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9-7 変わらない男



 各企業国(ユニオン)では、絶対王政に近い統治が行われている。

 

 それぞれの国が、企業国王(ドミネーター)を支配者として(いただ)いており、企業国王(ドミネーター)が決めたルールこそが法と解釈され、人々はそれに従わされている。絶対の命令強制力である支配権限(しはいけんげん)によって統治された社会では、国民の意思に寄り添う必要はない。たとえ制定された法に矛盾があったとしても、企業国王(ドミネーター)の気まぐれで、いつでも簡単にルールは歪められ、理不尽な裁定が行われることもある。


 自由がない社会に住まう人々は、支配者の決めたことを押しつけられる定めだ。


 だが、そんな帝国において、アルトローゼ王国は変わっていた。


 国のリーダーとして“国王”が存在していることは、他の企業国(ユニオン)と大差はない。しかし、その権限は企業国王(ドミネーター)ほどに万能ではない。有識者や権威者を集めた“議会”が存在し、国王の権力は、議会が定めた法律によって、ある程度の制限を受けている。まだ誕生して間もない国であり、帝国社会に属していた頃の名残が色濃く残っている風土であるため、まだまだ統治形態が成熟して定着するには、時間がかかるのだろう。ひとまず現時点でのアルトローゼ王国は、いわゆる立憲君主制に近い政治が行われていた。


「……」


 アルトローゼ大聖堂(ガーデン)の広間。その片隅に置かれた待合用のソファに、四条院アキラは腰掛けていた。謁見後、すぐにホテルへ向かった父親たちとは別行動で、アキラだけは、理由をつけて大聖堂に残っていた。


 見学者(ビジター)資格情報(ライセンス)を付与されたアキラは、大聖堂の出入りを許可されている。とは言え、ほとんどの施設には立ち入ることができず、通路や広間などを見学する以上のことはできなかった。


 誰かを待つなら、その人が通る可能性の高い場所で待つ以外にない。


「……!」


 複数人の足音が聞こえ、アキラはそちらを見やった。目論見通り、アデル・アルトローゼが、ついに広間へ姿を現したのである。


 議会場の方から歩いてきたということは、淫乱卿(いんらんきょう)の提案について、議会と話し合っていたのだろう。側近のリーゼと、甲冑姿の雨宮ケイを護衛として引き連れ、どこかへ移動する途中の様子だった。


「アデル!」


 気がつけば、アキラは声をあげてしまっていた。待ち焦がれていた少女に向かって、思わず駆け寄っていく。この2年間、アキラはずっと、アデルに会いたいと願ってきたのだ。彼女を目の前にしては、もう自制など効かなかった。


 アキラの接近に気が付いた様子の護衛。雨宮ケイとリーゼが、アキラの行く手を(はば)むように立ち(ふさ)がってくる。敵意のある視線を送りつけてくる2人の側近は、不用意に近づけば戦闘も辞さない殺気を放ってきていた。さすがに争いを起こすのはまずいと思い、アキラは途中で立ち止まった。


「待ってくれ、僕はアデルと話がしたいだけなんだ!」


「……」


 アデルたちからすれば、アキラは敵対国の王子。それが王に近寄ろうとするなら、警戒して当然だろう。雨宮ケイは、すでに赤剣の柄に手を掛けていた。


「雨宮ケイ……兄上を殺した男……!」


 淫乱卿(いんらんきょう)の下で生き延びた最後の兄弟である、四条院キョウヤ。アキラにとって唯一、兄と呼べる男を殺した、憎き(かたき)だ。


 アキラにとっては宿敵も同然。


 雨宮ケイと対峙していると、しばらく腹の奥に沈んでいた怒りが、ぶり返すように、湧き上がってくるように感じた。それを胸中の辺りまでで押さえ込み、アキラは何とか平静を装う。今はまだ、この男を殺すべきタイミングではない。


