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8-51 傭兵の理由



 全身を機械化した漆黒のサイボーグたち。エヴァノフ企業国(ユニオン)騎士団長のゼインが率いる機械化小隊は、30名の人員からなる、暗殺特化部隊である。一般の騎士のように、大型の銃器で武装はしてはおらず、比較的、軽装に見えた。目に見える武装は、ナイフと弓矢くらいだろうか。騎士団長が率いる部隊としては、貧弱な装備に思われた。


 異様に細いシルエットの、金属の身体の男たちだ。

 そこに取り付けられた人間の頭部は、まるで飾り物のようで無表情である。

 感情が読み取れないそれらは、作り物のようにさえ思えた。


 そんな顔に、全員が黒い仮面をかぶる。

 すると――――その姿が()()()する。


 いきなり目の前で姿を消した機械の男たち。

 人狼血族(ウルフブラッド)の部隊は、目を丸くしてしまう。


「なんだ、消えたぞ!」


「気をつけろ! ()()()()だ!」


 ダリウスの忠告の直後、草木を踏みしめる音と共に、見えない男たちが襲いかかってきた。ジェイドの部隊の前衛を務める人狼血族(ウルフブラッド)たちは、一瞬のうちに首を切断されてしまう。見えない刃で斬り落とされた頭部が地面を転がると、後衛の人狼血族(ウルフブラッド)たちは怯え怯みそうになってしまう。


「チッ! 周りの音をよく聞け!」


 言いながらジェイドは、振り向きざまに背後の虚空を引き裂いた。そこに姿を隠していた、見えない男の1人を、鋭いツメで引き裂きバラバラにした。機械の身体と言えど、どうやら体内を流れている液体は赤い様子だ。血しぶきのような体液を周囲に飛び散らせ、機械の男が絶命する。


「おお! さすが始祖殿だ!」


「ジェイド! 敵の居場所がわかるのか!」


 尋ねるダリウスに、ジェイドは苛立った口調で答えた。


「わかんねえよ! けど、コイツ等の機械の関節は、普通の人間よりも、よく鳴ってやがる。動いた瞬間なら、おおよその場所は掴めるだろ!」


「なるほどな……!」


 アドバイスに従い、人狼血族(ウルフブラッド)たちは耳を澄ませた。注意してよく聞けば、あちこちからモーター音のようなノイズが聞き取れる。人狼血族(ウルフブラッド)の聴覚でも、(とら)えるのが困難なほどの微かなノイズだが、聞こえてしまえば、敵の気配は掴める。


 前衛を崩された人狼血族(ウルフブラッド)の部隊だったが、ジェイドの助言によって、即座に陣形を立て直す。姿を隠して忍び寄る機械の男たちと、人狼血族(ウルフブラッド)の戦闘は激化していった。


 互いに殺し、殺されていく。


 最悪な状況には変わりないが、部隊が瞬殺されてしまうことがなくなっただけ、状況は好転しただろう。そう思って部隊を見渡し、胸を撫で下ろす暇もない。側面から近づくモーター音に気づき、ジェイドは忍び寄ってきた、見えない男の1人を捕まえた。


「人間相手なら隠れられたかもしれねえが! 獣人(ラース)の耳は誤魔化せねえよ!」


 獣化しているジェイドは、捕まえた男の頭部を噛みちぎるべく、かぶりつこうとする。だが機械の男は、人間ではありえない角度に首を曲げて、頭に歯をたてられないように逃れる。それどころか、自身の胸部のハッチを開き、そこに収められていた“爆弾”を露出させる。


「なっ、コイツ!?」


 捕まえていた男が、至近距離で“自爆”しようとしている。

 直前で、その気配を察知したジェイドは、男を突き飛ばした。


 直後に起きる爆発。

 それから完全に逃れることができず、ジェイドの片腕が吹き飛ばされる。


「がっ!」


「ジェイド!」


 腕を失ったジェイドの襟首を捕まえ、ダリウスがジェイドを後退させた。自身の背後にジェイドを庇いながら、周囲を警戒する。ジェイドは急いで腕を再生させながら、脂汗を額に滲ませ、毒づいた。


