春は出逢いの季節らしい
春は出逢いの季節。誰が名付けたのかは不明だが、事実の欠片であることは間違いないだろう。義務教育期間である中学校生活を終え、親の転勤に付き添われ引越してきたこの町で、オレ“大代光輝”は君と出会ったのだから。
高校生になる自覚はなし。鏡に映る自分は中学時代と一切変わってない。うん、悪い意味でも。少しくらいイケメンになってても良いと思うんだけどな。高校生スタートダッシュブースティングとかないの?
「遅刻するわよ! 早くしなさい!」
洗面所で歯ブラシを咥え、間抜け面しているオレに朝食を準備している母親の声がムチを打つ。
「はーい」
時計を確認するとジャスト7時。昨日の夜に学校までの道のりを調べたところ、20分くらいで到着する感じ。これは登校途中で猫に噛まれて、おばあちゃんの荷物を代わりに持って、コンビニに寄り道しても遅刻しないと思いますよ、母さん・・・・。
トーストにはバターを。コーヒーにはミルクを。朝ごはんはここ数年前から決まっている。そして、今日もその朝食と変わらないハズだけど何故か拭えない違和感。何かあったっけ・・・? あぁ・・・光紗か・・・。
「母さんー、光紗はー?」
マシンガントークを得意とし、天性の陽気さを持っている少女、そしてオレの妹。とにかくコイツ、オレと血が繋がっていない可能性が計り知れなく高い。中学の頃、そして小学生まで遡っても学級委員なんぞ任されたことのないオレに対して、光紗は生まれてから中学2年生になるまで出会った責任職は全てこなしてきた。人望厚く、天才であり、美貌な妹。あぁそうだよ。身内のマイナス眼から鑑定しても光紗は間違いなく美貌だ。くぅ! 認めたくないけどな!
それで、そんな妹が今朝の食卓にはいない。
「光紗は明日からよ」
左様ですか。初耳なので、しっかりしてよと言いたげな顔を納めてください。
そうかー。明日からか・・・。いいなぁ、オレも学校明日からが良いなぁ・・・。オレは静かな朝食を手に入れてるけど、光紗は24時間の休みを得ている。顔以外にも兄弟間格差を作るのか。神様、いくらあなたでも許されることと許されないことが存在するんですよ。・・・あれ? そもそも、オレが静かな朝食を手にしたのは光紗が休みを得たから生じた出来事なのでは? 神、許さん。
「それじゃ、行ってくる。」
そう言ってドアを開け、朝日が降り注ぐマンションの廊下に足を踏み入れる。憂鬱だけど仕方ない。特に学校という存在が嫌いって訳じゃないよ? その・・・そうです。新しい環境で友達できるかなっていう心配です。おい、今、小学生かよっていうツッコミが脳内にバシッと伝わったぞ。うるせぇ!
これから3年間お世話になる学校は式部高校。偏差値は65。試験で実力以上のものを出してしまったのが入学の原因です。合格した時は嬉しかったけど、今考え始めたら・・・。やめよう。これ以上、負の感情を抱えながら学校に行くのは危険だと思う。
踏切を越え、橋を越え、坂を歩く。そして、後ろから気配を感じる。・・・おいおいおい。さっきからずーと気配を感じるのだが!?よくマンガの設定にある暗殺家業の息子とかではないので、気配とかは凄い近くにいないと分からない。だが、そんなオレでも感じるのだが!?もしかして、オレ、ストーカー被害に遭っているの?高校生って大人になるってことだと思ってたけど、大人になるってこういうことなの?
少しペースを上げて歩くことにする。うん、何かの間違いって場合もあるしね。そして少しがに股で歩くことにする。オレ、女子じゃないからねーってアピールです。
そろそろ高校が遠目で視認できるようになってきた。公立だけど結構立派な校舎なんだな。そしてこれが、オレの青春の舞台か・・・・ってその前に後ろにいる気配を確認したい。うん、分かっちゃたよね。これ、間違いなくオレをつけている。偶然にしては道が一緒だし、なにより近すぎるし。
周りに高校の生徒が多くなってきて、その生徒達の視線は例外なくオレの後ろへと注がれ始める。周りに人がいるタイミングの今しか振り向くチャンスはない。
「あの・・・・」
覚悟を持って振り向くと、想像していたパターンの100倍違う現実が待っていた。
「はい、何でしょう」
振り向いた先には同じ高校の制服を着た黒髪ポニーテール。身長はオレと比べて少し低い女子。
「何でもないです。」
え? この子、オレ、知らないよ。脳内言語がカタコトになるくらい動揺してしまって何かあるはずなのに、何もないって答えてしまった。
「・・・そうですか」
え? なにその迷惑ですと言いたげな表情。あ・・れ? 何か世界、おかしくない?
前を向いて歩き出すけど、ついてくる気配は変わらない。考えを整理しよう。どうやら、オレを狙ったストーカーではないらしい。そして、端正な顔をした彼女にオレは一切記憶がない。確か同じ制服だったよな。多分たまたま通学路が同じだったんだろう。あぁ、それだ。うん、それに違いない!!
導き出した結論に脳が全力で否定しているけど、これは完全に無視しよう。考えても理解でいない現象なんて世の中に沢山あるんだ。うん!
校門をくぐった辺りから気配はなくなり、こそっと後ろを振り返っても彼女は居なかった。得体の知れない不安を拭えたところで、郵送されてきた生徒証に記載されてある1年4組の教室へと向かう。学校の案内板を見ると、1年の教室は北棟の2階らしい。
無機質なコンクリートで出来ている校舎だが、教室には木が使われている。この学校の設立はかなり古いと聞いていたけど、見た感じ最近改修があったのだろうな。かなり綺麗な校舎だと思う。
えーっと、4組は何処ですか。はいはい、手前から1組だから4番目か。既に廊下にはいくつかのグループが会話を広げている。あぁ、これ、確実に同じ中学の人で集まっているパターンだな。思い出フォルダーの中にある記憶が蘇り、少し寂しく感じる。・・・そういや、あいつら。必ず連絡するからな! って言ってた割に一切連絡くれないな・・・。うん、そう思うと懐かしさが薄れた気がする。ほら、廊下で喋っているあいつらもいつかは疎遠になるに違いない! 元気を出せオレ!
4組のドアを普通に開ける。そう、いくら緊張していても演技して“普通”に開ける。いかにも通い慣れている教室のように。
ふぅ、後ろのドアから入ったってこともあって、注目を浴びずに教室に侵入することが出来た。
そして席を探す旅に出て数十秒。席を見つけることが出来、ようやく座る。教室の左後ろの端、から一席右。席的には良いと思われる。目が悪いって訳でもないから板書も見えるし、授業中に居眠りしてしまってもバレにくい位置。うん、ベストかな。
手始めに左隣の席の子に話しかけてみる。さっきから窓の外を眺めている女子だ。これが同性なら緊張なく喋りかけることが出来るけど、女子だから少しばかり緊張してしまう。
「あー・・・・。」
まず、自分の声が震えていないか確認する。よし、震えていない。
「オレ、大代って言います、よろしく!」
形式的な自己紹介から始める。これが基本。
声を掛けた女子が振り向く。その振り向きがスローモーションのように見える。・・・・ダメだ! これ、今朝の“彼女”じゃないかっ!!!!!
完全に目が合ってしまった。
「よろしくー。」
小さく手を振り表情を変えずに返答してくる彼女。
「碓氷です。」
そう言い残して窓の外へと彼女、碓氷さんは視線を戻した。