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2-6 CICADA3301暗号



「なんて素晴らしいんだあ!」


 興奮した佐渡(さわたり)(わめ)いた。

 感涙(かんるい)に目を(うるま)ませ、(つば)()き散らして声を上げる。


「まさか、無死の赤花の“オリジナル”には知性が宿っていたなんて! まったく知りませんでしたよ! 僕の育てた花には、そんなもの宿らなかったのに! てっきり今まで、オリジナルの花を複製できたと思ってましたが、実のところ完全ではなかったということです! ああ、これはもう、なんてことでしょう! ファンタスティック! すごい発見ですよお!」


 診療所の、赤花を育てている部屋に集まった一同は、佐渡の1人劇場を見せられていた。

 感激している佐渡に機嫌を良くしたのか、アデルが得意気に言う。


『ふふん。私と話しができて、そんなに嬉しいのですか、佐渡(さわたり)


「ええ。ええ。それはもちろんですよ、アデルさん! あなたはもしかしたら、有史以来、人類が初めて遭遇する、人類以外の知的生命体なんです! 言うなれば宇宙人のようなもの! 未知との遭遇! ビッグフットやツチノコのような、都市伝説の大御所的な存在に違いないのですから!」


『よくわかりませんが、その言い方はムカつきますね』


「ああ! 人類初、宇宙人にムカつかれるなんて! 僕はなんて幸せ者なんだあ!」


 アデルと会話できていることが、心底(しんそこ)から嬉しい様子だった。

 感動に肩を打ち振るわせ、佐渡は完全に自分の世界に入ってしまっていた。


 佐渡とアデルのやり取りを、トウゴとサキは呆れた顔で見ていた。


「昨日から、頭が触手になってる化け物やら、服毒自殺やら、妙なことが散々続いてるってのに、今度は喋る花が出てきただあ? もう何でもありすぎて、何でもこいって気分になってきたぜ……」


「右に同じね。まったく、前から雨宮(あまみや)くんのスマホケースが、妙に可愛すぎると思ってたのよ。まさかアクセサリーじゃなくて、生きてるお花だったなんて、普通は思わないわよね」


 元より、アデルの存在を知っていたイリアは、興味がなさそうにアクビをしている。

 ケイは眉間(みけん)(けわ)しくしながら、咳払いして佐渡に声をかけた。


「……あの。話しを戻しますけど」


「あ、すいません。つい興奮して、脱線していましたね」


「ええっと。つまり佐渡先生も、アデルの正体についてはよくわかってないんですね」


「ええ……期待に()えず申し訳ないのですが」


 佐渡は申し訳なさそうな顔をする。


「元々、オリジナルの花を保管していた、君のお父さんなら、もしかしたら何かを知っていたのかもしれませんが……今となっては、もう確かめようがありませんよね」


「そうですか……」


「あ、あのよお、雨宮」


 佐渡とケイのやり取りを聞いていたトウゴが、おずおずと会話に割り込んでくる。

 とても言い出しづらそうに表情を(しか)めていたが、思い切って尋ねることにした。


「その、前々から気になっててよ。もしかしたら聞いちゃいけないことなのかもしれねえけど……お前って今、じいちゃんと2人で暮らしてるんだったよな? お袋さんや親父さんは……死んだのか?」


「…………」


 途端にケイは黙り込んでしまう。

 佐渡は、ばつが悪そうな顔をしてしいた。

 その様子を見たトウゴは、やはり自分がまずい質問をしてしまったのだと確信する。だがその後、「私も気になってたの」と言わんばかりのサキの表情を見て、やはりこの場で聞いておくのが正解だったと思い直す。


 ケイは少し考え込んだが……今さら隠しておく理由もないと考え、正直に告白することにした。


「親父と、姉さんと、オレ。3人家族でした。けど、オレ以外の家族は死にました。……()()()()()()()


「…………マジかよ」


 あまりの答えに、トウゴは絶句してしまう。

 なかなか続きを話そうとしないケイに代わり、壁に寄りかかって腕を組んでいたイリアが、淡々と説明した。


「埼玉連続家族殺人事件。5年前、埼玉県の各所で起きた一連の殺人事件のことだよ。当時はニュースで連日報道されていたものさ。犯人が家へ押し入り、家族全員を殺害するという凶悪な手口で、合わせて3つの家族が被害に遭った。雨宮家は、被害にあった3番目の家族。犯人はまだ捕まっておらず、事件は迷宮入りになって(ひさ)しい。雨宮ケイは、事件で唯一の生き残りだよ」


