8-45 反乱軍
会議室には、円卓のテーブルが用意されていた。
そこに集まった人々は、立場も種族も、本当にバラバラである。
競技大会での出来事を、仲間うちの情報で知った下民たち。自分たちも奴隷から解放されたくて、各地方都市から集まってきた。
帝国の重税、そして独裁の統治に苦しめられてきた市民たち。これまでは、反乱を起こしても貴族たちの支配権限によって鎮圧されることを恐れ、決起できずにいたらしい。各都市には密かに反乱組織が存在していたらしく、そのリーダーたちが、こうして武装した姿で顔を並べている。
そしてアデルの登場を好機と見て立ち上がり、私兵を率いてきた貴族たち。かつて始祖ガイアを救った貴族の一家が言っていたように、帝国の残酷な支配体制を良く思っていない、善良な富裕層は、他にも存在したらしい。私財を投じて、一斉に兵を立ち上げてきた。
――――全員が、アークの未来に“アデルが不可欠な存在”だと確信している。
それを死守するために、この絶望的な戦況に構わず、命を賭して集まってきたらしい。もはや戦いの勝敗など関係なく、自分たちが死ぬかもしれないことさえ厭わず、人々は何としてもアデルを生かすために、この場で戦おうとしているのである。そうした人間たちの顔ぶれだけでも様々であると言うのに、それに劣らず、予期せず集まってきた獣人たちの顔ぶれも様々だ。
背中に翼の生えた、天使を思わせる姿の獣人。鳥人血族の始祖たる女、セフィラ・フォーティー。
全身を鱗に覆われ、爬虫類のような姿をしている人型の獣人。鎧鱗血族の始祖たる大柄な男、ナバル・トゥエルブ。
そして人狼血族の新たなる若き始祖。
黒獣と呼ばれ、帝国から恐れられる男、ジェイド・サーティーン。
いずれも人間たちと同じく、伝説の“人の王”を守るべく参集した強者たちだ。
平時であれば、こうして顔を合わせることもなかったであろう者達が参集している、議場の光景。それは圧巻であり、異様である。共通の話題があるわけでもなく、世間話さえできない。それどころか、互いの立場によってはいがみ合い、睨み合っている者たちまでいた。ただただ重苦しい雰囲気のテーブルに座り、ケイとジェシカも神妙な面持ちになってしまう。
しばらくして、議場に、随伴者であるリーゼとエマが入室してきた。
2人にエスコートされて、ついにアデルが姿を見せる。
「おお……!」
どこからともなく感嘆の声が漏れた。それは、アデルのあまりの美しさによってもたらされたものだ。憂いを秘めた眼差し。漂う気品。高貴なる姫君のような可憐さだ。見る者の種族や性別に関わらず、目を奪い、心を揺るがした。
その場に集った全員が起立して、アデルの登場を出迎える。
会釈や敬礼。
それぞれが、思い思いの方法で、最大限の敬意を向けていた。
「なんと美しい少女なのだ……!」
「あれが、実物のアデル様……!」
「まるで神の芸術品だ……!」
実際に神を目撃したかのような面持ちで、議場の人々は感動している。
王と接するかのように、リーゼは恭しく椅子を引いた。
そこへアデルは腰掛け、自身も円卓の一席に加わる。
アデルが腰掛けてから、戦士たちも遅れて座った。
「これから、厳しい戦いが始まります」
美しい唇で、アデルは言葉を紡いだ。
「私は弱い。だからどうか、皆さんの力を貸してください」
多くの言葉は必要としなかった。
帝国支配を終わらせ得る少女。長い時の中で待ち焦がれた、救世主たる存在が、自分たちへ助けを求めているのだ。ただのその一言だけで、集まったバラバラな者たちの思いは、1つとなる。
異種多様な人々は、アデルの名の下に、1つになろうとしていた。
それは帝国1万年の歴史の中において、決して起こり得なかった奇跡である。
◇◇◇
「さてと。じゃあ、お互いに挨拶も済んだところで、俺の方から状況を説明するぜ?」
ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべたレイヴンが、いつも通りの軽い態度で語り出した。
「昨日、雨宮少年に頼まれていた通り。帝国騎士団時代の旧いツテを使って、エヴァノフ企業国騎士団の情報を集めてみた。わかったことは敵の勢力と、攻撃開始時間についてだ」
首都からの情報封鎖によって、AIVの通信機能は使えない状況だ。説明のためのホログラム映像共有ができない。面倒だったが、レイヴンは仕方なく言葉で説明した。
