表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
169/478

8-52 令嬢と血の雨



 首都バロールの第80層。

 企業国王(ドミネーター)邸宅のエントランスフロアは、激戦になっていた。


 巨躯(きょく)の黒夜叉が、大太刀から飛ばす真空波によって、警備の兵たちを薙ぎ払っていく。散開した騎士たちは、物陰に隠れながら怪物へ銃弾を浴びせ続けるが、黒夜叉はびくともしない。悠々とした態度で、敵を両断して殺害していった。


 それを傍目(はため)にしながら、エリーとヴィエラは距離を置いて対峙している。


 構えもせず、ただ愛想良く上品な笑みを浮かべているエリーに対して、ヴィエラは冷や汗を浮かべていた。油断なく双銃を構え、エリーの動きに警戒を続けた。ふとエリーは、手にしていた日傘を開く。太陽が照りつけているわけでもないのに、エリーはそれをさしてクルクルと回し始めた。銃声と悲鳴が轟く鉄火場で、ピクニック気分でいるような、不気味な穏やかさである。


「ヴィエラ様!」


 警備の騎士たちに遅れ、2人の上級魔導兵(ハイウィザード)が、ヴィエラの背後から駆け寄ってくる。1人は坊主頭をした、僧侶のような格好の男。もう1人は、マントを羽織った戦士のような格好の女である。いずれもヴィエラの部下だ。


 振り向くことはしない、ヴィエラ。

 上司が睨み付けている相手に気づき、2人は驚いた顔をする。


「まさか、あれはシュバルツ家の……エリーゼ様?! どういうことなの!?」


「なぜヴィエラ様が、エリーゼ様に銃を?!」


「……ラウラ。バリー。2人とも良いタイミングで来てくれましたね」


 ヴィエラは、自分の両隣に並び立つ部下たちへ語りかけた。


「エリーゼ・シュバルツは、今しがた帝国へ反旗を(ひるがえ)しました。エヴァノフ様の暗殺を成すべく潜入してきた、雨宮ケイたち、反乱軍の勢力に加勢しています。今や彼女は、我々の敵。逆賊です」


「そんなバカな! 帝国に忠実だった、あのシュバルツ家が、まさか乱心を!?」


 唖然と口を開けるバリーの隣で、ラウラが苦虫を噛んだ顔をして応じる。


「侵入者の報を聞いて駆けつけてみれば……! 多くの騎士や魔導兵(ウィザード)が戦場へ(おもむ)いている隙を狙って、雨宮ケイたちが潜入してきるなんて、まったく、最近はとんでもないニュースばかりになってきてるわね……!」


「では、これは反乱軍の仕掛けてきたクーデター! そしてエリーゼ様は、我々の敵側に回ったということですありますか……!」


「ヴィエラ様! 近衛(このえ)上級魔導兵(ハイウィザード)である私たちも、加勢しますよ!」


 状況を理解し、身構える3人。

 殺意を向けてくる敵たちを見やり、エリーは困ったように首を傾げて見せた。


「1対3ですか。少々、不利ですね」


「かのご高名なエリーゼ・シュバルツ様には、ハンデとしてちょうど良いのでは?」


 ヴィエラは皮肉として言う。


「グレイン企業国(ユニオン)の武門の名家、シュバルツ家。その門弟(もんてい)は皆、個々の実力の高さに応じて、階梯(かいてい)と呼ばれる段位で格付けされています。最強たる当主、剣聖サイラス・シュバルツが第一階梯。その次の次に格付けされる第三階梯に、貴女は属していますね。直接的に戦場へ出て活躍したという情報はありませんが、訓練講師として、各地で名だたる戦士たちと試合をし、勝利していると聞きます。年端もいかない少女が、かの“凶獣”を打ち負かした話は、あまりにも有名。無敗の“鋼線(こうせん)令嬢”の名は、世間では名が知れています」


「過大な評価です。運良く勝利を重ねただけで、楽勝な試合など、ございませんでしたよ?」


「ですが負けてはいないのも事実。第三階梯。その実力は上級魔導兵(ハイウィザード)を超えると聞いています。貴女の力量を示す、実際の映像データなどは存在しませんが……噂通りなら、相当な手練(てだ)れ。油断はしません」


 ヴィエラの発砲が、戦闘開始の合図となった。


 エリーが使える魔術は2種類。「軽量物を飛ばす」ことと「固定する」ことだ。目にも止まらぬ早業で、虚空に鋼線を張って固定してみせる。そうやって、飛来してきた銃弾を、線の上を滑らせて軌道を逸らすことができるはずだった。


 しかし、鋼線に触れた途端、ヴィエラの銃弾は激しい爆発を生じさせる。


「!」


 ヴィエラが放ったのは、弾頭に現象理論(プログラム)が封入された魔術弾。物体に接触することで起爆する炸裂弾だった。虚空に張った鋼線は千切れ、エリーの前には、爆発の炎と煙が立ちこめる。それによって、エリーは視界を奪われた。


