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チームメイトに花束を

 


 この可能性は考えておくべきだった。


 岸井円香は高校に上がってからしばらくのあいだ、よく俺に突っかかってきた生意気ツンツン系の女子だ。

 正義を守る意識が高いのかなんかしらないが、高校入学当時に音ゲーとかにハマってゲーセンメインのスローライフを楽しんでいた俺に生活態度を改める感じのことをよく言ってきた。オカンかよ。

 よく考えたらたしかに親父の親友の娘だとか言っていた。

 あんまりじいちゃんは俺に厳しくしないだろうから、岸井が俺を監視して不良への道を突き進まないようにするよう頼まれているとかそんな話だったか。


 まさかそんな岸井と同居することになるとはな。

 マンガじゃないんだから、同級生の女子と同じ屋根の下ってどうなんだ。

 どうせなら指導員みたいな女じゃなくて、天然癒し系の女子がよかったんだが。


 しかも、初対面でしばらく俺が固まって岸井を見ていたもんだから岸井母からなぜだか一目惚れをしたって誤解までされている。


 岸井は黙ってりゃ可愛いけど、うるさい女だって正体を知ってるからな。

 惚れるとかそんなわけないのに。


 ・

 ・

 ・


「そりゃ、よかったな。おめでとう」


 岸井の家に住むことになった話を泉にしたら、なぜか祝福された。


 泉とは偶然にも同じクラスになった。

 ところがこやつめ学校のサッカー部に所属していなくて、俺が入れなかったプロクラブのジュニアユースに在籍しているという。

 やはり部活よりもレベルが高くていい環境なんだそうだ。


 羨ましいが妬んでもしょうがない。

 ジェラシーは置いておいて俺は俺で、泉がいない分だけ中学のサッカー部で中心選手として活躍しまくることにしよう。

 実際、入部早々にポジションは確保できそうな気配だ。さすがに地元の中学よりはレベルの高い部だけど、俺のスキルもかなり上達しているからサッカー部的にはなんかすげえやつがきた。救世主か?みたいなノリだ。


「まあ今回はうまくやりなよ」

「何が」

「だって、岸井って浅尾のことが好きだったんだし」

「はあっ?」


 俺は泉の爆弾発言にのけぞった。

 ──いや、そんなはずねえ。


「いや、あいつ、よくわからない大学生と付き合ってたじゃないか」

「浅尾がヘタレだったからな。あと鈍感すぎた。あんだけバレバレの好意に気がつかないなんて、どうかしていると思ってたよ」

「いやいやいや」


 思い返しても、岸井が俺に愛情表現みたいなことをしていたとしたら、それはぜんぶお節介焼きすぎなオバチャン的な余計なお世話だった。

 あの感じで俺を異性として好きだったとしたら本音隠しすぎで理解するの難しすぎだろ。


「高1のときにさ、浅尾をサッカー部に誘うようにって岸井が俺に頼んだんだぞ」

「そうなのか?」


 高校入学からの半年、俺は悪ぶっていたし、あの時期に有りがちな悪い俺って格好よくね?って世界観に入ってた年頃だった。

 田舎から離れて調子に乗ってたのもある。まあ黒歴史だな。まさかリテイクはしないつもりだ。


 泉によると、岸井はそんな俺を見ててスポーツとかやらせたほうがいい、親父からの情報で、どうやら昔にサッカーをやってたらしいってことで泉に相談したと。

 あんときにオカン岸井からサッカーをやれって言われてもお断りしてただろうから冷静かつ的確な人選だな。

 実際、俺は泉の口車に乗せられてサッカーに戻ったわけだし。


 そう考えると、今も俺がサッカーをやってるのは岸井のおかげってことになるのか。

 いやだからって、そんなことで惚れないぞ?


