毎年、悪異自然地帯(ヘイトスポット)に入って命を落とす者は多い。最寄りの人間に許可を得るという領法(りょうほう)になっているのは、誰にも断らずに現地入りして、そのまま行方不明になることがないようにという、領主の配慮(はいりょ)からですよ。登山と同じです」


「ですね。村長さんの許可をいただければ、明日にでもチームがやって来て、村で補給をさせてもらった後に、現地入りさせてもらう予定です」


「許可しましょう。ただし、くれぐれも安全には気をつけて。無事に戻ってきてくだされ」


「はい! ありがとうございます!」


 目的を達成したエマとボーガは、嬉しそうに顔を見合わせた。そのまますぐに帰ってしまうのも失礼に感じて、せめて、ふるまってもらった紅茶を飲み干す間くらいは、歓談しながら滞在することにした。頃合いと見て、エマは、個人的なもう1つの目的を達成するべく、話を切り出してみることにした。


「そう言えば。こちらの村には、トラヴァース(きょう)のご子息が滞在していたそうですね。たしか名前は……ケイン・トラヴァース」


 名前を出した途端、村長の表情から愛想笑いが消えた。


「……ほう。ケインのことをご存じでしたか」


「正確には、姉からお聞きしたんですよ」


 なぜ、村長がそのような反応をするのかはわからなかったが、エマは変わらぬ笑顔で続けた。


「妹の私の方は、自然が好きで、こうして昔から憧れていた自然環境調査の仕事をしています。一方で姉の方は、クルステル魔導学院で博士号をとって、研究者をしています。最近、姉が新入生のケインと、ちょっとしたキッカケで知り合いになったことをお聞きしたんです。ケインさんと私は、直接の面識はありませんけどね。姉から名前はよく聞いています」


「そうでしたか。こんな辺境の村の老人と、専門家協会(ギルド)のお若い調査員に、まさか共通の知り合いがいるとは。世間とは狭いものですな」


「本当ですね」


 エマから投げかけられた話題に、村長はどう応じようか、少し悩んでいる様子だった。少し険しい顔をした後に、再び微笑みを浮かべて話を続けてきた。


「たしかに、トラヴァース卿の依頼で、しばらくケインをこの村で預かっておりましたよ」


「依頼で、預かっていた……?」


「ええ。卿いわく“来たるべき日に備えて(きた)えよ”とのことでした」


「来たるべき日? 鍛えよ?」


「はは。失礼、遠回しでしたな。ようするに、剣術修行のため、ご子息のケインをこの村へ預けたかったようです。この村には剣客が1人、住んでいましてな。かつては名のある剣士だったという噂もあるのですが、今の当人を知る身としては……実際のところどうなのか、わかりませんな。ただトラヴァース卿は、()の剣士に対して、無類(むるい)の信頼を寄せているご様子で。ぜひともケインを指導して欲しいと、2年前、直々(じきじき)にお越しになられたものです」


「トラヴァース卿が、頭を下げに来られた、ということでしょうか……?」


「まあ、そういうことになるのでしょうな」


 答えながら、村長は懐かしそうに、部屋の片隅に置かれた写真立てを見やった。その視線につられたエマは、村長と笑顔で並び立つ男の顔を、写真の中に発見する。ケインと村長。それにトラヴァース卿と思われる壮年の男が写っていた。黒髪に白髪を交えた、鋭い目付きの人物だ。軽甲冑(ライトアーマ)とマントを着込んでおり、強そうな剣士の風格に見える。


「その写真はもしかして……?」


「ええ。トラヴァース卿が、初めてケインをこの村に連れてきた時のものですよ。この時のケインは、まだ村に慣れていなくて。表情が固いでしょう? たかだか2年前のことなのに、もうずいぶんと昔のことのように思えますよ。懐かしいものです」


 トラヴァース卿の顔は、AIV(アイブ)のネットのアーカイブを検索しても、なかなかヒットしない。まったくの皆無というわけではないが、多くはなかったのだ。


「トラヴァース卿の顔、こんなにしっかり写った写真は初めて見たかもしれません」


「そうでしょうな。あまりメディアの前に露出するのが、好きな方ではありませんので。寡黙(かもく)で真面目な方なんですよ。人格の優れた、尊敬できる我等が領主です」


 エマは物珍しそうに、マジマジと見てしまう。


 写真に興味津々(きょうみしんしん)のエマへ、村長は教えてくれた。


「ケインの師匠ですが。剣士の名は、アイゼンと言います。この集落から北に200メートルほど行った離れに、今は1人で住んでいます。少しばかり偏屈(へんくつ)な者ですが、もしも興味がおありでしたら、話を聞いてみると良いでしょう。態度は悪いでしょうが、酒でも持っていけば、話くらいはしてくれますよ。ケインの近況を教えてやれば、きっと喜ぶでしょう」




