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7-9 勇者御一行



 異常存在(ヘテロ)たちの襲撃から、一夜が過ぎた。


 空には再び太陽が昇り、その朝陽が、湖面(こめん)をキラキラと輝かせている。湖畔(こはん)で折りたたみテーブルを展開し、早起きしたケイとジェシカは、それを囲んでいた。ボンヤリと湖を見ながら、ケイはコーヒーを。ジェシカはミルクを飲む。


「勇者ねえ……」


 コーヒーの苦みで脳を起こしながら、ケイはぼやいた。

 傍らのジェシカに、何となく尋ねてみる。


「ジェシカは、聞いたことあるのか?」


「そりゃまあ、アークでは有名人だし。学園にもファンの女子生徒たちが多いから。アタシだって、噂程度になら聞いたことがあるわ」


 背伸びとアクビをしながら、ジェシカは返事をする。


「ここ3年くらいの間で、頭角を現してきた凄腕の怪物狩り(ヘテロハンター)よ。色々と功績のあるヤツだけど、1番有名なのは、エレンディア企業国(ユニオン)で、クラス4異常存在(ヘテロ)が異常繁殖(はんしょく)した時の事件ね」


「ん? 異常存在(ヘテロ)って繁殖するのか?」


 ケイが好奇心で尋ねた質問に、ジェシカは少し(ほお)を染めて答えた。


「そりゃ繁殖するわよ。アイツ等って、周囲にある貴金属や動植物を取り込んで、自分の肉体を形成してるでしょ? だから姿形に統一性はないんだけど、唯一、種として共通しているのは、人間の脳にあたる器官。つまり植物製の脊椎(せきつい)回路。ご立派にも、それが生殖器にもなってるわ。だからあんまり想像したくないけど……周囲の生物のメスと、その……行為に及んで妊娠させて増えるのよ」


「アイツ等、そんなエロ・モンスターだったのか……!」


「あ、あんまりいやらしいこと考えないでよね! スケベ!」


 素直に感心しているケイをいかがわしい目で見ながら、ジェシカは気を取り直して語る。


「話しが逸れたわね。とにかくまあ、アークでは、たまにある話しなのよ。繁殖期の異常存在(ヘテロ)が都市を襲って、そこを壊滅させてしまうって話し。その時も、ジェレイドって名前の街が襲われて壊滅したんだけど、その後に繁殖して産まれた異常存在(ヘテロ)が、運悪くクラス4ばかりだったのよ。大量発生して、数は1万を超えてたとか。周囲の都市の脅威になったことがあったわ」


 ミルクで(くちびる)の周りに白髭を作り、ジェシカは真顔で続ける。


「駆除を試みた帝国騎士団の中隊も半壊させられて、そこで専門家協会(ギルド)にも声がかかったわけ。その時に各地から怪物狩り(ヘテロハンター)が招集されたわけだけど、たった1人でジェレイドの街の半分を解放して見せたのが、あの、クリス・レインバラードよ」


「すごい話しだ……。じゃあ、1人で5000体くらいのクラス4を倒した実力者ってことか」


「大量発生した異常存在(ヘテロ)の、全部が全部、クラス4だったわけじゃないと思うけど。相当な数の異常存在(ヘテロ)を倒したのは、間違いないわ。以来、あの男は、帝国騎士団から聖騎士という名誉称号を与えられ、人々からは“勇者”と称えられてるみたい。しかも生まれは、伯爵(はくしゃく)貴族の大金持ち。甘いマスクをした英雄で、貴公子。天は二物を与えまくりよね。下民で陰キャのケイとは、天地の差じゃない?」


「酷い言われようだなあ……」


「そんなにアイツの活躍に興味があるなら、インターネットに動画があるから見てみれば?」


「え? インターネット? 帝国に……?」


「あー、そっか……。ケイたちはAIV(アイブ)持ってないもんね……そこから説明するのか……」


「オレは田舎者なんだろ? なら、これからも色々と教えてくれよな」


「まあ、良いわ。国境の街で買いましょう。口で言うより、使った方が早いから。イリアはお金持ちみたいだし、他にも色々と買えるでしょ」


「何だかわからないけど、ちょっと楽しみだよ」


 ジェシカとの会話が途切れる。


 しばらくケイは、近くの木々から聞こえる、小鳥たちのさえずりに耳を澄ませた。自然の中で迎える、穏やかな朝の雰囲気。それを楽しみながら、周囲に駐まっている、商隊の車群の様子へ目を配る。


