表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/478

7-13 越境待機列



 ジェシカに買ってきてもらったコンタクトレンズ。

 AIV(アイブ)を目に入れてみたケイたちは、すぐに驚いた。


 視界のあちこちに、ホログラム映像が浮かんで見える。まるでPC画面に表示されたウインドウが、画面を飛び出して、宙を漂っているようであった。ウインドウの1つに手を伸ばしてみると、それに触れることができた。触感があったわけではない。だが、ケイの指の動きに連動していて、ウインドウの位置を、自在に動かすことができるようだ。


「すごいな、これは……!」


 感心しているケイ。

 それは、アデルとイリアも同様だった。

 得意気に腕を組んで、ジェシカは説明する。


白石塔(タワー)の世界で言うところの、スマホってヤツ? ケイが使ってるの見たけど、似たようなものよ。ただし、スマホは機械の筐体とディスプレイを有したものでしょ。AIV(アイブ)は、このレンズ1枚に全ての機能が入ってるわ。ちなみに、Augment Information Visionの略称ね。目の焦点位置をトレースしたり、手のジェスチャーを認識してるから、アンタの手や指のジェスチャーで、注目中のウインドウとかを退かしたり、消したりもできるわよ。大気中のマナ伝播で、音楽まで聴けるんだから」


「ふむむ。街中で、たまに空中に指を這わせたりしてる人たちを見かけるのは、このせいだったのですね」


「これは素直に、すごいテクノロジーだよ……!」


 アデルとイリアも、手前に表示されているウインドウに触れて、試しに動かしてみてるようだ。ケイはウインドウから目を離し、すぐ傍の道路脇に生えていた、花に目を向けた。すると花から吹き出しのウインドウが飛び出し、そこに、花の名前と特徴の説明文が表示された。


「なんだ? 花を見たら、急にその説明文が表示されたぞ……?」


「見たものを理解する機能。それが“説明情報(アノテーション)”よ。アンタが注目しているものをAIV(アイブ)が判別し、それが何かを説明してくれてるわけ」


「そんなことまでできるのか!」


「これは……色々と(はかど)りますね!」


 感動している様子のケイたちを見て、ジェシカはさらなるドヤ顔になって続けた。


「一般的な説明文以外にも、関連情報へのリンクや、誰かが書き加えたコメントとかレビューも出てくることがあるわ。まあ、うざったいから、アタシは普段、説明情報(アノテーション)表示切ってるけどね」


「たしかに、いちいち説明文が出てくるのはうざったいな。見たことないものの説明が出てくれる時は、ありがたいことだけど」


「でしょ? 知らない場所に初めて来た時とか、そういう時には、ガイド役みたいで便利なこともあるのよ」


 ジェシカは2本指を立てて、ケイたちへ教える。


「良いこと? アークのインターネットの基本は、“トーク”と“ライブラリ”よ」


「なんだい、それは?」


「トークは通信機能。近くにある帝国のサーバーを経由して、離れた相手と通話したりメッセージのやり取りができるわ。メッセージは公開範囲が設定できて、全世界から個人グループ内まで色々よ。公開範囲を広く設定すれば、SNSみたいに使うこともできるわ」


「ほほう。これは電話機としても使えるコンタクトレンズなのですか」


「そうね。んで、ライブラリは情報倉庫ね。こっちがアンタたちのよく知る、インターネットに近いんじゃないかしら。テキストとか、イラストとか、動画。企業国(ユニオン)が登録したものから、個人が登録したものまで、ありとあらゆる情報が格納されてるの。検索して自由に閲覧できるけど、利用するには最低限、市民権がないとダメよ。アンタたちが市民権を得るまで使えなかったから、だから買ってすぐに教えなかったのよ。ちなみに、閲覧するのに専用端末や正規資格(ライセンス)認証が必要な機密情報もあるから、そう言うのはさすがに見られないわよ?」


「いやいや、これは便利だ。使い慣れれば、色々とできそうだな」


「ただ、気をつけなさい」


 ジェシカは警告する。


AIV(アイブ)は帝国のシステムを介して動作しているものよ。つまり使う度に、帝国のシステムに感知される危険性があるってこと。普通の市民ならともかく。アンタたちはお尋ね者みたいなものなんだから。無警戒に使いすぎるのは危険だからね」


「……気をつけるよ」


「普段は、ネット接続を切っておく設定にしておいた方が良いかもね」


「しかし、すごい道具です。いったいどんな技術で、こうしたことを実現しているのでしょうか」


 興味本位で尋ねるアデル。

 だがジェシカは、少し困ったような表情で言いよどみ始める。


「そ、そんな詳しい機械の仕組みなんて知らないわよ! アタシの専門は魔術なんだから! 使い方だけ知ってれば十分でしょ?!」


「なんと。ジェシカは機械オンチだったのですか」


「んな! 機械オンチとは失礼ね!」


「アデル、言い方……」


 すると、それまで邪神像を抱っこしたまま黙って聞いていたリーゼが、口を開いた。


「じゃあ、その辺は私が教えてあげようか」


「教えてください!」


 アデルはムッツリ顔のまま、瞳を輝かせる。

 リーゼはニコニコ顔で説明した。


白石塔(タワー)の中の機械って、まだ半導体技術が主流でしょ? それって半導体の中に、超小型の電子回路を作る技術なんだけど、帝国の技術は、それよりももっと進んでるの。半導体の中“以外”にも、超小型回路を作ることができるんだよ。原子配列を自在に組み替えることでね」