 ◇◇◇




 村長の情報を元に、エマとボーガの2人は、村はずれの一軒家を目指した。

 深い雪道を掻き分けるようにして進んだ先に、それらしき家屋が見えてきた。

 近づくと、庭先で薪割(まきわ)りをしている、着物姿の男の姿がある。


 口ひげを生やした、赤いザンバラ髪の中年。不健康そうに頬が()けた、顔色の悪い男だ。(やつ)れた細い身体は、病人にさえ見える。袖から覗く腕は、筋骨隆々と言う様子でもなく、どちらかと言えば細い。だがそれでも、必要最低限の筋肉を備えた身体付きをしていた。おそらく、村長の言っていた剣士だろう。


「すいませーん!」


 薪割りをしている男に歩み寄りながら、エマは声をかけた。


「あなたが、アイゼンさんですか?」


「……」


 思い切り無視をされる。エマやボーガのことなど眼中になく、黙々と丸太の上に薪を置いて、その上から斧を叩き込んでいた。もしかして耳が遠いのだろうか。


「あの、すいません。アイゼンさんですか?」


「……」


 2度も話しかけられてウンザリしたのだろう、男は面倒そうに嘆息を漏らした。

 忌々しそうにエマたちを睨み、吐き捨てるように告げる。


「そこのデカブツや、お前のような小娘の知り合いなど、俺にはいない。なら、丁寧(ていねい)(せっ)してやる義理もないだろ。(わずら)わしいんだ、消えろ」


 いきなりの悪態である。偏屈であるとは聞いていたが、予期せぬ歓迎を受けて、エマたちは唖然と立ち尽くしてしまう。内緒話をしたいエマは、ヒソヒソ声で、かがみ込んでくれたボーガへ耳打ちする。


「うう。話に聞いていた通り、人見知りの激しい人なんですね。ここは村長さんが言っていた作戦でいきましょう。ボーガさん、頼みます……!」


「ん。まかせろ」


 バックパックを下ろしたボーガは、ゴソゴソと中を探り、一升瓶(いっしょうびん)を取り出した。それを横目にしていたアイゼンは、途端に目の色を変えて見せた。


「……おい。それは、酒か?」


「はい! 手土産にと思いまして」


 エマが答え、ボーガが酒瓶を差し出す。

 そうされたアイゼンは、薪割りの手を止めて、しばらく考え込んだ様子である。


 この場へ来る前に、タニアの店で調達した酒である。2人とも酒飲みではないため、酒の銘柄(めいがら)に詳しくはなかったが、それなりに高価な酒を選んで買ってきたのだ。アイゼンの反応を見るに、なかなか良いものだったのだろう。チョイスしたものは正解だったようだ。


 アイゼンは酒瓶を受け取る。


「……ちょうど切らしていたところだ。タニアのところへ行く手間が省ける」


「作戦大成功ですね、ボーガさん!」


「んん」


 受け取った(びん)の封をその場で開け、アイゼンは豪快にそのまま飲み始める。事前に聞いていた通り、かなりの酒好きである。むしろアルコール中毒を疑うような行動だ。酒を飲みながら気分を良くしたのだろう、アイゼンはぶっきらぼうに尋ねてきた。


「それで、俺に何か用か?」


 村長の言う通り、アイゼンは話をする気になってくれたようだ。単純と言えば単純なその反応に、エマは少し笑ってしまう。そうしてから、村長の家で話したように、自分がケインのことを知っていることを伝えてみた。


 飲みながら、アイゼンは感慨深い顔をする。


「そうか。お前の姉が、ケインの知り合いなのか」


「はい。妹の私は、偶然にこうして、ケインさんの過ごした村に立ち寄ったものですから。村長さんから、ケインさんの近況をあなたに話してあげれば、きっと喜んでくれるとお聞きしましたので」


「フン。村長め、余計な世話だ」


 そう言いながらも、すぐにアイゼンは、話の続きを催促してきた。


「……それで、あのバカ弟子は? 達者(たっしゃ)にやってるのか?」


 なんだかんだ言いながら、ケインの近況が気になっている様子だった。もしかしたらツンデレというタイプなのだろうか。最初の悪態に驚きはしたものの、エマは、なんだかアイゼンが愛らしい人物であるように思えてきた。尋ねられたことについて、素直に教えることにした。


