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アデル・オブ・シリウス ―原死の少女 天狼の騎士―  作者: うづき
7章 未知なる旅路

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7-10 神殿塔の街ウルズタット



 東京から国境の街まで、およそ700キロメートル。

 日本列島で言えば、広島まで移動するくらいの距離だ。


 その道のりの全行程が、舗装された道路の上を走行できるわけではない。

 時には砂利や草野の上を走り、時には断崖絶壁の山道を越える必要がある。

 ガレンの見積もりによれば、4日くらいの道のりなのだと言う。


 見知らぬアークの土地の旅路。

 ケイたちは、これまでに見たこともない様々な光景に出会った。


 雲とともに空を漂う、苔生(こけむ)した小島の群れ。

 おぞましく醜い、野生の異常存在(ヘテロ)たちが彷徨(さまよ)う、危険な廃墟の都市。

 U字に切り立った、巨獣の角のような大岩が無数にそびえ立つ荒野。

 夜になると蛍のような光を放つ、不思議な白い花が咲き乱れた野原。


 白石塔(タワー)の中の世界では、おおよそ見ることもなかっただろう、幻想的な光景。それらを目撃するたびに、少なくない感動を覚え、目を見張った。この地が地球上にあるということが信じられず、まるで異世界にでも迷い込んだような心境になった。


 だが考えてみれば、それは当然のことなのかもしれない。白石塔(タワー)の中の世界は、このアークの大地の、ほんの一部分をつなぎ合わせて形作られただけの、箱庭の世界だったのだ。実際の世界は、さらに広大で(ふところ)が広く、ケイたちは、それを知らずに生きてきた。井の中の(かわず)だったのである。


 地球は、ケイたちが知るよりも巨大な星だったのだ――――。


 アルトローゼ財団の科学チームに言わせれば、実際の地球のサイズと、既知の地球のサイズが異なるとなれば質量差が生じ、その自転速度や重力などの辻褄(つじつま)があわなくなるらしい。太陽系における公転軌道も、計算上は異なってくる。1日が24時間という常識すらも、異なってくるはずなのだ。だが……今のところ、そこに差異は生じていない。理由は、まだ不明だ。もしかしたら、ケイたちの知る物理的な常識も、アークを旅しているうちに変わってくるのかもしれないだろう。これは未知だらけの冒険である。


 ガレン商隊は、今日の野営地に辿り着いた。


 見晴らしが良く、逃げ道が確保できる開けた場所。先日の夜の襲撃のようなことが起きるとも限らないため、選ぶのは、基本的にそうしたところだ。今夜うってつけだったのは、草原に放棄されていた牧場跡地である。以前は誰かが住んでいたのであろう家屋や納屋は、荒れ果てて崩壊していた。その建物跡の傍に車群を駐めて、商隊はキャンプを始める。


 そんなキャンプ地から、少し離れた暗がり。

 野営の明かりが、かろうじて照らす草原の渦中で、2人は対峙していた。

 互いに木剣を手にしており、距離を取って睨み合っている。


 構えることすらしていない、余裕の笑みを浮かべている勇者クリス。

 それに対するは少年、雨宮ケイである。


 正面から駆け出したケイ。

 魔術は使っていないが、それでも素早く、キレのある動きである。

 瞬く間にクリスとの距離を詰めると、木剣を上段から振り下ろして斬りかかった。


 だがクリスは微笑むと、自身の木剣で、ケイの剣腹を軽く小突いて、軌道を逸らした。まるで払いのけるように、ケイの一撃を弾いてみせる。そうして最小限のコンパクトな動きで、その場から動きもせずにケイの一撃をかわした。


「くっ……!」


 剣を振り下ろした時には、すでにクリスの木剣が、ケイの首筋に押し当てられていた。

 実戦であれば、そこで首をはねられている。


 クリスの剣先の動きは複雑で、目で追っていても理解できない軌道だ。手首を返したり、(ひね)ったり。それによって剣先が、踊るように揺れ動いている。まるで、楽団指揮者のタクト(さば)きのようでさえある。力の受け流し方が繊細で、芸術的でさえあるのだ。


