表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アデル・オブ・シリウス ―原死の少女 天狼の騎士―  作者: うづき
8章 人王降臨戦争

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

164/479

8-47 首都潜入テロリスト



 競技場での演出の後、アデルは護衛に連れられ、ベルディエの都市城門前まで移動する。そこには都市間を移動するために利用される、大型の転移門(ポータルゲート)が設置されていた。首都バロールからの遠隔閉鎖措置によって、現在は利用できなくされているゲートだ。


 だがその閉鎖措置は、間もなく一時的に解除される――――。


 イリアから下僕扱いされている貴族の1人が、転移門(ポータルゲート)の管理利権を持っている人物だった。そのコネを使い、首都バロール側からの操作で、ベルディエに対して一時的な相互許可通信(ハンドシェイク)をしてくれる手筈(てはず)になっている。約束では今から5分後、1分間だけ都市間転移が可能な状況になるらしい。その時に備え、今はレイヴンが、転移門(ポータルゲート)の調整をしているところである。


 ゲートの前には、すでに戦闘準備を終えたケイと、見送りのために来ていたリーゼやジェシカ、ジェイドたちが集合している。合流してきたアデルを見て、ケイは不敵に笑んだ。


「よくやったぞ、アデル。予定通りだ」


 成功の知らせを聞いたアデルは、何とか胸を撫で下ろした。


「指輪のハッタリが、うまくいったなら良かったです」


「バッチリだったよ。偵察の鳥人血族(バードブラッド)の情報によれば、ベルディエを包囲していた帝国騎士団は退いた。都市への攻撃は、無人機や異常存在(ヘテロ)たちに任せて、人兵はデスラ大森林へ向かう布陣へ変更したらしい。アデルに帝国騎士団が解放されることを恐れての判断だろう。ようするに、都市へ攻めてくる敵の数は、大幅に減ったってことだ」


 ニヤけたジェイドが、腕を鳴らしながら言った。


「クク。これで暗愁卿(あんしゅうきょう)の野郎は、アデルの存在を警戒して、ベルディエへ積極的に攻め込めなくなったわけか。機械や化け物どもの相手は人間どもに任せて、オレたち獣人(ラース)は、森で身を隠したゲリラ戦を展開できるな」


「出だしは良い感じじゃない。地形の有利を生かせる、デスラ大森林を主戦場に戦えるってわけね」


 ジェシカの言葉に、ケイは(うなず)いて見せる。


「ああ。けど有利に戦えるからと言って、戦力差を考えれば、決して勝てるってわけじゃない。そこは注意だぞ」


「そうだね。でも有利に戦えるなら、稼げる時間も増えたよ。あとはそれぞれの頑張り次第だね」


「ああ。作戦の本番は、ここからだ」


 リーゼの意見に、ケイは賛同した。


 話していると、ゲートの調整を終えたレイヴンが歩み寄ってくる。今までずっと集中していて、根を詰めていたのだろう。寝る間も惜しんで進めていたゲートの改造作業から解放され、伸びとアクビをしていた。


「まったく、イリアさんは人使いが荒い。ゲートを管理している下僕さんとやらから、ゲートの改造方法の情報が送られてきたのが深夜だぜ? そっから作業を始めたから、おかげで眠る暇もなかったよ。でも、なんとかギリギリ間に合わせたぜ。準備できた」


 レイヴンはニヤリと笑んで、ゲートを親指で指して言う。


「しっかし、イリアさんの下僕の連中は、よっぽどキツい弱みを握られてると見るね。保身のためとは言え、まさか企業国王(ドミネーター)を裏切り、首都バロール側の転移門(ポータルゲート)を、ここへ接続するのを手助けするとはね。バレれば処刑も免れないだろうに。少し前から相互許可通信(ハンドシェイク)が始まってるけど、今のところ良好。今回は、ちゃんと目的地に飛ばしてくれると思うぜ」


「行き先は、貴族のリゾート地がある首都バロールの79階層。たしか、暗愁卿(あんしゅうきょう)の玉座がある、最上層のすぐ足下だって話だよな」


「ラスボスのダンジョンを、いきなりボスの目の前までショートカットできるのですね」


「相変わらず、そういう言葉をどこで覚えてくるんだよ……」


「ケイがやっていた、スマホのゲームです」


 煌びやかなドレスで着飾っても、いつも通りにドヤ顔をするアデル。

 それに軽く苦笑してから、ケイは真顔になって言った。


「全ては、イリアが首都にいて、しかも貴族を何人か言いなりにできると言うから、発案できた作戦さ。これまでの戦いで、暗愁卿(あんしゅうきょう)が“慎重すぎる性格”ということは、よくわかっていた。オレを殺すため、最初から直接には手を下さなかったり、まず力量を調べるために奴隷兵や剣聖をぶつけてきたことからも、お察しだ。確証が持てないことには、過剰(かじょう)な力を投入して様子を見る。そういう行動パターンが見て取れた」


