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アデル・オブ・シリウス ―原死の少女 天狼の騎士―  作者: うづき
2章 真なる知覚

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2-4 禁断の知覚②



 いつまで経っても、空に太陽が輝くことはなかった。

 朝から変わらず、頭上は黒い霧に覆われたままである。

 まるで一日中、続く夜だ。

 息苦しさを感じる黒い空の下、第三東高校の1日は過ぎていった。


 放課後。

 オカルト研究部は部室に集まり、緊急会議を開いていた。

 いつもの狭い部室の中央に長机を置き、3人は顔を見合わせて座る。


「それで……。1日、普通に授業を受けて学校生活をしてみたわけですけど、どうでしたか?」


 まず口火を切ったのは、ケイである。


 普通に生活してみて、先生方や他の生徒たちの様子を観察してみようと、提案したのはケイだったのだ。異様な状況下で、自分たち以外の人間が、果たしてどのような行動をとっているのか。それを確認することで、人々の生活に異常がないかを調べようとしたのである。


 ポケットに両手を突っ込んで、かったるそうに座っているトウゴが答えた。


先公(せんこー)たちも、クラスの連中も、ぜんぜんこの景色に気が付いてねえ。そうとしか思えねえくらいに、いつも通りに授業受けて、普通にダベってるだけだったぜ……」


「うちのクラスも、全く同じ状況よ」


 神妙な顔で、サキが同意した。

 言いながら、部室内の隅々に伸びた、発光するツルを見つめて続けた。


「どこの教室にも、こういうネオンライトみたいな、得体の知れない植物のツタが蔓延ってるのに、誰に言っても、何も見えないって返事がくるだけ。空に太陽が無いって言ったら、おかしい人を見るみたいな目で見られたわ。私たちには見えてもいない太陽が、他の子たちには、今日も普通に見えてるみたい」


「やっぱり、誰も彼もが幻を見てる……としか思えませんね」


「あるいは俺たちの方が幻を見てるか、だな」


 トウゴは椅子の背もたれに寄りかかり、頭の後ろで腕を組んで言った。


「たぶん佐渡(さわたり)とかいう、あの変な医者がくれた薬を飲んだことが切っ掛けなんだろうけどよ。薬の影響で、こんなふうに長時間、見えるモノがおかしくなるか? 麻薬とか、そういうのには詳しくねえけどよ。もしもこれが幻覚だったとしても、俺たち3人全員が、全く同じ変なものが見えるようになるか?」


「つまり。今、見ているものは、幻覚じゃない。先輩はそう考えてるんですね」


「おお……自分で言ってても、まだ信じられねえんだがな」


「残念だけど、私も同じ意見よ」


 あまり乗り気ではない様子で、サキが続けた。


「雨宮くんが今朝言っていた通り、私たちは“これまで見えていなかったものが見えるようになった”のだと仮定するわよ?」


 ケイとトウゴは、語るサキへ注目した。


「そもそも、今の私たちに見えている、この“闇の世界”こそが本当の現実であって、他の人たちが見ている世界が偽物なんだとしたら……私たちは今まで、他の人と同じように“偽の世界”を見ていたことになるわ。なら、いったい()()()()、偽の世界を見せられていたの?」


「……」


「……」


「これって、かなりゾッとする話しよ? いったいいつから、誰に、なんのために、本当の世界が見えないようにされてきたのよ。たぶんこれって、私たちが生まれてきてからずっとのことよね……」


 サキは不安そうに、自分の肩を抱いて言った。


「たぶん、この景色を動画に収めて他人に見せても、私たち以外の人には、偽物の世界しか見えないのよね? すごい特ダネを、こうして目の前にしてるのに、それを誰にも伝えられないなんて、ニューチューバーとしては皮肉じゃない?」


「俺たちもしかして……これからずっと、この不気味な、夜の世界を見続けることになるのか?」


「どうでしょう」


「だとしたら、最悪よね……」


 知らない方が良かった。見えない方が良かった。

 真実とは、そういうものなのかもしれない。

 こんな世界があることを知らずに生きていられたら、今頃きっと思い悩むことなどなかっただろう。自分たちが踏み入れてしまった現実を悔やみ、サキとトウゴは憔悴している様子だった。


「今日。もう一度、佐渡先生に会いに行きましょう」


 ケイは冷静に、それを提案する。


「佐渡先生は、オレたちに向かって言いました。まだ“同じものが見えていない”と。だからまだ、話す準備ができていないんだって。それってたぶん、佐渡先生には、すでにこの夜の世界が見えていたって意味じゃないですかね。つまり、同じものが見えていないと、理解できない話しがある。そうだったんじゃないかと思います」


