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アデル・オブ・シリウス ―原死の少女 天狼の騎士―  作者: うづき
6章 東京解放戦

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6-42 シリウス



 罪悪感――。

 その暗澹(あんたん)たる思いが、胸中を塗りつぶしている。

 際限なくこみ上げてくる自責の念で、押し潰されそうだ。


 今さら考えたところで、手遅れな後悔ばかりが、アデルの脳裏をよぎっている。


 この状況を、決して望んだわけではなかった。だが「企業国王(ドミネーター)を退ける」という、アークにおいて前代未聞の事件を引き起こした結果、帝国に目を付けられ、狙われることになってしまった。


 追っ手から、イリアがアデルを守ってくれている。

 リーゼやレイヴン、アルトローゼ財団の人々も、アデルのことを守ってくれる。

 トウゴも、サキも。そして自分にとって最も大切な少年も。

 みんな、アデルを守って傷ついていったのだ。


 どうして、アデルを守ってくれているのだろう。

 誰もに命があって。たった1つの人生があるのに。

 それを賭して、それを危険にさらしてまで、守られる価値があるのだろうか。


 誰にも傷ついて欲しくない。

 みんな、ずっと幸せでいて欲しい。

 そのためには……自分など、いなくなってしまえば良いのではないか。

 合理的な判断をするなら、それこそが正しい選択であるように思えた。


 だがいつしか、アデルは変わってしまっていた。


 理屈的な正しさだけを、行動の基準として選択することができなくなってしまった。人の身になる前であれば、きっと今頃、アデルは速やかに自害していたことだろう。正しいと思うことのために、自らの命さえ、簡単に差し出していたはずなのだ。それなのに、それを選ぶことに恐怖を感じてしまう。すっかり意思が弱くなってしまったのだ。


 ずっと、存在し続けたいと思うのだ。

 ずっと、友たちと笑って過ごしたいと望んでしまうのだ。

 ずっと。ずっとずっと。彼の傍にいたいと願うのだ。


 彼が遠くで、呼んでいる。

 アデルの名を、呼んでいる。

 そんな気がして、緩やかに意識が浮上していく。

 瞼を開いた時、そこには、再会を望み焦がれた、少年の顔が見えた。


「あ……ああ……!」


「アデル、気が付いたんだな」


 横たわっているのだろう。背には、床の冷たい感触。

 そして、背を抱き起こしてくれている、人の温もりを感じた。

 いつも温もりをくれる、優しい腕。

 少年の頬に、恐る恐る手を伸ばし、その懐かしい感触に涙してしまう。


「本当に……本当にケイなんですね……夢じゃなくて……!」


「……ただいま」


 白髪に変わってしまった、雨宮ケイ。

 今まで、いったいどこで、どんな経験をしてきた結果なのか。

 何も語ることはせず、ただ微笑んで言ってくれる。


 アデルは身を起こし、我慢できず、ケイの背に両腕を回した。

 固く。固く。抱きしめる。


「生きていてくれた……あなたを失ったのだと思って……2度と会えないのだと思って……! もう離れたくありません……!」


 それが罪深い願いであることは自覚していた。

 アデルと関わりがある限り、ケイは何度でも危険な目に遭ってしまうだろう。

 けれど、どうしても離れたくないと思った。手放したくないと思った。

 それほどに、もはやケイの存在は、アデルにとってかけがえのない者になっているのだ。


 静かに涙し続けるアデルの背を、優しくさすってやってから、ケイは引き離す。

 そうして険しい表情になり、アデルへ言った。


「アデル、(つの)る話しは後だ。今は時間がない。力を貸してくれるか?」


 言われてアデルは、周囲の様子に目を配った。


 ――――目を疑うような光景が広がっていた。


 以前にケイと一緒にテレビで見た、国会議事堂。その本会議場にいるようだ。議長席があるはずの場所には、見たこともない、不気味な白肌の巨人が存在している。四方八方へ、口から黒い光線を吐き出し続け、周囲に対して破壊の限りを尽くしていた。まるで暴虐の魔神である。


 その額の部分。

 裂けた肉塊の中に埋もれているのは、知った顔の少女だった。

 アデルは血の気を失い、目を見開いて驚く。


「あれは……まさかサキなのですか……!」


「ああ。そして、あの巨人は四条院キョウヤだ。東京都民を大勢殺して、その死体を使って、あの巨人のような強化外骨格(パワードスーツ)を造り上げた。今すぐ倒さないと、東京都が全滅させられてしまうだろう。けれど、吉見先輩が取り込まれていて、人質にされているんだ」


