8-36 無尽の射手・ヴィエラ
ケイたちは、転移門の前に集められた。
全員を招集したレイヴンは、皆の前に立って偉そうにしている。
咳払いをし、勿体付けながら話しを始めた。
「あー。諸君、いいか? 転移門の仕組みってのはだな。基本的に“相互許可通信”によって、接続が行われるもんなんだよ。入口と出口の、2つで1つ。両方が揃って、初めて安定した行き来ができるようになんの」
言いながら、転移門の制御盤の前へ移動し、レイヴンはそこをノックするように叩いて見せた。そうして説明する。
「つまりこのゲートを、ベルディエの街のゲートに接続したけりゃ、向こう側のゲートの許可を得ていないとダメってわけだ。どっからでも好き勝手に繋げられたら、そもそも雨宮少年たちの外交の旅も不要だったことになるでしょう。そういう仕組みになってる理由は簡単。俺たちみたいな、ならず者が悪用できないようにするためだ。たとえば悪い獣人たちが、いきなり都市に現れて暴れ放題するなんてことができてしまうだろ? だから現に、このゲートは今、直接的にはベルディエへ接続することができないわけだ。出口側が、通行を許可してくれてないから」
話しの長さに苛立った様子のジェシカが、眉間にシワを寄せて言った。
「講釈が長いオッサンね。そんな理屈わかってるわよ! だから東京にエマを残しておいて、姉妹通信でアタシが、接続先を教える係として旅に出たんじゃないの! このゲートじゃ、ベルディエに直行できないって言いたいんでしょ?! ならどうすんのって話しよ!」
「気が短いなあ、ジェシカは。最近は、人の話が聞けない若者ばかり。オッサンは悲しいよ。それとも、もしかして生理中とか?」
「はあ?! そ、そんなのまだきてないし!」
「お姉ちゃん……そういうのは、人前で言わない方が良いんだよ……」
「ううう! それより時間がないんだから、さっさと作戦を話しなさいよ!」
「へいへい」
赤面して怒っているジェシカを横目に、レイヴンは肩をすくめた。
そしていつも通り、軽薄な笑みを浮かべて続ける。
「俺は傭兵。戦場へ仲間の増援を招き入れるために、転移門の修理をやったことがあるって、前にも言っただろ? 逆に撤退するために設定をいじったこともある。そん時に学んだのが、このゲートの、わる~い使い方なんだわ」
制御盤のコンソールを、レイヴンは慣れた手つきで操作する。すると、転移門の中に立ちこめていた白い光が、赤い光へ変わっていった。
リーゼが尋ねた。
「……なにをしたの、レイヴン?」
「ゲートの転移先を東京じゃなくて、“指定しない”設定に変えた」
「?」
「相互許可通信が行われていない転移門でも、一応は単体で転送装置として使うことができる。ただし入口だけ決まってて、出口が決まってない状態だがな。おおまかな転移方向と距離設定だけしてあるから、だいたい“ベルディエの近く”に転移できるだろう。どこに出るかは知らんけど」
レイヴンの説明を聞いて、一斉に全員が不安そうな表情になる。
ジェイドが尋ねた。
「近くって、どれくらい近くなんだ?」
「さあな。運が良ければ、都市から1~2キロ離れた野っ原か、あるいは都市のど真ん中か。空中とか水中に投げ出されたりする可能性もある。最悪の場合は、木や壁の中に転移して、そのまま死ぬことになるかも。しかもゲートの出力が安定してないから、入った人ごとに、どこへ出るかはランダムだろう。普通は、転送位置の誤差を考慮して、障害物のない開けた場所あたりを選んで転移するべきなんだが、そうも言ってられないんだろ? なら、ベルディエの近くってこと以外は何も保証できない運試しさ」
「……」
「ちなみに、自衛隊のF2戦闘機に乗って空路から迫るのも手だけど、ベルディエくらいの大都市になると、上空には戦闘無人機が常駐してる。機動力でも火力でも、自衛隊の装備じゃ帝国の最新鋭兵器には敵わんよ。全機、返り討ちにされるのが関の山だ。陸路だって帝国騎士団の警備が厳重なはずだ。発見されずに急いで行くなら、このゲートを使う以外にアイディアがないと思うねえ。もちろん俺は行かないぜ? 無事に転移できても、できなくても、いろんな意味で死にそうだからな。命が惜しい」
「……無事に辿り着けるかどうかは、運次第ということなんだね」
「そう。つまり死にたくないヤツは、ゲートを通らない方が良い。それを勧めておくぜ」
レイヴンの皮肉交じりの警告に、全員が言葉を失ってしまう。
ダリウスのテロ計画決行まで、残り僅か40分ほどしかない。レイヴンが提案する転移門を使った作戦が、現時点では唯一、阻止に間に合いそうな移動手段であることは、間違いないだろう。
