60.貴族
クラウン様はかませ犬ですが、名前だけでも覚えてあげて下さい。
「何なんですか、あの男は!」
隣の彼女もお怒りのご様子だ。かく言う修一も怒り心頭に発していた。
「修一さん、彼女のこと助けてあげられませんか?」
「…出来る限りはやってみるよ。」
メイドさんがふらつきながら船端に近づき、柵に向かって、ひいては海に向かって前のめりに倒れ込む。その瞬間、反射的に修一は飛び出し、彼女を左手で受け止めた。
「――え?」
「な――貴様何者だ!?」
「――いきなりすみません…。まず、私は――っと、私たちは敵ではありません。只々海を漂うものです。」
リリシアも修一に続いて出てきたので言い直した。
「海を漂うものだと…?――っ!?(なんだ、あの美しい女は…!?)」
「はい、それで…失礼ですが貴方は?」
「――私を知らぬだと!?聞けよ田舎者。私は、クラウン=ジス=バロン=ハノーヴァーだ。ハノーヴァー王国ジス男爵家が嫡男だ。…頭が高いぞ、平民。」
「……。」
「…申し訳ございません。何せ田舎者、マナーを知らないもので…ご容赦くださいませ。」
修一の意図を汲んだのか、リリシアが答える。
「…い、いや、構わぬ。して何用だ?」
そして、思い通りに話が展開する。悲しいかな、貴賤に関わらず、男は美人に弱いものなのだ。これだけで会話のイニシアチブを得たと言える。
「実は、先日このあたりで海賊に襲われまして。その際に大切な物を盗まれたのですが、お貴族様が退治してくださったのであれば、取り返すチャンスかと思ったのです…。」
「そうか、それは難儀なことを。して、その海賊だったのか?」
「いえ、残念ながら違いました。」
「そうか、ならばその探し物、私が力になろう。女、私のもとに来るのだ。」
――嫌な予感はしてたが、当たってしまったようだ。
「え?いえ、結構です。」
――リリシア?その受け答えは素直すぎるんじゃないかな?
「――なんだと?私の手を拒むのか?」
「―――口を挟んで、申し訳ございません。彼女はどうされるのですか?体調が芳しくないようで、急ぎ治療が必要かと存じますが。」
若干無理やりだったが、話を逸らした。
「チッ。その女は毒に侵されており、もう助からん。欲しいのならくれてやる。」
「…それは誠ですか?」
「あぁ、我が家名に誓おう。ただ、その女をよこせ。それが条件だ。」
死していく部下を捨て、自らの欲を満たそうとする。醜悪な心が透けて見えた。
「ハハハハハ。ご冗談を。ありがたく頂戴しますが、彼女はあげませんよ。」
「――貴様、私を侮辱するつもりか?」
「まさか。――最初から敬意なんてございません故。リリシア、帰ろうか。」
「はい、結局、何の成果もありませんでしたね。」
「そうだね。まぁ、彼女を回収できただけでも良しとしよう。」
「貴様!?待ちたまえ!!私を誰だと思っている!誇り高きジス男爵家の次期当主だぞ!?――お前ら、掛かれ!!男は殺せ!!女はひっ捕らえよ!絶対に殺すなよ!」
「「「ハッ!」」」
バタバタと兵が動き出すが、もう遅い。それにレベル平均20~30で、最高ランクがDランク。やる気が感じられない。
「ではお先に失礼して。」
結界魔法を空中に展開し、歩み出す。歩いた所から消去しているため追走できず、向こうの者たちはただ茫然と見ることしかできない。
「待て!その女を寄越せ!――女!私のもとに来い!欲しいものを何でも与えてやろう。金も地位も名誉も――私に抱かれれば今まで経験したことのない快楽を教えてやるぞ!」
「気持ち悪いです。」
「――!?」
――うん、良くぞ言ってくれました。巻き込まれる部下の者たちには申し訳ないが、粘着されそうなので、しっかりと処理しよう。…色目使われてムカついたからじゃないよ?
「それに、私が欲しいものをくれるのは修一さんしかいませんから。」
リリシアが呟いた。
「?…リリシアの欲しいものって?」
「自由です。」
あぁ、なるほど、あの男じゃ絶対に与えられないな。
諦めの悪いことに、魔法を使うよう指示をしたようだ。背後から攻撃魔法が飛んでくる。…が、結界魔法によって阻まれ何の意味もない。貴族がギャーギャーと騒ぐ。
そのまま結界の上を走って船まで戻った。おそらく奴らも追いかけて来ようとしただろうが、乗船前に舵を壊しておいたので問題ない。
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