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9-16 公式招待状



 アークの世界地図には、5つの大陸が描かれている。


 そのうちの4つの大陸が帝国領であり、それぞれの地域を、各企業国(ユニオン)が分割統治している。地図上においては“南東部”に位置する、タツノオトシゴのような形状の大陸。


 エルドリア大陸――――。


 その大陸には、四条院とエヴァノフの、2つの企業国(ユニオン)が隣接して存在していた。今では、エヴァノフ企業国(ユニオン)はアルトローゼ王国に名を変え、帝国の支配する地域からは除外されている。


 アルトローゼ王国が国境を接する“敵国”は3つ。


 地続きで繋がっている隣国、四条院企業国(ユニオン)

 そして海を隔てて、東西に隣接する別大陸の国。

 グレイン企業国(ユニオン)と、バフェルト企業国(ユニオン)だ。


 四条院企業国(ユニオン)との北部国境は、ガルデラ大瀑布(だいばくふ)によって隔たれている。同様に、東部のバフェルト企業国(ユニオン)との間も、海に面した山岳地帯を挟んでいる。国境防衛に多くの兵力を割かなくても、これら天然の防壁によって、北と西の2国からの侵攻に対抗することはできる。だが西側の海岸線。グレイン企業国(ユニオン)との間を隔てているのは、海しかない。


 エヴァノフ企業国(ユニオン)の統治時代は、隣の企業国(ユニオン)から侵攻されるという想定はされていなかった。真王によって企業国(ユニオン)同士の争いが禁じられているため、他国との戦争など、起こり得ない社会であったからだ。エヴァノフ企業国(ユニオン)にとっての仮想敵とは、獣人(ラース)たちか、もしくは野生化した異常存在(ヘテロ)くらいでしかない。人間に攻め込まれるかもしれないという、アルトローゼ王国の事情に比べ、国境を防衛する意味とは、それほど重要ではなかった。


 そのため西部には、大した防衛機能は存在していなかった。

 王国にとっての西部とは、敵軍に上陸されては都合の悪い、防衛上の欠陥地帯になっていた。


「――――けど。これでようやく、西部の国境防衛体勢も、形になってきやがったわけだ」


 管制塔から軍事基地の様子を見渡し、腕を組んだ人狼血族(ウルフブラッド)が呟いた。その表情は、満足げに微笑んでいる。獣人(ラース)用の軍服に身を包んだ、黒毛の男だ。


 ジェイド・サーティーン特任大佐。

 それが、アデル王から任命された、今の肩書きである。


 ジェイドは、海沿いの海軍基地の全貌を高所から見渡し、感慨に(ふけ)っているところだった。最新鋭の軍船が、何隻も停泊している圧巻の軍港の景色。その向こうには、群青色の海原が広がっている。敵国に繋がる海洋。キラキラと輝く水平線の向こうに敵影が現れても、もう怖くないことに安堵している。


 ジェイドの背後に、この基地の指揮官である、軍服姿のダリウスが歩み寄ってきた。

 自販機で缶ジュースを買ってきたらしく、それをジェイドに差し入れてくる。

 苦笑を交え、ジェイドへ言った。


「ここまでになるのに、思ったよりも時間がかかりました。正直なところ、いつ他の企業国(ユニオン)が侵攻してこないかと、毎日、ヒヤヒヤしていましたが」


 缶ジュースを受け取りながら、ジェイドは部下を(ねぎら)う。


「陸続きの隣国の四条院企業国(ユニオン)とは、国境にガルデラ大瀑布(だいばくふ)っていう天然の守りがある。けど西の海を隔てた隣国、グレイン企業国(ユニオン)に対しての守りは手薄だったからな。海洋防衛網の再編は急務だった。俺は陸上の方の対処で手一杯で、こっちの仕事は手が回らなくて、あんまり手伝えなかったからよ。お前に任せきりになってて、悪かったと思ってるんだぜ、ダリウス」