 ケイとアキラの睨み合いは、次第に一触即発の雰囲気に変わっていく。それを見かねたのであろう、アデルが口を挟んできた。


「良いのです」


 憂いを秘めた寂しげな顔で、アデルは2人の護衛に命じた。


「アキラとは知り合いです。私を襲うような人物ではありません。下がっていてください」


「……」


 ケイは黙って、赤剣の柄から手を放す。リーゼも、背負っている弓に()わせた指を、引っ込めた。そうして臨戦体勢を解いて見せる。


 命令されて仕方なくなのだろう。2人はアキラを警戒したままで、言われた通りに、黙ってアデルの背後へ下がった。そしてようやく、アキラとアデルは、2人で話せる状況になる。


「……急に呼び止めてすまない。久しぶりだな、アデル」


「ええ。久しぶりです」


 相変わらずの、無表情な少女だ。だが、以前にアキラと出会った時と、少し様子が違っているように感じる。謁見の時からずっと、寂しげな顔をしているアデルの態度が、アキラには気がかりだった。得体の知れない、哀愁(あいしゅう)を帯びたアデルの様子を、奇妙に思いながらも、アキラは言った。


晩餐会(ばんさんかい)の夜に会って以来か。あれから、もう2年以上の時が経つなんて……。僕たちの出会いは、良くなかったよ。父上に命令されていたとは言え、君に……無理矢理なことをしようとした。本当にすまなかった。ずっと、謝りたいと思っていたんだ」


 懐かしかったのだろうか。アキラの話を聞いたアデルは、少しだけ(ほお)(ゆる)めた。微笑とも呼べないほどの、僅かな表情の(ほころ)び。だがそれでもアキラは、そんなアデルの反応が嬉しかった。


 しかし、束の間。

 アデルはすぐに、元の無表情へ戻る。


「あの時の私は無知で、あなたに何をされているのかも、理解していませんでした。もう過ぎたこと。私は気にしていませんから、どうか、あなたも気にしないでください」


 そうして、アデルは尋ねてきた。


「私と話したかったこととは、それだけですか?」


 淡々とした口調。やはり以前に会った時と、アデルの雰囲気が、違っているように感じる。いったいなぜ、アデルはそうなってしまったのだろうか。心配になった。


「君は……変わったな」


「変わった?」


 表情に起伏がなくても、かつてのアデルには、他人を思いやる優しさや、温もりのようなものがあった。だが今のアデルはどことなく、他人を遠ざけて、拒絶しているような、冷たい印象を受ける。しかし、決して否定的な変化ばかりというわけでもない。


「悪い意味にとらないで欲しい。けれど、初めて会った時とは違って、今の君は、理知的で気品があるように思う。王の風格と言うか……。とても綺麗になったな」


「ありがとうございます」


 世辞を言われたアデルは、感謝の言葉を口にした。少し恥ずかしいことを、面と向かって言ってしまい、アキラは照れくさくなってしまう。咳払いをし、照れた顔を誤魔化した。


「今日は突然、不躾(ぶしつけ)に押しかけてしまって申し訳なかった。僕も、父上の謁見目的を、事前に聞かされてはいなかったから、どんな話をするのか心配していたんだ。けれど、君にとって悪い話ではないようで、良かったよ。父上の言う通り、君たちが他の企業国(ユニオン)に対して敵意がないのだと宣伝できる方法があるなら、それは君の王国にとって悪い話じゃないはずだ」


 アデルは、寂しげな表情で尋ねてきた。


「……アキラは、結婚する相手を父親に決められてしまっても良いのですか? 私と結婚することになっても、それで良いのですか?」


「ああ。願うところさ!」


「……!」


「どうか、前向きに検討して欲しい。君さえ良いなら、僕は……必ず君を幸せにしてみせるから」


「……」


 ほとんど、告白に近いことを口にしてしまっていた。

 そのことに気付き、緊張で鼓動が早くなる。


 だが、紛れもない本音だった。

 アデルのことが好きだ。

 その想いは、初めて会った時に、一目惚れした時からずっと変わらない。


 アデルにとっては愛のない結婚になるのかもしれない。だが、後悔はさせない。最初は受け入れられなくても、必ず心を奪ってみせる。今は、そう強く誓っていた。半分以上に、個人的な願望を込めて、アキラはアデルへ同盟締結への道を促す。