「コイツ等……! 捨て身かよ……!」


「気をつけろ、ジェイド! コイツ等、機械なのは身なりだけじゃない、ハートの方もだ……!」


 暗い森のどこからともなく、ゼインの嘲笑う声が聞こえてきた。


「言い忘れててワリィんだがあ? 俺の部隊は全員が決死隊ってんで、自分の犠牲なんざ恐れやしねえんだ。脳みそをいじくられすぎて、すでに自分が誰かも、よくわかっちゃいねえんでなあ。頭空っぽの有能な騎士ってのは、使い勝手が良くて助かるってもんだわ、ハハハ」


 森の暗闇の中、光学迷彩で姿を隠した騎士団長。

 その姿を周囲に探しながら、ジェイドは歯噛みした。


「全員、イカレ野郎かよ……!」


「――――それを(ひき)いてるヤツが、1番えげつねえクズなせいだよ」


 いつの間にか、ジェイドの傍にレイヴンがいた。いつものニヤけた表情で、ダリウスが警戒している方角の、逆側を見つめている。手には自動拳銃(ハンドガン)を持って構えていた。


「テメエ、たしか元帝国騎士の、レイヴンとか言う……!」


「帝国騎士は金にならない商売だったんでね。今は傭兵だよ。敵さんとは勝手知る仲なんで、これは忠告なんだが、アイツ等を相手に立ち止まって、こうして受け身の攻勢やるのは、やめておいた方がいいな。機人(エルフ)の真似して作った、出来損ないの機械眼球を標準装備してるんだ。暗闇の中でも、機械化小隊の連中には、俺たちの居場所が丸わかりだ。俺の言うことがわかるか、黒毛?」


「テメエ……ヤケに連中のことについて詳しいじゃねえか」


「まあな。大人は無駄に長く生きてるんで、色々とあるのさ」


 レイヴンは自嘲気味に、笑んで見せる。

 何か思い詰めているような、そんな雰囲気だった。


「……」


 腕を再生し終えたジェイドは、不可視の機械の男たちに苦戦している、自分の部隊を見やった。そうして、わざとらしくレイヴンへ尋ねた。


「……あの騎士団長は、任せて良いか?」


「……」


「俺とダリウスは、仲間を助ける。お前もそこそこやるって、アマミヤから聞いてるぜ。なら、騎士団長くらい1人で倒せるだろ」


「……気を遣ってもらって悪いね」


「他の雑魚は、俺たちに任せておけ」


 ジェイドはダリウスを引き連れ、苦戦している部隊の援護へ向かう。

 暗い森の中、レイヴンはポツリと1人、残されてしまった。


「……さんざん俺たちが殺し回った獣人(ラース)たちに、今じゃ、空気を読まれるなんて。おかしな時代になったもんだよな、ゼイン」


 暗黒の森の向こうへ、レイヴンは語りかける。

 するとそこに、光学迷彩機能を切ったゼインが姿を現した。

 旧い友人の言葉に応えるべく、皮肉げに肩をすくめて見せる。


「人の王とかいう小娘がもたらす、新しい時代が来てるとでも? 俺にはそうは思えんね。今も昔も、変わらず俺たちゃ、誰かの思惑に従って人を殺してるだけだろ。獣人(ラース)と共闘なんて、バカな選択をしてるから、そんな絵空事を考えちまうんじゃねえのかい、レイヴン? 俺にとっちゃあ獣人(ラース)なんてのは、生まれた時から飯の種以外の何でもねえよ。憎くも(うと)ましくもねえが、ただ殺しまくってさえいりゃあ、どこぞの金持ちが褒美をくれる。野生のクレジットカードみてえなもんだろ」


「へっ。騎士団長なんて、ご立派な肩書きと身なりを手に入れても……中身は結局、金にがめつい傭兵のまんまだな。ようやく、昔の本性が出てきてくれて、嬉しいぜ?」


「そうさなあ。お前さん相手になら、気取った貴族ウケする話なんざ、いらねえかもしれねえや。別に望んだわけじゃないが、これが同窓会なら、らしくいかないとなあ?」


 レイヴンは手にした自動拳銃(ハンドガン)を構え、発砲する。そのまま問答無用で連射するが、ゼインは避けようともしない。放たれた銃弾は正確に機械の四肢へ着弾し、弾かれた。火花を散らすだけで無力だった。

