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8-24 賭ける女



 立食を楽しめる、パーティーフロア。そこでは、多くの貴族たちが談笑しており、頭上に表示されている大会のホログラム中継を観戦していた。


 無人偵察機(ドローン)が中継している戦場の俯瞰(ふかん)映像に、MCギイの実況が添えられている。時には、奴隷と獣人たちの戦いを至近距離から撮影した映像が流れ、貴族たちは、現実の殺し合いの凄まじい迫力に拍手を送っていた。


「能天気な連中だ」


 イリアは、ウエイターを呼び止めた。

 そうして大会のルールブックのデータをもらう。

 AIV(アイブ)で視界にホログラム表示させると、すぐさま一通り読み終えてしまう。


「フム。まあ、これで、賭けのルールはわかったな」


 イリアは、視界からホログラム表示を消した。今度は、隣に立って暇そうにワイングラスに口を付けていた、クリスへ尋ねた。


「さて。クリス、今いくら持っている?」


「それって……手持ちの現金の話しかい?」


「そうじゃない。今すぐに、君が動かせる全額についてさ。預金を合わせてね」


「カツアゲみたいだな」


 なぜ、貴族たちが()けに(きょう)じているこの場で、そんなことを質問してくるのか。クリスは嫌な予感がした。


 一応、クリスはレインバラード家という、アークでは名家の生まれだ。普通の貴族たちよりも、資産額は飛び抜けて多い。金融資産を含めれば、本家には数千兆ルグの資産があるだろう。だがクリス個人は、実家を離れて久しい身だ。小遣いを投資で増やした程度の額しか、持ち合わせがない。


 クリスは、イリアへ正直に答えた。


「……実家の総資産額からしたら微々たるものだけど、俺が自由に使えそうな金額と言えば、7500億ルグ、ってところかな」


「十分だ。その金をボクに貸してくれるか?」


 案の定である。

 クリスは(あき)れた顔を返してしまう。


 イリアの実家は、クリスの家など足下にも及ばないほどの超富豪だ。七企業国王セブンス・ドミネーターの一角を担う、エレンディア企業国(ユニオン)の王。その一族の資産額は、100(けい)ルグを超えるとも噂されているのだ。天文学的な金を持っているはずだ。


 誰かに金など借りなくとも、すでに腐るほどの資産を有している。


「エレンディアのお姫様が、俺なんかから、金を借りたがるなんてな」


「ボクは実家に軟禁されてる身。今は個人資産も凍結されているんだ。無一文も同然だよ」


 そうでもなければ、こうして金を要求してくる必要もないはずだ。いくらか貸すことは構わないのだが、イリアがこの場で金を借りなければならない理由を考えると……気が進まない。食事やデートの費用などではないだろう。どうせロクな事情ではないからだ。


「ここで貸せって……まさか、ギャンブルに使うつもりなのか?」


「ボクは、君にとって未来の妻なんだろう? その頼みを、聞けないのかい?」


「……」


 しばらくクリスは、困惑した表情をしていた。

 だが、イリアにそう言われては断りづらい。


「良いけど。返してくれるんだろうね?」


「もちろんさ。ボクを信じたまえよ」


 快諾(かいだく)できたわけではないが、ひとまずは了承する。

 半ば、観念したような気分である。

 そんなクリスの手を、イリアが握ってくる。


「……お?」


「貴族社会は、男社会でもあるんだろ。男の随伴(ずいはん)者がいた方が都合が良い。一緒に来てくれるかな」


「喜んで」


 微笑むクリスの手を引いて、イリアはフロア中央の、賭けのテーブルへ向かった。


 メインテーブルは円卓になっている。その頭上には、大会の戦況をリアルタイムで表示した、ホログラム画面が投影されていた。どこのチームが何人死んで、何匹の獣人(ラース)を殺害できたのか。それぞれのチームの得点状況と、戦場の分布図を報じる、巨大スコアボードだ。その画面を見上げながら、賭けに興じている大勢の貴族たちが集まり、談笑していた。


