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8-3 ニグレド遺跡



 窓から潜り込んだ廃墟ビル。

 その下層階は、壁のところどころから水漏れしているものの、水没はしていなかった。


 川底へ続く薄暗い階段は、壁から床まで、まんべんなく黒く苔生(こけむ)している。薄く水が張っている床は滑りやすくなっているため、足を取られないよう、ケイたちはその階段を下りて行った。


 下層へ向かうにつれて、水底にいる時のような、くぐもった水音が周囲を満たしていく。建物の壁1枚を隔てた向こう側は、すさまじい急流が流れているのだろう。いつ壁が崩壊し、流れ込んできた水流によって呑み込まれてしまうか。恐ろしい可能性を想像すると、不安な気持ちになってしまう。


 10階分くらいのフロアを下りた先で、ケイたちは、横に長く伸びているトンネルに行き当たった。ザナが密入国の請負業者から聞かされていた話は、どうやら正しかったようだ。川底を突っ切れる道があると言うのは、このトンネルのことなのではないかと思った。


「ここは……地下鉄だったのでしょうか」


 足下に()かれているのは、線路のレールを思わせる石畳だ。なにか未知の乗り物が行き来していたのであろうか。トンネルの奥の暗がりまで、ずっと一直線に敷設(ふせつ)されている。


 それよりもケイは、周囲を照らしている光源の方が気になった。陽の光が差さない地下トンネル内を、薄らと照らしているネオンライトのような光。それは、白石塔(タワー)内のあちこちに蔓延り、街中を照らしていた、あの謎の発光植物である。


「これ、東京でも見たことある植物だな」


「それは“夜光草(やこうそう)”だよ。ニグレドの技術で品種改良された発光植物で、見ての通り、暗闇の中で光を放つ性質を持ってるの」


夜光草(やこうそう)。そんな名前だったのか」


「不思議な性質の草だよ。植物なのに光合成をしなくて、太陽の光が苦手らしいの。暗闇の中でしか生息できず、地中のマナを養分にしてヒッソリと成長するんだって。私は植物に詳しいわけじゃないけど、兄さんが専門家だったから。その受け売りだね」


「兄さん? アンタ、兄妹(きょうだい)がいたの?」


「……うん。“昔”ね」


「……」


 過去形で応えるリーゼ。

 そこから色々と察してしまい、ジェシカは気まずそうに黙り込んだ。


 話を聞いていたケイは、思い出す。

 淫乱卿(いんらんきょう)と対峙した時も、リーゼは自分の兄のことを口にしていた。


 ――――罪人の王冠(シリウス・ケテル)は実在する。私の兄が言い残した。


 たしか、そんな言い分である。リーゼが王冠(ケテル)を探す旅をしている理由が、兄に関係していることは(うかが)えた。旅をしている動機に、以前から興味はあったが、聞いても良い話しなのかわからなかった。リーゼに出会ってから、もうしばらく経っている。だが……いまだに話そうとしないのだから、他人とあまり喋りたい話題ではないのかもしれない。


 そう思って、掘り下げることはしていない。


 水底を横切るトンネルなのだ。天井のあちこちから水漏れしており、場所によっては、滝のように流れ込んできている。各所が水没しており、ところどころ、泳いで進むしかない場所もあった。それでも完全に水没せず、水がどこかへ流れ去っているからには、入ってくるところと、出て行くところの両方があるのだろう。水の流れを追いかければ突き止められるのだろうが、今はそれを突き止める理由もない。


 行く手を阻む水路へ、ケイとジェシカは、恐る恐る手を差し伸べてみた。


「ひっ! 冷たっ!」


「まるで氷水みたいに冷えてるな……。考えてみれば、季節が秋くらいで、しかも川の水底にいるんだから、当たり前なのか。ん? でもよく考えてみると、地上の風景は亜熱帯って感じだったのに。外気温が低いのって妙だな」


「たしかに、ケイが言う通り変ですね」


「この辺の植物って、自然に生えたものと言うよりも、ニグレドの技術で栽培されたものが、遺跡と一緒に遺棄されたようなものだからじゃないかな。たぶん周囲の自然環境の影響をあまり受けずに、作り物が現存してる結果だと思うよ」


「なるほど、そうかもしれないな」


 リーゼも水温を手で確認し、断定した。


「ここから先は、泳ぐしかなさそう。でも身体が濡れると、体力を奪われそうでヤダね」


 ケイは行く手を見つめ、腕を組んで考え込む。

 だが妙案はなく、嘆息(たんそく)を漏らした。


「……仕方ない。あんまり水中に長居しないように、気をつけよう。なるべく泳がないルートを選びたいところだけど、一本道だし。あちこち水没してて、そうもいかなさそうだ」