「とんでもない。私は始祖の手足。始祖のツメ。ご用命とあれば、何なりと」


「へへ。その敬語にも、やっと慣れてきたぜ。お前も変わったもんだよな」


「恐れ入ります」


 ジェイドに言葉遣いをいじられ、ダリウスは照れくさそうに微笑んだ。


 かつて人間たちの都市で、テロを起こそうとしていた復讐の鬼の面影は、もう見られない。家族を失った悲しみを乗り越え、今では人間たちとの、共存の道を歩み始めているのだろうか。その内心を、語ってもらったことはない。いつかは何もかもを話してくれるだろうか。性格の丸くなったダリウスと接していると、ジェイドは嬉しく感じる。先代始祖の理想が、形になってきたように思えるからだ。


 ダリウスと並んで、管制塔のガラス壁の向こうに目を向ける。

 改めて、自分たちが造り上げた基地の全貌を見渡しながら、ジェイドが言った。


「俺たち、反乱軍のクーデターが成功して2年か。国内の各地に散って、ゲリラ化していた元帝国騎士団の帝国派残党に? 人間との共生を認めなかった、獣人(ラース)たちの反抗組織によるテロときてた。そいつらを沈静化させながら、俺たちは、こうして国の守り手である王国騎士団を再編したんだ。それを2年ばかしでやり遂げたんだぞ。上出来だろ」


「多くの帝国騎士たちが、アルトローゼ王国の方針に好意的だったことが幸いしました。アデル王の統治に肯定的な人々の方が、否定的な人々よりも、圧倒的に多かった。戦乱によって誕生した国にしては、敵が多くなかったことに救われましたよ」


「だな。全ては、人の王アデルっつー、最強のカリスマがあってのこったろーよ」


 謙遜するジェイドに、ダリウスが言った。


「アデル様だけではありません。他の獣人(ラース)族たちから信任を得た、始祖の力もあってのことですよ」


「へへ。そうかな。まあ、そうすっと。つまりは、俺の右腕のお前のおかげってことにもなるな。本当に、恩に着るぜ、ダリウス」


「もったないお言葉。ありがたく頂戴します」


「堅苦しいなあ」


 缶ジュースを開けて、少し飲んでから、ジェイドは続けた。


「しっかし。この王国騎士団って軍は、変わってるよな。人間と獣人(ラース)の混成軍隊なんて、今までのアークの歴史になかっただろ? 聞いたこともねえ。絶対にうまくいくわけねえって思ってたがよ、意外と何とかなるもんだ」


「本当ですね……。帝国から独立している、この国の存在自体が、まさに奇跡のようなもの。永久にこの平穏が続いて欲しいものです。それを守るための軍が、ここに誕生したのですから」


「そうだな。ただよお。個人的に、1個だけ気にくわねえことがあるとすりゃあ、騎士団長が、あのヘラヘラした胡散臭いオッサンだって点だな」


「クク。それは言えていますね」


「この地はもう、現地指揮官に任せて大丈夫だろ。俺たちも、そろそろ首都へ帰任だな。帰ったらまた、宴会をやろう。レイヴンの野郎、人間のくせにバカみたいに酒がつええ。今度こそベロベロにして、あのポーカーとかいうインチキなゲームで、身ぐるみはいでやらあ」


「ハハ。楽しみですな」


 飲み終えた缶をゴミ箱に投げ入れ、ジェイドは一瞬だけ、寂しげに微笑んで呟いた。


「……これで、ここにアマミヤもいればな」


「……」


 ジェイドのAIV(アイブ)に、着信が入る。

 軍病院の主治医からだ。

 ホログラムのアイコンを操作し、ジェイドは通話モードにした。


「おう。なんだ?」


『大変です、ジェイドさん!』


 主治医は慌てた様子で、ジェイドに告げた。


『また()()が!』




 ◇◇◇




 アルトローゼ王国領。

 交易都市ヒムカーナ。


 西部海岸線上の大都市であり、かつてのエヴァノフ企業国(ユニオン)においては、グレイン企業国(ユニオン)との海洋貿易拠点にもなっていた商業都市だ。しかし国境封鎖協定によって、他国との貿易が不可能になった今は、すっかり活気が下火になった街でもある。今では貿易拠点というよりも、王国騎士団の国境防衛拠点という扱いの方が強くなった。都市の半分以上が軍事施設に置き換わり、軍船や戦闘機の駐留する、大規模軍事要塞となっていた。