「そう言えば、たしかにそんなこと言ってやがったな、あの医者……!」


「今のオレたちになら、この世界についてのこととか、佐渡先生が知っていることを、色々と話してくれるんじゃないですかね」


「……そうね。それに、昨日もらった薬についても、ちょうど問いたださないといけないと思ってたところよ」


 3人は顔を見合わせ、決意の表情で席を立った。




  ◇◇◇




 第三東高校の校門前に、あまり見慣れない制服の人物が立っていた。


 ショートの金髪。美しい碧眼(へきがん)星成学園(ほしなりがくえん)の、男子生徒の制服を着ていた。首には十字架のネックレスをしている。

 美しい少女のような面立ちをしているため、見る者は一瞬だけ、女子生徒が男子の格好をしているのではないかと錯覚してしまう。だが、よくよく見れば少年に見えなくもない。非常に中性的な容姿である。


 他校の制服を着ているというだけでも目立っているが、異国の容姿はさらに目立つ。道行く生徒たちは、誰もがその人物を横目で見て追いかけてしまっていた。


 人だかりができているわけではないが、誰もが視線を傾けて注目している人物に、ケイが気付かないわけがない。オカ研メンバーが揃って下校する途中、その人物は、否応にも目にとまった。


「はうんっ!」


 胸を撃たれたようなリアクションと共に、奇声を漏らしたのはトウゴだった。

 震える指先で金髪の人物を指さし、赤面しながら額に青筋を立てている。

 恥ずかしがっているような、怒っているような、わけのわからない表情だった。


「んおおお! き、君はぁっ……!」


 過呼吸になりかけているトウゴを横目にしながら、ケイは呻いてしまう。


「……イリアか。よりにもよって、先輩の前で“今日は”男子の格好なのかよ」


 やっと校門前に姿を現したケイに気付き、イリアは歩み寄ってきた。

 不思議そうな顔で、ケイの背後で戦慄(わなな)くようにしているトウゴを指さした。


「どうしたんだい、彼は?」


「気にしないでやってくれ。ちょっとお前について、思うことが色々あるんだと思う」


「……? なんの話しだい? 彼とボクは、たぶん初対面だったと思うけど」


「だから気にしないでやってくれって。金髪を見ると死にたくなる発作(ほっさ)だとでも思ってくれ」


「それは何だか(あわ)れなことだね」


 パニクっているトウゴを、サキがいかがわしい目で見やっている。

 頭から湯気を立ち上らせているトウゴは放っておいて、ケイはサキへ紹介した。


「こいつはイリアクラウス。星成学園の、オレの知り合いです」


「ああ、あなたが協力者のイリアさん? 初めまして! うあ、すごい美少年……ってか美少女!?」


「君たちのことは雨宮くんから聞いているよ。オカルト研究部の部長の、吉見(よしみ)サキさん。それに、そこでわけがわからないことになっている彼が、峰御(みねお)トウゴくんだね? よろしく頼むよ」


「おおおうう、よよよろしくたのむますぜ!」


「セリフがバグってる、RPGのモブキャラみたいですよ、先輩」


 ケイは、他の生徒たちの目が、自分たちに集まっていることに気付いていた。

 ただでさえ他校の制服は目立つというのに、イリアの容姿は殊更(ことさら)に目立つ。


「まったく……。お前はどこにいても目立つ迷惑なヤツだな」


「フフ。ボクの溢れ出るカリスマ性のせいかな」


「なに言ってんだか。場所を変えるぞ」


 オカ研メンバーはイリアを加え、4人で下校することになった。

 他の生徒たちの目に付かないように、普段はあまり使わない、人が少ない通りを選んで歩く。周囲に通行人が少なくなったことを確認してから、ケイはイリアへ尋ねた。


「それで? どうしたんだ。お前の方から、うちの学校へ来るなんて意外だな」


「君たち、オカルト研究部の人たちと、直接会って話しがしたいことがあったんだ。調査を頼まれていた、浦谷(うらたに)のことについてだよ」


 イリアの口から出てきた名前に、3人は思わず黙ってしまう。


 昨日、ケイが殺した人物だ。この世に、もういない。調査を依頼したのは、たしかにケイたちだったが、今さら死人を調べたところで、有益な情報が得られるだろうか。


「実は“探偵”を雇ってね。昨晩から早速、浦谷の家を監視してもらっていたんだ」


「……!?」


「すると面白いことが起きた。探偵がボクに動画を送ってきてね。君たちオカルト研究部のメンバーが浦谷邸へ侵入して、出てきた時には見知らぬセダン車のトランクに、黒い死体袋を詰め込む姿が映っていた」


