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9-11 救済兵器



 天井照明の灯っていない廊下。足下を照らす常夜灯の明かりだけによって、その輪郭(りんかく)が薄闇の中に浮かび上がっている。視界が悪く、トウゴはスマートフォンのライトを使って、行く手を照らし続けていた。


 ここは知覚不可領域(デッドゾーン)

 一般人には、存在していることを知覚できない場所。

 実在するのに、目に見えないのだと、人々に思い込ませられる空間だ。


 まるで以前に行った、無人都市を思い出すような、静寂と闇に包まれている。


 昔とは違い、トウゴは訓練を積んだことで、それなりに周囲の気配を読めるようになっている。暗がりに誰かが潜んでいるような息づかいや、大気の揺れを、今のところは感じていない。自分の感覚だけが全てとは言わないが……それでも暗闇の中に、危険な獣や、人間が隠れていることはなさそうだった。


「何かいる気配は、今のところ感じねえな……やっぱり、このフロアは無人なのか?」


 呟きながらも、油断することはしない。スマホのライトを掲げながら、反対の手は、いつでも武器を取って戦えるように身構えておく。そうして行き先を警戒しながら、廊下を進んでいくことにした。


 ザッと見て回ったところ、いくつかわかったことがある。


 まず、他の階のように監視カメラがないことだ。建物の管理者が、この場を監視する必要がないのだと、そう判断した結果なのだろう。だが、なぜそうした結論に至ったのかはわからない。人目から隠しておきたいがために、この場を知覚不可領域(デッドゾーン)にしておいて、そこに侵入者が現れないかどうかを、検知する仕組みがないということになる。放っておいても、普通の人間が立ち入ることはないと慢心したせいかもしれないが、正確な事情はわかりようもない。


 そして、廊下にめぼしいものは何もないということだ。一通り歩いてみて、不審なものは見つからなかった。こうなってくると、何かあるとすれば“室内”ということになってくる。この階の廊下には、人が住んでいない部屋の扉が10以上ある。それぞれの部屋の間取りが広く大きいため、限られた時間で、その全てを見て回るのは不可能だろう。


 どこか1部屋を選んで、中身を拝見するしかない。


「8年前に、マンションが売りに出された時から、この知覚不可領域(デッドゾーン)は存在してた。つまり建築の段階から、このフロアの“用途”は決まってたってことだよな。元の管理会社や工事業者については、カールの方で洗ってくれてるところだが……ここの管理を引き継いだ半グレ組織は、その“用途”を継承する目的で、しゃしゃり出てきたって考えるのが自然か。どこか、適当に部屋の中でも覗いてみれば、それがわかるか……?」


 手近な部屋の前に立つ。


 見たところ、ドアロックは他の階と同様に、カードキーロックだ。部屋に入室するためには、対応したカードキーがなければ解錠することができない。


「監視カメラもないことだし、少し乱暴にやらせてもらうぜ」


 トウゴは自動拳銃(ハンドガン)を取り出し、扉の施錠(せじょう)部を撃って開けることにした。銃を使った鍵の開け方は、元自衛官である兄に教わった方法だ。映画のように機構部そのものを撃っても、ドアの鍵は開かない。そうではなく、ドアの隙間を狙って撃つのがポイントだ。隙間(スリット)に弾丸を押し込むことで、ドアの隙間を広げてやるのだ。


 弾を撃ち込むと、扉が開いた。

 銃口を前方に構えたまま、トウゴは扉を引き開けた。


「……」


 玄関に靴は置かれていない。

 留守にしているからではなく、誰も住んでいないからだろう。

 廊下と同様、やはり室内からも気配を感じたりはしなかった。

 おそらくは無人だ。


 油断せず、トウゴはスマホのライトで足下を照らしながら、銃を手に、ゆっくりと前進する。玄関から通路を奥へ進むと、広々としたリビング兼、ダイニングに行き当たった。家族団欒(だんらん)に使う部屋だ。ガラス壁で屋外と仕切られていて、その向こう側には、大阪都の美しい夜景が望めている。おそらく10帖以上の間取りであり、カウンターキッチンまでついていた。室内に電灯は灯っていないが、外からの光で十分に明るい。これなら、暗がりで(つまづ)いて転ぶことはないだろう。リビングに来て、トウゴはすぐに異常に気が付いた。


 室内に家財の一切がない――――。


 テレビも、ソファも、テーブルも。人が住んでいるなら、置いてありそうなものが何もないのだ。誰も住んでいないのなら、それも当然と考えることはできる。だが異様なのは、家財道具の代わりに“大量の箱”が山積みにされている点である。


「……なんだ、こりゃ?」


まるで、引っ越しの際に運び込んだ段ボール箱を、全て開梱(かいこん)せずに放置しているような、雑然とした散らかりようである。ただし箱は段ボール製ではなく、1つ1つが銀色の金属製の箱だ。見るからに頑丈な造り。ジュラルミンケースだろう。数え切れない量が、所狭しと並べて置かれている。


