8-47 首都潜入テロリスト
競技場での演出の後、アデルは護衛に連れられ、ベルディエの都市城門前まで移動する。そこには都市間を移動するために利用される、大型の転移門が設置されていた。首都バロールからの遠隔閉鎖措置によって、現在は利用できなくされているゲートだ。
だがその閉鎖措置は、間もなく一時的に解除される――――。
イリアから下僕扱いされている貴族の1人が、転移門の管理利権を持っている人物だった。そのコネを使い、首都バロール側からの操作で、ベルディエに対して一時的な相互許可通信をしてくれる手筈になっている。約束では今から5分後、1分間だけ都市間転移が可能な状況になるらしい。その時に備え、今はレイヴンが、転移門の調整をしているところである。
ゲートの前には、すでに戦闘準備を終えたケイと、見送りのために来ていたリーゼやジェシカ、ジェイドたちが集合している。合流してきたアデルを見て、ケイは不敵に笑んだ。
「よくやったぞ、アデル。予定通りだ」
成功の知らせを聞いたアデルは、何とか胸を撫で下ろした。
「指輪のハッタリが、うまくいったなら良かったです」
「バッチリだったよ。偵察の鳥人血族の情報によれば、ベルディエを包囲していた帝国騎士団は退いた。都市への攻撃は、無人機や異常存在たちに任せて、人兵はデスラ大森林へ向かう布陣へ変更したらしい。アデルに帝国騎士団が解放されることを恐れての判断だろう。ようするに、都市へ攻めてくる敵の数は、大幅に減ったってことだ」
ニヤけたジェイドが、腕を鳴らしながら言った。
「クク。これで暗愁卿の野郎は、アデルの存在を警戒して、ベルディエへ積極的に攻め込めなくなったわけか。機械や化け物どもの相手は人間どもに任せて、オレたち獣人は、森で身を隠したゲリラ戦を展開できるな」
「出だしは良い感じじゃない。地形の有利を生かせる、デスラ大森林を主戦場に戦えるってわけね」
ジェシカの言葉に、ケイは頷いて見せる。
「ああ。けど有利に戦えるからと言って、戦力差を考えれば、決して勝てるってわけじゃない。そこは注意だぞ」
「そうだね。でも有利に戦えるなら、稼げる時間も増えたよ。あとはそれぞれの頑張り次第だね」
「ああ。作戦の本番は、ここからだ」
リーゼの意見に、ケイは賛同した。
話していると、ゲートの調整を終えたレイヴンが歩み寄ってくる。今までずっと集中していて、根を詰めていたのだろう。寝る間も惜しんで進めていたゲートの改造作業から解放され、伸びとアクビをしていた。
「まったく、イリアさんは人使いが荒い。ゲートを管理している下僕さんとやらから、ゲートの改造方法の情報が送られてきたのが深夜だぜ? そっから作業を始めたから、おかげで眠る暇もなかったよ。でも、なんとかギリギリ間に合わせたぜ。準備できた」
レイヴンはニヤリと笑んで、ゲートを親指で指して言う。
「しっかし、イリアさんの下僕の連中は、よっぽどキツい弱みを握られてると見るね。保身のためとは言え、まさか企業国王を裏切り、首都バロール側の転移門を、ここへ接続するのを手助けするとはね。バレれば処刑も免れないだろうに。少し前から相互許可通信が始まってるけど、今のところ良好。今回は、ちゃんと目的地に飛ばしてくれると思うぜ」
「行き先は、貴族のリゾート地がある首都バロールの79階層。たしか、暗愁卿の玉座がある、最上層のすぐ足下だって話だよな」
「ラスボスのダンジョンを、いきなりボスの目の前までショートカットできるのですね」
「相変わらず、そういう言葉をどこで覚えてくるんだよ……」
「ケイがやっていた、スマホのゲームです」
煌びやかなドレスで着飾っても、いつも通りにドヤ顔をするアデル。
それに軽く苦笑してから、ケイは真顔になって言った。
「全ては、イリアが首都にいて、しかも貴族を何人か言いなりにできると言うから、発案できた作戦さ。これまでの戦いで、暗愁卿が“慎重すぎる性格”ということは、よくわかっていた。オレを殺すため、最初から直接には手を下さなかったり、まず力量を調べるために奴隷兵や剣聖をぶつけてきたことからも、お察しだ。確証が持てないことには、過剰な力を投入して様子を見る。そういう行動パターンが見て取れた」
