転生したら初恋の人に会いました
深夜、神崎海の自宅の机で、実習の日報を仕上げながら、今日を振り返っていた。
違和感なく、私は「神崎海」であった。
物心ついてからの記憶もあり、今日までの自分も理解できる。
そこに、疑うようなところは何一つなかった。
実習初日の給食で、のどに食べ物を詰まらせた。
ずっとのどが緊張でカラカラだった。
限界だった。地に足のついてない状態で、流し込むように食べ続けたのもよくなかった。
そりゃ詰まるよ。
そして、背中をたたかれて、口から詰まったものを吐き出したとき、前世の記憶が心の底から湧き上がってきたのだった。
胸の中の無限回廊とともに。
心の中の実花が、実体化したと言えばいいのだろうか。
転生したら初恋のイケメンでしたとか。よくわからない。
教育実習の準備はイメトレでしてきたし、カイの記憶にもあるので今日を何とか過ごせたと思う。
ちなみに超ド変態伝説の件は、緊張と、のどを詰まらせた混乱で、女子トイレに間違えて入ってしまったと言い訳した。
なんとなくうやむやにはなったと、希望的観測をしている。でないと心の無限回廊さんが、暴れだしてしまうよ。
もちろん、担当の教員にはきつく指導されたけれど。
転生したことにより、一つスキルを身に着けた。
おもちスキル。
レベル1はモチ肌。
透き通るようなモチモチ感で、現実とは思えないほどに透明感のある、中性的な美貌になった。
超ド変態伝説という噂の一人歩きもあって、まったく女生徒は近づかなくなったが、男子生徒にはなぜか好評だった。
自虐ネタで使ったせいもあり、さらに効果的だった。
超絶美貌だけど、ド変態で女生徒から嫌われている。
このキャラが受け入れられたのだろう。
「先生、そこ私の指定席なんだけど。。」
無意識に、私のオアシスで長居してしまった。
西校舎の非常階段の三段目。
ちょうどそこは、優しい木漏れ日があたり、気持ちの良い風が吹く。
よどんだ私の無限回廊を癒してくれる。お気に入りの場所だ。
当然、中学2年生のミカンちゃんも、私だけの場所と認識しており、ゴミを見るような目で見てくる。
そこを譲れオーラ全開だ。
(おぉ、この角度から見ると私もなかなか美少女してるのでは?)
木漏れ日に透けた髪が、キラキラと反射して輝いて見える。
「なんか言いなさいよ(ゴミ)」
彼女の心の声が、なんとなく聞こえてくる。自分だし。
腰に手を置き、あごを引いて、上目遣いで目に力を入れている姿は
「かなりかわいいな。。」
(あっ、つい口から出てしまった自分可愛い発言が。やば。)
逃げる準備をはじめたが、ミカンちゃんは頬を赤らめながら、悪態をついてくる。
私。かなりちょろいな。
2週間ある教育実習も半ばを迎え、少し慣れてきた。
ミカンちゃんとも、話も価値観も合うので、だいぶ打ち解けてきた。なんといっても自分だしね。
唯一話せる女生徒として、情報収集にかなり重宝している。
「完全な人間なんか存在しなく、理想の自分になりたい自分がいるだけで、理想の自分に向けて努力するその姿に、その人の人間としての発露がある。」
という教育者っぽいことを、自分に言い聞かせるように伝えた時、遠い記憶がフラッシュバックしてきた。
(そうだ、思い出した。)
(私は、その言葉を先生から聞いて、教育者を目指したんだった。何で忘れていたんだろう。)
(先生が何気なく言ったその一言が、ずっと、私を支えてくれていたのに。)
その日は、これからの自分をどうするか考えることで、頭がいっぱいになった。
目を背けていたことに、向かい合わなければいけない。
私がしなければいけないこと。
それは、未来を知っている私ができること。
俳優として神崎カイになり、芸能界に入って、大人気俳優としてウハウハではない。(もちろん興味はあるけれど)
ミカンを助けること。
おもちをのどに詰まらせて、死ぬ未来を変えること。
ミカンに教員になるという夢を、見せてあげること。
ずっと見失っていた、自分の地図の出発地点。
私は叶えられなかった。
でも、あなたなら。。
それはおそらく、現在の自分の存在消滅に、繋がることなのだろう。
ミカンが死ななければ、産まれなかった前世の記憶意識の。
まったく話を聞いてくれなくなった。
「もうおもちを一生食べてはいけない」とか「独りぐらしはするな」とか確信に触れないように、でも、不幸な未来につながらないような言葉を、選んで伝えていたのだけれど、伝わるはずもなかった。
「超ド変態の病気が出てしまったのね、かわいそうに。」
ミカンは理解できないものを、理解しようとするように、ただ笑うだけだった。
長いようで短かった教育実習も終わり、母校の正門から校舎を振り返る。
私はこの人生で、教員にはならない。
前世の記憶にある神崎カイの人生を、ミカンを陰ながら見守り歩む。
もちろん、約束された芸能界でのウハウハに、興味がないと言ったら嘘になる。
今の私は、夢を見失ったまま、心の無限回廊をさまよう亡霊の、残りかすのようなものだ。
あの子に、未完の人生を歩ませていいはずはない。
正門から一歩踏み出す。
ミカンの声が、どこからか聞こえたような気がした。
そう考えていた時が私にもありました。
本当にいろいろあった。
未来を知っている私なら、スターダムまっしぐらだろ。
なんてことは全然なく、モチモチスキルにずいぶん助けられた。
困難を乗り越えるたびに、今の私の夢が、確かなものになっていった。
ミカンに夢を伝えたあの思いはいま、ファンのみんなに夢を見せたいという、自分の夢にもつながっていった。
消えたくない。
そう考えるようになっていた。
元旦も終わり、深夜。
窓から部屋に差し込んだ美しい月の光が、苦しむミカンの頬を、照らしている。
「んぐっ。」
「んーーーーーーーっ。」
おもちを口にほおばりながら寝てしまったらしい。混濁した意識の中、人を呼ぼうにも声が出ない。
部屋が暗いのもあり、前後左右上下すらよくわからなくなる。
「死ぬかも。。。」
「というか死ぬ。。。」
私の意識は、途切れていかなかった。
かなり力強い張り手で背中をたたかれた。容赦がないな。
あの時と一緒だ。
強い意志を感じる。
遠い記憶にある叩き方。
途方もなく長く感じた時間も、一瞬だったのだろう。
「大丈夫?」
テレビで見る見慣れた顔が、私に微笑む。
でも、その瞳には、なぜ自分がここにいるんだろうという、戸惑いの光が急にともったようにも見えた。
(あの私は、消えていったのかしら。)
神崎カイとして、生きた記憶とともにミカンとして目覚めた私は、心配そうにのぞき込んでくる人気俳優を注意深く見守る。
二人は見つめ合い。
そして
彼は、いつもテレビで見るような悪い顔をして、ニヤッと笑った。
私達の胸にある無限回廊に風が吹いていた。
私と彼の止まっていた時間が、いま動き出した。
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