 トウゴは箱の1つを開けてみて、中身を確認してみた。


「…………」


 武器である。

 突撃自動小銃(アサルトライフル)

 しかも白石塔(タワー)内の武器ではない。帝国製だ。

 それを手に取り、マジマジと観察してみる。


「RT―17ライフル。ミスリル製の、軽量頑強な高性能銃ってか? どう見ても、帝国騎士団の正規品だが、製造元の企業国(ユニオン)を示す、銃身の刻印が打たれてねえな。使用者の、所属認証の機能も無力化されてやがる。……こりゃあ、鹵獲(ろかく)されたら誰でも簡単に使えちまうぞ。下手すりゃ白石塔(タワー)出身の人間だって……」


 トウゴは銃を戻すと、他の箱の中身も確認してみる。


 ライフル。グレネード。魔術弾。いずれの箱の中にも、最新鋭の高価な武器が収納されていた。部屋の中にある全ての箱の中身がこの調子だとすれば、この部屋はとんでもない火薬庫である。


「この部屋にある箱、全部に武器が入ってんのか? 他の部屋やフロアも同じだとしたら……とんでもねえ武器庫じゃねえか。ちょっとした戦争を始められる量だぞ」


 製造元を隠された、所属認証無しで誰でも使える武器。

 それが大量に置いてあるのだ。考えられることは1つだ。


「……このマンション。たぶん帝国の禁制品を貯蔵しておく“倉庫”として造られた場所だな」


 そう推察した。


白石塔(タワー)ってのは、どこの企業国(ユニオン)にも繋がってるもんだから、この内社会(インワールド)を中継して密輸が行われるのは、よくあるこった。カールだってやってるしな。けどこの規模で、しかも“武器”を横流ししてるなんてのは……初めてお目にかかる。人間同士の戦争や反乱が起きたことがねえってのが、支配権限(しはいけんげん)に裏付けされた帝国統治のウリなわけだし、なにより帝国騎士団は、こういう武器をすでに支給されてるんだ。なのに武器を買うヤツなんて、アークにいるのか……? もしかして、獣人(ラース)用とかか?」


 獣人(ラース)のテロリストの中には、人間の武器を使っているグループがあるのだと、聞いたことがある。帝国社会において、武器を横流しされて利益を得る者がいるとすれば、そうした獣人(ラース)たちくらいしか思い当たらない。だが、ここは大阪都。四条院企業国(ユニオン)の領土内に存在する白石塔(タワー)だ。四条院企業国(ユニオン)に、そうした獣人(ラース)のテログループがいるという話は、聞いたことがない。


「買い手が誰なのかわからねえけど、たぶんここが密輸品の倉庫って線は確実だろう。元々、ここを管理してた会社はもちろんクロなんだろうが、今の管理者である半グレの連中も同じってことか? となると、白石塔(タワー)の下民のくせして、アークの武器を扱う商売してるってことになるよな。そいつら、知覚制限(ちかくせいげん)とかはどうしてるってんだ。……事情が、よくわからねえな」


 推測できることは色々ありそうだが、ひとまず今夜は、長居するつもりで来てはいない。適当に、室内や箱の写真をスマートフォンで撮影して、部屋を出ることにした。


 ここまで調査してみて、トウゴにはわからないことがあった。


 隣のマンションの殺人現場から、ここを見下ろした時。この26階のフロアには、異常なほどに濃いマナが立ちこめていたのだ。帝国製の武器が保管されているだけで、そうはならないだろう。だとすれば、その原因は不明のままだ。


「この前、隣のマンションの殺人事件現場から見下ろした時よりも、マナ濃度は薄くなってるな。あの日だけ、何かそうなるようなヤバいモノが保管されてたとかか? だとしたら、今日はもうそれがない……?」


 一足違いで、この倉庫から払い出されてしまった“何か”があったのかもしれない。その正体を突き止めたかったが、もう時間がない。そろそろ戻らなければ、フロントの管理人に怪しまれてしまうだろう。この倉庫を仕切っている者達に、トウゴの存在を気取られるような事態は避けるべきだ。


 急ぎ足で部屋を出ようとしたトウゴ。

 だったが、近づいてくる人の気配に気が付いた。


「――――おいおい、この玄関戸を見て見ろ。侵入者が来た形跡があるだろうがよ?」


「!」


 玄関の方から、男の声が聞こえた。

 トウゴの侵入を察知したのだろうか。

 誰かやって来たのだ。


 トウゴは咄嗟に、キッチンカウンターの裏に身を隠した。そうして息を潜める。もっとマシな場所に隠れたいところだったが、隠れ場所を吟味している余裕などない。来訪者の足音は2人分。それが、リビングに向かって近づいてきたのだ。何とかやり過ごさなければならない。