 元々は都市だったこともあり、要塞と言いながらも、部分的には人の住む街が残っており、それを内包している。第21番地区には、商業施設の他に、王国騎士団が運営する軍病院も存在していた。


 病院個室の1つを、妊婦が使っていた。


 ボサボサの白い長髪。頭の天辺から突き出た、三角形の獣耳。人狼血族(ウルフブラッド)である。気怠(けだる)そうな顔つきをした、ダウナー系の少女だ。膨らんだ腹部を抱えながら、青ざめた表情で言う。


「離せ、ザナ。私を殺すつもりなのか」


「ダメだってば、ステラ姉さん! ちゃんとベッドで寝ていないと!」


 同じく人狼血族(ウルフブラッド)の少年が、病室を出て行こうとする少女の腕を、懸命に引き留めていた。看護師たちが、暴れだそうとしている少女を、心配そうに見守っている。


 ステラとザナ。

 血の繋がらない姉弟の不毛な膠着状態が、かれこれ何分も続いていた。


「姉さんは、もうすぐ出産間近なんだよ!? いつ産気づくかもわからないのに、1人で外出なんてダメだよ! ジェイド兄さんに怒られちゃう!」


「ええい。行かせろ、ザナ。ずっとベッドの上にいると、退屈すぎて頭が悪くなりそうなんだ。私を、腹の子の父親と同じ脳筋にするつもりか。ちょっと外の空気を吸いに行くくらい良いだろう」


「この前も同じこと言って、迷子になって帰れなくなってたじゃないか! 姉さん、知らない土地だと方向音痴でポンコツなんだから、また前みたいに、街中で泣きべそかくことになるんだよ!?」


「妊婦がこんなにも面倒な生活をしなければならないとわかっていたら、中出しなどさせなかった! おのれ、ジェイドのヤツめ……私を妊娠させるとは許せん!」


「ま、またムチャクチャなこと言って……。妊娠中で精神が不安定になってる証拠だよ。そんな様子で外出なんて、なおさら無理だってば」


 ステラとザナが言い合っていると、軍服姿の人狼血族(ウルフブラッド)の男が、慌てて病室に駆けつけてきた。転移装置(ポータル)を使ってきたのだろう。主治医が連絡してすぐに、ジェイドが現れた。


 病院着のままどこかへ出かけようとしているステラを見るなり、状況を察した。


「おい、ステラ! いつも大人しくしてろって言ってんだろ! 身重のくせに、無理して出歩いてんじゃねえ!」


「フン。ジェイドか。えらそーに」


 ステラは、腹の子の父親を見るなり、小馬鹿にしたように鼻で笑う。


「なんだ。また私の外出を阻むつもりか? 私を妊娠させるだけでは飽き足らず、私の自由まで阻もうとは。とんだ父親だな。お前の子供の母親へ、ずいぶんと非道な仕打ちをするじゃないか」


「いや、なんの因縁つけられてんだよ俺……。大人しくしろって言ってるだけじゃねえか」


「何日もこんな病室に閉じ込められて、正気でいられるヤツがいるのか!? 私は無理だ! 知的活動をしていなければ頭が悪くなる! ウサギは寂しいと死ぬらしいが、私は退屈だと死ぬんだ! 幼馴染みの頼みだろ!? 頼むから私を解放しろ!」


 妊娠後期には、ホルモンバランスの変化やストレスで、妊婦の情緒がおかしくなるとは聞いていた。例に漏れず、ここ何日かの間、ステラの様子はかなり変になっている。何というか、支離滅裂である。必死に外出したいのだと懇願してくる妻に迫られ、ジェイドは嘆息して応えた。