「みたいですよ。総合戦略学科の入学実技試験にも合格したそうですし。私の姉とは、その会場で、偶然に出会ったそうです」


「……入学実技試験?」


 エマの話を聞いて、怪訝な顔をするアイゼン。

 そう言えば、実技試験があることを、アイゼンは知らなかったのかもしれない。


「あ。えっと。今年は、なんか抜き打ちのテストをやったみたいなんです。入学式をやるんだと思って学院まで足を運んだら、実は予期せず、実技試験が始まったらしくて。それに合格した生徒だけが、今年の新入生になれたんだそうです。ケインさんは、見事それに合格したようですよ」


「クク、抜き打ち試験か。バカ弟子め、いきなり落第せずに済むとは運が良かったな。今頃は、俺の指導が良かったことに感謝しているだろうさ」


 まるで自分のことのように嬉しく思っているのか。ケインの活躍を思い浮かべ、アイゼンはニヤニヤと微笑んでいた。刺々(とげとげ)しい言葉とは裏腹に、やはりケインのことを心配していた様子である。


「エマ、この人、ツンデレ」


「しー、ボーガさん! 聞こえちゃいますよ!」


「?」


 不思議そうな顔をしているアイゼンを見て、エマは笑って誤魔化した。

 少し打ち解けられたところで、エマは探ってみることにする。


「そう言えば……アイゼンさんは、トラヴァース卿から直々に、ケインさんの剣術指南を依頼されたそうですね」


「村長から聞いたのか?」


「はい」


 エマは肯定する。

 そのまま直球で質問してみた。


「トラヴァース卿とアイゼンさんは、どういうご関係なんですか?」


「……」


 尋ねられたアイゼンは、黙り込む。それは決して、答えたくないという態度ではなく、何と言って良いのか。適切な言葉が見つからなくて、困っているような表情に見えた。


()いて言うなら“(くさ)(えん)”だな」


「腐れ縁……?」


「ヤツは、俺の“元弟子”だ。ケインからすれば、兄弟子にあたる」


「え、そうだったんですか?!」


 ケインより前に、父親のハイネルが、先にアイゼンに弟子入りしていた。

 そんな話は、初耳だった。


「ハイネル・トラヴァース子爵が、アイゼンさんの元弟子だったなんて……。と言うことは、息子さんのケインさんにも、自分と同じ師匠をつけたかったってことなんですかね。同じ教えを学ばせるために。そのために、元師匠のところへ直々に頭を下げに来た……?」


「ハイネル・トラヴァースか……」


「?」


「何でもない。とにかく。2年前、久しぶりに顔を出したかと思えば、いきなりケインを置いて去って行った。迷惑な話だ。ヤツがどうしてケインを俺に預けたのかは知らん。だが……まあ、ヤツが連れてきただけのことはある。ケインは、どこの馬の骨とも知らん境遇の小僧だが、剣の才があることだけは確かだ。さすがに、兄弟子ほどではないがな」


 ハイネルの剣の腕は相当なものである。

 ケインにも才能はあるが、父親ほどではない。

 アイゼンの口ぶりから、それらが(うかが)えた。


 さらにエマは、ケインの生い立ちについても何かを知らないか、アイゼンに尋ねようとした。だがそれを聞く前に、アイゼン背を向ける。酒瓶を片手に斧を肩に担いで、エマへ警告した。


「悪いことは言わん。この北方で、トラヴァース家のことを()()()()のは止した方が良い」


「……!」


 アイゼンは背中越しに、ギロリと、エマとボーガの2人を見やる。

 冷ややかなその眼差しには、(あわ)れみの感情の色が見られた。


「北方に住んでいて、トラヴァースの名を知らん者はいない。誰がどこで話を聞いているか、わかったものじゃないぞ」


「……聞かれては、まずい話があるということですか?」


「さてな。ただ、ここは隣国であるローシルト企業国(ユニオン)との国境、ヘリカルド山脈。グレイン企業国(ユニオン)北部の主要地帯の守護を任されているトラヴァース家は、ただの貴族じゃない。血なまぐさい“裏の顔”を持っていると考えるべきだ。深入りして下手をすれば――――命を落とすぞ?」


 エマとボーガは、言葉を失う。

 青ざめている2人に、アイゼンは苦笑した。


「フン。小娘を相手に(おど)しがすぎたか。とにかく、何の目的かは知らんが、好奇心は程々にすることだ」


 それだけ告げて、アイゼンは家の中へ戻って行ってしまった。玄関の引き戸をピシャッと閉めて、アイゼンはそのまま、姿を見せなくなる。残されたエマたちは、庭先で立ち尽くしてしまっていた。


 ボーガが、心配そうにエマへ言った。


「……見透かされていた」


「そうだったみたいですね。なんかあの人、ただ者じゃないって感じでした……」


 しばらく止んでいた雪が、また降り始めた。

 村長から調査許可は得たのだ。

 今日のところは、早く車に撤退した方が良さそうである。





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