 トウゴが隠れた直後、2人分の気配はリビングに到達した。その息づかいを、生々しいほど近くに感じる。緊張の冷や汗を背に流しながら、トウゴは恐る恐る、リビングの様子を覗きこむ。


 現れたのは男女だった。


 両者共に、染め上げた金髪。両耳はピアスだらけである。ロングレザーコートを着込んだ男と、派手な赤いジャケットを羽織った女である。トウゴの方に背を向けているため、その顔は、ハッキリと確認できない。


「……んー? 特に荒らされてる形跡はねえなあ」


 男の方が、キョロキョロとリビングを見渡している。一方で、女の方は声を発せず、突っ立ったままだ。ボサボサの髪をしていて、その後ろ姿はどことなく不気味に思えた。


「盗まれた形跡もねえ。けど、侵入された跡はある。つまり……()()()()()()()ってことか?」


 トウゴの心臓が早鐘を打つ。

 乱れた呼吸が男たちに聞こえないよう、懸命に息を殺し続けた。


「本当に盗られてねえか、一応、確認しておかねえとなあ」


 男の方は、トランクケースの山を掻き分け、1つを取り出した。そうして、そのフタを開ける。途端、たちまちケースの中から色濃いマナの霧が溢れ、周囲へ漂い始める。


「……!」


 ケースの中に、高濃度なマナが押し込められていたようだ。フタを開けられて解放されたそれは、ドライアイスの煙のように、勢いよくケースから溢れ出ていく。男は他にもケースを取り合げ、1つ1つ中身を確認していった。男がケースを開けるたびに、その中からマナの霧が溢れて、周囲へ漂い出す。室内は見る見る間に、視界を失うほどの黒い霧に満たされていった。


 トウゴは驚いていた。

 どうやら、この部屋に置かれた無数の箱の中身は、武器だけではない。

 少なくとも、男が開けていくケースの中身は銃火器ではなかった。


 ほのかに発光している赤黒い液体。

 それが封入されたアンプルが収められていた。


「あれは……!」


 輸血液などではない。

 トウゴが、その正体にすぐに気が付いたのには理由がある。

 以前に、それを注射されたことがあるからだ。


 解放ワクチン――――。


 それによってトウゴは、帝国の支配権限(しはいけんげん)から解放されたのである。


「クック。よしよし、肝心要(かんじんかなめ)の“救済兵器”は無事だ。盗まれずにきっちり全部残ってやがる」


 男は救済兵器という言葉を使った。人類を、帝国の支配から解放するワクチンが、兵器と呼ばれているのは妙な感じがした。だが大量の武器弾薬と共に、この倉庫に保管されていることを考えれば、実際にそうした扱いをしているのだろうか。そもそも、イリアが開発させたワクチンのレシピは、現在ではアルトローゼ王国の関係者しか知らないはずである。つまりワクチンは、アルトローゼ王国でしか製造できないものだ。それが流出して、この場に存在しているということは……この倉庫で扱われている品の出所は、アルトローゼ王国に繋がっていることになる。


 ワクチンが無事であることを確認した男は、満足そうだった。

 ニヤニヤと微笑みながら、呟く。


「ってこたーつまりだ。侵入者の目的はコイツじゃなかったってことだよな。なんだあ? じゃあ、事情をよく知らない、帝国人でも紛れ込んだってか? 帝国騎士団かあ?」


 振り向いた男の横顔を見て、トウゴはさらなる衝撃を受ける。


「…………まさか」


「!」


「こんなところで、テメエ等なのかよ」


 男の正体に気が付いたトウゴは、隠れることをやめる。

 立ち上る湯気のように、ユラリとその場で立ち上がった。


 堂々と、キッチンカウンターの陰から姿を晒した侵入者。

 いきなり姿を見せたトウゴに、油断していた男女は、驚いた顔をする。


「……おいおい。侵入者くんが堂々とご登場ってかあ? 誰だよ、お前は?」


 尋ねられたトウゴは、冷ややかに男を睨み付けていた。

 その胸中には、煮えたぎる怒りが湧き上がっている。


「俺のことは憶えてねえか。まあ、そうかもな。警視庁で世話になった、そっちの()()()()ともかく、お前と直接に話したのは、ほんの少しだったからな。お前にとって俺は、情報を引き出せる、ただのモブだったろうし。けどこっちは、ずっと会いたかったんだぜ? お前がアデルを(さら)ったせいで、サキは死ぬことになったんだからな」


 金髪の男は、何かに気が付いた様子だった。


「あ? 警視庁? アデル? お前まさか……東京都の生き残りか?」


 構わずトウゴは、狂喜の笑みを浮かべ、銃とナイフを手に取った。


「会いたかったぜ、斗鉤(とかぎ)兄妹……!」


 逃げ隠れすることなどしない。

 宿敵を前にしたトウゴの心情は、すでに狩る側だった。




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