 

「さっき俺の腕を撃ったってのに、わからねえヤツだな。銃弾なんざ、この身体にゃ通らねえよ」


 ゼインは黒い仮面をかぶり、再び光学迷彩を有効にする。姿を消した敵を警戒し、レイヴンは弾倉(マガジン)を交換しながら駆け出した。


 不可視になったゼインの声が、語りかけてくる。


「お前さんを見てると安心できるよ。やっぱり、肉体なんてのは捨てて正解だったってな」


 いきなりレイヴンは、見えない手に喉を掴まれる。そのまま怪力で身体を持ち上げられ、近くの木に背中から叩きつけられた。眼前に再び姿を現したゼインが、ニヤけている。そうして空いてる片腕で、レイヴンの顔や腹を何度も殴りつけ始めた。


「腹は減らねえ! 老いもしねえ! いつまでも若い時のままでいられて、痛みも病気もねえ! なにより、お前さんのように動きが()()()ねえんだよ!」


 うめき声を漏らしながらも、レイヴンはゼインの腹を蹴り上げる。だがゼインは怯みもしない。銃弾さえ弾く身体に蹴りなど無意味だ。


 レイヴンは着ていたコートの袖から、仕込みナイフを取り出した。それをゼインの目の奥へねじ込もうと繰り出すが、ゼインは首をあらぬ方角へねじ曲げ、楽々とそれを避ける。完全に人間の動きではなかった。


「おっせえなあ、レイヴン! ハエが止まっちまうよ!」


 ゼインは、レイヴンの身体を投げ飛ばす。

 レイヴンは草野の上を転げながら、泥にまみれて横たわった。


「……生身の人間相手に、好き勝手やってくれるねえ」


 苦痛に身体を震わせながらも、レイヴンはその場で立ち上がる。そうして再び、ゼインに向かって自動拳銃(ハンドガン)を構えた。1発を発砲する。


「そんなもん効かねえって、いい加減に学習し――――!」


 ゼインの胸部に着弾した弾が、眩く発光する。着弾点から激しく放電し、ゼインの四肢へ電撃が浸透する。マナ動力の機械体が、電撃で麻痺することはない。だが、電力を使っている兵装がいくつか破壊され、機械眼にもノイズが走った。視界に表示された、光学迷彩機能の損壊警告に、ゼインは舌打ちする。


「クッソ! 現象理論(プログラム)入りの魔術弾だと!?」


「通常弾ばかりで油断してくれてたろ? ならそろそろ“雷撃弾”でもどうかと思ってね」


「……ずいぶんと高価な銃弾を仕入れたじゃないか。月収を全部つぎ込んだか?」


「こっちの財政を気にしてくれんのか? ずいぶんとお優しいことで。まあ、高いだけの効果はあっただろ。もう光学迷彩は使えないんじゃないの?」


「そんなことで勝てるつもりか?」


 ゼインは帯刀していた日本刀を抜き放つ。

 その場を動きもせず、ただ一刀を振るった。

 すると、レイヴンの肩口にいきなり裂傷が生じる。


「ぐあっ!」


 焼けるような痛みと共に、血しぶきが宙を舞う。

 レイヴンは傷口を(かば)うように抱え込んだ。

 ゼインは刀の刃先を空間転移させ、レイヴンのすぐ傍に出現させ、切り裂いたのである。


「姿が見えても避けられねえだろ! 俺の攻撃は、テメエがどこにいても至近距離! 間合いなんてねえんだからなあ!」


 ゼインはその場で刀を振り回す。その刃先のことごとくが、レイヴンの目の前に転移してきては、身体を切り裂いてくる。相手に接近することさえ必要としないゼインの攻撃は、言葉通りに間合いなどない。レイヴンがどこにいようとも、射程範囲内。遠距離からでも一方的に攻撃を仕掛けられるのだ。