「ふむふむ。半導体回路ではなくて、原子回路と言うことですか。では白石塔(タワー)の技術のように、電子回路を半導体の中に収めなければならないという、技術的な(しば)り条件がないのでしょうか」


「アデルは頭が良いんだね。その通りだよ」


 ドヤ顔のアデルの頭を撫でながら、リーゼは子供を褒めるように言った。


「テレテレ」


「技術的なことは、ボクにはサッパリわからないよ。今の話しが理解できてるなら、アデルは本当にすごいんだね」


「人間の科学技術に興味があったから、勉強してきたのです。もっと褒めて良いですよ、イリア」


「このAIV(アイブ)と呼ばれる、帝国が発明したコンタクトレンズは、原子配列レベルからデザインされてるの。レンズ全体が1つの回路。そして電気じゃなくて、大気中のマナをエネルギー変換して使ってるから、物理的な寿命とかで壊れない限りは、動作し続ける半永久バッテリーが搭載されてるよ」


「この小さなレンズに、スマホより高度なコンピュータシステムが搭載されてるってことか」


「ボクたちが相手にしている帝国。どれほど強大なのかを、改めて実感できる技術力だね……」


「少なくとも、科学技術だけとったら完敗だな」


 AIV(アイブ)の使い方を確認しながら、ケイたちは出発する。

 そろそろ、日が暮れ始めている。

 ガレン商隊と、国境の転移門(ポータルゲート)を通るために合流する時間だ。




 ◇◇◇




 飛行機の滑走路を思わせる、長い直線の道路。

 その検問所前には、国境越えを待つ多くの自動車が、列をなして待機していた。

 自動車だけではない。徒歩の人々の待機列も見受けられる。

 転移門(ポータルゲート)は、日に4回だけ接続されるのだ。

 集まっている人々は、誰もがその開門時間を待っているところである。


 ガルデラ大瀑布(だいばくふ)――――。


 自然が造り出した、天然の国境の壁とも呼べる大河だ。

 その両岸に、転移門(ポータルゲート)で結ばれた2つの街がある。

 四条院企業国(ユニオン)側の岸に位置する国境の街、ウルズタット。

 そしてエヴァノフ企業国(ユニオン)側の岸に位置する対面の街、グルシラだ。

 転移門(ポータルゲート)は、2つの街を結ぶ唯一の陸路である。

 そこを守るために、帝国騎士団は、やはり厳重な警備体制を敷いていた。


 道路の両脇は、見えない透明な防壁――――防衛障壁によって守られている。その障壁内部には、数え切れない帝国騎士団の歩哨(ほしょう)が、銃を持って待機していた。周囲には、見たこともないデザインの無人戦車や、無人戦闘機が配備されている。


 素通り可能だった街の出入り口とは一転して、ずいぶんと物々しい厳重警備である。


 車窓の景色を見ていたケイは、ふと目に止まった見慣れぬ兵器に注目する。帝国騎士たちに混じって歩いている、体長4メートル近い人型ロボットのようなものを見かけたのだ。人間用とは思えない、巨大な銃器を手に提げている。先ほど使い方を覚えたAIV(アイブ)が、その説明情報(アノテーション)を吹き出し表示してくれた。


「…………多環境兵装(たかんきょうへいそう)? 四一式重機甲兵(ドラグーン)? あんな、二足歩行ロボットみたいな兵器もあるのか」


「あれ、中に人が入ってるわよ? ロボットじゃないわ」


 ジェシカに言われ、ケイは少し驚いた顔をする。


「あのデカブツ。人間が着ているスーツなのか。じゃあ、強化外骨格(パワードスーツ)ってヤツか?」


「放射能とか毒とか。魔術に汚染された地域でも、人間を活動可能にする戦闘防護服らしいよ。危険地帯や極限環境地帯へ、先陣を切って突撃するのに、よく使われてるみたい」


 答えてくれたのはリーゼだった。


「フーン……。かなり本腰を入れた厳重警備なんだな」


 だが果たして“何から”守る警備なのか。

 ケイは、それを疑問に感じていた。


 たしか以前、エリーから聞いていた話では……。


 帝国建国以来、1万年にわたって、長らく人間同士の争いは発生していないのだと言う。隣国同士で戦争をすることもなければ、帝国の体制に反旗を翻す、市民レジスタンスさえ生じていないのだ。なぜなら人々は皆、七企業国王セブンス・ドミネーターや貴族たちの有する“支配権限(しはいけんげん)”の力によって、強制服従を強いられているからである。どれだけ社会構造に欠陥があろうと、不満を持つ人々がいようとも、絶対に誰も逆らえないのだ。その仕組みこそが、帝国の秩序を永久に保っている骨組みとも言えるだろう。