 イリアは、先ほど見かけた小太りの貴族の傍へ歩み寄っていく。

 見覚えのあるトランクケースを手に提げ、金の指輪をした男だ。

 正確が悪そうな顔立ちの仲間貴族たちと、賭けの状況について話している。


「やあ。紳士諸君、楽しい賭け事をやっているらしいね。ボクも混ぜてくれないかな」


 いきなり話しに割り込んできたイリアに、小太りの貴族たちの視線が集まる。

 イリアの顔にはピンとこなかった様子だが、その隣のクリスの顔は知っていたらしい。

 途端に手を揉みながら、()びへつらってきた。


「これはこれは! 勇者殿!」


「レインバラード家のクリス様ではありませんか!」


「ほお。あのご高名な、グレイン企業国(ユニオン)の聖騎士殿ですか」


 歓待されるクリスは、照れくさそうに頭を掻いて微笑んだ。


「談笑中に悪いね。俺の妻のイリアが、どうしても自分も賭けに参加したいのだと言い張ってさ」


「なるほど。そちらは奥方様でしたか。クリス様と並べば、美男美女の組み合わせ」


「お羨ましいことです」


 しれっと「妻だ」と紹介するクリスの足を、イリアはこっそり踏みつけた。

 だがクリスは涼しい顔で、小太りの貴族へ尋ねた。


「それで、そちらは?」


「これは申し遅れました! 私はモラー・フェルティエ男爵。この企業国(ユニオン)で、人材派遣業務を請け負っている地方貴族です」


 モラーと名乗った男と、その仲間たちは、会釈と共に自己紹介をする。

 くだらない挨拶を聞いていられず、イリアは尋ねた。


「聞いた話では、賭けの締切時間は正午(しょうご)。まだ15分くらいある。今からボクが参加することは、問題ないだろう?」


 答えたのはモラーではない。

 近くで話しを聞いていたのであろう、執事の格好をした、受付の男である。


「おっしゃる通り、まだ賭けの受付は締め切っていません。参加は可能です、奥様」


 イリアとクリスは、モラーたちに先導されて受付へ向かう。

 提示されたホログラムのメニュー表を見ながら、クリスはイリアへ問う。


「さてと。俺の奥方は、どのチームの勝利に賭けるんだ?」


「どのチームも勝利などしない」


「?」


 イリアはメニュー表の、1番下を指さした。

 それを見ていたクリスが、驚いた顔を見せる。

 妖しく笑んで、イリアは断言した。


「ボクは――――“獣人(ラース)たちの勝利”に賭ける。7500億ルグ。全額だ」


「!?」


 クリスだけではない。受付とのやり取りを近くで見ていたモラーたちも、驚愕している。狂気としか思えないイリアの発言を聞いた、他の貴族たちも、自分の耳を疑ったようにイリアを見やった。


 周囲がざわつき、イリアは注目の的になる。


 受付の男は、困惑した表情をしていた。

 老婆心で、イリアへ再確認してしまう。


「……たしかにルール上は、獣人(ラース)に賭けることに問題はありません。賭けの対象は“大会の参加者”のみ。獣人(ラース)とて参加者。過去の大会でも、大穴を狙って、敵側の勝利に賭けた貴族の方がいました。今大会でも、それは変わっておりません」


「知っている。メニュー表にも選択肢としてあるんだ。賭けても良いんだろう?」


「ですが所詮(しょせん)、この賭け事は遊技。それほどの大金を掛けている他のお客様は、おりませんよ? 皆様が賭けている金額より2(けた)は大きいご金額。……本当によろしいので?」


「構わないさ」


「おい、イリア……!」


 焦った様子で、クリスも忠告してくる。


「自分が何を言っているのか、わかっているのかい?!」


「もちろんさ。大会のルール上、獣人(ラース)たち側の勝利条件とは、奴隷兵たちの9割以上が戦闘続行不可能な状況になるか、殺害予定数である2万体を駆除できなかった場合のことだと、定義されている。現在の奴隷たちの損耗率は2割。あと7割が戦えない状態になれば、ボクの勝ちだ」


「そういうことじゃない! そんな状況には、()()()()()ってことがわかってるのかと聞いてるんだ!」


 近くで話しを聞いていた貴族の男が、酒瓶を飲みながらヤジを飛ばしてきた。


「今大会には、あの剣聖サイラス殿も参加しておられるのだぞ。たった1人で、獣人(ラース)の軍勢を全滅させたことのある帝国最強のお方だ。それを前に、前大会で生き残った、残りかすのような雑魚獣人(ラース)どもが勝つと言ってるのか?」


「馬鹿げている!」


 ヤジを飛ばしてくる外野を、イリアは嘲笑して言った。


「自分の金なんだ。好きに賭けて構わないはずだ。それとも、負けるのが怖いのかな?」


「何だと?!」


「この賭けのルールなら知っている。参加者全員が賭けた金の全ては、勝者にのみ与えられる。よくある“勝者総取り方式”だ。たとえば10人の参加者が、それぞれ100ルグずつ賭けたとしたら、勝者の1人が総取り。1000ルグもらえる。もしも仮に、勝者が複数人いるなら、それぞれの賭け金の比率に応じて山分けされるという、分配ルールもある。それらオーソドックスなルールに加えて1つ、特殊なルールも存在しているね――――“勝率ボーナス”さ」