「また俺の勝ち。ケイくんは、これで何回目の死亡かな?」


 肩で荒々しく息をしながら、ケイは汗だくの額を拭う。

 そうして、悔しそうにクリスを見上げた。


「たしかに……勇者と呼ばれるだけのことはありますね……あなたは……強い……!」


「お褒めにあずかり光栄だよ」


 すでに1時間以上、こうして打ち合っているのに、クリスの方は汗1つ流していなかった。何度となくケイが踏み込んでみても、クリスには攻撃を当てるどころか、(かす)らせることさえできずにいる。ケイは必死で食らいつこうとしているのに、一方のクリスはまるで、児戯(じぎ)を楽しんでいるような態度だ。ケイの全力を込めた一撃を、剣先で巧みに制して、攻撃の軌道を逸らしてしまう。ケイからすれば、クリスの周囲に見えないバリアでも張られているかのように、どんな攻撃も弾かれ、逸らされてしまっていた。


「昨日と今日、君の剣を見せてもらっているが、素人だというのは本当のようだね」


 息切れしているケイを見て、クリスは肩をすくめて言った。

 悪気はないのだろうが、上から目線の、小馬鹿にした態度である。 


「動きに無駄が多いから、すぐにスタミナが切れるし。振りは大振り。その結果、(すき)も多い。力の入れ方も直線的すぎるから、ちょっと弾いてやれば、すぐに空振りしてしまう。まずは剣の握り方を学び、次に守りを学んだ方が良いかもしれないな。もっと力を抜いて構えないと」


 悠長に語っているクリスの隙を狙って、ケイは胴薙ぎを繰り出した。だがその一振りも、クリスは軽々しく叩き伏せて無力化してしまう。諦めずに続けざまの連撃を繰り出すが、そのどれもが軽く小突かれ、逸らされてしまった。


 力を抜いて構えろと言っていたわりに、クリスの一撃はどれも重たい。

 それなのに、力を込めていないと言うのか。

 わけがわからない。


「良いかい? 君が手にしているのは、棍棒(こんぼう)じゃないんだ。剣は、力任せに叩きつけて使うものじゃないだろ? そのクセは、真っ先に改善した方が良いな。刃は押し当てるものだ。女性の肌に触れるように繊細に、そして触れることができたなら一気に。引き抜く動作で切り裂くんだよ。包丁で野菜を切るのと同じ要領さ。刃物を扱うのなら、打撃ではなく、斬撃を繰り出すことを意識しろ。そのイメージが重要だ」


「叩きつけるのではなくて、押し当てる……」


 ケイは目を閉じて、まずは呼吸を整えた。

 そうして体勢を立て直す。


 木剣の柄を、両手で握った。これまでのように握りしめるのではなく、肩の力を抜いた支持だ。バットで叩きつけるように剣を振るのではなく、押し当て、引き抜き、切り裂く。斬撃のイメージ。それを実現するための動きを、脳内でシュミレーションして、強く意識する。


 再び目を開けたケイは、静かに駆け出した。


 先ほどと同様に、クリスの正面から飛び込み、上段に掲げた剣を、垂直に振り下ろす。

 代わり映えしないケイの攻撃を見て、クリスは「やれやれ」と嘆息を漏らした。

 再びケイの剣複を軽く小突いて、その軌道を逸らしてやろうとする。


 だが――――今度はケイの剣を弾けない。


「!」


 力んでいる刃なら、少し小突けば、力の流れる方向を大きく変えられる。だが、それほど力がこもっていない刃は、少し小突いたところで、力の流れに揺らぐ程度の変化しか生じない。ケイの放った一撃は、とてもうまく脱力していたのだ。


 振り下ろされた剣は、そのままクリスの頭上に迫ってくる。慌ててクリスは、背後に跳んで、ケイの一撃をかわした。ケイもそのまま前方へ一歩踏み出し、返す刃で、クリスを追撃しようと次手を繰り出す。