 帝国は、人間から攻撃される可能性がないのだ。


 それなのに日々、軍拡(ぐんかく)をしているのだと聞く。各都市にも警備体制を敷設している。帝国に攻撃を仕掛けてくる外敵がいるとすれば、思い当たるのは、野生化した異常存在(ヘテロ)たちくらいだが……それにしても過剰な戦力すぎる印象だ。


 車列は止まったままで、転移門(ポータルゲート)が開門するまでは進みそうもない。

 ケイたちが車内で退屈を持て余していると、無線機越しに男の声が聞こえてきた。


『やあ、ケイくんたち。言っていた用事は済ませて、ちゃんと迷わずに越境(えっきょう)の待機列に並べているかな?』


「クリスさん」


 無線で話しかけてきたのは、クリスである。

 ケイは無線機に返事をした。


「ええ。こちらも待機列に並んでますよ。クリスさんたちのいる商隊は、たぶんオレたちよりも前の方にいるんじゃないかと思います」


『良いね。そこから道路脇に、休憩所があるのが見えるかい?』


 言われてケイたちは、窓の向こうに目を向けて見る。100メートルくらい先に、高速道路のサービスエリアのような駐車場スペースが見えた。売店や屋台もあるようだ。休憩所とは、おそらくそこで間違いないだろう。


「見えますね」


『そこで落ち合わないか? どうせ、この車列は開門まで動かない。他の車の人たちも、一端下りて、休憩所で(くつろ)いでるところだよ。かれこれ1時間くらい、俺も車中に閉じ込められてて息が詰まりそうなんだ。気分転換に、アデルとイリアも連れておいでよ』


「はあ……。まあ、そうおっしゃるなら」


『じゃあ、待ってるよ』


 クリスとの会話を終えると、通信が切れる。

 話を聞いていたジェシカが、嫌そうな顔で言った。


「あのエロ勇者……絶対にアデルとイリアのこと狙ってるわよね」


「だろうね……」


 面倒そうに、顔をしかめたイリアが同意する。


「ここ3日間。毎晩のように、()()()()()を受けてるよ。剣の訓練と同じくらいに、どうやら()()()にもご熱心な性格のようだ」


「連れのローラにも聞いたけど、あちこちの街で、たくさんの女を泣かせてきてるみたいよ。ようするに女の敵。ちょっとばかりカッコよくて強いからって、みんながみんなコロっと騙されると思わないで欲しいわよ!」


「クリスが狙っている……? ハッ! まさか私とイリアは、クリスに命を狙われているのですか! なぜ?!」


「アデルについては、この通り無知でバカすぎて、誘われてても意味を理解してないみたいだから……最近はクリスも(あきら)めつつある感じがするわよね」


「それは。ボクから見てても、ちょっと気の毒ではあるんだが……。まあ、アデルは人間のように見えて、実質的には花だし。それを口説いているようなものだから。人間相手の美辞麗句(びじれいく)は通用しないだろう」


「大丈夫だよ、アデル。私がついているからね。人間の男なんかに、変なことはさせないよ。そもそもヒトの王に対して、あんな女ったらしが気安く触れるなんて、非礼にも程があるよ」


「???」


 アデルはムッツリ顔のまま、首を傾げている。

 女子たちの会話を聞いていたケイは、苦笑した。


「たしかにクリスさんは、女にだらしない人ではあるけど、実力はたしかだ。勇者と呼ばれて、みんなから尊敬されてるのもわかるし、頼りになる人だよ。正直、一緒に同行できて安心なくらいさ」


「おや? ボクが勇者の手込めにされそうなのに、それが安心だと言うのかい?」


 なぜか少し苛立った口調で、イリアはケイに尋ねてきた。


「イリアが選ぶ相手のことに、いちいちオレが口出しするわけにもいかないだろ? それに、クリスさんがかっこいいのは、その通りだし。イリアだって、剣術素人のオレに守られるよりも、経験豊富なクリスさんに守られた方が安心じゃないか?」


「……」


 イリアは、露骨に不快そうな顔をする。自分のスーツケースを手に取って、黙って車を出て行ってしまった。


「あ、おい! イリア! 独りで勝手に行くなよ!」


 ケイたちも車を降りて、イリアの背に続いて休憩所を目指す。なぜか怒っている様子のイリアに、ケイは困ってしまう。


「……急になにを怒りだしてるんだ、あいつ」


 そんなケイとイリアのやりとりを見ていて、ジェシカが不安そうに呟いた。


「うそ。もしかしてイリアも……」


「聞こえたよ」


「ひああっ!」


 いきなりリーゼに話しかけられて、ジェシカは悲鳴を上げる。


「イリア“も”って言うのは、どう意味かしら?」


「なな、なんでもないわよ!」


 真っ赤な顔で(わめ)くジェシカを、リーゼはニヤけてからかった。





次話の更新は月曜日になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければ「ブックマーク登録」「評価ポイント」をお願いします。
作者の励みになります。

また、ランキングタグも置いてみました。
この連載を応援いただけるのであれば、クリックしていただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング

©うづき, 2021. All rights reserved.
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