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9-12 新種



 2年前。歴史から消された街、東京都。

 そこで起きたのは、もはや誰も憶えていない、死者と生者の戦争だった。


 大勢の人々が死に、多くの愛する者が失われた戦いである。

 峰御(みねお)トウゴもその時、1人の少女を失った。

 彼女の片目を奪い、彼女が死ぬキッカケを作ったのは、当時、敵の陣営にいた性悪の少年。


斗鉤(とかぎ)ダイキ!」


 渾身の憎しみを込めて、トウゴはその名を叫ぶ。リビングに現れた兄妹。斗鉤ダイキと、斗鉤ミホシの2人を睨み付け、すかさず自動拳銃(ハンドガン)を発砲した。狙ったのは(ひざ)の上。急所ではない。避ける間もなく撃たれた2人は、その場で文字通りに、足止めされる。


「いってえ……!」


 2人が(うめ)き、よろめいている(すき)を逃さず、トウゴは一瞬でミホシに接近する。その腹を蹴り飛ばした。繰り出された蹴りは、バネとしなりが効いており、ミホシの身体を、数メートルほど後方へ弾き飛ばす威力だった。フローリングの床の上を転げて、積み上げられた箱の山に頭から突っ込むミホシ。それを尻目にしながら、トウゴはダイキの横っ面を、思い切り殴りつけた。


「ぐはっ!」


「楽には殺さねえよ……! 死ぬほど苦しめ!」


 トウゴはダイキの胸ぐらを掴み上げると、腰のホルダーからナイフを取り上げる。容赦なくそれを、ダイキの右目に突き刺した。手首を(ひね)り、眼球をえぐり出す。目玉をくり抜かれて空洞になったダイキの右目からは、赤と白が混じった、気色悪い液体が流れ出る。


「どうだ、クソッタレ!」


「……」


「……?」


 トウゴは違和感に気が付いた。


 膝を撃って、目を(えぐ)ってやったのだ。

 それなのに、ダイキが無反応である。

 苦痛にもがくことも、呻くこともしていない。


「…………へへへ」


 それどころか、ニヤニヤと笑っている。

 胸ぐらを掴み上げているトウゴの顔を、間近から見つめ返してきた。


「誰だか知らねえがあ? だーいぶ俺様に恨みがあるみたいじゃん? ワリィが、そういう手合いは多くてよお。お前が誰かなんて、いちいち憶えてねえんだわ。ただー、言っておきたいんだがなあ」


 トウゴへ向けてくる眼差しに、不穏な陰が差す。


「……俺様にこんなことして、タダで済むと思ってる?」


 イヤな予感がし、トウゴはダイキを放して後退する。距離を取ってやると、ダイキはコキコキと首を鳴らして、殴られた頬をさすっていた。蹴り飛ばしてやったミホシも、「ウーウー」と不気味な呻き声を漏らして、起き上がってくる。


 ダイキの様子も、ミホシの様子も、何かおかしい。

 普通ではない。

 以前に遭遇した時とは、明らかに違った雰囲気を感じた。


「妹をぶっ飛ばして、しかもこの俺様に“致命傷”を負わせるとは。マンションの知覚不可領域(デッドゾーン)化した場所に立ち入れる時点で、すでに普通じゃねえんだろうが、どうやら戦闘能力も? 並みの人間じゃあねえようだ。容赦なく目玉を抉り出す冷酷さと、手際の良さには、正直なところグッときたぜえ」


 苛立ちながら、トウゴはダイキへ尋ねた。


「致命傷ってわりに、ピンピンしてんな。……その身体、どうなってやがる」


「どうなってるも何も、なあ?」


 ダイキは、妹のミホシを見やった。

 その視線に促され、トウゴは気が付いた。


 ミホシの顔には、目と鼻がついていない。長く垂らしたボサボサの前髪に隠れていて、気が付かなかった。まるでのっぺらぼうである。ニタニタと微笑む、切れ長な唇がついているだけの、人間とは思えない不気味な顔立ちだ。ただひたすら「ウーウー」と呻くような声を漏らして、言葉を口にしようとしない。以前に見た顔の面影はなく、怪物のような容姿と化していた。


「な……何だ! お前の妹は!?」


「わりいなあ」


 言っているそばから、ダイキの空洞となった右目の奥から、無数の肉の触手が生え出てくる。その触手が寄り合わさり、(うごめ)き、(かたまり)になって、新たな目玉を形作る。カタツムリのように顔から生え出た、アンテナのような眼球。それがギョロリと、トウゴの方に向けられた。