「まず、エヴァノフ企業国全土に存在する帝国騎士団だが、人員がおよそ1000万。そのうち、暗愁卿の膝元である首都バロールに存在している戦力は100万だ。ここにベルディエから撤退した軍が加わり、総勢120万になる」
「するってーと。つまり、ここへ攻めてくる敵軍の勢力は、およそ120万人ってことかよ……!」
険しい顔でジェイドが呟くと、リーゼも口を開いた。
「大軍勢だね……。こっちは、集まってくれた援軍を含めても、10万人くらいの勢力。獣人たちの戦闘能力が高いことを考えても、物量では、まだ圧倒的に不利ってことになりそう」
「それでも、昨日の状況よりはマシってもんだろ。戦いが始まったら、1時間も持ちこたえられねえだろうと思ってた戦力が、1時間は保つだろうってくらいにはなった」
レイヴンは肩をすくめて言った。
「だな。そんで、だ。攻撃開始時間は、明日の午前5時。夜明け前に攻めてくる計画らしい。ひとまず、初手で衛生兵器やミサイルを使って、ベルディエを消し炭にする作戦じゃないようだ」
「ええ?! そうなの……?」
ジェシカが意外そうな顔をする。
「まあ、ツテから聞いた話しによれば、だがな。なぜなら、暗愁卿の主な攻撃目的は“アデルの抹殺”。そして“雨宮ケイの抹殺”だ。両者が死んだかどうか、死体が確認できないやり方はよろしくない。通常なら、戦略兵器で戦場を地ならしした後に、歩兵を投入して残党狩りをするのが、戦争のセオリーだ。だが今回は手順が逆だな。まず戦術兵器や歩兵を投入して、アデルと雨宮少年が確実に死んだことを確認できた後に、帝国騎士団は撤退。後はデスラ大森林の一帯を、焼け野原にして攻撃終了らしい」
「……つまり、オレとアデルがやられなければ、大規模火力の戦略兵器は使われないってことか」
「戦況にもよると思うが、方針はそうらしい。首都とベルディエ間の距離は、おおよそ300キロメートルってところか? おそらく敵の第一陣は飛空艇で空から来るだろう。その後、遅れて地上兵器の波状攻撃。一般兵たちと魔導兵を送り込んでくる前に、まずは無人兵器扱いの異常存在どもが出てくるかもな。まあ、限られた戦力だけで、全部を迎撃するのは不可能だ。勝てるところだけ、戦っていくしかないだろうよ」
鳥人血族の始祖たる女、セフィラが口を挟む。
「いきなり戦略兵器を使われないと言うのは、ある意味で幸運でしょう。レイヴン殿の情報の確からしさは知らないけれど、敵側の視点に立てば、筋は通った作戦です。少なくとも即座に全滅させられることはなさそうですね」
鎧鱗血族の始祖たる大男、ナバル・トゥエルブも口を開いた。
「フン。我々、鎧鱗血族は肉体の頑強さでは誰にも負けぬ。貴様等が人間の兵器ごときに全滅したとしても、人の王は、生き残った我等だけでも守り抜こうぞ」
「相変わらず、テメエ等は協調性がねえ奴等だな、鱗野郎」
「始祖になったばかりの若造が。口に気をつけろ? 貴様に先代ガイア殿ほどの器量があると、俺は認めちゃいないんだ」
「ジェイド。ナバル。言い争うのはやめてください」
「……」
アデルに言われると、ナバルは素直に口を噤んだ。ジェイドは舌打ちする。険悪な2人を、一言で即座に仲裁してしまえるアデルは、すでにリーダーのような風格である。
「そんで? どーするよ、雨宮少年」
一通り、状況の概要を説明したレイヴンは、嫌みっぽくケイを見て尋ねた。
「言われた通りに敵さん陣営の事情は調べたぜ。結果、予想通り。正面切ってぶつかっても勝てる見込みなんてない。この頼もしい援軍連中がきてくれたところでな」
「……」
「アデルちゃんを逃がすための撤退戦を展開するにしても、敵の物量を考えたら、逃げきれっこない。向かって行っても。逃げても。どっちにしろ、俺たち全員がここで死ぬことになるぜ」
レイヴンの見解を聞いて、市民反乱組織のリーダーたちが、怒りを露わにした。同様に、奴隷たちや貴族も口を挟んでくる。
「何て身も蓋もないことを言うヤツだ!」
「傭兵風情が……!」
「それをどうするか考えるのが、この会議の目的だろうが!」
「たとえ我々の命運はここで尽きても、何とかして、アデル様だけでも生き延びる策が必要よ!」
「そのために集まった! 希望であるアデル様を、ここで死なせてはならないんだ……!」
非難囂々の中、レイヴンは不敵に笑って応えた。