「チッ……!」


 クリスは少しムキになって、ケイの木剣を力任せに弾き飛ばした。

 両手から剣がすっぽ抜けてしまい、ケイは武器を失ってしまう。

 丸腰になったケイの首筋に、クリスは自分の木剣の刃を押し当てた。


「ぐっ……また、参りました」


「……」


 両手を挙げて降参の姿勢を見せているケイ。

 だがクリスは、先ほどのように余裕の笑みなど浮かべていなかった。

 額には僅かに、冷や汗が滲んでいた。


 さっきまで……その場から動かなくとも、ケイの攻撃をかわせていた。


 だが今の攻撃は、後退しなければ避けられなかった。

 手加減をしているとは言え、それはクリスにとって、あまりにも予想外の出来事である。

 しばらく無言でケイを見下ろしていたクリスだったが、気を取り直して微笑んだ。


「うん……。今の攻撃は、良い感じの“脱力”だった。その感覚を忘れずに、これから毎日素振りを続けると良い。そうだな、日に1000回は繰り返せば、身体も憶えるだろう。意識しなくても、それができるようになれば、きっと君の動きは見違えてくるはずさ」


 体力の限界だったのだろう。

 ケイはその場で大の字になって横たわり、息も絶え絶えに礼を言った。


「……ありがとう……ございました……!」


「うん。お疲れ様。それじゃあ、今夜はこのへんにしておこうか」


 草原に寝そべり、砕けた月を見上げているケイ。

 それを尻目に、クリスは背を向けて、商隊のキャンプへ戻っていく。


 途中、暗がりの中に、黒人の男が立っていた。

 仲間のエリオットである。


 面倒見良く、ケイの訓練に付き合っているクリスに感心している様子だ。

 ニヤニヤと微笑んで、冷やかすような口ぶりで声をかけてきた。


「まーた。昨日に引き続き、ボコボコにしてやってんのなあ」


「彼は剣を志す若者だからね。鍛えてあげることで将来、頼もしい仲間になってくれるかもしれない。そうした有望な戦士がアークに増えるなら、この世界の平和に、俺も寄与できてるだろう?」


「そりゃそうだろうな。ただ、お前が男を相手に、これだけ時間を取るのは珍しいなと思ってよ。前に教えてたヤツは女だったろ? あの時は、納得だったんだが」


「性別は関係ないさ。こと、剣に関係したことについてはね」


「そうかい。そんで、どうなんだよ? ケイのヤツは、お前から見て見込みありそうなのか?」


「……どうかな。まだハッキリとはわからない」


 クリスの応えを聞いたエリオットは、つまらなさそうな顔をする。

 頭の後ろで手を組んで、クリスに背を向けて言った。


「まあ、まだ2日目だしな。あんまりスパルタやって、いじめてやんなよ? この前も、気まぐれで剣使いのヤツに稽古をつけてやってたろ? あんまり天才のお前との実力差を見せつけちまうと、普通のヤツは、逆に落ち込んじまうもんなんだぜ?」


 冗談を言って、笑いながらエリオットはキャンプへ戻っていく。

 その背をしばらく見つめながら、クリスは苦笑して呟いた。


「……見込みがあるか、だって?」


 自分の手のひらを見下ろす。

 月明かりに照らされた手は、かすかに震えていた。


 先ほど、ケイの一撃を受け流しきれなかった時だ。

 あの攻撃は重く、少々だが、腕に響いたのだ。 


「あれはそんなもんじゃない。まるで乾いたスポンジだ。教えたことを、その場で即座に吸収してしまう。もしかしたら……とんでもない掘り出し物を見つけたのかもな」


 クリスは手を握り、不敵に笑んだ。


「雨宮ケイ。是非とも欲しい人材だよ」


 そう言い捨てて、クリスは暗がりの草原を進んだ。




 ◇◇◇




 東京を離れて、4日目。その昼下がり。


 商隊の車群は、野営地の牧場跡地を離れ、最後の行程を進んでいた。草原地帯の先は、針葉樹(しんようじゅ)がまばらに生える森となっており、その中に舗装(ほそう)された道路が現れる。これまでのようにひび割れたアスファルトではなく、キチンと定期的な整備をされている、立派な街道だ。道路照明も完備されており、夜に通る時も明るいのだろう。


