10-13 週末の予定
実技試験から2週間ほどが経った――――。
昼下がり。大講義室は、雛壇式にテーブルが並べられていて、ケインとサムは隣り合った席で、授業を聞いていた。終了のベルと共に、教授は「今日はここまで」と告げて、早々に教室を出て行ってしまう。室内の静寂はすぐに失われ、気を緩めた学生たちの談笑が聞こえ始めた。午後一の授業も同じ教室だが、昼休みの時間であるため、生徒たちは昼食をとりに出て行く。
そんな中、サムは青ざめた顔で席に腰掛け、ゲッソリとしていた。
「奇跡的に実技試験にパスして、なんとか入学できたものの……初っぱなから授業の内容がハードだなあ。トホホ」
サムは自分のAIVを操作し、目の前のホログラム教材を閉じる。
そうしてテーブルの上に突っ伏し、グチグチと嘆き始めた。
「さっすが、アークで屈指の名門校。ハイスクールの成績は良かった方なんだけど、ここに来たら僕なんか底辺も良いところ。この2週間くらいの授業で、完全に自信喪失だよ……」
サムと同様に、ケインもホログラム教材を閉じる。
苦笑しながら、隣席のサムに言った。
「またネガティブ思考に入ってるみたいだな、サム……。たとえギリギリでも、まだお互いに落第せず、授業へついていけてるじゃないか。2人で協力すれば、何とかなるって」
「卒業までずーーっと、このギリギリ状態を続けなきゃいけないの? この学院にいたら、余裕ある楽しい大学生活なんて、夢のまた夢だなあ。身の丈にあった大学へ進学して、パーティー三昧でもしていた方が良かったかな。陽キャの連中の、ウェーイなノリについていけてたか、わかんないけど」
「元気出せよ。昼飯でも食べに行こう。飯食って寝れば、だいたい元気になるって」
「ケインはいつも前向きだよね。羨ましいよ。それに比べて、僕はウジウジ、ジメジメ。陰キャだなあ」
浮かない顔をしているサムを励ましたくて、ケインは話題を変えた。
「そう言えば。パーティー三昧と言えば、“新入生歓迎パーティー”が、今週末にあるみたいじゃないか。サムのところにも、先輩たちからの招待メールきてただろ?」
「ああ、あれね」
「ちょっとは、サムが期待する“大学生らしい生活”が始まりそうな予感じゃないか」
「そうだね。もはやそれだけが、最近の生き甲斐って感じがするよ。僕の毎日は今、曇り空なんだよ。晴れ間を求めて、雨に打たれているところというか」
「暗いな。暗すぎる……。とりあえず、週末はちゃんと息抜きしような」
「へーい」
ダラダラと2人で席を立つ。
そうして食堂へ向かおうと、講義室内を歩き出す。
出入り口付近に、2つのグループが出来上がっていることに気が付いた。
1つは、アーサー・レインバラードが率いる、学内ヒエラルキー上位の人気者グループ。もう1つは、アルを囲ってチヤホヤしている、取り巻きの女子ファン集団である。嫌みったらしいアーサーのグループからは距離を置きつつ、ケインとサムは、アルのグループを遠目に見ていた。
アル・スレイド。
2本の刀を腰に帯びた、サムライのような雰囲気の少女だ。市民でありながら、貴族のような気品と風格を漂わせている。しかも快活な性格と、並外れた知性を併せ持っており、もっぱら女子生徒たちから頼られる存在になっていた。すでに、学年で人気の姉御役になっていた。
「僕たちとは違って、やっぱ、アルはすごいよね。学院の授業なんか楽勝っぽいもん。教授に指名されて質問されても、スラスラ何でも回答できちゃうし、軽い雑学みたいなものまで添えて、みんなの感心も集めてるし。ホント、優等生中の優等生って感じの実力。授業受ける必要あるの? ってレベルだよ。ヘンテコな口調の子だけど、入学試験でトップ成績だったって話は、本当みたいだ」
「勉強だけじゃない。剣術もすごかったろ?」
「え? そうなの? 僕は剣術に詳しくないからピンとこなかったけど」
不思議そうな顔をしているサムに、ケインは真顔で解説した。