「悠長にダラダラ話しをしていれば、解決できる問題じゃないんだよ。ここは時間がない中で、現実に向き合って語らう場。何とかして、だなんつー曖昧なことを言ってる暇なんかないね。このままじゃ、アデルちゃんや雨宮少年もろとも、俺たちは全滅。それ以外に結末はない。その現実を語らずに、代わりの具体案も出せない無能どもは、黙っててくれる?」
「……言い過ぎだ、オッサン」
「かもな。それで? どうするつもりだよ、雨宮少年? この状況を打破するには“普通じゃない方法”とやらを考えつかないといけなかったよな。その賢い頭脳で、一晩じっくり考えたんだろ。俺が期待してんのは、いつもみたいにお前がひねり出してくる、具体的でクソみたいなアイディアなんだが?」
散々な言われようである。
レイヴンに話しを持ち上げられたせいで、全員の視線が、ケイに集まってしまう。
――――だが残念ながら、アイディアは無かった。
期待されても、打てる手だては何も思い当たらなかった。
戦っても逃げても殺されるなら、せめて戦って死ぬ。
作戦とも呼べない、そんな消極的な案しかないのが実情だ。
ケイが黙り込むと、周囲の人々は、その内心を察してしまった様子だった。議場には落胆の色が見られる。何か、状況を変えるキッカケでもない限りは、これ以上に事態は進展しそうにない。最悪は、無策のまま明日の朝を迎えることになってしまうだろう。それは絶望的な結末である。
議場の扉がノックされた。
入室してきたのは、自衛隊の戦車中隊を率いていた隊長である。
「会議中に失礼します、雨宮殿。ご客人がお見えです」
敬礼してくる隊長を、ケイは奇妙そうに見ていた。
「オレに客人……?」
「はい。会議中なので、ご遠慮するようお願いしたのですが……どうしても今すぐに雨宮殿と話しができないと“戦況を覆せなくなる”のだと騒ぐものでしたので」
隊長は、ある男を議場へ呼び込んだ。
その男の姿を見て、アデルとリーゼが同時に驚いた顔をする。
「ええ?! モラー!?」
金髪の、太ったスーツ姿の貴族の男。来訪してきた客人とは、アデルたちを捕らえて奴隷扱いした、モラー・フェルティエ男爵だった。
その顔を見るなり、リーゼは怒り心頭で席を立ち上がる。乱暴されるのではないかと恐れたモラーは、青ざめた顔で「ひぃぃ!」と悲鳴を上げてたじろいだ。今にも飛びかかりそうな様子のリーゼを、アデルがムッツリ顔で窘めた。
「リーゼ、モラーに乱暴しないであげてください」
「でも、アデル! こいつは私だけじゃなくて、アデルやザナのことを!」
「モラーは大事な用事があって、ここへ来たようです。まずはそれを聞きましょう」
「………………アデルが、そう言うなら」
不服そうではあったが、リーゼは席に腰掛け直す。ようやく話しができそうな雰囲気になったことを察し、モラーはスーツの襟を正した。そうして恐る恐る、リーゼやアデルの顔色を窺うようにして、円卓へ歩み寄ってきた。
冷ややかな目で、ケイはモラーに尋ねる。
「……アンタがアデルたちに何をしたのか。だいたいのことは聞いてる。アンタに対して友好的でいられるかどうかは、話しの内容にもよるぞ。いったいオレに、何の用だ」
「わ、私だって! 本当はこんな恐ろしい場所へ来たくなどなかった! だが脅されて、仕方なくだな……!」
「脅されて……?」
「こ、これを見ろ……!」
モラーは、ポケットから小箱のようなものを取り出した。それを円卓の中央に置いて、スイッチを押す。すると箱からホログラム映像が投影された。そこには、見覚えのある人物の姿が映し出される。
『やあ、雨宮くん。久しぶりだね』
「……はあ?! イリア!?」
ホログラムに映し出されているのは、国境の街で離ればなれになった仲間だ。金髪、碧眼。少年とも少女ともわからぬ、相変わらず性別不明な人物だ。カジュアルなフードパーカー姿である。今はどこかの庭園にいるらしく、庭先のテーブルで、優雅に紅茶を飲んでいるところのようだ。
イリアは髪を掻き上げ、爽やかに微笑み語りかけてくる。
『その小箱は、貴族たちが用いる秘匿通信装置だとでも思ってくれたまえ。君たちがいるベルディエは面白いことになっているようだったからね。情報封鎖されていても使える、手頃な通信手段ともなると、そういうアイテムを貴族たちは隠し持っているらしい。こうしてエヴァノフ企業国の首都、バロールの上層階からでもクリアに通話ができるなんて、便利なものだろう?』