ケイの分析は続く。
「だからだ。アデルの底知れない力を、今でも過剰に警戒しているはずなんだ。それは案の定で、本来なら首都の守備に回すべき人員まで総動員して、こうして進軍してきていることからも窺える。そして直接、アデルと対決することで身の危険が生じる可能性を恐れ、今も自分自身が戦線に来ていないことからも、慎重すぎる性格なのは間違いないだろうな。慎重すぎるというのは、悪く言えば“ビビり”ってことだ」
それを聞いて、レイヴンは思わず笑ってしまう。
「ハハ。企業国王をビビり呼ばわりとは、不敬罪で処刑されちゃうぜ、雨宮少年」
「上等さ。とにかく、相手はアデルにビビっている。だからここへ戦力を全力投入し、必要以上に、この戦場へ気を取られすぎている。その結果として、今頃は“首都の防衛がスカスカ”ってことだ」
そこまで聞き終えると、レイヴンが肩をすくめて言う。
「んで。後は俺たちが、ここで粘れるだけ粘って、敵の注意を逸らし続けていれば、雨宮少年たちは、楽々と親玉のところまで行けるって作戦だろ? まさか企業国王のターゲットの2人が、自分の足下に迫ってくるなんて予想もしてないだろうな」
「ああ。敵軍は全員、企業国王の命令に従って攻撃を仕掛けてくる。その命令を下している張本人がいなくなれば、それ以上は戦う理由なんてない。おそらく、親玉を倒せば、この攻撃は止められるはずなんだ」
ジェシカが不安そうに口を挟んだ。
「でも、まだわからないわよ、ケイ。たとえ企業国王が潰えても、エヴァノフ企業国の秩序を維持しようとする、帝国騎士たちの意思が強ければ、自分たちのボスがやられても、戦いをやめないかもしれないわ。この企業国への忠誠心が、騎士たちにどの程度あるのか次第なんだろうけど」
「敵側からすれば、帝国の秩序を脅かすオレたちの方が、悪のテロリストなわけだからな……。たしかに暗愁卿を倒したところで、騎士たちは自分たちの信じる正義に従って、この戦いをやめてくれない可能性もあるよ」
「私は……やっぱり最初に獣人たちが言ってた案で、攻め入ってきた帝国騎士たち全員を“支配権限”から解放してみる作戦でも良い気がするわ。もしもイヤイヤで企業国王に従ってる人たちがいれば、奴隷兵たちみたいに、味方にできるかもじゃない? もともとベルディエに常駐していた騎士たちなんて、地元を攻める境遇なわけでしょ? そんなの望んでない人だっていると思うわ」
「いや。敵の数が多すぎる。100万以上の帝国騎士たち全員を、アデルが解放して回るのは、時間的にも労力的にも難しいはずだ。相手側のリアクションも定かでないのに、その作戦を実行するのはリスクが高いと思う。そうだろう、アデル?」
「……そうですね。できるかどうか、確証はありません」
素直に認めるアデルの頭を撫でながら、ケイは苦笑して言った。
「やってみないとわからない。出たとこ勝負だけど、今のオレたちに生き延びられる最大限のチャンスがあるとすれば、もうこの奇襲作戦しかないと思う。敵の大ボスを叩いて、この国の人たち全員をアデルの力で帝国から解放するんだ。100万以上の敵を1人ずつ解放するより、元凶の敵王1人を倒して、それによって全国民を解放する。これはつまり、エヴァノフ企業国の人々を、帝国から“独立させる”行為になるはずだ。どういう結果になるか、大博打だよ」
「新国を創立して、そこに東京都民たちも堂々と住もうってわけだ。……たしかに雨宮少年らしい、スケールがぶっ飛んだ、イカレたアイディアだぜ」
「気に入らないか?」
「いいや。そういうのを待ってた」
ケイの壮大な話を聞いて、改めてレイヴンは腕を組んで渋い顔をしてしまう。
そうして真顔になって、警告もした。
「そう全部が全部うまくいくかは、ここで話しても意味ないだろうけど……。とにかくまず、これが成功するかわからない、一か八かの奇襲攻撃だってことを忘れるなよ? 今から企業国王を殺そうって話をしてるんだ。なら、こっちの陣営が持っている最強の駒をぶつける以外に勝算はない。少数精鋭。こっから先は、雨宮少年とアデルちゃん、それと護衛のリーゼの3人だけだ。俺たちがここの戦線を維持できているうちに、さっさと親玉の首を取ってくれなけりゃ、持ちこたえられずに全滅するからな。そうなりゃ解放も独立もない。俺が見たところ、せいぜい粘れるのは1時間ってところだ。それ以上は時間をかけられない」
