世界の中心でアイを叫んだこども
「みんな、ごめん。……謝りたかったんだ」
ひととおりの話をしたあと、盛戸は俺たちに向かって深めに頭を下げた。
非難するやつはいなかった。
なぜに盛戸が俺たちとはもうサッカーをしない話になるかというと盛戸の両親の離婚が理由だ。
巻き戻り前の流れだと盛戸の両親は今頃ちょうど別れてしまっていたらしい。
なんでも盛戸が中学受験に失敗したあたりから親同士の仲がこじれてきたそうだ。
だから自分のせいで家族に亀裂を入れてしまったと、盛戸はそのことをかなり気に病んでいた。
だから巻き戻りのことはチャンスだった。盛戸が戻ったのは、小6で受けた模試でいい結果が出せなかったときの悔し涙を流していた場面だ。まだ受験に落ちる前だった。
体は小学生でも心は高校生だ。
学力的には大学受験をするタイミングでの中学受験だからもちろん難しすぎてできませんなんてことにはならない。
盛戸はしっかりメンタルを整えて万全で受験に挑み、前回はできなかった合格を果たした。
今、盛戸の親は円満な感じだという。
このまま盛戸は前とは違う進路で、親が望んだ難関な高校にも進学するだろう。当然、そうなれば俺たちと同じサッカー部に入ることはない。
もうすでに盛戸は前とは違う人生を歩いていることになる。
泉から記憶のある仲間の存在を知らされたのは、すでに進学してしまってからだった。
「謝ることでもないんじゃねーか」
右ストッパーだった橋波が軽い感じで言う。
「自分の人生をどう使うかなんて個人の自由だし……実をいうと俺も今回はサッカー部には入らないつもりだった」
「そんな、橋波先輩まで……」
「植井、そんな悲しい目でみんじゃねーよ」
橋波はサッカーボールを拾い上げると、砂をはたき落とす。
「泉や浅尾、植井あたりはわかる。うまく全国に出てって活躍すりゃ、スカウトかなんかの目にでも止まってサッカーでプロになるかもしんねーからな。まあ、頑張れよ。だが他の凡人は違うんだ、何もこの人生やりなおせるチャンスをサッカーのために費やす必要はない」
橋波は植井の胸にボールを譲るようにつき出す。
「俺は今度こそ音楽をやるよ。サッカーも良かったけどよ、音楽をやめたのを後悔してたんだ」
俺は橋波が高校入学からはしばらく軽音部にいて、半年後の俺と同じ時期にサッカー部に入ったことを思い出す。
たしか軽音部で組んでいたバンドとは、音楽性の違いとかそんなので別れたって言ってたな。
「悔しくないのか」
キーパーの蒲江が、橋波を厳しめに睨む。
「あんな負けかたして……」
「そりゃ俺だって、あの理不尽な試合には納得してねーよ。でも変な話だが、俺は泉たちを信じてるからな。リベンジは絶対にやってくれるってよ」
「他力本願か」
「何とでも言え、控えキーパー」
「こいつ──!」
煽る橋波と蒲江のあいだに泉が割って入る。
「やめなって……橋波が思っていることを言ってくれて、俺は良かったと思う」
俺はようやく、ここに11人が集まったことの意味を理解した。
能天気なことに逆同窓会というか、親睦会みたいな気分で参加したことがちょっと恥ずかしい。
そりゃ、11人いれば考え方は色々だ。
あの試合の悔しさは共有していても、じゃあまた5年かけて挑むのかというと全員がそうじゃないらしい。
サッカーに対する思いも違う。盛戸や橋波みたいに、他に大切なことがあるやつもいる。
結局、話をすると、俺、泉、植井、蒲江、榊田、茅場あたりはリベンジに前向きだけど他の5人はそこまででもないらしい。
中には高校受験でもっと上の進学校を受ける予定のやつもいれば、単純にサッカーをまた続けるか迷っているやつもいた。
「強制はできないよ。でも、こうして集まれて良かった」
泉の言葉には俺も同意だ。
どう生きるかは、それぞれの人生だからな。
だとしても会ったことのなかったまだ小さい頃のチームメイトとこうして顔を合わせたのは変な感じだけど嬉しかった。
本当はみんなでまたサッカーをやりたいけど、それは俺のわがままなんだろう。
どうなるかわからないやつもいるし、11人中の6人が参加予定ならまだまだいいほうかもしれない。
「無駄になったかもしれないが、一応渡しておく」
「おっ、榊田の個人練習メニューノートか」
榊田が11人に大学ノートを配る。
個人ごとのトレーニング方法とか、食った方がいい食材とか、目指すべきプレースタイルの選手とかを榊田が書いてサッカー部で配ってたやつだ。
パラパラっと見ただけで「細かっ!」と叫びたくなる緻密な内容だ。
このクオリティで全員分を作成するのは大変な労力だと思う。
「記念に一応もらっとく」
