始業式
1日目は4限までしかない。つまり学校は昼前で終わり。
教育理念だとか微塵も興味ないことを担任の先生から聞き、書類を貰うだけで良いらしい。初日は大体こんなものだろう。もし、いきなり授業を開始されたら静かな怒りを消しゴムにぶつけるところだ。
初めて担任を持つのか、担任の関根先生はさっきから“ドジ”としか形容出来ない行動を引き起こしている。黒板に名前を書こうとしてチョークを忘れていることに気付いたり、次に言うことを忘れてたり、ボールペンを忘れて前の席に座っている生徒から貸してもらったり・・・。
「それじゃ、健康調査表を配るねー」
この先生の行動を思い返せば思い返す程、不安になってくる。オレが言える事じゃないけど、もうちょっとしっかりしてください。
「あぁ!!!!」
宙を舞うプリント。クラスの大半が予想していた完璧な流れ。
「ひやぁぁあ!!」
ズドンッ
プリントを取りに行こうとした関根先生が、教壇前にある台から転げ落ちたらしい。思ったよりも重厚なサウンドが・・・。あ、はい。何も言ってません、聞いてません。
「はい、先生!」
「さっきから何やってるんですかー」
前の席の人達がプリントを拾い、先生に渡す。クラスの大半は先生の行動に笑って和やかな雰囲気となっている。
「皆・・・・! ありがとう! 最高のクラスだよっ・・!」
プリントを拾ってくれた生徒達に先生が感激の声を掛ける。
「それ、卒業式に言うセリフー」
クラスカーストの上位を占めそうな女子の一言で、またクラス全体が笑いに包まれる。勿論、孤高とか一匹オオカミとかに憧れている痛い高校生ではないので、オレも場の雰囲気に合わせて笑顔を作る。
少し気になって横目で隣の席を伺う。・・・やっぱり、碓氷さんは相変わらず窓の外にしか興味がないようでした。
「それじゃ、時間があまったから自己紹介をしようよ!」
なんとか4限までにやるべきことを終えたらしく、関根先生が恒例行事を持ち出す。自己紹介、別に嫌いって訳ではない。極度のあがり症を抱えている人ではないので、これまでも難なくこなしてきた。ただ嫌いなパターンはある。自己紹介というのはこれ! っていう風に定型があるものではないから、自己紹介にはいくつものパターンが存在する。そして、嫌いなパターンは“趣味”を言わなければならない自己紹介だ。
趣味、ないんだよな。趣味ってのは自由な時間にしているものだと解釈しているけど、土日は家でスマホを弄るだけ。現代に完璧な適性を持っているからスマホ1台で何時間も過ごせる。っていうことで、オレの趣味は“スマホ”です! なんて安直な発言をしてしまったら多分クラスで浮いてしまう。いや、確実だな。
経験上、自己紹介の内容を決めるのは最初の人か担任の先生。頼むぞ! 名前と挨拶だけにしてくれ!!
「それじゃ、えーと・・・まず私かな」
どうやら関根先生がもう一度するらしい。
「関根奈緒です! 1年間みんなと一緒に笑顔が溢れるクラスで過ごしたいです! よろしく!」
肩まで髪を伸ばしていて、落ち着いた雰囲気もありながらあどけなさを持っている。うーん、何歳なんだろう。20歳にも見えるし、30歳前半にも見える。もしかしたら40歳・・・それはないか? ま、関係ないか。
「それじゃ、次は・・・相良さんから左にお願いします!」
相良と呼ばれた女子は・・・後ろドアに1番近い。あ、マジか。てっきり前から始まるかと思っていたけど、これじゃ5番目にしなければならない。
よし、相良さん。頼むから短い自己紹介でお願いします!!!
「はい! 相良志乃です! 好きなことは運動! テニス部に入りたいです! あ、あと料理も好きだし・・・・あとは、犬も好きだし・・・・まぁ、皆よろしく!!!」
元気よく自己紹介をした相良さん。重罪ですね。
「えーと、次は僕で・・・・」
ヤバい、自己紹介の波が回ってくる。早く好きなことを考えなければ・・・。こういう時は落ち着いて、周りの物事から発想を得るんだ。
深呼吸をし、周りを見渡す。まず目に入ったのが隣の碓氷さん。空を楽しんでいる様子。・・・空、そんなに楽しいか? それとも何か窓の外にあるの?
「はい、次の人!」
視線を感じる。あ、次の番でした。
「えーと、大代光輝です。好きなことは・・・」
考えれなかった。
「あー・・・・窓の外を見ること・・・?」
ドッとクラスが沸く。
「よろしくお願いします!」
頬が赤くなるのを感じる。
もういいや! とんでもない事をしてしまったけどクラスが静まり返るよりはマシだろう。
「授業中は窓の外を見ないでくださいね!!」
関根先生が笑いながら声を掛ける。
「はーい」
クソっ、碓氷さんしか見てなかったから、碓氷さんがやっていた事をそのまま言ってしまった。よし、人間は学習する生き物だ。これから困ったら絶対碓氷さんの方向を見ないようにしよう。
ガタッ
「碓氷優姫です。よろしくお願いします。」
そう言って席に座る。
「はい、ありがとう! 次の人―」
へ・・・?
クラスメイトの自己紹介を聞くと、誰も好きなことなんて言ってない。
あ・・・・れ・・・?
もしかして、オレ、好きなことなんて言わなくても良かったのでは・・・?
「光輝くんって・・・・」
後悔の沼で全身浴を行っていたら殴られた。
「変な、いや面白い人なんだね」
碓氷さんは本日初めて、自らの意志で窓を向かずオレの方を向き話しかけてくれました。
話しかけられたことに少し驚いた・・・変人認定されていたよね、今。こんなに雑に誤魔化す人を始めて見たよ。
「今、変って言ったよね!?」
「・・・んー、覚えてない。」
既に興味はオレから離れて窓の外。一体、窓の外に何があるんだよ・・・ってか、絶対覚えてるでしょ。
問い詰めようとしたけど、話しかけるなオーラを満開にさせた隣人を見て諦めた。
小さくたため息をつき、彼女と同じように窓の外へと視線を飛ばす。
桜の花びらが、風に乗せられて舞い上がる。春を感じる光景にしばらく体を委ねる。
「・・・大代くん」
ん? 呼ばれた?
「大代くん!!!!!」
教壇の方を向くと、関根先生が誰かに気付いて欲しそうに手を降っている。
・・あ、オレか。
「はい! すみません!」
クラスメイトがニヤニヤしてこっちを向いてくる。
またやってしまった・・・。だけど、オレを注意するってことは碓氷さんも注意され・・・。、
「はーい、気を付けてね! それじゃ、委員会の仕事を・・・」
注意されない!? なんで! 左横を見ると・・・黒板に熱心に見つめている少女の姿があった。
そんなバカな・・・。
「ドンマイ・・・?」
目線が合うと、励ましの言葉を頂いた。
「・・・うん」
オレは社会は理不尽な事を知った。