「ぐぅっ!」


 連続で繰り出されるゼインの攻撃により、レイヴンは全身あちこちに刀傷を受ける。着ていた衣服は見る見る間にボロボロにされ、身体は血まみれと化した。たまらずその場で膝を折り、レイヴンは両腕を垂らして項垂(うなだ)れる。


「……いってぇな、クソが。さすがは騎士団長の名を張ってる力量はあるってか」


「倒れねえだけ、よく頑張ってる方だぜ、レイヴン。それだけは褒めてやらあ」


 血濡れた刀を肩に乗せ、ゼインはニヤニヤと笑んで言った。


「ハッハッハ! ったくよー。人間の肉体なんかに執着してるから、そのざまなんだよ、レイヴン。天涯孤独、戦うしか能のない、無価値なクソガキだった俺たちに、団長がこの力をくれるって誘ってくれたのに。テメエはそれを断るから、そうやって今、みっともなく俺の前で(ひざまず)いてるんだぜえ?」


「うるせえよ……」


 レイヴンはポケットからタバコを取り出した。

 血まみれの腕で、痛みに身体を震わせながら、ジッポーで火を点ける。

 ゼインは呆れ顔でそれを見ながら、続けた。


「あの時、ちゃーんと団長の言うことを聞いて、俺たちみたいな最強の身体になってりゃよ。飢えも痛みもねえ、こういう最高の人生が送れたってもんなのに。それを、バカな女に(ほだ)されやがって。女とヤリたいから生身でいたかったってんだろ? バカ以外の何でもないってもんだろうがよ! ハハハハ!」


 嘲笑(あざわら)い、思い出す。


「何て言ったか、あの女。たしか、サラだったか?」


「……」


「可哀想になあ? お前なんかに関わったせいで、俺たち全員にマワされてよ! なかなか具合の良い女だった! 最初は豚みたいにヒーヒー泣いてたくせに、最後の方は、反応もなくなっちまうくらいに、使い古されててよ! 今じゃ生きてんのか死んでんのかも知らねえけど、あの時は笑えたぜ!」


「…………まだ生きてるよ。俺が(やしな)ってる。仕送りしてな」


「そりゃあ、ますます可哀想になあ! あんな傷物にされたんじゃあ、生きてても地獄だろうによお!」


「ああ。――――だからテメエ等を全員ぶっ殺すんだろうが」


 ゼインのすぐ傍らの空間。

 そこに“大型の機械槍”が転移してくる。


「なっ!?」


 大槍の加速器(バーニア)から衝撃波が撃ち出され、虚空から生じた槍は、勢いよくゼインの脇腹めがけて突き刺さった。そのままゼインの身体を押しやり、近くの岩石に縫い止める。腹に大穴を穿(うが)たれては、機械の身体でも(たま)らないのだろう。ゼインは口から血を吐き出した。


 レイヴンはタバコを吸いながら、ゆっくりとその場で立ち上がる。

 槍で身体を釘付けにされているゼインへ向かって、冷ややかに語りかけた。


「俺に対しては“()めプ”をしてくれて助かるよ。正面からやり合って、騎士団長に勝てるなんて自惚(うぬぼ)れてなかったからね。勝つなら奇襲しかない。なら切り札ってのは、ここぞってタイミングで出さないと。敵の至近距離への“武器召喚”。うまくいくか微妙だったが、やってみるもんだぜ。どうやら俺にも、間合いなんてないらしい」


「テメエ……召喚魔術(サモンスキル)を習得してただと……! しかもこの槍、団長の……!」


「昔とは違うだろ? しっかし。かつての親しき仲でも、騙し合い。裏切り合い。それに殺し合いか。俺たちみたいなのは、本当にクズなんだろうな」


 レイヴンは自嘲してしまう。


「こんな俺たちとは真逆。腹が立つくらい、見てて眩しいガキに出会っちまった。人生で何か成し遂げられる人間ってのがいるとすれば、たぶん、ああいうヤツのことを言うんだろう。そうはなれない俺たちは、せいぜい野良犬らしく、みっともなく殺し合って地獄に落ちようぜ」


 タバコを放り捨てながら、レイヴンはゼインの頭部に向かって自動拳銃(ハンドガン)を構えた。





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