しかし、無事に目的地へ辿り着けるかどうかが保証されていない。辿り着けたとしても、どこに出るかわからない。戦う前から、すでに命を賭けなければならない選択を迫られるのは、想定外だった。全員の足が竦んでしまう。
静まり返ってしまった場。
雨宮ケイが改めて、作戦を確認してくる。
「……問題の爆弾は、全部で7つ。競技場内のどこへ設置されているかは不明。だが、起爆装置はダリウスが持っている。つまり誰でも良いから、会場内で観客に紛れているダリウスから、それを奪って無効化すれば、テロを阻止できるんだったよな。その後は会場の混乱に紛れて個別に脱出。雑な作戦だし、死ぬ可能性が高いだろう。けど、他に案もない。やるしかない」
尻込みしていた者達の輪を抜け、ケイがゲートへ向かって歩み出てきた。
そうして、赤い不気味な光を湛えた転移門へ向かっていく。
「向こう側で会おう」
それだけ言い残し、振り向きもせずにケイは光の向こうへ姿を消してしまった。あまりにも平然と転移先へ行ってしまったケイを見送り、レイヴンが呆れてぼやいた。
「……ここで普通、真っ先に行くかよ。相変わらず、子供らしい可愛げのねえヤツ」
人狼血族の族長たちも、無謀とも言えるケイの行動に驚嘆していた。
「なんという肝の据わった人間なのだ……!」
「アマミヤ殿は、まだ子供だろう。大人の我々の方が怯えているとは……情けない!」
聞いていて舌打ちし、次に歩み出たのはジェイドだった。
「ガキとか大人とか、関係あるか。人間がビビってねえのに、人狼血族の俺がビビっていられるかって話しだ」
そう言い残し、ジェイドも光の向こうへ歩いて行く。
2人の背を見送った後に、ガイアは全員を見渡して微笑んだ。
「アデル様のおかげで、せっかく長らえた命だ。無理に付き合う必要はない。ここで家族を守ることも、重要な使命。ワシたちに付き合える者のみ、力を貸してくれ」
ガイアも、光の向こうへ姿を消していく。
仲間たちも覚悟を決めて、先行者たちの後を追った。
◇◇◇
帝国歴9502年頃まで、デスラ大森林には白石塔が存在していた。現在では廃棄処分とされたその地は、すでに人々の記憶から、名前を忘れられつつある。廃棄処分となった原因は、白石塔内に蔓延した“疫病”のためであった。
白石塔内に広がる、内部社会。その中で暮らす人々を絶滅から守ることが、七企業国王が真王より与えられた責務である。そのまま疫病を放置すれば、内部社会の科学技術では対応できなくなることを見越し、管理者である暗愁卿は、白石塔を“切除”する判断を行った。
疫病の根絶のために放たれた、大量破壊魔術。それが直撃した場所では地殻変動が起こり、ベルーアライトと呼ばれる巨大鉱石山が誕生するに至る。後日、そこをくり抜いた内部に建造された都市が、現在では城塞都市ベルディエと呼ばれていた。
死から蘇った街である。
全長数キロに及ぶ、透き通った巨大鉱石。そのあちこちに開いた、無数の虫食い穴のような空間に、人々は家や建物を建てて生活している。そうして形成された階層構造の都市は、遠方から眺めれば、巨大な宝石の中に閉じ込められた箱庭の街に見える。ベルディエが観光でも有名なのは、その美しい外観のおかげでもある。
赤い光に包まれ、ゲートを抜けた先。
ジェイドが辿り着いたのは、広場だった。
噴水があり、遊具がある。どうやら公園に出たようだ。頭上を見上げれば、ドーム状に上空を覆っている宝石の天井が見える。それを見て、無事にベルディエの都市内部に転移できたことを理解した。雨滴がつたい、壁面を流れ落ちていくのを見上げながら、ジェイドは胸を撫で下ろす。
「……どうやら、俺は無事に辿り着けたみてえだな。他の連中は?」
周囲を見渡すが、先陣を切ったケイの姿は見られない。おそらく別の場所に飛ばされているのだろう。もしかしたなら、とんでもない場所に転移させられて、今頃は死んでるかもしれない。
確かめようがないことを気にしていても仕方がない。今はとにかく時間がないのだ。ダリウスがいる天空スポーツ競技場までの道のりを確かめるべく、ジェイドは都市の案内板を探した。
「ママ! 見て、獣人だ!」
「!」
子供に声をかけられて間もなく、女の悲鳴が聞こえた。
公園で遊んでいた子供たちが、ジェイドを指さしている。
その背後で、母親と思わしき女性グループが青ざめていた。
「チッ! この格好はまずい!」