「もう、街が近いのですかね」


 車窓を覗きながら、アデルが呟いた。


 これまでの道のりでは、ケイたち以外の車両の姿を、道路上に見かけてこなかった。だが、ここまで来て初めて見かける、他の自動車の姿がチラホラと現れている。対向車線をすれ違ったりするのは、大抵が武装した帝国騎士たちを満載した兵員輸送車であったり、巡回の装甲車ばかりだ。だが希に、一般人が運転していると思われる、普通自動車の姿も見かけることができた。


「ケイ、あれを見てください! 飛空挺が跳んでいますよ!」


 好奇心の眼差し。キラキラと瞳を輝かせ、アデルは車窓の空を指さす。

 言われてケイも、隣の席からそれを覗き込んだ。


 木々の向こう。青空の渦中を漂う、魚のような形状の金属の船が見えた。飛行機のような翼は持たず、大きな長方形の箱が、ポツリと浮かんでいるようだ。それらが複数、上空を飛行しているのを見るに、どこか近くに、離着陸できる場所があるに違いない。


『見えてきたぜ、お前さん方!』


 商隊のエンジニアに取り付けてもらった無線機から、ガレンの声が聞こえてくる。

 運転席のリーゼが、その音量を上げてくれた。


 森を抜けた先で、急に景色が開ける。

 木々の風景が途切れた先には、巨大な川が現れた。


「これは……すごい景色だね……!」


 助手席のイリアも、思わず感心して呟いてしまう。


 事前情報によれば、河幅だけで約10キロメートル近い大河。地平線の向こう、どこまでも続く水面を見ると、まるで海に出たかのような錯覚を覚える。だが河川のところどころに小島が覗えたり、朽ちた廃墟ビルなどが突き出ている様が見受けられる。朽ちた都市が水没し、その上に樹木が茂って、亜熱帯地域を形成しているのだと聞く。


 そんな大河川を背景にして、崖っぷちに聳える巨大な人工塔が見えた。

 一見すると、白石塔(タワー)のようにも見えるが、少し違う。

 群青色の大石柱。その周囲を土星の輪のような光輪が取り巻いている。


「あれって、白石塔(タワー)じゃないんだよな……?」


「神殿だよ! しかもかなり大きな!」


「……リーゼ?」


 アデルだけでなく、リーゼまで目を輝かせている。いつも淡々としているリーゼが、妙にテンションを高くしていて、ケイは怪訝な顔をしてしまう。リーゼは鼻息荒く、勝手に語り始める。


「あの青い大石柱はね! 星壊戦争後、帝国歴36年頃に建造されたものなの! ロゴス聖団に統合される前の、アークミラ教の大聖堂として建てられたものでね! 彼等の信仰するエルヒムへの敬意を込めて、その神色である群青の塔として設計されたの! とても歴史ある貴重な遺跡よ。あの中に、今ではヒトの都市コロニーが形成されてるなんて、不思議よね! 興味深いわよね!」 


「ケイ、リーゼの様子が変です。ちょっと怖いです」


「オレたちの話しを聞いちゃいないし……こんなキャラだったのか……?」


「ボクたちが知らなかった一面だね……。水を得た魚のように、歴史ウンチクを語り出してるよ」


「変な機人(エルフ)族。歴史マニアとか?」


「ウフフ! 中はどうなってるのかしらね! 楽しみよね!」


 ニヤニヤと笑んでいるリーゼの横顔を、ケイたちは、一歩引いた態度で見守った。

 無線越しに、再びガレンの声が聞こえてきた。


『ここが国境だ。四条院企業国(ユニオン)と、エヴァノフ企業国(ユニオン)。隣り合った国を(へだ)てて流れているのが、ガルデラ大瀑布(だいばくふ)。そんでもって、そんな絶景を背にして(そび)えているアレこそが、四条院企業国(ユニオン)側の国境都市――――“神殿塔の街ウルズタット”だ』









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