 サキとトウゴの顔が、一気に青ざめる。

 微塵も予期していなかった、いきなりの不意打ちだ。

 ケイは動じず、冷ややかな視線をイリアに送り、答えた。


「浦谷は人間じゃなかった。だから()()()


「なるほどね。君が関係しているんだ。そうだと思っていたよ」


 呆気(あっけ)なく殺人を認めてしまうケイ。

 なぜか軽々(けいけい)に納得している様子のイリア。

 2人の異質なやり取りに驚いたが、サキは恐る恐る、イリアの思惑を確かめる。


「あなた……もしかして、私たちのことを脅すつもりなの?」


「脅す? いやだな。ボクはそんな下らないことはしないよ」


「じゃ、じゃあいったい、それを俺たちに話して、どうしようってんだよ……!」


「ボクは、君たちの“仲間に入れてもらいたい”だけさ」


「はあああ?!」


 素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げて驚くトウゴに構わず、イリアは肩を(すく)めて見せた。


「ちなみにボクが雇った探偵は、今朝になって()()()()()のが見つかったよ」


「え!? なんですって!」


「警察の説明によれば、首吊り自殺だそうだ。ボクは偶然というものを信じていないタイプでね。君たちが死体を運び出すところを目撃した翌朝に、探偵は死んだんだよ? 事実を知られては困る何者かによって、殺された可能性を考えた方が、しっくりこないかい? おっと、ボクは君たちを疑っているわけじゃないよ。その犯人は雨宮くんたちではなく、別に存在していると考えているところさ」


 あまりにも異常なことを、嬉々として話すイリア。

 その様子は、頭がおかしいとしか思えない。


「ボクの見立ててでは、君たちは今、実に面白そうなことに巻き込まれている。それこそ、人死にが出てしまうほどの最悪な事態さ。君たちが浦谷に目をつけた理由も知りたいし、その浦谷の正体が怪物だったというのなら益々、ボクにとっては興味が湧くところだよ」


 あまりにも狂ったイリアの思考回路は、サキとトウゴには理解不能だった。

 ケイは嘆息と共に言った。


「興味を持ったのなら、それが犯罪だろうが何だろうがお構いなし。モラルも道徳もない、狂った大金持ち。イリアは、こういうヤツなんですよ」


「雨宮が会いたくないって言ってた理由が、今ならわかるぜ……!」


「可愛い顔に騙されちゃいけないタイプの危険人物ね! サイコパスだわ!」


「酷い言いようだね。仲間に対して」


「もう仲間面してんのかよ!」


 和気藹々で話していると、ふとケイの足が止まる。

 それに倣って、全員の足も止まった。


 ケイは目を鋭くし、進行方向にある電柱の1つを睨み付けた。

 その陰に佇む、見知らぬ人影があった。


 ケイの視線の先。そこにある異常に遅れて気付いたトウゴが、ケイの耳元に囁く。


「おい、あの電柱の裏に隠れてるヤツ。俺の目の錯覚じゃねえよな、雨宮……!」


「おそらく浦谷と同じ種類の怪物、ですかね」


 まだ距離があるため、電柱の陰に潜む人物は、シルエットくらいしか判別できない。だがその頭部から、黒い触手のようなものが生え出て蠢いているのが、遠目にも確認できる。


 ケイたちが見つめる電柱。それを見たイリアが、不思議そうな顔をしていた。


「何に警戒しているんだい? 電柱の陰には、誰もいなさそうに見えるけど?」


「はあ?! ガッツリ立ってるヤツがいるだろ! 見えてねえのかよ!?」


「見えてないけど?」


「……!」


 イリアには、電柱の陰に潜む怪物が見えていない?

 ケイたちオカ研のメンバーだけが、その姿を視認できている。

 その事実が意味することに気が付いたサキは、険しい顔で推測を口にした。


「もしかしてあの怪物……普通の人には見えないの……?!」


「どうやら、そうみてえだぞ……!」


 ケイは、佐渡が言っていたことを思い出していた。


「真実を知った者は殺される、か。ならあいつは、オレたちだけでなく、イリアのことも狙ってるのか……?」


 ケイたちは、浦谷が怪物であることを知っている。

 イリアは、浦谷が殺されたことを知っている。

 それは怪物たちにとって、知られてはまずい事実なのだろうか。


 ケイはイリアの手を引いて、元来た道を駆け出した。

 その背に続いて、トウゴとサキも逃げ出す。


「いったい急にどうしたんだい、君たち!」


「話しは後だ。お前にも、診療所まで一緒に来てもらう」

 

 電柱の陰から姿を現した怪物は、ケイたちを背後から追いかけてきた。






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