 ・

 ・

 ・


 とはいうものの俺は、どうしても岸井を意識するようになった。


 意識しなくても隣の部屋に住んでいるし夕飯とか岸井家に混じって食べてるもんだから半分家族みたいな存在感で俺の視界に入ってくる。


 岸井の対応もなんか前と違う。

 怒鳴ったり、なじったり、蔑んだりしない岸井はどうにも拍子抜けだが普通に可愛い。

 女子からの口撃をご褒美に感じてしまう性癖はないからな。なんか文句のひとつも貰えなくて寂しいってことはない。


 そして俺は、他の女子からも何やら前よりモテている。

 泉に聞くと「そりゃ、転校生で目立つところに、2年でいきなりサッカー部のエースだからね」と言われた。

 そんなもんか。


 しかし意識すると目に見える範囲の女子の中では岸井が断トツに可愛いという事実を、俺は今さらのように気づいてしまった。


 どうにも岸井も俺を意識している感じがある。

 同じ家に住んでるとかを差し引いてもだ。


「ヘタレてるとまた誰かに盗られちゃうよ」


 泉がそんなことを言って俺を焦らせる。



 ◇



 中2で迎えた夏の大会。


 さすがに全国大会までは進めなかったが、俺の新しい学校のサッカー部は、ふたつ対戦校を下して3回戦まで戦い県内屈指の強豪校とあたってそこで力尽きた。


 同じ年代ではかなり高い水準なはずの相手に俺個人としては通用していたし、なんだったら凌駕していた感覚もあったから出来としては納得かな。


 俺自身の成績は2得点1アシスト。

 途中交代もあっての数字だからまあこんなもんだろう。

 3年生がこれで引退するから、ここからの1年間はがっつりとチームの中心になって活躍しておきたいところだ。



 ◇



 またあの夢を見た。


 試合は更に変化して違う内容になったけど、今度はPK負けよりも悪く、まさかの2失点しての完封負けだった。

 俺は確実に進歩しているはずなのに、それでも得点が入らない。


 逆に躍起になってチーム全体で攻めたあげく、相手のカウンターが妙に繋がって失点する有り様だ。


 悪夢という他なかった。

 だが正夢にだけはさせない。


 その気持ちは俺の中でまた強くなった。


 ・

 ・

 ・


 泉が呼び掛けての招集があって、また11人が集まった。


 また同じ浜辺での、1年ぶりの再会。

 軽く近況を聞いたり言ったりするうちに、自然と話題は夢で見たあの試合のことになった。


「あれ? 他のみんなも見たんだ」

「なんか変にリアルなやつな」


 どうやら11人が揃って見ていたらしい。


 ただ話を聞くと見たやつそれぞれで試合結果がバラバラなのがわかった。

 勝った場合もあれば負けた場合もある。


 橋波からは「浅尾が2点取って勝ったぞ」と言われたが、それを喜んでいいもんかは微妙な気分だ。

 どうせなら自分の夢で決めたかった。


「夢は夢だろ」


 髪が伸びてバンドマン感を出している橋波が言う。


「まあそうなんだけどな」

「だが全員が見たというのは気になるな」


 榊田が砂に何か図を描きながら言った。


「過去に精神が戻った現象と無関係とも思えない。それに時期が重なる」

「時期?」

「8月14日。夢を見る日と、あの試合があった日が同じなんだ。地球の公転周期とあの試合の記憶が再現されることに何か因果関係があるというのも不可解だが」


 ブツブツと呟きながら榊田は奇怪な図解を浜に作成した。

 とりあえず俺には、俺自身のたいしたことない知能を総動員して色々と考えたとしても時間を飛んだりとかの不思議現象の謎を解き明かすのが不可能ということがわかる。

 だからそういうことは、できる気がしているやつに任せておけばいい。

 どうせわからないことに頭を使っても、それこそ時間の無駄だからな。


「えーと……ここでみなさんに大事なお知らせがあります」


 泉がめずらしく低めのテンションで、何かの話をしようとみんなの注目を集める。


「──ってチーム、知ってるよな?」


 前置きに泉は、あまりにも有名なスペインのクラブチームの名前を口にした。

 サッカーをやってるやつで知らない者はいない超メジャーな世界でもトップを常に争うチームだ。


「馬鹿にしてんのか」


 橋波が短気に怒る。


「すまん、違う。そりゃ知ってるよな。実は俺、そこの下部組織から誘いを貰ってるんだ……」


 ・

 ・

 ・