「……噂通り、ヴィエラさんは魔術弾の使い手なのですね」


 目眩ましを仕掛けてきたヴィエラに、エリーは感心する。

 その隙を逃さず、3人の上級魔導兵(ハイウィザード)は一斉に散開していた。

 息の合った連携で、全員でエリーを取り囲むような陣形をとる。


 爆煙が晴れかけた頃に、再びヴィエラが、エリーめがけて炸裂弾を撃ち込んできた。今度はそれを弾こうとはせず、エリーは、その場から跳躍して銃弾を避けようとした。だが、身を投げ出した先で、鈍い感触に突き当たる。


「!?」


 エリーが逃れた先。いつの間にかそこには“水の壁”が生じて、立ちはだかっていた。予期せず水中に飛び込んだような状況となり、エリーは着地することがかなわず、水塊の中をゆっくりと漂ってしまう。いきなり無重力空間に投げ出され、身動きが取れない状態にされたも同然である。


「かかりましたね、我が“水泡魔術”に!」


 バリーと呼ばれた僧侶風の男が、得意気に声を上げている。エリーを閉じ込めた水塊に手を伸ばし、操っている様子だった。その様子を見て、エリーは考察する。おそらく防御用途、あるいは敵の動きを絡め取る、デバフ系の魔術の使い手なのだろう。そう思った。


 水塊の中を漂う隙だらけのエリー。それに向かって駆け寄る女戦士、ラウラの姿があった。ラウラは走りながら、大理石の床を指先でなぞっている。するとそこが隆起して、巨大な岩石がせり上がってくる。岩石は剣の形状を成していった。


 岩を形成する魔術だろう。攻撃用途だ。鍛え上げられた腕力で、ラウラはその巨大剣を拾い上げる。そうして水中で無防備なエリーめがけ、振り下ろした。


「いただきよ!」


 身動きが取れない状況で、頭上から迫り来る岩石剣。

 絶体絶命な状況である。


 ――――エリーは微笑んだ。


 鋼線を無数に束ね、網目(あみめ)状にした盾を、眼前の空間に展開する。迫り来る岩石剣の刃を、その上を滑らせることで逸らしてみせた。岩石剣はエリーを両断することかなわず、水塊を叩き切るようにして、地面へぶつかり動きを止めた。ついでに、その岩石剣に巻き付けていた鋼線によって、エリーは自身の身体を水塊の中から引っ張り出してもらう。


 水中から脱したエリーを逃すまいと、ヴィエラが追撃の銃弾を撃ち込んできていた。エリーは、鋼線の結界を周囲に展開し、その銃弾を受け止める。だがヴィエラが放ったのは氷結弾だ。鋼線の結界ごと、エリーは氷の塊の中に閉じ込められる状況となった。 


 氷塊に閉じ込められたまま出てこないエリーを見やり、ヴィエラは疑念を抱く。


「かの有名な鋼線令嬢が……この程度ですか?」


「こちらが3人がかりとは言え、大したことないですな!」


 高笑うバリーにつられ、ラウラも苦笑してしまった。


「剣聖サイラスは確かに驚異。ですがエリーゼ・シュバルツは、大した使い手だとは思えませんね」


「第三階梯と言えど、評判が過大だっただけかもしれません。弱くはありませんが、驚異ではない」


 エリーの総評を3人で話していると、氷塊がはじけ飛ぶのが見えた。


 どうやら内部から鋼線で、氷を細かく切り裂き、周囲へ吹き飛ばした様子である。中から再び姿を現したエリーは、無傷である。凍傷を負った様子はない。手にした日傘と衣服が濡れているだけで、ダメージらしきものは見受けられなかった。


 全身から水を滴らせながら、エリーはヴィエラたちへ向かって歩き出した。


「……私は非力で、力が弱いので。戦いが、あまり得意ではないのですよ。ですので、どんな方とお手合わせする時も、相手をよく見て、慎重に攻撃を組み立てなければ、すぐに窮地(きゅうち)(おちい)ってしまいます。昔はそれが上手くできなくて、お父様からよく叱られていたものですわ」


 そう語った後に、殺意を秘めた眼差しで微笑む。


「――――皆さんの戦い方はわかりました。では、()()()()()?」


「!?」


 上品な令嬢の姿から放たれる、獰猛(どうもう)な獣のごとき気配。

 ヴィエラたちの背筋に、冷水が流し込まれたような寒気が走る。


「なんですか、この魔獣のような気配は……!」


 エリーはゆっくりと歩み寄ってくる。

 近づかれては危ない。

 その予感から、ヴィエラは再び、目眩ましのための炸裂弾を放った。


 鋼線によって受け止められた銃弾は、先程と同じように、着弾と同時に爆発する。黒煙と炎が目の前に広がり、エリーの視界を奪う。――――はずだった。だが生じた爆煙は、無数の鋼線によって切り裂かれ、呆気なく霧散してしまった。


