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10-5 入学候補生



 クルステル魔導学院の名を(かん)した、海上都市。上空から見下ろせば、大洋に浮かぶ(はす)の花に見える、大きな人工島だ。その島は大別して、5つのブロックに分かれていた。それぞれのブロックが、学院の5つの学科ごとのまとまりになっていて、()み分けられているのである。


 ゾーン1。

 魔術の真理を解き明かし、その原理を深く追求する“魔術原理学科”。


 ゾーン2。

 魔術を用いた新工法や新素材開発を行う“応用工学学科”。


 ゾーン3。

 自然研究の手段として、魔術利用を探究する“自然研究学科”。


 ゾーン4。

 薬品開発や医療技術に、魔術を応用しようとする“応用医療学科”。


 そして、ゾーン5。

 最新の魔術を、政治や軍事に組み込む研究をする“総合戦略学科”だ。


 ケインたちの学生寮があるのは、ゾーン5だ。島の北部に位置する区画であり、学校施設以外には、洒落(しゃれ)たブティックやレストランなどが多く建ち並ぶ、高級街と呼べる雰囲気になっている。政治や軍事に精通する学科の特性上、住んでいる生徒が、貴族の子供たちばかりに(かたよ)りがちであるためだ。高級志向の住人たちに合わせて、発展した結果、自然とそうなってしまったのだ。


 それでも一度(ひとたび)、レストラン街を抜ければ、そこは学院のキャンパスの風景が広がっている。緑の芝を敷き詰めた庭園や、イベント用の広間。校舎や研究棟が連なる、無機質な雰囲気の施設が目白押しである。


 今年の総合戦略学科の新入生は、総勢630名。入学式のために、体育ホールへ集合させられていた。たくさんの生徒たちが集まる中に、ケインとサムの2人も紛れていた。隣に佇むサムが、不安そうに言った。


「ねえ……。どう考えてもおかしいよね、これ」


「ああ。そう思う」


 ケインも同意する。


 どうやら不思議そうにしているのは、2人だけではない。

 周囲をキョロキョロと見渡し、首を傾げている生徒は、他にも大勢いた。


「今日の入学式には、親族が立ち会い禁止。しかも武器を携帯して参加しろっていう、招待状からして、なにか変だとは思ってたけどさ……。入学式に参加する僕たちの“席がない”よ」


「……」


「まさか、立ったままで進行する式なのかな」


 サムが言うとおり、体育ホールには生徒が座る椅子が1つも置かれていなかった。それどころか、何の飾り付けさえもない。キャンパス入口の受付で、このホールへ集まるように案内されたのだ。集合日時や場所を間違えているわけではないだろう。現に多くの生徒たちが、この場に集まっているのだから、全員が全員で間違えているとは思えない。


 だとすれば、何かの手違いだろうか。


 生徒たちは不安そうに、まだよく知らない互いの顔を見て、確認し合っている。


「どうなってるの? ここで、総合戦略学科の入学式をやるんだよね……?」


「そのはずだよ……?」


「教員も、係員も、誰もいないぞ。今からここで、本当に式をやるのか?」


 戸惑っている新入生たち。そうしているうちに、体育ホールの壁に設置されたアナログ時計が、招待状に書かれていた式の開始時間を指す。それと同時だった。体育ホールのステージ裏手から、ハイヒールの足音が聞こえてくる。


 舞台裏から現れたのは、1人の女性教員だった。


 ツバの大きな白い三角形の帽子。その下にはボサボサの黒い長髪が垂れ下がり、ブルーのリボンを身につけている。小柄な体型に、ダブついた白いローブを着込んでいた。白い魔女と呼べる、そんな格好だった。見た目の年齢だけで言えば、ケインたちと変わらない、少女のような姿に見える。


 愛想笑いもせずに、女性は演台に立って新入生たちを見渡す。いきなり現れた少女には、その場の誰もが否応にも注目せざるをえない。しばらく、少女と生徒たちの無言の見つめ合いが続いた。会場が完全に静まり返ってから、少女は唇を開いて声を発した。