「人質……?」


「先輩は心臓を奪われ、キョウヤが死体で造った“外部心臓”というものに繋がれて延命しているらしい」


「!」


 心臓。アデルの目の前で、サキが胸を撃たれて絶命しかけていたことを思い出す。

 それを助けてくれるのだと持ちかけてきた男が、四条院キョウヤと名乗った。

 サキを助けたい一心で、その提案に乗った後……アデルは記憶がない。

 目覚めた時には、こうしてケイの目の前にいるのだ。


「キョウヤを殺せば、外部心臓は制御を失って停止する。そうしたら……先輩も死ぬだろう。けれど、お前には無死の力がある。おそらく敵はそれを知らないはずだ。オレがアイツを殺した直後、お前が先輩の傍にいれば、きっと死なせずに済むはずだ。それが作戦だけど、できそうか?」


「……」


 もちろん協力したかった。

 だがアデルは、もう知っているのだ。

 絶望的な現実を。


「ケイ。私には……もう()()()()()()()()()()


「……!」


「たぶん。その剣を生み出した時に、失ってしまったのだと思います。力と代償に生じた剣なのかもしれません」


 アデルは、先ほどからケイが手にしている剣に気が付いていた。

 血のように赤い色をした剣。自分が生み出したと言う、剣の特徴そのものである。

 無死の力を失ったのは、確認できている限り、その剣が生じた後なのだ。


 ケイは青ざめて俯いてしまう。


「そんな……ならもう、お前の力で、吉見先輩を助けられないってことか……」


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 アデルの涙が大粒に変わり、ポロポロとこぼれ落ち始める。


「みんなが私を守ってくれています。私のせいで、みんなが傷ついて……サキやケイが、こうして辛い目に遭ってしまっている。なのに私は何の役にも立てていない。サキだって助けられない。何の見返りも与えられないのに、これ以上、守られる価値なんてないんです。私なんていなければ……誰も怖い思いをしなくて済んだのに。私なんて……私なんて……!」


「犠牲が無駄みたいに言うな、アデル」


「え……」


 ケイは真顔で、アデルに語りかける。


「アトラスが言っていたことは正しかった。お前は、本当にオレたち人類にとっての希望なんだと、今は信じてる。この世界に赤剣をもたらし、白石塔(タワー)の人々が、帝国に打ち勝つ力を与えてくれた。イリアの協力もあって、下民を支配権限(しはいけんげん)から解放するワクチンまで開発できたじゃないか。それは全て、お前がいたおかげだろう?」


「ケイ……」


「帝国の理不尽な支配体制を、ひっくり返せる“可能性”をくれたんだ。イリアも、リーゼも、財団の人たちも、お前のことを恨んだり(うと)ましくなんて思ってもいない。それどころか感謝しているよ。お前の正体が何なのかわからなくても、もうこれだけは、ハッキリとわかっているんだ。お前は、守り抜かなくちゃいけない存在なんだって。お前こそが、オレたちの未来なんだ」


 ケイは立ち上がり、アデルを見下ろして言った。


「みんな、お前のせいで傷ついてるんじゃない。お前のせいで犠牲になってしまうわけでもない。お前という“未来”のために戦っているんだ。お前に巻き込まれたからじゃない。人の未来をマシなものにしたいと、願っているから命を賭けて戦えるんだ。だから、それを無駄なことみたいに言わないでくれ、アデル」


「でも、サキは私を助けようとしたから撃たれて……私のことなんか放っておけば……!」


()()だから、お前のことを放っておけなかったんだ」


「!」


 ケイは、巨人の額に拘束されたサキを、悲しそうに見上げて言った。


「オレには先輩の気持ちがわかるよ。友達のために、先輩は戦ったんだ。人類の未来とか、そんな崇高な理屈のためだけじゃない。お前のことが大切だから。友達だから命を賭けた。それすら無駄な犠牲だったなんて思うのか? 命を張れるほどの強い思いなんて、滅多にあるものじゃない。先輩の勇気を、オレは尊敬するし、誇りに思う」


 アデルは、顔をクシャクシャに歪めて涙する。

 