「爆煙を掻き散らした!?」


 ヴィエラが驚くのと同時に、目の前で、細い何かの残像が見えた気がした。次の瞬間、ヴィエラの隣に立っていたラウラの首が、宙を舞っている。爆煙を無力化されて驚いていた、その一瞬の隙を突かれたのだ。


「……え?」


 切断面から噴水のように鮮血を吹き出し、頭を斬り飛ばされたラウラの身体は、膝を突いて倒れ伏す。頭部は遅れて、床に落ちて転がった。


 一瞬にして殺された部下の死体を見下ろし、ヴィエラは唖然としてしまっていた。

 血濡れた鋼線を腕輪に引っ込めながら、エリーは淡々と告げる。


「破壊力を重視した岩石魔術。威力はすさまじいですが、それを振るう術者の方は、力任せで動きに無駄が多いですね。肉体の鍛錬には余念がないのだと、体つきを見て察しましたが、集中力はなかったご様子。まずは、そちらのチームの攻撃力を()がせていただきました」


 ラウラを瞬殺しながら、それを解説するエリー。

 異様な雰囲気を感じ、バリーが青ざめて悲鳴を上げた。


「ひっ! ひいいぃ! こっちへ来るな!」


 バリーは自分とヴィエラの前に、水の防御壁を展開する。エリーが飛び込めないようにするためのバリケードだ。それを見て、エリーは思わず苦笑してしまう。


「水塊で、敵の身体を絡め取る水泡魔術でしたか? 私のいる場所へ直接に展開するのが有効ですが、そうしないということは“何もない空間にしか展開できない”という制限があると見えますね」


 エリーの推察は図星である。

 たった2回、魔術の発動を見ただけで、その弱点を看破されてしまった。

 あまりの思考の鋭さに、バリーは言葉を失う。


「罠として仕掛ける魔術なのに、相手の虚を突いて展開しなければ、意味がありませんよ?」


 エリーは跳躍する。虚空に張り巡らせた鋼線の上を駆け、容易く水の壁を飛び越えて見せた。目にもとまらぬ速さで、ヴィエラとバリーに詰め寄ってくる。


「くっ! させません!」


 ヴィエラは上空から駆け迫ってくる令嬢をめがけ、凍結弾を乱射する。銃弾の1つ1つが鋼線によって受け止められ、虚空に無数の氷輪の華を咲かせていく。


 凍てついた花々の中を優雅に駆け抜け、エリーはバリーの背後に降り立った。


 着地と同時。いつの間にか鋼線で切り刻まれていたバリーの身体は、四肢がバラバラの肉塊になって、その場で崩れ落ちた。悲鳴を上げる暇もなく、とっくに殺されているではないか。死体から飛び散る鮮血や肉塊を、エリーは開いた日傘によって受け止めていた。そうして、自分の衣服が汚れないようにしている様子である。


「強い……これが第三階梯……!」


 血濡れた傘をクルクルと楽しそうに回して、エリーはヴィエラへ歩み寄ってきた。

 ヴィエラは後退る。


「ひっ……!」


 どんな攻撃も通用しない。

 抵抗しても切り刻まれる。

 絶対的な、その確信が胸中に生まれていた。


「なんて異常な“戦力分析能力”……格が違いすぎる……!」


 笑顔の令嬢に対して、ヴィエラは完全に恐れをなしている。

 そんなヴィエラを憐れむように、エリーは語りかけた。


「銃弾を“召喚”する魔術で、各種の属性弾を繰り出す戦闘スタイル。様々な状況に対処できるよう、なかなか考えられています。ですが、銃弾が武器というのは致命的。ある程度の領域に達した相手には、遅すぎて当たりませんよ。少なくとも、私は殺せません」


 ヴィエラは手にしていた銃を、その場に放り捨てる。

 震える両腕を上げて、ホールドアップして見せた。


「こ、降参します……! どうか、ご慈悲を……!」


 戦意を喪失して、戦うことをやめようとしているヴィエラ。

 それを見たエリーは、残念そうに首を傾げて告げる。 


「殺してしまった“後”に命乞いをされましても、お力になれることはありませんわ」


「…………え?」


「どちらにせよ、忠誠を誓った主君を見捨て、自分だけ落ち延びようだなんて。騎士道の欠片もございません。そうした輩を生かしておいても、何の利益にもなりませんよ」


 いつの間にか、すでにヴィエラの周囲には、鋼線の結界が張り巡らされている。


「ごきげんよう」


 ヴィエラの首は、切断面の上を滑り落ちる。

 吹き出る鮮血を、エリーは日傘をさして受け止めていた。

 まるで降りしきる雨を見上げるように、エリーは穏やかに微笑んでいた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければ「ブックマーク登録」「評価ポイント」をお願いします。
作者の励みになります。

また、ランキングタグも置いてみました。
この連載を応援いただけるのであれば、クリックしていただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング

©うづき, 2021. All rights reserved.
― 新着の感想 ―
[一言] エリーの殺し方がえげつないです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