「そんな…………(ひど)すぎる……!」


 話しを聞いたサキが、今にも泣き出しそうな顔で言葉を飲む。

 観念したように、ケイは認めた。


「……イリアが今言った通りです。オレ、事件の後は、しばらく孤児院にいました。引き取ってくれる親族がなかなか見つからなくて。2年前くらいに、親父と絶縁中だった、じいちゃんが身柄を受けてくれたんです。感謝してます。ただ、周りから必要以上に同情されたくなかったんで、他人に身の上を話さないようにしてたんです。先輩たちには、黙っててすいませんでした」


「…………謝んなよ。俺の方こそ、何も知らなくて悪かった」


「ごめんね、雨宮くん」


 涙ぐんでいるトウゴとサキ。必要以上に心配させてしまっていることを悪いと思い、ケイは、話したことを少しだけ後悔した。


 だがそこで、佐渡がケイに耳打ちをしてきた。


「――――でも。それが全てではないでしょう、雨宮くん?」


「……」


 冷ややかな目をして黙り込むケイに向かって、佐渡はニコニコと微笑みかけてきている。


 やはり佐渡は、ケイの秘密について勘づいている様子だ。

 殺人事件から生き延びた後に――――ケイが()()()()()()()()について。


 だが、直接その考えを口にしないということは、ケイの秘密を、サキやトウゴの前で暴露してやろうと考えているわけではなさそうだった。あえて黙ってくれている。佐渡は、ケイの境遇について、ある程度の理解を示してくれているのだろう。それを察っすることができた。


 佐渡は手近な椅子に腰を下ろすと、足を組んだ。


「さて。ここから先は、私が話しをさせていただきましょうか。そうですね。順を追って説明する必要があると思います」


 全員の注目が、話し始めた佐渡に集まる。


「まず、皆さんはご存じですかね――――“CICADA(シケイダ)3301暗号”のことを」


 メガネの奥を陰らせた佐渡は、ニヤリと笑んでそれを尋ねた。

 馬鹿にするなと、サキが得意気に胸を張って答えた。


「フン。オカ研の部長を舐めないで欲しいわね。もちろん知ってるわ。海外の匿名掲示板に突如として現れた、超難解な暗号を含んだ画像。それをアップロードした、謎の人物のハンドルネームよね」


 サキは腕を組んで、自身のオカルト豆知識を披露する。


「シケイダが暗号をアップロードした目的は、それを解いて、自分の元に辿り着けるような、選ばれた人間を探していたんだそうよ。ようするに人材募集ね。暗号はとんでもなく難解で、諜報機関や、暗号解析の専門家とかじゃないと、解読できないような代物だったらしいわ。そんな暗号を作った、シケイダの正体は何者なのかって、かなり話題になったそうよ。一時期、暇な世界中のハッカーや知識人が、こぞって暗号解読に挑んだって聞いたことあるわ」


「よくご存じですね! その通りです!」


 佐渡は、わざとらしいまでに大げさな拍手をしてみせる。悪気はない。


「シケイダはこれまでに4回、匿名掲示板に登場しました。当時は僕も、その暗号解読に挑んだ暇人でしてね。4回目にアップロードされた暗号へ挑戦したんです。それはもう非常に複雑な暗号でして、知り合いの専門家や、ツテを使って解読作業したんです。雨宮くんのお父さんとは、その過程で知り合うことになりました」


「……憶えてます。雑誌記者だった親父の“取材対象”が、シケイダ暗号に関係してるかもしれないとかで、目の色を変えて夢中になってました」


「まあ、それぞれの目的は様々なものの、当時は暗号解読に挑むチームが生まれまして。僕たちは最終的に、富士の樹海の中心から、シケイダ暗号が発信されたことを突き止めたんです」


「富士の樹海っていやあ……オリジナルの赤花、つまりアデルが見つかったって場所だよな?」


「シケイダ暗号を発信していたのは、まさに“アデルさん”だったんですよ」


「……!」


 ケイは驚いた顔をする。

 壁に背を預けて話しを聞いていたイリアが、妖しく笑んでアデルを見やる。


「へえ。それは面白いね。つまりアデルが、シケイダの正体だったということなのかい?」


『私が、そんな暗号を……? まったく記憶にありませんけれど』


「我々が花を発見した当時、まだ花の中に、アデルさんの自我は存在しなかったのだと思いますよ。だって、アデルさんの最古の記憶は、雨宮くんに出会ってからなのでしょう?」