 ――商隊は昨晩、クラス4の異常存在(ヘテロ)たちの襲撃を受けたばかりだ。


 なのに、その損害は驚くほどに少ない。見える範囲では、破壊された車両は皆無だ。物損はなかったと言えるだろう。後にガレンから聞いた話では、人的被害だけはあったらしい。軽傷者が数名と、大怪我をした人が、2名ほどいる。


 怪我人が出ている時点で、軽微な被害だったとは言わないが……。それでも被害が最小限に留まっているのは全て、あの勇者一行のおかげだろう。ケイたちが加勢するまでもなく、瞬く間に異常存在(ヘテロ)たちを無力化した3人パーティーの戦闘能力は、特筆するものがある。リーダー格であるクリス以外の2人も、相当な実力者と見て間違いないはずだ。


「――――これはこれは、ローラ様。それにエリオット様」


 ふと、ガレンの声が聞こえてくる。

 声がよく通る男であるため、離れた位置にいたケイの耳にも届いた。

 見れば、クリスの仲間である2人の男女と、ガレンが話している姿が目に入った。


 大きな戦斧(せんぷ)を肩に担いだ、黒人の男の方。

 背丈や顔つきからして、おそらくケイたちより年上の成人だろう。

 エリオット・ブレイクが、ニカっと笑んで言った。


「昨晩は大変な騒動だったな、ガレンの旦那。怪我人の看護で徹夜したみたいだが、お疲れだな」


 ガレンの肩を叩きながら、エリオットは労いの言葉をかける。そんなエリオットの後に続いて、杖を手にした女性、ローラ・スカイコールも口を開いた。


「申し訳ありませんでした。私たちがついていながら、お救いできない方たちがいらしたことを、心苦しく感じています……」


 漏れ聞こえる話しから察して、大怪我を負ったという2人とは、どうやら助からなかったのだろう。ローラは心苦しそうに表情を陰らせ、俯く。心優しい女性のようで、救えなかった命に罪悪感を感じている様子だ。とても申し訳なさそうにしていた。


 落ち込んでいる様子のローラへ、ガレンはゆっくりと頭を振ってみせる。

 真面目な表情で、ローラを励ました。


「タッドも、ラスティも、良いヤツでした……。けれど元より、こういう危険を承知で、都市外での仕事を選んでた連中なんです。俺たちゃみんな、自己責任でやってんですよ。全員が遺書を持参してるくらいだ。だからきっと2人とも、皆さんを恨んじゃいませんぜ」


「せめて冥福を祈らせてください。彼等の(イデア)に、大いなるロゴスの導きがあらんことを」


 ローラは指で十字を切り、胸元で両手を合わせて目を閉じた。傍目に見ると、キリスト教の様式の祈りに見えるが、アークにも類似した宗教があるのだろうか。詳しいことはわからない。


 ガレンと話し終えた2人が、ケイたちの方へ歩いてくる。

 ついでなので、挨拶をしようと思い立ち、ケイは傍へ歩み寄っていった。

 気乗りしなさそうに、ジェシカもその後に続いてくる。


 勇者一行は、近づいてきたケイとジェシカに気付いた。

 先に挨拶をしたのは、ローラの方だった。


「おはようございます。たしか、ガソリン車乗りの新顔さんたちでしたっけ?」


「雨宮ケイです。昨日はオレたちのことも助けてもらったので、お礼を言おうと思って」


「たいしたことはしてないよ。気にしなくて良いぜ、ケイ」


 いきなり呼び捨てで呼んでくるエリオット。

 悪気もなさそうで、豪快に微笑んでいる。ガレン同様、おおらかな性格のようだ。

 ローラの方は、ジェシカの格好を見て、優しく微笑んだ。


「あら、可愛らしい。その格好。あなたは聖団の修道兵かしら。たしか名前は……ジェシカさん?」


 いきなり名前を呼ばれたジェシカは、少し驚いた顔をする。


「……よくアタシの名前を知ってたわね。名乗ったっけ?」


「ガレンさんから、あなたたちのことは色々教えていただいたので。こんなところで聖団の仲間に巡り会えるなんて、これもロゴスのお導きですね」


「アタシは聖団の見習いってところだけどね」


 そこでローラは思い至った様子で、怪訝そうに眉をひそめた。


「でも変ですね……。その修道服は、聖都の修道服。と言うことは、聖都で言語拝領(げんごはいりょう)の儀式を受けたことがあるのかしら。でもガレンさんの話しでは、たしか田舎町から家出してきたばかりだと……。聖都には、行ったことがあるのですか?」