「よく来ましたね、新入生“候補”の皆さん」


 清涼感のある澄んだ声色。

 少女は奇妙な言い回しで、ケインたちへ呼びかけた。


「私は、今年から総合戦略学科の“学科長”をしています。セイラ・ラベンタールと申します」


 学科長と名乗る少女、セイラ。

 それに、ケインもサムも驚いた。


「あんなに若い子が、学科長……?」


「ウソでしょ? 僕たちよりも年下に見えない……?」


 どよめく新入生たちに向かって、セイラの演説が淡々と続けられた。


「知っての通り、当学院を管理しているのはロゴス聖団。アークにおいて、いかなる企業国(ユニオン)にも干渉されず、また逆に干渉することもしない“完全中立”の立場にあります。(ゆえ)に、いかなる地位の者であろうと、あるいは、いかなる種族、性別、年齢の者であろうとも、我々は差別をせずに等しくチャンスを与え、または(ばっ)します」


 セイラの言葉の直後、体育ホールの四方の入口が開いた。そこからスーツ姿の教員たちが現れる。いずれも高価そうな宝石箱を手に持ち、館内の(すみ)で待機した。


「つまり当学院に在籍する限り、皆さんには、当学院の校則(ルール)に従ってもらう義務が生じています。貴族の皆さんにおいては、当学院の敷地内で、ご自身の“支配権限”を行使して、教員や生徒に命令を強要することをルール違反としています。違反者は例外なく、即時の退学処分とします。すでに家長から“権限の指輪”を授かっている方は、それを今この場で、一時的に没収させていただきます。返却されるのは、当学院を去る時だけになります。係の教員が近くにいますので、彼等に指輪を預けてください。学院が責任を持って保管します」


 セイラは、一方的に指示をしてくる。

 だが学科長の言うこととなれば、新入生たちに拒否することは難しい。


 すでに指輪を授かっている貴族の生徒たちは、渋々ながら、それを最寄りの教員たちに差し出して預けた。受け取った指輪を、教員たちは宝石箱の中の(くぼ)みへ、1つずつ丁寧(ていねい)に収めていく。


 全ての指輪が回収された様子を見渡すと、セイラは教員たち全員を下がらせる。指輪を収めた箱を手に、教員たちは体育ホールを出て行ってしまった。残されたのは再び、生徒たちとセイラだけである。


「準備が整いました。では――――()()()()()()


 セイラの言葉の後に、体育ホール全体がほのかに発光する。それが収まった直後、ラジオノイズのような音が、遠くから(かす)かに聞こえ始めた。何の音なのだろう。


「皆さん、体育ホールの外へ出てください」


 再び指示をしてくるセイラ。

 新入生たちは言われるがままに従う。


 外に出るなり、ケインとサムは目を丸くして驚いた。


「……!」


「ここ、さっきまでいた学院の敷地内じゃないよ?!」


 声を上げて驚くサム同様に、他の生徒たちもざわついていた。


 体育ホールを出てすぐ、目に飛び込んできた光景は――――都市廃墟だ。


 水没した古の都市だろう。乱立したビルディングの下層部は全て、海水に浸かっている。水上には、高層建造物の上層階だけが突き出ていて、体育ホールは一際に高いビルディングの屋上にあった。陽光で(きら)めく海原を下界に見下ろし、新入生たちは呆気にとられていた。


 そんな生徒たちの背に向かって、セイラが言った。


「私の魔術で、体育ホールを“試験会場”まで転移させました」


「!?」


 生徒たちは驚いてしまう。

 新入生の中に紛れていた、アーサー・レインバラードが苛立ちと共に言った。


「空間転移魔術だと?! バカな! そんな強力な魔術を生身で使える人間がいたと言うのか?!」


「現にこうして、皆さんをお連れしていますが?」


 セイラは涼しい表情で、アーサーに答える。

 他の生徒たちも、口々に疑問を打ち上げ始めた。


「どういうことなんですか、学科長さん! 私たち、入学式の招待状を受け取ったから遠路はるばるやって来てるんですよ? なのに、試験会場って……」


「これから試験をやるって言ってるんですか?!」


 セイラは淡々と、生徒たちに応えた。


「入学式をやるから集まって欲しい。招待状に書かれていたことは間違いではありません。ですが、何か勘違いしているようですから、ハッキリと明言しておきましょう」


 セイラは生徒たちの中央を歩き、廃ビル屋上の端まで歩いた。

 そうしてから全員を振り返り、宣言する。


「皆さんが入学式をやる会場には、()()()()向かってもらうんです」


「向かってもらう……だと……?! ここが会場じゃなかったのか!」


「はい。会場は、この“群青遺跡(ぐんじょういせき)”を突っ切り、徒歩で1日ほど進んだ先で用意しています。入学式は現時刻からちょうど2日後の同時間に開催します。それまでに会場に辿り着けなかった皆さんは、残念ながら“不合格”です。荷物をまとめて実家へお帰りください」