 だが対してアデルは、悲しそうに目を細めた。


「……今はあまり、私と話をしたりしない方が良いと思います」


「……?」


「それが、アキラのためです」


 拒絶の言葉をアデルの口から聞かされ、アキラは少なくないショックを受けた。唖然としているアキラへ、アデルは続ける。


「あなたの父親は、恐ろしい人です。私に不要な情報を漏らしたと知られれば、裏切りと見られて殺されかねないのでは?」


「そんな。考えすぎだ。僕はただ、こうして君に、同盟締結を勧めただけだろう? たしかに父上は恐ろしい方だが、殺されるような情報など漏らしていない。裏切ってもいない」


「どうでしょう。今回の、婚姻や同盟に関するアイディアは、淫乱卿(いんらんきょう)が独自に考案し、周囲には秘密にしていたことであるのだと、今のあなたの話からわかりましたよ?」


「……!」


「結婚する当人にも事情を話さず、秘密裏に事を運んでいる。そうしなければならない必要性は何でしょう。それが淫乱卿(いんらんきょう)の性格だと言えば、それまでですが、それだけが理由ではない可能性だって、否定できません。実のところ婚姻関係を結ぶことは建前で、何か別のことを企んでいるのかもしれません。少なくとも、私の中では疑念が深まりました。やはり、お返事は慎重に考えるべきですね」


 要らぬことを言ってしまったのかもしれない。

 アキラの余計な話のせいで、アデルは同盟への警戒心を強めたようだ。

 しくじってしまったのだと、遅れて気付かされる。


「……アキラは、あの日から()()()()()()()()()のですね」


「え?」


「その純粋な性格は、父親とは似つかない素晴らしいもの。そのまま大切にしていて欲しいです」


 アデルは視線を()し、残念そうに付け足して言った。


「それに比べて、私はもう……あなたが知っている、昔のアデルではありません。以前のままでは、いられなかったのです」


「……」


 晩餐会(ばんさんかい)の日から、何も変わっていない。

 アデルにそう言われたアキラは、足下が瓦解(がかい)したように感じた。


「僕だって……変わったんだ……!」


「?」


「兄上が亡き後、混乱する四条院騎士団を持ち直し、今では騎士団長の座にある。そりゃあ、企業国王(ドミネーター)を倒し、新国を立ち上げた君に比べれば、見劣りする活躍かもしれないが、僕なりに一生懸命やってきたんだ……!」


「アキラ……」


 固く拳を握り、悔しそうに俯くアキラ。

 それを見たアデルは、アキラを傷つけてしまったことを、密やかに察した。

 胸が痛むが、それでも、国王の立場として言わなければならないことがある。


「……あなたは敵対国の重要人物。これ以後は、不用意に私へ近づかず、どうか立場をわきまえてください」


 それだけを告げて、アデルはアキラの隣を通り過ぎた。

 ひたすらに、冷たい態度だ。

 あしらわれたように感じ、アキラは悲しくなる。


 王の背に続いて、側近の雨宮ケイとリーゼも、黙ってついていく。ただ1人、その場に取り残されたアキラは、険しい顔で呟いた。


「君に相応しい男になろうと、努力してきたんだ……! なのに、認めてくれないのか……!」


 アキラのことなど、何とも想ってくれないのか。

 だとしたら、絶望するしかないではないか。

 アデルへの愛情ゆえに、その憎しみも、悲しみも一入(ひとしお)だった。






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