厳しい現実を突きつけられても、ケイは臆せずに応えて見せる。
「わかっている。こっちの戦線に残る、みんなもキツいと思うけど、何とか踏ん張ってくれ」
「……気軽に言うね。企業国王を殺すなんて、かつてアークで誰1人として成し遂げられていない大事だぜ?」
「でもここから逃げ出さないってことは、レイヴンも、ケイならやれるかもしれないって、思ってる証拠でしょ」
リーゼが悪気なく、微笑んで言う。レイヴンは不貞腐れたように、黙ってそっぽを向いた。口にして認めることが照れくさいのだろうか。レイヴンは肯定も否定もしなかった。
リーゼは、自分の胸を叩いてケイへ告げた。
「ケイが戦っている時、アデルの護衛は私に任せておいて。本当は敵陣にアデルを連れて行きたくないけど……暗愁卿の権能を何とかするためには、アデルの力が必要だもんね」
「チッ。人狼血族が、人間どもに簡単にやられるわけねえだろ。何日だろうと持ちこたえてやるぜ」
舌打ちするジェイドの強がりの後に、ジェシカがケイへ抱きついてきた。
今にも泣き出しそうな顔で、忠告してくる。
「ケイ、アンタもアデルも、リーゼも! 絶対に死んじゃダメよ!」
「……わかってる」
「ジェシカも、死んではダメですよ……!」
つられてアデルまで、いつものムッツリ顔のまま、目を涙で潤ませている。
「……みんな必ず生きて戻ってこないとダメなんだからね!」
そうしているジェシカの背中に、妹のエマも抱きついてきた。
「お姉ちゃんだって、絶対に死んじゃダメなんだよ……!」
「エマ、あんたもよ……! 死んだら許さないから!」
「お姉ちゃんは、絶対に私が守るんだもん……!」
それぞれの生存を願い、別れを惜しむ仲間たち。
そこへ水を差すように、レイヴンが告げる。
「今生の別れってわけじゃないだろ。そろそろゲートの相互許可通信が終わる。バロールとの接続が始まるぜ。雨宮少年とアデルちゃん。それにリーゼは、準備しな。繋いだ瞬間に、敵側にもすぐにバレるんだ。速攻で終わらせろ」
転移門の中心には、すでに白い光の塊が溢れ始めていた。
決戦の場への片道切符が、ケイたちの前で口を開けた。
「アデル」
「?」
眩い光の壁を前にして、ケイは隣に並び立つアデルへ声をかけた。
「みんなが思っているように、今ではオレも思ってる。お前はきっと、アークの人たちを帝国の支配から解放できる、伝説の救世主なんだろう。多くの人たちにとって、かけがえのない存在になる。オレの命なんかよりも、お前は遙かに重要で、価値があるよ」
「ケイ、私はそのように大それた存在では……」
「英雄って、自分で立候補してなるものじゃないだろ? 周りの人たちが、そいつを英雄だと思った時に、自然とそうなってしまうんだ。望もうと、望むまいとだ。お前自身が信じなくても、お前が人々からそうだと信じられる限り、きっとこれからも救世主と呼ばれ続けるよ。すごく重圧だと思う」
「……」
「ほんの少しで良い。オレは、そんなお前の力になりたい。何があっても、お前を守る」
ケイに言われ、アデルは呆然としてしまった。
鼓動が早くなる。体温が高くなる。
熱に浮かされたように、頬が熱かった。
ケイから大切に思われると、どうしていつも、自分はそうなってしまうのか。
ケイから大切に思われたいと、どうしていつも、そればかり願ってしまうのか。
他の誰に対する気持ちとも違っている、ケイだけに感じる切ない思い。
ケイに触れたくて、たまらなくなる。
「私は、あなたのことを……」
誰にも聞こえない、囁くような呟き。それが、ケイのことを家族だと思うから感じる気持ちではないことを、今は、はっきりと自覚する。アデルは思わず、隣のケイの手を握ってしまっていた。その小さな手を、ケイは当然のように握り返してくれる。
「行くぞ、アデル。遅れずについてこい」
「はい」
大切な気持ちを胸に秘め、アデルは頷く。
3人は、光の中へ足を踏み出した。




