8-41 絶望的な戦力差
会場から都市部へ続く道路と鉄道は、ダリウスのテロによって、全て破壊されている。
やむなく観客たちは、被害の少なかった都市内転移装置を使って帰宅することを余儀なくされた。台数の少ない転移装置前には案の定、大行列が生じ、全員が帰宅するのには時間を要するだろうことが窺えた。それでも日が沈むまでには、観客たちは無事に家へ戻ることができるだろう。混乱していた競技大会は、ひとまず無難に閉幕することができそうだった。
日が暮れる頃。
レイヴンたちが合流してきた。
どうやら、東京に放置されていた帝国騎士団の小型飛空艇を引っ張り出してきたらしく、それに乗って、ベルディエの競技場内まで飛行してきたらしい。レイヴンの他に搭乗していたメンバーは、転移門を使うことを躊躇い、森に残ることを選んだ、一部の族長だった。骨折中で、自分が戦力にならないと考えたジェシカも混じっていた。彼等はテロ妨害に協力することができなかったことを、申し訳なさそうにして降り立ってきた。
だがケイもジェイドも、そのことを責めたりしない。
むしろ来てくれたことに感謝し、歓迎した。
競技選手用の控え室に集まり、ケイたちは状況の整理をすることにした。眠ってしまったアデルをベンチの上に横たわらせて、ケイは、競技場で起きた出来事を一通り説明する。
「それで……この状況をどう思う?」
話し終えたケイは、レイヴンへ尋ねた。
対してレイヴンは、苦笑する。
わざとらしく質問で返した。
「この状況、って言うと?」
「暗愁卿は、オレとアデルのことを、確実に殺すつもりでいる。しかもそれだけじゃなくて、デスラ大森林の人狼血族や、アデルに解放された奴隷兵たち。それにベルディエの市民全員も、一緒に抹殺すると宣告していた。ようするに、この一帯の生き物を“皆殺しにする”ってことだろ?」
ケイは冷や汗をかきながら、苦々しく自分の推察を口にした。
「オレが企業国王だったら……もう今頃とっくに、ミサイルでも撃ち込んでいるところだ。この周囲一帯に飽和攻撃を仕掛け、辺り一面を焼け野原にする。その後に、帝国騎士団を送り込んで、生存者にトドメをさして回るんだ。だが、どういうわけかまだ、そうされていない。元騎士団のアンタなら、そのへんの事情に詳しいんじゃないか? 見解を聞いているんだ」
「うーん。俺は元騎士なだけで、元企業国王ってわけじゃないからなあ。暗愁卿の考えてることなんて、わからんねえ」
「……」
「そう睨むなよ、雨宮少年。たしかに、推察で良ければ思い当たることはあるよ」
レイヴンはその場の全員を見渡して、説明してやった。
「俺が思うに、だ。暗愁卿は、このベルディエを“廃棄処分する”って言ってたんだろ? こうして、すぐに攻撃を受けていない理由は、そこにあると思うね」
不思議そうな顔で、リーゼが尋ねた。
「つまり、どういうことなの?」
「企業国王であっても、都市の廃棄処分ってのは、そんな簡単にはできないんだよ。白石塔の廃棄とは、ちょっとばかり事情が違うんだが……。まあ普通に考えて、アークの都市は、アーク社会の経済構造の一端を担ってるわけだろ? なら自国内にも、他国内にも“利害関係者”ってのが存在してる。その相手ってのは、主に七企業国王だろう」
レイヴンの話しを聞いたケイは、納得する。
「なるほど……。他国にもお伺いを立てて、合意ができてないと、すぐに攻撃を開始できないってことか。なら、本気で仕掛けてくるつもりがない、ってわけじゃないんだな」
適当なテーブルの上に腰を下ろし、レイヴンは腕を組んで続けた。
「そうさな。仮に暗愁卿が独断で都市を廃棄してしまったら、その後、他国から総スカンされちまうわけよ。しかもベルディエくらいの大都市になれば、それが失われることで損をするヤツは大勢いるだろう。攻撃前に、根回しは必須でしょうよ。そうした諸々の手間を考えるとだ。まあ、これは俺の予想でしかないが、攻撃開始まで、だいたい1日。明後日の朝くらいには、ミサイル攻撃とかされるんじゃないかな」
レイヴンが提示する意外に早い日程に、ジェシカが驚いた顔をする。
「待ってよ! 都市を消すって判断なんだから、一大事じゃない! なのにたった1日だなんて……そんなに早く根回しって、できるものなの?! もっと時間がかかったりしないわけ?!」