「お前! 今、この国の首都にいるのか!?」
『諸事情あってね。軟禁されていて、例のナンパ勇者殿に、毎日つきまとわれている日々を送ってるよ。彼は、いつもしつこくボクの周囲をウロついているんだが、今は企業国王の軍議に呼び出されている。君たちの話題は、エヴァノフ政権内で持ちきりだからね。ここにいても事情はだいたいわかっているよ。勇者殿がいない今のうちに、ボクの新しい“下僕”を使って、こうしてコンタクトを取っているわけだ』
「下僕って……モラーのことを言ってるのか?」
『ああ。彼は最近、とある賭け事で大負けしてしまってね。全財産を失いそうになっていたところを、ボクが助けてやったのさ。彼以外にも、大勢を助けてやったよ。そうして助けてやる条件に、借りを返してもらうまでは、イヤでもボクの指示に従うしかない“契約”を結んだ。忠実な“貴族の下僕”が何人かできたわけさ。ボクに逆らったら、すぐにでも破産させられてしまう、憐れな連中だよ。そんな下僕たちの協力のおかげで、今ではこうして好きな服を着て、街を自由に出歩けるくらいには、軟禁生活も快適になったものさ』
「貴族の下僕たちって……」
「ハハ。相変わらず、イリアさんは恐ろしい方です。敵に回したくないですなあ」
『レイヴンか。そちらも変わりがないようで何よりだよ』
ケイが見やったモラーは、悔しそうに歯噛みして、イリアの話を黙って聞いている。どうやらケイの預かり知らぬところで、イリアという狂人に、酷い目に遭わされたようだ。背筋を寒くしながら、ケイは少しだけモラーへ同情した。
「おい、アマミヤ。この妙に偉そうな態度のヤツは誰だ?」
「……イリアクラウス。オレの仲間だ」
『おや? 獣人の友人ができたのかい? 相変わらず君の交友関係は広いようだね』
「はあ?! 俺がアマミヤの、ゆ、友人だと!? そ、そんなわけ……!」
『ツンデレ狼くんと言ったところかい。また妙なお仲間だ』
見知らぬ人物のホログラム表示を見て、議場はざわついた。
それに比べて、ケイやアデルは、表情が綻んでしまっている。
「元気でやってるみたいで、安心したよ。やっぱりお前の素性だと、帝国内では丁重に扱ってもらえるみたいだな」
「帝国に捕まったくせに紅茶飲みながら現れるなんて、アンタどんだけ大物なのよ!」
「良かったね、無事で。私もアデルも、心配してたんだよ」
「イリア。元気に生きていてくれて、嬉しいです」
映像越しの再会を喜んだ後に、イリアは話しの確信を告げる。
『さて。こうしてわざわざ、そこのモラーくんに危険を冒してもらって、ボクが君たちへ接触したからには目論見がある。おそらく、雨宮くんなら、すでにボクの意図に気付いているだろう?』
「ああ」
イリアの悪巧みに応えるべく、ケイは不敵に笑んで見せた。
その視線の先には、モラーの指に輝く“金の指輪”があった。
「まったく。イリア、お前ってヤツは。いつもここぞと言う時に、とんでもない突破口を持ってくるよな」
『以心伝心で助かるね。そうさ。今の君たちを取り巻く状況は、傍から見れば全滅を回避する術がない、絶望的な状況だろう。だがこうして、ボクが“首都にいる”というなら、話は違ってくるはずだ』
「生き残った東京都民のために、オレたちは新天地を探す旅に出た。まさかその行き着く先が、この“イカれた選択”になるなんて。思いもしてなかったよ」
『言っただろう? 君と一緒にいると、ボクは飽きないとね。せいぜいまた、面白いものを見せてくれよ』
ケイは席を立ち、自衛隊の隊長へ声をかけた。
「東京都民たちがデスラ大森林に移住するのを、一時的に取りやめてください」
「……?」
「すでにこちらへ来てしまった人たち全員を、東京に戻すんです。急いで総理に連絡お願いします」
「……えっと。はい! 了解しました!」
隊長は戸惑ったものの、ケイの言うことならばと了承して去って行く。
しかし、その場の全員が、ケイの発言に怪訝な顔をしていた。いまだに、ケイとイリアの思考のスピードについてこれていない様子である。だが構わず、ケイはレイヴンへ声をかけた。
「普通じゃない方法。どうやら見つかったみたいだ」
「……へえ」
ニヤけるレイヴンを横目にした後、ケイは議場の全員へ宣言した。
「王たる案愁卿を倒す。“革命”といこう。この国を、オレたちが丸ごといただくんだ」