「あああー、えーっとー!」


 都会に憧れて、初めて田舎町を飛び出してきたという設定と矛盾してしまっている。

 それに気付き、ジェシカは慌てて言いつくろった。


「ああ、アタシは、田舎町の教会出身者なのよ! 母親が聖都出身の宣教師で、この服は、お母さんのお下がりをもらったの! そういうことなのよ!」


「まあ、そうだったのですね! 素晴らしいご両親をお持ちのようで」


「そ、そんなことよりも! そっちは“宣教兵”ってところかしら? 信心深いみたいだし、それだけの魔術の技量があれば“制御言語(ロゴス)による奇跡を世に知らしめる”って言う、お題目も達成できそうよね」


「フフ。そうですね。苦しむ人々に、ロゴスの導きを与えるお役に立てれば幸いです。微力ではありますが、ジェシカさんや雨宮さんたちをお救いできて良かったです。これもロゴスの巡り合わせですよ」


 なんとか誤魔化せたらしく、ジェシカは安堵している様子だった。


「なあ、おい。ローラ」


 ローラの傍らに立っていたエリオットが、面倒そうな顔をして声をかけてくる。

 少し離れた場所を指さし、嘆息混じりに言った。


「あれ見ろよ。クリスのヤツ、また“女ったらし病”が始まってるみたいだぜ」


「まったく……。クリス様は腕の立つお方ですのに、異性関係については……だらしないお人です」


 エリオットもローラも、同時に呆れた顔をしていた。

 ケイとジェシカも、2人の視線の先に目を向ける。


「なっ……!」


 クリスが、アデルとイリアをナンパしていた。


「君は本当に綺麗だね、アデル」


「そうなのでしょうか……?」


「そうさ。これまでアークの4大陸を旅してきたけど、君ほどの美貌の持ち主には、お目に掛かったことがないよ。いったいどこの姫君なのかと思ったくらいさ」


「人間の美的感覚については、よくわかっていないのですが。姫君というものは、誰しも美しいのですか?」


「ハハ。哲学的なことを聞くね。君は賢いな。たしかに高貴な生まれであるからと言って、誰もが美しいわけじゃないだろう。たとえ君の身分が低くても、君の美しさには、高貴なる価値がある。そう言いたかったのさ」


「フフン。私には高貴なる価値があるのですか」


 意味はよくわかっていない様子だが、褒められていることだけは理解し、アデルはドヤ顔をしていた。そんなアデルとクリスの会話を隣で聞いていたイリアは、表情を引き攣らせている。


「参ったね……。勇者と呼ばれる有名人が、君のようなナンパ師だったとは。しかもアデルとボクの2人同時に声がけとは、よほどの自惚れ屋かな?」


 イリアの皮肉に動じた様子もなく、クリスは爽やかな笑みで応える。


「俺は自分の気持ちを、ウソで誤魔化したりしないだけさ」


 髪を掻き上げ、白い歯を見せてくる。

 そうしてイリアへ詰め寄り、クリスは顔を近づけてきた。

 予期せず接近されたイリアは、思わずドキっとしてしまう。


「美しい人を見て、美しいと思わない者はいないだろう? それを素直に口に出しているだけのつもりなんだけどね。周囲からは、それがナンパなんだと、たしかに言われることはある。だったら俺は、ナンパ師で構わないかな。アデルやイリアのように、美しい人には美しいのだと、正直な賛美を送りたいから」


「……ボクのことを女性だと思っているのかい?」


「君は女の子だよ。そう見えないよう誤魔化しているようだが、俺にはわかる。そういう女性のウソには、敏感なんだよ。どんな事情を抱えているのか知らないが、そうしなければいけなんだろう?」