「ほら。試験の時に遭遇したスライムたちは、急所である脊椎回路以外への攻撃は無効だっただろ? あんな戦いにくい怪物を複数、相手にしていたのに、一刀で的確に、確殺していたじゃないか。あんなの、並みの腕前じゃできない芸当だよ」
「……でも同じ事を、ケインだってやってたじゃないか。もしかしてケインの剣術もすごい?」
「どうだろう。師匠にはいつも、兄弟子に比べて“才能がない”って言われてたけど。自分で言うのもだけど、そこそこ、じゃないかな」
「うう。なんだかケインも、僕よりすごい人に思えてきたよ。勉強がアレでも、剣術っていう特技があるなら、ぜんぜんマシじゃないか……」
サムは、俯き落ち込んでしまう。
ネガティブモードに入っているサムは面倒くさいのだ。
どうフォローすれば良いか、ケインは頭を悩ませてしまう。
そんな時、サムの背後から少女の声が話しかけてきた。
「わかる。わかるッスよ、サムくん。自分にはわかるッス。学力優秀な同級生たちを、毎日、見上げるような気持ち。眩しいのと同時に、なんだか悲しいッスよね」
「うわ! びっくりした! 何さ君、いきなり後ろに立つなよ!」
「昔の詩人が言ってたッス。死と太陽は直視できないと。なら、自分より優れた同級生たちとは太陽ッス。つまり自分たちにとっては、死と同じなんス」
「たとえ話がぶっ飛んでるな……」
フッフッフと微笑んでいる女子生徒は、長い黒髪をサイドテールにまとめていた。頭に無数の簪を差している。なんだか眠そうな、半眼の眼差しをしていた。見るからにマイペースそうな雰囲気である。
その不思議ちゃんの顔を見て、サムは名前を思い出していた。
「えーっと。君、たしか……シラヌイちゃん?」
「名前を憶えてくれていたんスか。嬉しいッス」
シラヌイと呼ばれて、少女は嬉しそうにニヤリと笑む。
「いや、ごめん。授業初日の実力模試で、僕やケインと同じく、下から数えた方が早い順位だったから、知ってただけだけど……」
「オレも知ってるよ。実技試験の時は“アーサーのパーティーにいた”、魔術使いの子だね」
ケインの指摘を受けて、シラヌイは腕組みしながら頷いて見せた。
「はい。試験の時のスライム戦では、お2人を置き去りにして申し訳なかったッス。知っての通り、リーダーだったアーサーさんは家柄のステータスが最強で、しかも見ての通り、お山の大将キャラなんで。あの時は誰も逆らえなかったッスよ。誰だって、レインバラード家を敵に回したくないじゃないッスか。グレイン企業国の御三家ッスよ?」
正直に話してくれるシラヌイに、ケインは苦笑して応えた。
「……察しは付いてたよ。今もアーサーは、自分の家の権力をちらつかせて、あそこの取り巻き連中に言うことを聞かせて、従えてるしな」
サムも嫌悪の表情で、幼馴染みのアーサーを見やって言う。
「支配権限の力が学院に没収されてても、やっぱり名家の威光は強力だもんね。卒業後の利害関係を考えたら、レインバラード家とは仲良くしておいた方が得だって、みんな打算が働いちゃうだろうし。敵にするよりは、味方にしておいた方が良いもん。僕はアーサーと付き合いが長いから、そのへんの計算は、よくわかるよ」
「オレは、置き去りにされたことを、もう気にしてないよ」
「僕もね。発案者のアーサーには、まだ謝って欲しいと思ってるけど」
「ケインくんも、サムくんも、お2人は人間ができているッスね。許してもらえて、嬉しいッス」
「でも次があったら、置き去りにしないでね」
感動しているのか、シラヌイは涙ぐむ。
だがすぐに表情をケロリと変え、またニヤリと笑んだ。
「それで、僕たちに何か用なの?」
「はい。実は週末の新歓パーティーで、1年生の連絡窓口役に任命されてるッス。上級生の幹事さんの依頼で、皆さんにコレを配ってるッス。どぞ」
シラヌイは、足下に置いてあった箱を持ち上げ、それをケインとサムへ突き出してくる。。天辺に穴が空いたボックスであり、手を突っ込んで、中身を取り出せと言ってきている様子だった。
「なに、コレ?」