「それでも、これ以上の犠牲はもう御免だよな。この戦いは、もう終わらせないと」


 そう呟くケイの姿を見上げ、ふと、アデルは気が付いた。

 アデルの背を抱いてたケイの左腕。その手首から――――おびただしい血が流れ出ている。


「ケイ……その左手首の裂傷は……!」


「さっき自分で動脈を切った。致命傷だから、そろそろ失血死かな」


「!」


 平然と自傷行為を告白するケイ。

 その顔色は非常に悪く。少しずつ呼吸も浅く、弱くなっている様子だ。




 ◇◇◇




 アデルが何かを言う間もなく、変化は起き始める。


「……やっぱり、これが正解だったんだな」


 ケイが手にしている赤剣。その剣身が、薄らと赤い光を放ち始めていた。次の瞬間、柄から植物の根のようなものがいくつも生え出て、それがケイの手のひらに突き刺さり、根ざす。


「ぐあっ!」


 剣が根ざした手のひらから、何かがケイの全身を駆け巡り始める。血の流れに混じる冷水のように、冷たく得体の知れない感触が、ケイの身体を浸食していく。大量出血によって、先ほどまで朦朧としていた意識が、急激に覚醒していくようだ。視界も意識も、澄み渡るように明瞭(めいりょう)化された。


「意地でも剣の主を死なせない。死の剣と言うわけか」


 剣の発光現象に気が付き、巨人の動きが止まる。

 キョウヤはケイに向き直り、その異変をマジマジと観察し始めた。


 赤い発光を強めていく剣と、ケイの状態。

 それらから推察し、そしてやがて、ケイと同じ結論に辿り着く。


『素晴らしい! つまり、この世の理たる“死”を操る剣だったわけですか!』


 キョウヤがケイに課していた課題。赤剣の力を引き出す方法を探すこと。

 その答えは、使い手であるケイ自身が“死亡状態になること”だった。


 死に呼応し、企業国王(ドミネーター)を殺すほどの力を発揮する。

 そこからキョウヤは、ケイよりもさらに深い考察を進めた。


『なるほど……父上が敗れた理屈がわかってきましたよ。おそらくその剣は、あらゆるモノから死を奪い、“その死をあらゆるモノに与える”ことができるのではないですか? 剣が地面に突き立ったことで、浮遊城の土台を構成する物質は死に絶え、崩落しました。庭の植物も地面ごと死に絶え、枯れ果てていました。生物だろうと、物質だろうと関係なく。剣は斬り付けたモノ全てに、等しく完璧な死をもたらす。父上の絶対防御すら、その効果に死をもたらされて“無効化”されたのでしょう』


 納得するのと共に、キョウヤは冷ややかな口調でケイへ宣告した。


『――――もう貴方は()()()ですね』


「!」


 凄まじい速度で繰り出される、巨大な手による平手打ち。真芯でケイの身体を捉え、打ち付けてくる。強化魔術(アシストスキル)で筋力強化された一撃は、緩慢(かんまん)な巨体から繰り出されるとは思えない高速。スピードが乗った大型トラックに突撃されたような威力を受け、ケイの身体は勢いよく吹き飛ばされる。議事場の壁を易々と突き破り、その向こう、遠いビルディングの方角に飛んでいく。


「ケイ!」 「雨宮!」


 そんなアデルやトウゴたちの声が聞こえたのは、一瞬のことである。気が付けば次の瞬間、ケイは国会議事堂から離れたビルの壁に、全身をめり込ませていた。咄嗟に使った強化魔術(アシストスキル)で肉体硬度を高めたおかげで、ダメージは抑えられた。だが非常識な威力の平手打ちであったため、あばら骨が何本か折れたようだ。後頭部や背中からも血が流れており、あちこち傷だらけである。


「……咄嗟に防御したのに、この威力かよ……!」


 吐血しながら、ケイは呟く。


 議事堂の方から、巨人が駆けてきているのが見えている。

 ケイの追撃のために迫ってきているのだろう。

 めりこんでいた壁から這い出して、ケイは剣を両手に持って身構える。


「無死状態で死なないだけで、痛みや肉体の損傷はあるんだ……()()()()は、まずいんだよ!」


 ケイが傷つき、致死ダメージを受けるたびに力を増しているのか。

 赤剣が放つ光は、強くなっていく。


 周囲の道路には、死者たちが犇めいていた。ケイはその渦中を疾走し、その軍勢を薙ぎ払って突き進む。そうして、正面から巨人へ立ち向かっていった。


 死者たちを斬り払いながら、ケイはその手応えの異様さに気が付く。


 ――――抵抗が皆無なのだ。


 肉や骨を断つ時の、鈍い手応え。死者たちが手にしたバットや鉄パイプなど、敵の武器に刃がぶつかった時の固さ。そうしたものが、まるでない。何もかもが簡単に切断できてしまう。ケイの攻撃は、敵を武器ごと両断する。もはや全てがガード不能の一撃と化していた。