「支配権限から解放された奴隷や市民なんてのは、帝国からすれば生かしておけないほど危険な存在だ。アデルちゃんは、その最悪な伝染病をバラ撒く病原体で、ベルディエの市民連中は、治療不可能な感染者も同然に思われてるだろう。一刻も早く抹殺するべきだって合意は、七企業国王の間で、すぐにできてしまうと見るね。そもそも企業国王が自国の領地を、自分の手で焼き払おうなんて判断自体が、普通じゃない。異例中の異例な、緊急事態なんだよ。俺も傭兵を長くやってるが、こんな事態は初めてお目に掛かる」
ジェイドが舌打ちした。
「実際のところは、どうだか知らねえけどよ。アマミヤが言う通り、まだ攻撃が始まってねえってことは、帝国側は、なんかの事情でもたついてるってことだ。暗愁卿の攻撃が始まるまでに、まだ少し時間はあるってことだろ。なら、その間に色々できるってもんだ」
「さっきも言ったが、俺は企業国王じゃないんでね。あくまで予想を口にしてるだけで、まだ時間があるかどうかなんて、保証はできない。ただ経験則から言わせてもらえば、まだ1日くらいは時間があると思うぜ? これだけ規模が大きい攻撃準備とか手続きになると、騎士団内でも色々とあるからな」
「実際に、残り時間が1日あるのかもわからないけど、何か行動を起こすなら、なるべく早い方が良いってことよね。ならアタシたちも動きましょう」
「まずは、ベルディエの市民たちを、デスラ大森林に逃がそうよ。この都市は、外から見たらわかりやすい標的。帝国騎士団の兵器の、良いマトにされちゃうよ。一斉攻撃を受けることになるのは、目に見えてるんだから、留まっていたら危険だと思う」
ジェシカやリーゼが言うことは、もっともだ。
だがその前に、ケイは確認しておくべきことがある。
「その前に、まず決めておこう」
「決めておくことって……何のこと?」
「オレたちの“方針”だよ」
ケイの言わんとすることに、リーゼもジェシカも、すぐに気付いた。
「近いうちに攻めてくる暗愁卿の軍と戦うのか。それとも、なりふり構わず逃げるのか。二者択一だ」
その通りである。
ケイの後に続いて、レイヴンが嘆息混じりで説明した。
「……一応、雨宮少年の話しに補足して、敵戦力について触れておくぜ」
苦笑を浮かべながら、レイヴンはバカバカしいことでも語るように肩をすくめる。
「企業国の首都ともなれば、常駐している帝国騎士団の戦力は凄まじいだろう。聞いた話じゃ、首都バロールの騎士団人員数は、おおよそ100万人。そいつらが全員、最新鋭の高性能武器や兵器で武装してる。それだけじゃない。下手をすれば、周辺の地方都市に常駐している騎士たちも招集されて、数百万の大軍に包囲されて攻撃される可能性もあるな。そもそも、その前に衛生兵器やミサイルで遠隔攻撃され、刃を交えることもなく殲滅させられるかもしれないわけだ」
レイヴンからの情報を聞き、ケイの表情は、ますます険しくなる。
「やっぱり敵は、とんでもない人数なんだな……。対して、こっちの戦力は微々たるもの。仮に全員を動員できたとしても、戦えるのは生き残った1万数千の奴隷兵たちと、2千近くの人狼血族の戦士。それに自衛隊だけだ。全部合わせても、せいぜい2万人の兵力。物量的にも、人数的にも、遙かに劣っているってことになる」
「まあ、そういうこと。正面切って戦うなんてのは話しにならない。開戦したが最後、1時間もしないで全滅させられるだろう。個人的には、戦うなんて選択肢はないな。だけど、今さら逃げたとしても手遅れだ。おそらく周辺は衛星で監視を始められてるだろう。もう逃げ切れないし、暗愁卿は誰1人逃がすつもりもないだろうし。全力で追跡してくる。どっちの選択をしても、多かれ少なかれ、戦いは避けられないだろうよ」
「おい、冗談じゃねえぞ! 戦っても、逃げても、どっちにしろ全滅ってことじゃねえかよ!」
口を挟んだジェイドが、怒りを露わにする。だがケイたちは現実の状況を話しているだけで、それに対して不満を言ったところで、何の解決にもならない。
ケイは苦々しい顔で言った。
「戦うにしても、逃げるにしても。普通の方法じゃダメってことだ。生き延びるためには何か、“普通じゃない方法”を考えなきゃいけない」
「そりゃあ、どんな方法だよ……!」
「……まだ、わからない」
曖昧なことしか、ケイには言えなかった。
今のところ、アイディアなどないのだ。
その場の誰にも、打開策は見いだせなかった。
だからこそ、全員が口を閉ざしてしまう。
重苦しい雰囲気になってしまった場で、リーゼが微笑んで提案した。
「朝から私たち、ずっと戦いっぱなしだし。きっとみんな疲れてるんだよ。考えるにしても、少し休んでからにしない?」
全員の表情が、人当たりの良いリーゼの態度で、少しだけ綻んだ。