橋波も拒否らずに受け取った。
少し残念なこともあったけど、盛戸も橋波も、別れ際に「頼む」と言って俺に気持ちを託してきた。
たとえ11人がまた集まらないとしても、俺が今度はサッカーをやりとおすつもりなのは変わらない。
榊田がちらっと言ったことだが、俺たちの行動の変化で5年後の世界にどんな影響があるかわからないってことだ。
だから同じ高校のサッカー部に入ったところで、3年の選手権予選にまたあの対戦校と試合をすることになるとは限らない。
それでも前よりも勝ち進むことができれば、それが俺たちのリベンジにはなると思う。
仲間の中では中学のあいだが空白の期間だった俺が一番、延びしろがあることになる。盛戸や橋波がいない分も俺がパワーアップしておけば、チームの総合力は上がってる計算になるよな。
「浅尾……頑張ろうな」
「おう」
泉が伸ばした手を握り返して俺は夏の約束を胸に、またあの何もない地元の田舎に帰った。
◇
俺は夢を見た。
あの試合の夢だ。
夢の中で俺はこれが夢だとわかるのに、同時に生々しいくらいのリアルさも感じていた。
試合が始まりしばらくは再現されるままの情景の中に俺はいた。
俺たちのほうがはるかに強いと手応えを感じた序盤。
チャンスをいくつも逃して苦笑いが出た前半の中盤。
このままじゃいけないって気持ちが俺の身体に伝わったのか、夢の中の試合はやがて違う展開を見せ始めた。
あのときには届かなかったパスに足が追いつく。
未来が変えられる感覚に全身が痺れる。
それでも1点が遠い。
本当は植井に出していたパスをシュートに切り替えて自分で狙いにいったが決まらない。
あの時にはキープできなかったボールを今度はこらえて納めたが、結局はゴールに繋がらなかった。
失点シーンこそ防ぐことができた俺たちのチームだが、スコアレスのまま時間を終えた。
そこからのPK戦で、まさかのシュートミスが続き最後にはまた負けてしまった。
敗戦が決まる瞬間、俺は自宅の寝床で悪夢から覚めた。
時計の針の音と、それよりも早く刻まれる自分の心音だけが真夏の深夜に鳴っていた。
まるで本当に試合をしていたような汗をかいていた。
◇
「あんな街で暮らしたいなあ」
夏休みが終わるまで、俺はじいちゃん家から戻ってからそれとなく親父に何度か独り言を聞かせていた。
どうせ高校から行くなら早く行けたりやしないかと思ったのもある。
そしたら、ダメもとでも言ってみるもんだって結果が返ってきた。
「んー。じゃあ、行くかー?」
「えっ、いいのかよ」
想像以上に軽い感じで許可が降りた。
もちろん夏休み明けからとはいかなかったが、俺は中学2年に上がる春から、あの街で暮らせることになった。
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じいちゃんの家は叔父夫婦がのさばっている関係上、住ましてもらえないことになった。
だが親父の親友とかいう人の家に部屋が余っているとかで、そこに入れてもらえることになった。
まあ贅沢をいうつもりはなかったから、まともに住めるなら文句はない。
「ここだな」
俺は新しい住まいを眺める。
聞いていた特徴と一致するので間違いない。
その家は駅から山側に斜面をかなり上ったところにあった。
繁華街に出るときや、学校に通う場合は自転車があったほうがよさそうだ。
親父の描いた宝探しみたいな地図は距離感が意味不明で、こんなに歩かされるとは思っていなかった。
「なんか、格好いいな」
古い建物だけど洋館って感じで趣があって俺は気に入った。
ずっと昔に建てられたものを改装して何十年かのあいだ下宿として使ってたりしたらしいのだが、今は人を入れていなくて家族が住んでいるだけらしい。
だから部屋が空いているんだと。
「ごんめんくださーい」
俺はよそ行きの顔で、新しい家を訪問した。
親父の親友というからどんな危険人物かと警戒もあったが、おじさんも奥さんもまともそうで安心した。
「浅尾くんの部屋はここね。狭いけど我慢してね」
奥さんにはそう言われたけど、ほどよい広さでグッドだ。
内装もコジャレとるのがまたいい。
「トイレは各部屋にあるけど、お風呂は共同になっちゃうから。もともと下宿だからね」
「あ、はい、大丈夫です」
説明を受けていると隣の部屋のドアが開いた。
人には貸してないという話だったけどな。
「そうそう、隣の部屋を私の娘が自室として使ってるから……ほら、浅尾くんよ挨拶して」
「うん──はじめまして、岸井円香です」
俺は固まってしまった。
高校のときに同級生になる女子が、そこにいたからだ。