人間の街で発見されてしまうのは、獣人にとっては命取りだ。女性たちは早速、AIVを使って、帝国騎士団へ通報している様子である。留まれば包囲され、殺されるのが身に見えた。
ジェイドは慌てて、その場から逃げる。道中で民家の軒先に干してあった洗濯物を奪い、フードパーカーを羽織って獣耳を隠す。そうしてから通りの人混みに紛れて歩いた。
街はどこもかしこも、獣殺競技大会の宣伝広告で一色である。都内を走る鉄道の駅でも、大会の記念品などが売られており、お祭り騒ぎだった。
「人間ども、俺たちを殺すのがそんなに楽しいのか、浮かれやがって……!」
わかってはいても、苛立ってしまった。今から、こんな人間たちを助けようとしているのだと思うと、再びジェイドの心は揺れてしまいそうになる。気が変わらないうちに、駅案内板で、競技場までの経路を確認した。
「ここから、3階層分くらい上の街の駅か。あと30分もすれば、会場へ行ける全部の道が爆破されて、近づけなくなっちまう。ここで電車に乗っておくしかねえな」
ジェイドは市民権を持っているわけでもなく、人間の金も持っていない。正面から改札を通って電車に乗ることはできないだろう。駅構内を出ると、人目を忍んで、線路を走っている電車へ飛び乗った。屋根に貼り付いていては目立つため、窓を蹴り破って車内へ侵入する。
いきなり車外から現れたジェイドの登場に、乗り合わせた乗客たちは驚き怯んでいた。それを気にした様子もなく、ジェイドは別車両へ移動して、奇異の目から逃れる。
「……?」
奇妙なことに気が付いた。
移動した先の車両には、1人の乗客も乗っていなかった。
明らかに人払いされている。
代わりに、1人の女が待ち構えるように立っているだけだ
「――――ジェイド。指名手配にした獣ですね」
「!?」
女は笑いもせずに、現れたジェイドを冷ややかに見ていた。
黒髪をショートにまとめた女だ。目付きが悪いウエイター姿だが、腰のガンベルトに大きな銃を2挺、帯銃している。酒場で働く一般人とは思えない出で立ちである。
「予期せぬ場所で獣人の目撃通報がありました。もしやと思い、足を運んで正解でした。まさか、ここへ駆けつけてくるとは……いったい何をしにきたので?」
俯き加減で、ボソボソと呟くように発する言葉。
声が小さい、根暗そうな雰囲気である。
「誰だ、テメエは……?」
「ヴィエラ。暗愁卿直属の上級魔導兵。主に情報工作任務が専門です」
「上級魔導兵?! なら、帝国騎士の強いヤツってことか!」
ジェイドは身構える。
だが対してヴィエラは、怪訝な顔をしているだけだった。
「……解せません。あなたはついさっきまで、デスラ大森林で剣聖と戦っている姿が中継されていました。それがどうやって今、この場までやってこられたのか。それよりもいったいなぜ、この場へ来る理由があったのでしょう。もしやとは思いますが……“仲間のテロ”を阻止するつもりでしょうか?」
「!?」
ジェイドは耳を疑う。
帝国騎士が、なぜダリウスのテロ計画のことを把握しているのか。
「まさかテメエ、これからテロが起きることを知ってんのかよ! ならテメエこそ何でこんなところにいる! 帝国騎士団なら、今頃は市民の誘導とか、テロリストの対処とかやってるはずだろ!」
「テロを阻止されるのは困るのですよ」
「はあ?!」
「獣人たちがこのベルディエを攻撃しようとしている動きなんて、とっくに察知しています。何かに利用できるかもしれないと思い、しばらく放置していました。結果、それが幸いしたのです。大会は、帝国側の敗北という、望まぬ結果で決着しました。これからテロが起きれば、それを理由に大会が中断可能。ですから、テロには起きてもらった方が都合が良い」
ヴィエラの言わんとすることを察し、ジェイドは唾棄する思いで尋ねた。
「おい……まさか、大会の結果が気に入らねえからって、それをうやむやにするために、これから身内の市民が殺されるのを黙認するって言ってんのかよ……!」
「今後の大会存続のため。エヴァノフ様の名誉を守るため。そのためなら、ヴェルディエとその市民たちが犠牲になるのは安い代償。失われる彼等の命は、デスラ大森林の人狼血族を皆殺しにすることで仇を取って差し上げます。あなたたち悪は滅び、暗愁卿への支持は固くなるでしょう」
ヴィエラはホルスターから、2挺の拳銃を同時に引き抜く。装飾されたその回転弾倉式銃は大振りで、ワインボトルよりも一回り大きいくらいである。
「これは主たる暗愁卿の命令。私の使命は、なんとしても、人狼血族たちのテロを成功させることです。そのために、死んでいただきます」
ヴィエラは、ジェイドを殺すつもりだった。