「番号フダッス。当日のプレゼント抽選会や、ゲームで使うッス」
「うそ! プレゼント抽選会!? 歓迎会に参加すると、なにかもらえちゃうの!?」
「豪華景品が当たるかも、と聞いてるッス。デジタルデータでの番号配布だと、イカサマできちゃうかもしれないッスから、アナログだけど、こうして物理フダを配ってるッス。どうぞ、好きなのを引くッスよ」
ケインとサムは顔を見合わせる。少しいかがわしそうにしながらも、互いに順番に、箱の中をまさぐってフダを拾い出した。書かれた番号を見下ろし、ケインが呟く。
「オレは、128番か」
「僕は3番。うわー、かなり若い番号だね。なんか良いことあるのかな」
「ご協力どうもッス。2人共、当日は欠席しないで、ぜひ参加して欲しいッス。よろしくッス」
2人がフダを手にしたのを確認してから、シラヌイは敬礼して「デュワッ」と別れを告げる。箱を持ったまま、次なる他の生徒の元へ、小走りに駆けていったようだ。
「抽選会かー。楽しみだね、ケイン」
「オレ的には、番号を使ったゲームの中身が気になるけど……」
何だか、イヤな予感がした。
シラヌイと話をしていたせいで、すっかりお昼に出遅れてしまった。食堂に、まだめぼしいメニューは残されているのだろうか。ケインとサムは、少し急ぎ足で教室を出て行こうとする。だがその足は、再び止められることになる。
「――――ここの教室に、ケイン・ドラヴァースはいる?」
「?」
聞き覚えのある声が聞こえたのだ。
講義室の出入り口付近で、小さな女の子が、学生を呼び止めて聞き回っている。ケインを探している様子の少女は、以前に群青遺跡で助けてくれた、ジェシカ・クラークだ。
「あれって、ジェシカさん!? 雷火の魔女の!」
「ジェシカ先輩……?」
遺跡で出会った時とは、服装が違っていた。修道女のような聖団の衣装ではなく、ワンピース姿だ。これからどこか、ピクニックにでも出かけるような装いである。見た目が違っても、その小柄で華奢な身体付きは、生徒たちの中ではよく目立つ。大学生の中に、中学生がいるような、それほどの身長差があるのだから。
「誰、あの子?」
「子供……? なら、中等部から来たのか? ここからだいぶ遠いじゃん」
「可愛いー。もしかして、モデルとかやってたりすんのか?」
「おいおい。お前、ロリコンだったのかよ」
「バカ言え、たかだか4個くらい年下なだけだろ! 年齢差だけなら全然アリだろ!」
周囲の生徒たちが、ジェシカの異質な存在感にどよめき始めている。
そんな中、ケインはジェシカと目が合ってしまう。
反射的に、なぜかケインは目を逸らして、回避運動を行ってしまった。
だがジェシカは、気付かなかったフリはしてくれない。
「いたわね、ケイン!」
ビシっと指さされ、ジェシカはケインの間近まで歩み寄ってきた。小柄なため、下から見上げるようにして、ジェシカはギロリと睨み付けてくる。
「ちょ、ちょっと今からツラ貸しなさいよ」
また何やら怒っているのだろうか。
ケインは恐る恐る、ジェシカに尋ねた。
「あの……オレ、また何かしちゃいましたか?」
「ん? してないけど?」
「とりあえず、オレ……今からシメられるんですか、校舎裏とかで?」
「はあ!? 私みたいなか弱い女子に呼び止められて、なんでそういう発想が出てくるわけ?! そんなわけないでしょ!」
「は、はい! すいません……!」
初対面でいきなり頬を叩かれたトラウマから、ケインはどこか怯えたような態度である。こわばった表情をしているケインに、何か誤解されていることを察し、ジェシカは咳払いをする。
「そ、その……昼休みでしょ? 今から街へ買い物に行くから、アンタ、付き合いなさいよ」
「…………はあ? 買い物?」
「い、良いから! 付き合いなさいよ!」
ジェシカは顔を真っ赤にして、ケインに詰め寄った。
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