22.Side イヴ①
イブ視点のお話です。
明確なものではありませんが、今回で一区切りという感じです。
これまでのご愛読ありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。
二人語りて。
私が自我に目覚めてどれほどの時が経っただろう。
脳に送り込まれる情報の激流から、自分がダンジョンコアというものであることは分かった。しかし、私は自分が何者か未だ分からない。
自分の名も生まれも知らないのだ。おそらく私にも過去があり、歴史があるのだろう。何か心に引っかかるものはあるのだ。しかし、それが何なのか思い出せない。そもそも心というものも考えれば考えるほど分からなくなる。
そんなこと考えつつ、誰に会うこともなく随分と長い年月が経った。
私はどこか壊れていったのだろう。
私は私を忘れていった。いや、自分をこぼしていったという方がしっくりくる。
世界の最小単位は認識だ。私が私を認識しても、誰かが私を認識しなければ、それは世界には存在しないのと同義だ。いつしか私は存在しないものになった。
そしてある日、遂に私は私を手放した。
マスターに出会ったのは、その時だった。年の割に落ち着いた物腰で、所作ひとつひとつに品があり、教養が高いことが伺えた。達観しているかと思いきや子供っぽいところもある不思議な青年だった。
彼の指摘は、完璧ではない。
確かに呼び出したのは私を壊してもらうためだった。しかし、彼を選んだのは偶々ではないのだろう。
端的に言ってしまえば、彼を選んだのは、ほんの出来心だ。異世界人で且つ比較的呼びやすい条件に有ったのも事実だった。
だが、それ以上に”世界に存在しない自分”と”存在する世界のない彼”を重ねたのかもしれない。似た境遇の似たもの同士、要するに、自分は寂しかったのだ。
だから、ダンジョンマスターになってくれると言われたときは、びっくりした。そして同時に嬉しかった。
壊してもらうはずだったのに、誰かと久々にしゃべる楽しさを手放すのが惜しくなった。彼の見ている世界が知りたくなった。そこにいる自分がどんなものなのかも含めて。
マスターは私が彼を救ったと言ったけれど、本当の意味で救われたのは私の方だったのだろう。マスターが私に名前をくれた時、はじめて私は生まれたのだ。
それからの日々は、とても充実している。マスターの飽くなき挑戦を応援したり、二人で同じものを食べたり、実りのない会話さえも、空っぽだった心というものが、確かに満たされるのを感じ、私が今ここに存在していることを教えてくれている。自分の過去は未だ思い出せないが、コアになって良かったと今ではそう思える。
そして何より、やりたいことが出来た。美味しいものがまだまだあるのだろう。楽しいことや美しい景色もまだいっぱいあるはずだ。
そしていつの日か、マスター、あなたとともに―――。
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