 ケイの分析は続く。


「だからだ。アデルの底知れない力を、今でも過剰に警戒しているはずなんだ。それは案の定で、本来なら首都の守備に回すべき人員まで総動員して、こうして進軍してきていることからも(うかが)える。そして直接、アデルと対決することで身の危険が生じる可能性を恐れ、今も自分自身が戦線に来ていないことからも、慎重すぎる性格なのは間違いないだろうな。慎重すぎるというのは、悪く言えば“ビビり”ってことだ」


 それを聞いて、レイヴンは思わず笑ってしまう。


「ハハ。企業国王(ドミネーター)をビビり呼ばわりとは、不敬罪(ふけいざい)で処刑されちゃうぜ、雨宮少年」


「上等さ。とにかく、相手はアデルにビビっている。だからここへ戦力を全力投入し、必要以上に、この戦場へ気を取られすぎている。その結果として、今頃は“首都の防衛がスカスカ”ってことだ」


 そこまで聞き終えると、レイヴンが肩をすくめて言う。


「んで。後は俺たちが、ここで粘れるだけ粘って、敵の注意を逸らし続けていれば、雨宮少年たちは、楽々と親玉のところまで行けるって作戦だろ? まさか企業国王(ドミネーター)のターゲットの2人が、自分の足下に迫ってくるなんて予想もしてないだろうな」


「ああ。敵軍は全員、企業国王(ドミネーター)の命令に従って攻撃を仕掛けてくる。その命令を下している張本人がいなくなれば、それ以上は戦う理由なんてない。おそらく、親玉を倒せば、この攻撃は止められるはずなんだ」


 ジェシカが不安そうに口を挟んだ。


「でも、まだわからないわよ、ケイ。たとえ企業国王(ドミネーター)(つい)えても、エヴァノフ企業国(ユニオン)の秩序を維持しようとする、帝国騎士たちの意思が強ければ、自分たちのボスがやられても、戦いをやめないかもしれないわ。この企業国(ユニオン)への忠誠心が、騎士たちにどの程度あるのか次第なんだろうけど」


「敵側からすれば、帝国の秩序を脅かすオレたちの方が、悪のテロリストなわけだからな……。たしかに暗愁卿(あんしゅうきょう)を倒したところで、騎士たちは自分たちの信じる正義に従って、この戦いをやめてくれない可能性もあるよ」


「私は……やっぱり最初に獣人(ラース)たちが言ってた案で、攻め入ってきた帝国騎士たち全員を“支配権限”から解放してみる作戦でも良い気がするわ。もしもイヤイヤで企業国王(ドミネーター)に従ってる人たちがいれば、奴隷兵たちみたいに、味方にできるかもじゃない? もともとベルディエに常駐していた騎士たちなんて、地元を攻める境遇なわけでしょ? そんなの望んでない人だっていると思うわ」


「いや。敵の数が多すぎる。100万以上の帝国騎士たち全員を、アデルが解放して回るのは、時間的にも労力的にも難しいはずだ。相手側のリアクションも定かでないのに、その作戦を実行するのはリスクが高いと思う。そうだろう、アデル?」


「……そうですね。できるかどうか、確証はありません」


 素直に認めるアデルの頭を撫でながら、ケイは苦笑して言った。


「やってみないとわからない。出たとこ勝負だけど、今のオレたちに生き延びられる最大限のチャンスがあるとすれば、もうこの奇襲作戦しかないと思う。敵の大ボスを叩いて、この国の人たち全員をアデルの力で帝国から解放するんだ。100万以上の敵を1人ずつ解放するより、元凶の敵王1人を倒して、それによって全国民を解放する。これはつまり、エヴァノフ企業国(ユニオン)の人々を、帝国から“独立させる”行為になるはずだ。どういう結果になるか、大博打(おおばくち)だよ」


「新国を創立して、そこに東京都民たちも堂々と住もうってわけだ。……たしかに雨宮少年らしい、スケールがぶっ飛んだ、イカレたアイディアだぜ」


「気に入らないか?」


「いいや。そういうのを待ってた」


 ケイの壮大な話を聞いて、改めてレイヴンは腕を組んで渋い顔をしてしまう。

 そうして真顔になって、警告もした。


「そう全部が全部うまくいくかは、ここで話しても意味ないだろうけど……。とにかくまず、これが成功するかわからない、一か八かの奇襲攻撃だってことを忘れるなよ? 今から企業国王(ドミネーター)を殺そうって話をしてるんだ。なら、こっちの陣営が持っている最強の駒をぶつける以外に勝算はない。少数精鋭。こっから先は、雨宮少年とアデルちゃん、それと護衛のリーゼの3人だけだ。俺たちがここの戦線を維持できているうちに、さっさと親玉の首を取ってくれなけりゃ、持ちこたえられずに全滅するからな。そうなりゃ解放も独立もない。俺が見たところ、せいぜい(ねば)れるのは1時間ってところだ。それ以上は時間をかけられない」