 イリアは皮肉っぽく肩をすくめ、周囲の貴族たちへ言ってやった。


「優勝する確率の高いチームは0.8倍。逆に低いチームは2.2倍と言った具合さ。賞金額は、全員の賭け金の総合額に、勝率ボーナスが乗算された金額になって支払われる。勝率が高いチームに賭けるより、勝率が低いチームに賭けて、リスクを負いながら勝った方が、もらえる金額が大きくなるというルールさ。支払う賞金額が大きくなったせいで、賭け金が不足した場合は、それを参加者全員で等分補填(とうぶんほてん)しなければならない」


 そのルールを知っているからこそ、外野の貴族たちは思わず口出ししてしまっているのだ。

 イリアが賭けることで、自分たちが負けた時のリスクが尋常ならざるものになるからである。


「ボクが賭ける“獣人(ラース)の勝利”は100倍。ボクが勝てば75兆以上の莫大な金額が賞金になる。賭け金だけで支払いが足りない分は、君たち全員の借金になるというわけさ。それが怖いなら、今のうちにさっさとこの賭けを降りた方が良い。親切心からの忠告だよ」


 イリアが7500億ルグもの大金を賭けて勝てば、途方もない不足金額を、全員で支払わされることになる。それこそ、ぞれぞれが今賭けている金額の2桁以上の借金になるのだ。蓄えのない貴族であれば、破産しかねない損失になるだろう。

 

 余裕の笑みを浮かべているイリアに対して、冷や汗を流す貴族たち。

 不穏な沈黙を仲裁(ちゅうさい)するべく、モラーが発言した。


「ほほほ。良いではありませんか、皆さん」


「フェルティエ殿……。せっかく皆が賭けを楽しんでいたというのに、こんな興ざめするような、無茶苦茶な賭け方を許すおつもりで?」


「賭けている我々は、負けた時のリスクが大きくなるでしょう。ですが逆を言えば、彼女以外が勝てば、大損するのは彼女1人だけです。我々は大儲けのチャンスだ」


 賭け金が増大することで、大きくなるのは負けのリスクだけではない。

 勝利の価値も上がるのだから、悪いことだけではない。


「たしかに彼女が勝利すれば、貴族の中には破産者が出る可能性はあります。ですが、その可能性はあまりにも低い。逆に彼女以外が勝利すれば、賭けに勝利した際に得られる賞金が7500億も増えることになるのです。ボロもうけですよ」


「それは、そうだが……」


 イリアは不敵に笑んだ。


「現時点で、獣人(ラース)の勝利に賭けているのはボクだけ。ボクの勝ちなら、この賭けはボクの総取り。他の貴族は、下手をすれば破産だろうな」


「そんなことは起こり得ませんよ。先ほど、どなたかが仰った通りです。剣聖が向かった戦場に、いるのは前回大会で弱体化した獣たちのみ。確率で考えれば、敵側の勝ちなどありえない。申し訳ありませんがイリア様。今のうちに賭けを降りるべきは、貴女様の方だと思いますよ。ほほほ」


 貴族たちに動揺が生じ、会場内はざわついた。


 モラーの言っていることは正論であり、イリアの勝つ見込みなどゼロに等しい。

 だがなぜイリアが、確信めいて獣人(ラース)たちの勝利に大金を投じるのか。

 その裏に何があるのかを、それぞれが邪推し始めていた。


 疑心暗鬼が、フロアの貴族たちを襲う。


「……勝算はあるのか、イリア?」


 恐る恐る、クリスが尋ねてきた。

 イリアは何のことはないと、嘆息混じりに答えた。


「この戦場にいるのは、剣聖だけじゃない。()()()()()()()だろう?」


「……ケイがいるからって、この戦いの何が(くつがえ)ると言うんだ」


「雨宮くんなら、今頃、きっとボクと同じ作戦を思いついている。獣人(ラース)たちへ、ひたすら逃げ回れと助言しているはずだ」


「……?」


 イリアの言いたいことが、クリスには伝わらない。

 だが、イリアとケイは以心伝心であるのだと、そう言っているように聞こえた。


 剣術の素人同然の少年。それが戦場にいることだけで、獣人(ラース)の勝利を確信していると言うのか。なぜそうまでして、イリアは信用できるのか。2人の間にある、クリスの知らない(きずな)を感じさせられた。それが悔しく思えた。


「なあ、イリア。君は……正気なのか?」


「いいや」


 妖しい笑みを浮かべて、イリアは返事をする。


「ボクは、イカレているよ?」





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