「はあ?! 落第することがあるって言ってるの?!」


 涼しい顔で、あまりにも容赦のないことを言う、学科長のセイラ。

 生徒たちからは口々に不満の声が上がった。

 だがセイラは、それを(たしな)めるにように冷ややかに告げた。


「皆さんは、厳密にはまだ本学科の生徒ではありません。学科長である私が、皆さんを“教える価値のある者”と、まだ認めていないからです」


「なにをふざけたことを言ってるんだ、貴様!」


「どういうことだ、それは!」


 アーサーをはじめとした、貴族出身の男子生徒たちが、乱暴な言葉遣いで不満の声を上げる。だがそうした生徒たちを、セイラは虫ケラを見やるような冷たい目で見ていた。冷徹なその気配に、生徒たちは背筋が寒くなる。


「総合戦略学科は、政治や軍事に、最先端魔術を応用する研究開発を行うセクター。当学院においても、今後の世界の趨勢(すうせい)を担う、新世代を育成する責任ある学科であることを自認しています。そこに“不純物”が混じっているのは好ましくありません。当学科には貴族出身者の方が多い。そのため毎年、賄賂(わいろ)やコネ、口利きで、実力不相応な生徒が入学してくることも少なくありません。私が学科長になった今、そうしたものを放置しておくことはいたしません」


「ぐっ……!」


 何人かの貴族の生徒が口を噤んだ。

 痛いところ突かれたような表情をしている。

 生徒たちの反応など気にせず、セイラは淡々とルールを説明した。


「合格条件は、2日後のこの時間までにゴールへ辿り着いていることです。その間、頼って良いのは、同じ受験生のみとなります。実家や従者の力を頼れば、その時点で不合格とします。皆さんのAIV(アイブ)に、ゴール地点の座標情報を送付しておきました。後で確認してください」


 セイラの口調に冷たいものが混じる。


「重要な注意事項ですが、この群青遺跡は、まだ詳細調査が進んでいない未開の地です。野生化した異常存在(ヘテロ)も多く徘徊していますので、個人戦闘能力に自信のない方は、強い方と同行することをお勧めします。道中は危険ですため、ご自身の知恵と能力を存分に活用して生き延びてください」


「そ、そんな! 聞いてないにも程があるぞ!」


「危険すぎじゃないの! 私たちが死んだり怪我をしたら、学院は責任取れるわけ!?」


「そのために“棄権制度”も準備しています。この体育ホール内は、私や他の教員が守護する安全地帯とします。お食事や寝床も提供しますため、危険を冒したくない方は、試験終了までこの場に待機していてください。ただし一度、ゴールを目指して歩みを進めたならば、その時点でご自身の怪我や死亡は“自己責任”とさせていただきます。当学院はその責任を負わないものとします」


「ムチャクチャだ! こんなの、父上たちが聞いたら許したりしないぞ!」


 生徒たちの不平不満が続く中。クツクツと笑っている少女がいた。桃色の長髪をポニーテールにしている、2本刀を差した少女だ。腕組みをして、セイラの方を見て言った。


「面白い趣向じゃな、学科長殿。(わらわ)は気に入ったぞ」


「貴女は……」


 その顔を見返すセイラは、少し驚いたような顔をしていた。

 ケインが道ばたでぶつかった少女、アルだ。


 アルは生徒たちを見渡して言った。


「総合戦略学科の卒業生は、帝国騎士団の要職に就く者も多い。これから一流の戦士、あるいは軍略家として成り上がろうとする者が、この程度のことで、不平不満を言ってどうすると言うのじゃ。この試験には、家臣や民が死ぬリスクもなければ、国が滅ぶようなリスクもない。あるのは自らの身の危険だけ。本物の戦争に比べれば、自身を守れば良いだけの戦じゃ。大した窮地(きゅうち)でもなかろうに。たかが遺跡の散歩くらいで落とす命なら、早々に学院から去った方が良かろうな」


 アルの言い草は乱暴だが、痛快である。

 それを聞いた生徒たちは、それ以上は何も言えなくなってしまう。


 生徒たちが黙り込んだのを見て、セイラはアルに苦笑した。

 そうしてから宣言する。


「これより、総合戦略学科の――――“実技試験”を執り行います」






3/16の震災の影響で、仕事の復旧作業が必要になっております。

申し訳ありませんが、1週間ほど臨時休載をさせていただきます。

次話の投降は、来週の4/6(水)を予定しています。

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