「俺たちさあ――――とっくに()()()()()()んだわ」


 舌を出して、馬鹿にしたように笑むダイキ。おぞましい姿に変わり果てた兄妹を前にしたトウゴだったが、恐怖するよりも、こみ上げる怒りの方が勝った。


「お前等まさか…………異常存在(ヘテロ)にでもなったってのかよ?」


「当たりいい! 良い勘してるじゃねえか!」


「……冗談で言っただけだぞ。人間が異常存在(ヘテロ)になって、人間の言葉まで話すだなんて、聞いたこともねえよ」


 ウソか本当か。

 人間から異常存在(ヘテロ)になったのだと告白するダイキ。

 耳を疑うような話である。聞いたこともない話だ。


 クラス3以上の異常存在(ヘテロ)は、大抵の場合、物質の身体を有している。その本体は、高濃度のマナを封入された、ムカデのような見た目の“植物脊椎回路(コア)”だ。帝国によって製造されたそれが、周囲の有機物や無機物を無差別にかき集め、自身の身体を形成する。そういう性質を持った生物兵器なのだ。人体に取り付いて、人の姿をかたどっている異常存在(ヘテロ)も存在するのは確かだ。だが、もともと脊椎を有している生物に取り付いた場合、その脊椎に、コアが取って代わることはできない安全設計も成されている。


 高クラスの異常存在(ヘテロ)は全て、自分の意思を有していないのが特徴の1つだ。帝国人たちの支配権限下に置かれ、命令を聞くだけの生物であり、最初に組まれた現象理論(プログラム)や、主人に与えられた命令を“大方針”として活動するだけの、意思のない奴隷も同然なのだ。


 これまでにトウゴが遭遇した異常存在(ヘテロ)は例外なく、自分の意思を持っていたり、人語を話すような知性は持ていなかった。服従回路が経年劣化して、帝国人の命令を聞かなくなった野生の異常存在(ヘテロ)たちであっても、それは同様だった。


 ダイキの言うことが事実なのだとしたら、斗鉤兄妹は、その“例外”ということになる。


 そこまで考えを巡らせてから、トウゴは苦笑する。


「へッ。どうでも良いよ」


「あ?」


「関係ねえって言ってんだよ。お前等が人間じゃないなら、ますます気兼ねなくブチ殺せるってもんだろ……!」


「良いねえ! 俺様たちを相手に、ビビらねえ人間は久しぶりだあ!」


 難しいことを考えている場合ではない。

 トウゴは思考を、シンプルな殺し合いに戻す。


 敵は人間ではないのだ。殺さず痛めつけるために、わざと急所を外す必要もない。トウゴは容赦なく、自動拳銃(ハンドガン)の弾を心臓や頭部めがけて乱発する。斗鉤兄妹は、それを避けることもせずに、全弾を素直に受け止めてみせる。


()かねえんだよ、銃なんか!」


 跳躍したミホシが、天井に手足を貼り付け、虫のように這ってくる。気色悪い挙動のミホシに気を取られていると、ダイキが駆け寄り、トウゴに襲いかかってきた。上下から迫ってくる2人の敵を相手に、トウゴは毒づいた。


「めんどくせえ……!」


 トウゴはありったけの残弾を、天井のミホシに撃ち込む。痛覚はあるのだろう。それで殺せるわけでないとは言え、ミホシは(たま)らず落下して、その場で藻掻(もが)き苦しんでいる。


 そうしてミホシを撃退しながら同時に、片手にはナイフを構えていた。肉迫してきたダイキの首筋を狙って、鋭く早い斬り払いを繰り出した。


 見たところ、ダイキの方の動きは人間と変わらない――――。


 人間相手なら負ける気のしないトウゴは、予定通りにダイキの喉を、深々と切り裂いた。目玉を抉っても死なない相手を、それで殺せるとは思っていないが、呼吸を乱してスタンさせる効果はあるだろう。そうした目的の攻撃だった。


 だがダイキは、予期せぬ行動に出た。


「なっ!」


 ナイフで喉を裂かれたことなど気にした様子もなく、ダイキは大口を開けて飛びかかってくる。鋭い牙が生えそろったそれで、トウゴの左肩に(かじ)り付いてきた。まさかの噛みつき攻撃である。


「がああっ!」


 牙が深々と、トウゴの肩の肉に食い込んでくる。噛みついた肉をそのまま引きちぎり、ダイキはトウゴの肉を咀嚼(そしゃく)して呑み込む。血しぶきを散らしながら、トウゴは、肉迫したダイキを蹴り飛ばして距離を取る。ダイキは、口周りを鮮血で塗らし、楽しそうに告げた。


「固くてマズい肉だなあ。やっぱり喰うなら、女の肉の方が美味い」


「クッソ……人喰いなんて、本当に異常存在(ヘテロ)かよ、テメエ……!」


「だから言ってんだろお? 異常存在(ヘテロ)になったんだってよお」


 肩の肉を抉られた。トウゴのダメージは大きい。

 青ざめた顔で、血塗れた肩を庇うように抱きながら、トウゴは苦しげに呻く。


 ダイキは、そんなトウゴの姿を値踏みするように観察していた。

 そうして、思い出したように、1つ手を叩いてみせる。


「あー。思い出してきたぜえ。そういやあ、四条院キョウヤの無謀な計画に乗っかってた時だっけ。東京都での戦いの時だなあ。お前がその左眼にしてるのと同じやつ。“眼帯”をした女がいたっけな」