「なんて力だ……!」


 それを振るいながら、思わず舌を巻いてしまう。

 赤剣は、刃に触れたモノ、その全てに()()()()()()()()()のだ。

 キョウヤの考察を信じなければ、説明できない切れ味である。

 名付けるのなら“死の剣”だろう。


 立ち塞がる敵を容易く殺し尽くし、開いた活路。

 巨人はもう、目の前にまで迫っていた。


 キョウヤは拳を固め、超高速の振り下ろし正拳突きを放ってくる。対してケイは、強化魔術(アシストスキル)で脚力を限界まで高め、避けようと試みる。無死状態となっているためか、ケイの身体は、いつもの限界値以上にステータスを強化できるようになっていた。そうして高めた非常識な脚力で横飛びし、巨人の拳をかわして見せた。青白い火花と共に、破裂した血管や筋肉から鮮血の霧を散らすケイの両脚。強化限界値を超えているため、肉体の破損を招いたのだろう。その痛みを食いしばって耐え、間髪入れずに次の行動へ出る。


 地面に叩きつけられた巨人の拳の上へ飛び乗ると、その腕を駆け上がり、一気に肩口まで辿り着く。そうして巨人の首を横薙ぎに斬り付け、頭を斬り落とそうとした。


「……くっ!」


 巨人の額に拘束されている、サキの姿が見えた。

 それが視界に入った途端、剣で斬り付けようとしていたケイの動きが止まる。


『――――言ったでしょう? その躊躇(ためら)いの隙を逃さないと」


 キョウヤの勝ち誇った警告が聞こえた。

 巨人は片腕を伸ばし、自らの肩に乗っているケイの身体を捕まえる。

 大きな手のひらで握られ、ケイは首から下を動かせない状態になった。


 捕まえたケイを、巨人は自らの顔の前に近づける。

 そうして勝利宣言をした。


『勝負ありですね。その剣がいかに強力であっても、こうして身動きを封じてやれば、もはや貴方に抵抗する術はありません。驚異なのは剣の方であって、貴方ではありませんから』


 ケイの目の前で、巨人は再び大口を開く。その奥に黒い光が収束し始め、自衛隊の防衛ラインを撃ち壊した、あの凶悪な光線を放とうと準備し始めているのだ。それを至近距離からケイに浴びせ、ケイを完全に消滅させるつもりである。


『さあ、剣だけを残して。貴方は消えなさい』


 険しい顔で、ケイは巨人の口の中に溢れる黒い光の渦を見やっていた。このまま抵抗しなければ、確実に殺される。あの光線の直撃を、強化魔術(アシストスキル)程度で防御しきることは不可能だ。


「雨……宮……くん…………」


 予期せず名を呼ばれ、ケイは見上げた。

 巨人の額に拘束されているサキが、捕らえられたケイを見下ろしていた。

 その表情は、現実を諦観(ていかん)した、寂しげな笑みを浮かべている。


「…………良いよ……()()()…………」


「!」


 サキの発言に、ケイは耳を疑った。

 驚いている様子のケイに構わず、サキはただ、笑って続けた。


「みんなのことを……救って…………トウゴのことも…………!」


「そんな……そんなこと言わないでください……!」


「良いの……良いんだよ……」


 サキの頬を、涙が流れ落ちる。

 それと同時に、ケイも涙してしまっていた。


 人目を忍んで怪物狩りをしていたケイ。

 誰とも相容れないのだと、ずっとクラスに馴染まないようにしていた。

 そんな独りぼっちのケイに、しつこく付き纏ってきた上級生。

 それが、吉見サキだった。


 部活をやる人数が足りないから、人数あわせでも良いからと、しつこく部活に勧誘された。最初は、見ず知らずの相手に馴れ馴れしい、自己中心的な手合いなのだと考えていた。けれど関わっていくうちに、そうでないことはすぐにわかった。明るくて。快活で。ちょっとがさつで。有名動画配信者になるのだと、当たり前のように他人の前でも夢を語れる、熱い性格なのだ。