「……あのな。お前はもう、ただの幼馴染みなんかじゃねえだろ」


「?」


「俺の女だ」


 真顔で言うジェイド。

 ステラはしばし、呆けた顔をしていた。

 だがやがて、徐々(じょじょ)に耳先まで、顔を赤く染めていく。


「な……なにを急に! そ、そういう恥ずかしいことを面と向かって言うな、脳筋め!」


「うっせえ」


 ジェイドはステラを抱きしめた。


「お前と、俺たちの子供が心配なんだ。良いから、今は病室で大人しくしててくれ」


「……………………うん」


 ジェイドの胸の中に顔を埋めながら、真っ赤になったステラは、大人しくなる。その後、素直にベッドへ戻る少女を見守りながら、病室の隅で様子を見ていた看護師たちやザナは、ニヤけていた。


 ジェイドは、ザナに向き直って言った。


「おう。悪かったな、ザナ。いつもアイツを見張っててくれて、助かってるぜ。ちょっと目を離すと、すぐにどっかに逃げようとするからな。まったく、自分よりも頭が回る嫁を持つと、色々と大変だぜ。すぐに(あざむ)かれそうになるからなあ」


「気にしないでよ、ジェイド兄さん。昔は、小さかった僕の面倒を見てもらってただろ? 今度は、僕が姉さんの面倒をみる番さ」


「子供の面倒を見るのとは、ちょっと違ってるけどな」


「フフ。そうだね」


 おかしくて、顔を見合わせて笑ってしまう。


 病室を出て、ジェイドとザナは他愛のない雑談にふける。最近はステラの入院のせいで、毎日、顔を合わせている間柄だ。だが、ジェイドの遠征中は、しばらく会えていなかった。いつの間にか背丈も伸びて、大人びた顔をするようになったザナの成長を、義理の兄として、ジェイドは嬉しく思っていた。


 病院の廊下で話をしていると、2人の目の前にホログラム表示が現れる。メールの着信を意味するアニメーションだ。ジェイドとザナ。それぞれに、同時に届いたのが奇妙だった。


「……なんだ? ザナにも、このメールがきたのか?」


「あ。これ、アデルさんからですよ、兄さん!」


「はあ?! アデルだあ!?」


 送信者は、アルトローゼ王室の公式メールアドレスからだった。


「妙だな。個人的な連絡なら、アデル本人のメールアドレスを使うだろ。王室の公式アドレスってーと、なんか声明を出すときとかだと思うが……。というか、一般人のザナにも同時に着信してんだよな。だったら王国騎士団の機密情報ってわけでもねえだろ。なんだってんだ?」


 あれこれ考えているジェイドより先に、ザナは自分に届いたメールを開封する。

 その中身を読んだ途端、驚愕した。


「うそ……! これ、アデルさんからの“結婚式の招待状”です!」


「なっ! けっ、けっこんしきぃ?!!」


 ジェイドは病院の廊下で、素っ頓狂な大声を上げてしまう。


 アデルが結婚する?

 だとしたら相手は誰なのか。

 可能性があるとすれば……ジェイドに思い当たるのは、1人しかいない。


「……じゃあ、そりゃつまり……アマミヤが戻ってきたってことかよ!」


 事情はわからないが、そうだとすれば嬉しくて、(ほお)(ほころ)んでしまう。ジェイドは喜びながら、急いで自分のメールも開封した。中身の文章に目を通す。


 結婚式の招待状メール。式の日と、新郎新婦からの挨拶の言葉が書かれている。参加の可否と、食べられない料理の情報を記載して、返信して欲しいのだと記載されていた。


 文末に書かれている、新郎の名前を見て、ジェイドは青ざめる。

 ザナも、ジェイドと同じような顔をしていた。


「兄さん、これ……何かの間違いだよね……?!」


「冗談じゃねえぞ!」


 あまりの苛立ちに、ジェイドは通路脇に置かれていたゴミ箱を蹴りつけてしまう。


「どうなってんだよ、こりゃあ……!」


 新郎の名前は、雨宮ケイではなかった。





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