 厳しい現実を突きつけられても、ケイは(おく)せずに応えて見せる。


「わかっている。こっちの戦線に残る、みんなもキツいと思うけど、何とか踏ん張ってくれ」


「……気軽に言うね。企業国王(ドミネーター)を殺すなんて、かつてアークで誰1人として成し遂げられていない大事だぜ?」


「でもここから逃げ出さないってことは、レイヴンも、ケイならやれるかもしれないって、思ってる証拠でしょ」


 リーゼが悪気なく、微笑んで言う。レイヴンは不貞腐れたように、黙ってそっぽを向いた。口にして認めることが照れくさいのだろうか。レイヴンは肯定も否定もしなかった。


 リーゼは、自分の胸を叩いてケイへ告げた。


「ケイが戦っている時、アデルの護衛は私に任せておいて。本当は敵陣にアデルを連れて行きたくないけど……暗愁卿(あんしゅうきょう)の権能を何とかするためには、アデルの力が必要だもんね」


「チッ。人狼血族(ウルフブラッド)が、人間どもに簡単にやられるわけねえだろ。何日だろうと持ちこたえてやるぜ」


 舌打ちするジェイドの強がりの後に、ジェシカがケイへ抱きついてきた。

 今にも泣き出しそうな顔で、忠告してくる。


「ケイ、アンタもアデルも、リーゼも! 絶対に死んじゃダメよ!」


「……わかってる」


「ジェシカも、死んではダメですよ……!」


 つられてアデルまで、いつものムッツリ顔のまま、目を涙で潤ませている。


「……みんな必ず生きて戻ってこないとダメなんだからね!」


 そうしているジェシカの背中に、妹のエマも抱きついてきた。


「お姉ちゃんだって、絶対に死んじゃダメなんだよ……!」


「エマ、あんたもよ……! 死んだら許さないから!」


「お姉ちゃんは、絶対に私が守るんだもん……!」


 それぞれの生存を願い、別れを惜しむ仲間たち。

 そこへ水を差すように、レイヴンが告げる。


今生(こんじょう)の別れってわけじゃないだろ。そろそろゲートの相互許可通信(ハンドシェイク)が終わる。バロールとの接続が始まるぜ。雨宮少年とアデルちゃん。それにリーゼは、準備しな。繋いだ瞬間に、敵側にもすぐにバレるんだ。速攻で終わらせろ」


 転移門(ポータルゲート)の中心には、すでに白い光の塊が溢れ始めていた。

 決戦の場への片道切符が、ケイたちの前で口を開けた。


「アデル」


「?」


 眩い光の壁を前にして、ケイは隣に並び立つアデルへ声をかけた。


「みんなが思っているように、今ではオレも思ってる。お前はきっと、アークの人たちを帝国の支配から解放できる、伝説の救世主なんだろう。多くの人たちにとって、かけがえのない存在になる。オレの命なんかよりも、お前は遙かに重要で、価値があるよ」


「ケイ、私はそのように大それた存在では……」


「英雄って、自分で立候補してなるものじゃないだろ? 周りの人たちが、そいつを英雄だと思った時に、自然とそうなってしまうんだ。望もうと、望むまいとだ。お前自身が信じなくても、お前が人々からそうだと信じられる限り、きっとこれからも救世主と呼ばれ続けるよ。すごく重圧だと思う」


「……」


「ほんの少しで良い。オレは、そんなお前の力になりたい。何があっても、お前を守る」


 ケイに言われ、アデルは呆然としてしまった。


 鼓動が早くなる。体温が高くなる。

 熱に浮かされたように、頬が熱かった。


 ケイから大切に思われると、どうしていつも、自分はそうなってしまうのか。

 ケイから大切に思われたいと、どうしていつも、そればかり願ってしまうのか。

 他の誰に対する気持ちとも違っている、ケイだけに感じる切ない思い。

 ケイに触れたくて、たまらなくなる。


「私は、あなたのことを……」


 誰にも聞こえない、(ささや)くような呟き。それが、ケイのことを家族だと思うから感じる気持ちではないことを、今は、はっきりと自覚する。アデルは思わず、隣のケイの手を握ってしまっていた。その小さな手を、ケイは当然のように握り返してくれる。


「行くぞ、アデル。遅れずについてこい」


「はい」


 大切な気持ちを胸に秘め、アデルは頷く。

 3人は、光の中へ足を踏み出した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければ「ブックマーク登録」「評価ポイント」をお願いします。
作者の励みになります。

また、ランキングタグも置いてみました。
この連載を応援いただけるのであれば、クリックしていただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング

©うづき, 2021. All rights reserved.
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