「……」


 クリスは、イリアの手を握ってくる。

 イリアは赤面し、慌ててその手を振り払った。


「別に君の信条に口だしするつもりはない。好きにしてくれ」


「もちろん。好きにさせてもらうさ」


 戸惑っているイリアの反応を見て、クリスはニヤリと笑んだ。

 そんなクリスの背後から、エリオットが声をかけた。


「今日も元気にやってんなあ、クリス」


 クリスが振り向くと、すぐ近くまでエリオットが来ていた。

 その背後では、ローラとジェシカが、クリスに軽蔑(けいべつ)の目を向けている。


 クリスは悪びれもせず、肩をすくめて見せた。


「おっと。エリオットとローラか。すっかり時間を忘れて、彼女たちと話し込んでしまったよ」


「あんまり私生活に口を出すつもりはないが……()()にしても一夜だけの関係にしておけよ。お前は手を出すのが早すぎるし、意外と後腐れをつくるからな」


「エリオットさん、クリスさん! ジェシカさんの前で、そう言った下品な話しはやめてください! 子供が聞いているんですよ!」


「おっと、すまねえ」


「ぐぬぬ。アタシが1番の年長者なのに……子供扱い……!」


 ふとクリスは、冷ややかに自分を見つめてくるケイに気付いた。

 苛立っている様子で、睨むような顔をしている。

 その冷たい視線から、僅かだが……得体の知れないものを感じた。


 だが同性から、そうした目を向けられることには慣れている。

 クリスは気にせず、尋ねた。


「やあ、君たちはたしか……えっと……」


「ケイです。雨宮ケイ」


「ちなみに、アタシはジェシカよ」


 忘れられまいと、ジェシカも話しに割り込んで、無理矢理に名乗った。


「ああ、そうだった! アデルと、イリアの同行者の人たちだったね。話しは聞いているよ」


「なんか、オマケみたいに言われるのは腹立つんだけど。ケイ、こいつ蹴って良いかしら」


「気持ちはわかるけど、我慢してね?」


 自分だけがナンパされないことを根に持っているのだろうか。

 本当に蹴りを見舞いそうなジェシカを、ケイは制止する。


 クリスは、ケイが腰に提げている赤剣の(さや)を指さし、尋ねてきた。

 

「ケイくんと言ったかな。君のその腰に帯びた騎士剣。君も剣の道を(こころざ)す者と見るね」


「……そんなに、たいそうなものじゃないと思いますよ」


「そうかな。普通の人なら、古めかしい近接武器よりも、強力な銃器の方を好んで得物にするものだ。けれど、ある程度の力量を備えた者なら、不思議なことに、大抵の場合が近接武器へ回帰してくる傾向がある。銃弾よりも強い力を振るえる者が銃器を使っても、銃弾の弱さを、物足りなく感じてしまうからね。自分の全力を込めやすい武器の方が、好ましく思えるのさ」


 クリスは真顔で、答えを求めてくる。


「君は銃器を嫌うタイプの人間なのか。それとも、すでに――――“その域”に達した者なのか。どちらだろう?」


「……」


 クリスは、一目見ただけのケイから、何かを感じ取っている様子だった。

 言葉にしなくても、表情からその意図は伝わってきた。


 ――――なるべく目立たないようにする。


 イリアから釘を刺されていることだ。

 ケイは、誤魔化すことにした。


「単純に、銃の扱いが下手なだけですよ。不器用なオレでも、剣の方が、まだまともに扱えそうだったんで。住んでた村には、そもそも銃が少なかったって言う事情もありますけど」


「なるほどね。ただの得手(えて)不得手(ふえて)の問題だったか。……俺の気のせいだったかな」


 クリスは腰の鞘から――――いきなり剣を抜いた。


「!」


 ケイの首を跳ね飛ばそうと、横薙ぎの振りを繰り出してくる。

 咄嗟に、ケイは後退してそれをかわした。


「クリス! 何するんだ!」 「クリスさん!」


 斬りかかられたケイよりも先に、仲間のローラとエリオットが苦言を(てい)す。

 クリスは冗談っぽく微笑みながら、睨み付けてくるケイへ告げた。


「もちろん手加減はしたし、本当に斬るつもりもなかった。けれど今のを目で追い、かわしたね。素人だとしたら、かなり筋が良い。逸材だよ」


 クリスは剣を鞘に収める。

 そうしてケイに手を差し伸べ、提案してきた。


「どうだい? こうして出会えたのも、何かの縁だ。特に、同じ剣の使い手に会えると嬉しくてね。興味があるなら、俺が“剣術”を教えてあげようか?」







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