 何よりも、優しくて、真面目な人だ。

 そんな素晴らしい人を、どうして助けられないのだろう。


「すいません、先輩……! オレに、オレにもっと力があれば…………!」


 ケイは俯き、ボロボロと涙をこぼして謝罪した。すぐ目の前に死が近づいているという狂気の場面で、それでもケイは言わずにはいられなかった。そんなケイに、サキは優しく語りかけてきた。


「泣かない……で……」


 ケイがキョウヤを殺せば、自分が死ぬとわかっているのに。

 誰だって恐怖せざるをえない、自らの死という絶望。

 それは震えるほど怖いはずなのに。

 震えて泣き叫んだって仕方ないのに。


 これから自分を死へ追いやるケイのことを思って。

 もう、助けてくれとさえ言ってくれない。

 ただ当たり前のように、サキは微笑んで言ってくれた。


「…………どうかずっと……みんな……笑っていて……」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 ケイは絶叫していた。

 それと同時に、ケイの手にした赤剣が強烈な光を放ち始める。


 刃に触れていた巨人の手のひら。接触部分から、砂のように崩壊が始まる。

 ケイを閉じ込めていた手は、見る見る間に崩れ、粒子と化して夜風の中へ消えていく。


『バカな! 触れていただけで!』


 半壊した巨人の手中で、自由になったケイは、剣を両手で持って構え直す。

 そうして怒号と共に、渾身の横薙ぎを繰り出した。

 ケイが振るった剣の軌跡から、赤い光の帯が放たれ、それは巨人の首をたやすく両断して見せた。


「……ありがとう…………」


 かすかに、サキの言葉が聞こえた気がした。




 ◇◇◇




 戦場に変化が生じたのは、瞬く間のことだった。迫り来る死者たちの大群は、糸が切られた人形のように、脈絡なく倒れ伏してしまう。全ての死者たちは、ただの死者に戻り、そのまま2度と動き出すことがなくなった様子だった。


 いきなり攻め込んでくる敵がいなくなったことで、自衛官たちは、敵の親玉を、誰かが討ち滅ぼしたことを悟った。この戦いの勝利条件とは、死者たちを操る敵の首魁の殺害。そうであると、事前の作戦会議で聞いていたからだ。


 だが不思議なことに、勝利の歓声を上げる者は現れない。


 敵が無力化し、各所で懸命に戦っていた自衛官たちの発砲が止まる。

 無音と化し、炎と煙に彩られた戦場で、人々はただ、唖然と空を見上げていた。


 ――――()()()()()からだ。


挿絵(By みてみん)


 国会議事堂の方角から、夜空に向かって赤い光の帯が(ほとばし)った。

 巨大なその光の帯は、天高くまで伸び、そして空に巨大な裂け目を生み出したのである。

 その裂け目の向こうから、目も眩むほどに眩い白光が差し込んできているのだ。


「…………朝、なのか……?」


 誰かがポツリと呟いた。


 他の者たちと同様に、機人(エルフ)の少女も、空に生まれた大きな裂け目を、呆けて見上げ続けていた。それが、白石塔(タワー)の外壁が切り裂かれたことで生まれた風穴であり、差し込んでくる光が、外の朝陽であることを、少女は知っていた。


 だからこそ、涙が溢れてくるのだ。

 その伝説を追い求め、この奈落の戦場にまで辿り着いていたのだから。


    暗黒が地に満つる時、混沌に輝く一条の光明。

    それすなわち、生ある全ての種の希望。

    名は――――。


「“天狼(シリウス)”…………!」


 遅れて歓声が上がり始める。

 戦いに勝ったこと。生き延びられたこと。人々はそれを喜び合い。そして、失われた命と、壊れてしまった故郷の惨状に涙を流した。


 暗黒に閉ざされていた絶望の戦場。

 そこへ、空からシャワーのように降り注ぐ、眩い光の雨。

 人類の勝利を意味する輝きの中で、機人(エルフ)の少女はついに、希望を見つけた。





6章はここで終了です。


ストック話数が不足してきましたので、

また書き溜め休載をさせていただきます。

11月から連載を再開予定です。

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©うづき, 2021. All rights reserved.
― 新着の感想 ―
[良い点] つらい......とてもつらいでも地獄の中にその先に希望があることを信じて戦う人々の物語に引き込まれました。1〜3章4、5章の展開も良かったですが、この6章が1番アツい! みんな「自分なん…
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