 冷水の中に身体を浸し、ケイたちは進んでいく。道のり自体は直線のトンネルでしかないが、ところどころ床がなくなっていたり、崩落したりしていて、足下の水たまりに飛び込むしかない場所がある。トンネルはあちこち、ちょっとした水路と化しているようだ。酷い時には、潜水して通り抜けなければならない場所もあり、水中から通れるルートを見つけるだけでも、時間を使ってしまった。


「はっくちゅっ! うー、さむ!」


 身震いしながら両肩をさするジェシカ。

 その(かたわ)らでは、リーゼが濡れたアデルを心配していた。


「アデル、濡れてるけど、頭の花は大丈夫?」


「はい。私は丈夫なので」


「前は()っついただけで、(くき)が折れるとか大げさに騒いでたろうに」


「フフン。水分は花の栄養なのですよ」


「無茶苦茶な理屈すぎ! アンタ、不思議花すぎるでしょ!」


「まあ、問題ないようだから良いか」


 そうしてトンネルを進んだ先は、行き止まりだった。

 ヘナヘナと、ジェシカは落胆して腰を落としてしまう。


「ウソでしょ……! まさかここまで来て、行き止まりだったって言うの!?」


 天井が完全に崩落しており、湿った土砂と瓦礫が、道の行き先を(ふさ)いでいた。もしや道を間違えたのかと、落胆しそうになった時だった。リーゼが、瓦礫の壁の一部を指さして告げた。


「ほら、あそこ。そこの小さな隙間を()って、進める空間があるよ。抜けた先の向こう側には、まだ道が続いてるみたいだし。この瓦礫の向こうへ行けそう」


 リーゼが指し示す先には、たしかに排気ダクトと思わしき、細長いトンネルが見えた。這って内部を進むことができそうではあったが……なぜその先に道が続いているのだと断言できるのか。


 不思議に思ったザナが尋ねた。


「リーゼさん。どうして、そんなことがわかるんですか?」


「うーん。私、機人(エルフ)族だから」


 リーゼはニコニコと微笑んで答える。

 自分の両の眼を指さして続けた。


「私の機械眼には、物体を透過視する機能があるんだよ。周囲30メートルくらいなら、物体を透視して、その向こう側に何があるのかを見ることができるの。透視しようとする物質によっては、いつも鮮明に見えるわけじゃないんだけど」


「エルフ族にはそんなことができるんですか! すごいことですよ!」


「そ、そうなのかな? 里のみんなも同じだから、自分の眼が特別だとは、思ったことなかったけど」


「他種族からしたら、すごい能力ですよ! 僕たち獣人(ラース)には、そんなことできませんから!」


 感心するザナに褒められ、リーゼは照れている。


「リーゼの眼にそんな便利機能があったなんて、知らなかったわ。なにか悪さに利用して一儲けできないかしら」


「悪さで一儲けするのかよ……」


 ケイたちはダクトの中を、1人ずつ順番に這って進んだ。

 先頭はケイ。その後を、ジェシカとアデルが続いた。


「ダクトの中が入り組んでなくて助かった。イリアから預かったスーツケースも通る広さがあるし。剣がつっかえなくて済むのも、本当にラッキーだ」


「私の弓も大きいから。真っ直ぐで良かったよ」


「僕は小柄だし、手ぶらだから楽ですけど。武器を携帯してる皆さんは大変ですね」


「アタシも小柄なせいかしら。入ってみれば、意外と苦もなく進めるわね。見た感じ、狭そうなダクトに思えたけど、これなら楽勝じゃない。せいぜい杖が邪魔なくらいよ」


「ジェシカは身軽ですね。私もジェシカと同じくらいの背丈のはずなのですが、さっきから……胸の肉が、妙につかえて進み辛いです」


「…………チッ!」


 ジェシカが、露骨に舌打ちする音が聞こえた。


 ダクトを抜けた先には、リーゼが言うとおり、空間が続いていた。

 しかも、かなり広大な空間だ。


 ちょっとした球技ができそうなくらいには、視界の開けた場所だった。天井も高く、3階層分くらいの吹き抜けになっている。面白いことに、天井から地面に向かって生える木のような、シャンデリア形状の飾りが散見された。そこに夜光草が絡みつき、周囲を照らす照明として機能している。