「……!」


「なんて言う名前だったか。あん時は、アデルの誘拐で頭がいっぱいだったからよ。そのへんのモブキャラのことなんか、普段は憶えちゃいねえんだが。アデルの近くをウロチョロしてたのが、たしかいたよなあ。山小屋に隠してたアデルを、俺様から盗み出しやがったクソ女。最終的に、四条院キョウヤの野郎に、人質に取られて死んだ“間抜け”だったかあ? その眼帯からして、もしかしてお前、アイツの知り合いかよ?」


「ぶっ殺す……!」


「ぎゃはははは、図星かよ! しかもそれ聞き飽きたぜ! さっさとやってみせろって!」


 人数の劣勢。

 狭い地形で戦っていることの劣勢。

 どうやったら2人を殺せるのか、明確になっていない劣勢。

 ここが敵地である以上、さらなる敵の増援が現れない確証もない。


「……銀の銃弾も、ナイフも、まるで致命傷になってねえ。どうやったら殺せる……!」


 状況は、トウゴに圧倒的な不利である。

 怒りにまかせていても、それを判断する理性は、まだ残っていた。


「ここは、使うしかねえ場面だな……!」


 気は進まなかったが、トウゴは左眼の眼帯に手をかけた。


「……んだあ?」


 眼帯の布地をずらすと、その下に隠れていた左眼が露出する。

 青白く輝く水晶の眼。それが薄明るく、光を灯す。


「――――“時の魔眼(クロノスタシス)”――――」


 そう告げた後に、トウゴは自動拳銃(ハンドガン)から空の弾倉(マガジン)を取り出し、新しいものと交換する。弾が再装填された銃で、リビングのガラス壁を撃つ。全弾を撃ち込み、ひび割れた部分を蹴って風穴を開けた。


 その間、ダイキとミホシは悠長に()()()()()()()である。


 トウゴから見れば、2人はスローモーションで動いていて、トウゴの動きを目で追いかけようとしている様子だった。ダイキが素っ頓狂な声を上げる。


「はぁあ!? なんだあ?! クッソはええ!!」


 ダイキたちから見れば、トウゴの動きが()()()()()()()()に見えていた。まるで動画の高速再生である。トウゴの姿には動画ノイズのようなものがかかって見えている。


 代償を伴い、トウゴに流れる時間だけを“加速”させる聖遺物(イノセンス)

 それこそが、カスパール・ザウエルという機人(エルフ)から与えられた力だ。


 目にも止まらぬ早業でガラス壁を破り、開いた穴から飛び降りるトウゴ。落下の途中、ジャケットに仕込まれていた機人(エルフ)製の携帯パラシュートを開き、そのまま大阪都の夜景の中を飛んで遠ざかって行く。


 割れた壁から吹き込む突風に煽られながら、ダイキとミホシは呆然と立ち尽くしていた。舌打ちをしながら、ダイキがつまらなさそうに呟く。


「……ったく。しらけさせるよなあ。撤退かよ?」


「あ……あ……うぅ………」


「いつまでもキモい声出してんじゃねえよ、ミホシ。お前は人間の頃と違って、見た目の可愛げってもんがなくなったよなあ」


 ダイキは、改めて部屋の中を見渡す。


 アンプルが収められたケースは全て無事なようだが、戦闘で暴れ回ったせいだろう、ある程度まとめて整頓しておいた、他の箱の山は崩れ、散らかり放題である。トウゴに破られた壁から下を覗くと、タワーマンションの下層では、降ってきたガラス片に騒いでいる通行人たちの姿が見えた。おそらく警察に通報されているだろう。人が死んでいたかもしれない大事故だと、騒がれるに違いない。


「まだ“本番前”だってのに、得体の知れない部外者に知られすぎちまったなあ。こんだけ騒ぎになったら、四条院騎士団にも嗅ぎつけられるだろうし。この倉庫は、もうお払い箱だ」


「あ……あ……」


 ふと、ミホシがトランクケースの1つを手にとり、ダイキに差し出してくる。アンプルを収納しておくケースだ。複数本が収められている内、1カ所が空きになってしまっている。それに気が付き、ダイキは怒り、額に青筋を浮かべた。


「おいおいおい! あの野郎、1本、()()()()()()()()()だとお?!」


 トウゴに盗まれた。

 それに気付き、ダイキは肩を戦慄(わなな)かせて悔しがった。


 やがてダイキは(きびす)を返し、部屋を出て行こうとした。

 ポケットに両手を突っ込みながら、苛立った顔でミホシを振り向き、忠告する。


「倉庫の中身を移動させる。周辺の記憶処理もやってもらわねえとよお。俺様は“報告”してくっから、その間にお前は、責任もってアイツを殺して来いよな、ミホシ? もしもアンプルが流出したってバレたら……殺されっぞ」


「うぅ……ああ…………」


 まともな言葉にならない、呻き声を返す。

 命じられたミホシは、ニタニタと不気味に笑っていた。





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