 クラブチームに入った泉だが、当初はまわりのレベルの高さに圧倒される感じで、なんとか着いていこうと必死で頑張る感じだったらしい。


 そうするうちに認められて、だんだんと階段を昇っていくようにチームの中で居場所を見つけていった。

 本気でプロを目指すチームメイトとか、それを育成する気のコーチ陣がいる環境で泉は刺激を受けて熱中するようにクラブチームでサッカーをやりまくった。


 目的は前よりも成長して俺たちと高校のサッカー部を勝たせるためだった。

 いつの間にか、頑張りが行きすぎてクラブチームでも屈指の天才選手と見られているのに気がつかなかった。

 そのくらいサッカーが楽しくなっていた。


 チームが提携している某有名チームのスタッフの目に留まり、海外に出てこないかと誘いを受けてしまうまでに。


「なんだ、おめでとうって言わせたかったわけか」


 橋波がうんざり感を出しながら言い、何人かが「おめでとう」「おめでとう」「めでたいな」と泉を祝福する。


「そうじゃなくて、迷ってるんだ」

「いや行くだろ。音楽だったら本場の超有名なバンドから誘われてるようなもんじゃねーか。アメリカンドリームとか、この場合、スパニッシュドリームか?」

「俺はみんなとあの試合にリベンジしたいって、ずっとそれを本気で思ってサッカーやってたんだ……今回の話は嬉しいけど……だけど両方は選べない選択だから」


 海を渡るということは、そのままそこでプロ選手を目指すってことだ。当然、同じ高校に行く道はない。


「俺、どうしても決めきれなくて……この中の誰かが行くなって言ってくれたら、俺はスペインに行かないつもりなんだ」


 橋波が「アホか、行け」と即答する。

 それぞれみんなが「行け」「行けばいいと思うよ」「行ってください、先輩」「行くべきだ。後悔するぞ」と泉の背中を押す。


 最後が俺になってしまった。

 なんか変な注目を集めてしまう。


「浅尾……」


 泉がなんかすがるような感じの目で俺を見てくる。

 こいつまさか俺がマジでスペインのあの有名なクラブに行けるとか、そんなサッカー少年みんなの夢がカムトゥルーしているところに「止めとけ」って言っただけで止めてしまう気なのか?

 そんな責任のとれないこと言えるわけないだろう。


 そりゃ泉が不在となると大ダメージなのは間違いない。

 でもだからといって止めてほしいんだとしても止められるはずがない。

 いや、むしろ行ってほしいとさえ思う。せっかく掴んだチャンスだからな。


「泉さ、逆の立場だったら俺を止めるか?」


 俺は逆に泉に質問した。

 言ってみてすぐに、何その自信過剰発言。恥ずかしくね?と自分でも思ったが取り消し不可の空気だった。


「……だな。なんか、ごめん。俺、行くよ。みんな……ごめんな」


 ・

 ・

 ・


 泉はスペインに旅立った。


 そんなすごいやつとサッカーをしていたことを11人の仲間として誇りに思った。

 将来はどんな活躍をするのかを楽しみにもした。

 やはりこの海外行きを止めるやつなんているわけがなかった。


 だがもしも半年後に泉が大怪我をして帰国してくることを知っていたなら、俺は行くことを止めただろう。


 現実にはそんな運命は予想していなかったし、できなかった。

 できるわけなかった。


 幸いなことに帰国後の手術は上手くいった。そのあと病院で会った泉は、俺に「これでよかったんだ」と言った。

 まともにサッカーができるようになるまではまだ何ヵ月も掛かるって話だった。


 それでも泉は明るかった。


「怪我を治して、またあの高校に行く。もう迷うことがなくなって、かえってスッキリしてるんだ」

「泉……」

「浅尾、俺とサッカーやろうな」


 俺は素直には喜べなかったが、泉は本当に喜んでいるように見えた。

 こいつとまたサッカーができるのが嬉しくないと言ったらそれは嘘になる。

 でもやはり心から歓迎できない。

 泉が世界の舞台で何かの最年少とか騒がれて華々しくデビューするのを夢に見ていたからだ。

 それを追いかけて、いつか同じところに立ってサッカーをするのが、また一緒にやろうって交わした泉との約束の果たしかただとさえ思っていた。


 だからせめて俺は、泉のパスを貰って恥ずかしくないくらいのストライカーにならないといけないと思った。



※とりあえず、ここまでです。

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