「どうやらここ、図書館だったみたいだな」


「水底の図書館ねえ。なんか、もの悲しい雰囲気な場所」


 そこを図書館だと思った理由は単純である。

 見渡す限り、書架(しょか)の山であったからだ。


 だが残念なことに、棚の中に書物は残っていない。1階部分は水没しており、水瓶(みずがめ)のようになってしまっているのだ。その水に溶けて消えてしまったか。そもそもこの建物が放棄された時には、書物は全て持ち出されてしまった後だったのかもしれない。


「トンネルの先が図書館になっているなんて、変な造りの建物ですね」


「と言うか、この建物は元々ここにあったんじゃなくて、どこかから流されてきたのかもしれないですよ。それで、さっきのトンネルとぶつかって、くっついちゃってるのかもしれません」


「だから、ここへの入り口は土砂に埋もれてたのかな」


「まあ、ともかくだ。また泳ぐしかないわけか……」


 ここへ来るまでに何度も水の中を泳いだため、服はすっかりずぶ濡れ。身体も冷えてきていた。少し震え気味に、全員が渋々と水の中に入っていく。水浸しになった、図書館の1階フロアを泳ぎ渡ると、最奥に長いハシゴを発見した。屋根を突き破り、頭上高くまで煙突の穴のように伸びている。


「これ、明らかに誰かが、後から設置したハシゴだよな。図書館の廃墟の上をくり抜くようにトンネルが掘られてるし、こんな長いハシゴ、元からあったものだと思えないぞ」


「密入国の請負業者が、設置したものだと思いますね。とすると、これがルートの続きでしょうか」


「いくつかのハシゴを継ぎ足したような、適当な造りね。これ、登ってる途中に壊れたりしないでしょうね。しかもどこまで伸びてんのよ……」


「かなり上まで続いてるね。暗くて先が見えないし」


「ジェシカが言うとおり、壊れるかもしれないな。1度に全員で上るのは危ないから、先にオレが様子を見てくるよ」


 そう言ってケイが先行し、ハシゴを登る。


 冷水の中を泳がされたり、やたら長く続くハシゴを登らされたり。散々である。手足を伸ばすのがダルく感じてきた頃に、ようやく突き当たりまで辿り着く。一瞬、行き止まりなのかと思いきや、どうやらマンホールのようなものでフタがされているようだった。ケイは魔術で肉体を一時強化し、それを押し開ける。


 マンホールの向こう側へ這い出たケイの双眸に、夕陽が注がれる。

 神々しいまでの眩しさに目を細めてしまう。


「外か……」


 辿り着いた先は、ハイウェイ道路の跡地だ。例えるなら、両端が崩落した橋だ。ガルデラ川の渦中にポツンと取り残された橋脚の上に、道路の残骸が残っている。どうやらケイは、その上に立っている。


 ハシゴの下で待っている仲間たちに声をかけ、順番に上がってくるように言った。ケイに続いて、マンホールから這い出てきたのはアデルだ。そしてザナ。ジェシカ。リーゼと続く。全員、その場でボンヤリと夕陽を見上げ、すっかり日が暮れつつあることを実感していた。


「思ったより時間が経ってたみたいね」


「まだ対岸の街らしきものは見えないな」


「と言うか、ちゃんと対岸に向かって歩いてるのかしら」


「それは間違いないよ。私、機人(エルフ)は方向感覚も正確だから」


「なら良いんだけど……」


「リーゼ、私たちは今どれくらい来てるのでしょうか」


「思ってたよりも入り組んだ道のりだったからね。直線距離だと5キロメートルくらいしかないはずだけど、まだ半分くらいじゃないかな」


「ケイ、疲れました。道がアクロバットすぎます」


「そもそも、これ道って言えるの?! 獣道みたいなもんじゃない!」


「密入国ルートですから……人が通りやすいようには整備されてないんでしょうね。たしか請負業者の人たちは、だいたい片道2日くらいかけてるって言ってましたよ」


 ケイは溜息交じりに、仲間たちを振り向いた。

 全身ずぶ濡れ。リーゼ以外は、寒くて震えている様子である。


「もう日が暮れるし、みんな疲れてる。偵察無人機(ドローン)から見えなさそうな物陰を見つけて、そこで()き火キャンプした方が良さそうだな。残りの行程は明日、明るいうちに進もう」


 夜の訪れとともに、何か得体の知れない気配も近づいてきている。

 その予感がするのは、考えすぎだろうか。

 今はともかく、休むことにした。




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