『そうです』


「つまり、アデルさんがアデルさんとして誕生したのは、僕たちが樹海から、花を持ち帰った後の話ということになります。少なくとも、僕が雨宮くんのお父さんから、種子を分けてもらった時に、君は存在してませんでした。今の今まで、花に知性が宿るなんて想像もしてませんでしたから」


『……』


 神妙な雰囲気で、アデルは黙り込む。

 気にせず、佐渡は続きを話した。


「僕たちチームは、樹海から持ち帰った花について分析を続けました。その花自体が、シケイダの仕掛けた、暗号の続きだったかもしれないからです。シケイダが何者なのかを知りたい、その好奇心に取り憑かれていました。結果として、それが悲劇の原因になったんです」


「悲劇って、どういうことなの?」


「僕たちのチームのメンバーが、何者かに命を狙われ始めたんです」


 ケイたちは驚いた。

 佐渡はメガネの位置を指先で直しながら、少し顔色悪く語った。


「ある日、1人の連絡がつかなくなり。次の日にはもう1人が行方をくらました。毎日、シケイダ暗号の解読に関わった人間が1人ずつ消えて、いなくなっていく。恐ろしすぎて、途中からもはや、暗号解読どころではなくなっていきました」


「そのいなくなったってのは、つまり殺された……って意味かよ?」


「正確なことは、わかりません。ただ1人ずつ、着実にいなくなっていったんです。そのうちの1人が、雨宮くんのお父さんです。彼は他のメンバーとは違って、姿を消すのではなく、わかりやすく命を奪われました。手口が違うような気もするので一概には言えませんが……もしかしたら、雨宮くんの家族を襲った犯人というのは、シケイダに関係した何者かだったのかもしれません。その可能性が高いと、僕は考えています」


「…………マジかよ。全部がつながってくじゃねえか……!」


「……」


 話しながら、意味ありげに視線を送ってくる佐渡の顔を、ケイはふてくされたように見返した。

 佐渡は僅かに苦笑して見せた。


「実のところ、嫌な予想は最初からありました。これまで何度かにわたって、シケイダの暗号投稿は行われてきました。暗号に挑んだ匿名の何人かが、実際に暗号が解けたという報告を、掲示板に書き残したことがあるんです。ですが、これからシケイダに会いに行くと報告した人々が、その後どうなったのかという情報が、ネットには一切ありません。もちろん、解いたという話し自体が嘘だった可能性もありますが、まことしやかに噂されてたんですよ」


「噂って、どんな噂なんだ……?」


「シケイダの暗号が解けた者は、()()()()()()()ってね」


 そこまで話して、佐渡は肩を落とす。

 ぼんやりと天井を見上げて、思い出しながら続けた。


「そうして、とうとうある日のこと。僕が消える順番がやって来たんです。僕の前に、浦谷のような怪物が現れたんです」


「!」


「その時、僕は理解しましたよ。ああ、他の仲間たちも、この得体の知れない怪物に殺されたんだとね。僕は怪物に腹部を貫かれました。致命傷です。怪物は僕を殺したと確信して、その場を去って行きましたよ。あの時たしかに、僕は死んだはずでした。けれど……死ねなかったんです。ちょうど発芽に成功した、無死の赤花を傍に置いていたから」


 納得したイリアが、相づちを打った。


「なるほど。佐渡先生は、身をもって、花の持っている特別な効果に気が付いたわけだね。だから無死の花の秘密を知ることができた」


「ええ。致命傷を受け、失血で朦朧とする頭のまま、僕は奇跡的に自分の手術に成功しました。それから完全に回復するまでに長い時間を要しましたが、今もこうして、何とか生きています。あの時から僕は、この異様な世界の有様を、認識できるようになりました。もしかしたらたった1人、この世界の真実に気付いている者だったのかもしれません。今はこうして、君たちのような仲間を得ることができましたけどね。僕はそれが……とてもとても嬉しいです」


 そういう佐渡の口調は、ケイたちへの感謝で溢れていた。

 もう孤独ではなくなった。そう言っているように聞こえた。


「それからですよ。僕が、この異様な世界の秘密を、1人で調査し始めたのは――――」


 佐渡の話は、まだ続くようだった。




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