11人いるってよ
※短編のアイデアとして書き始めたものの、まとまりきらず数話にわけることにしました。
たぶん全10話くらいで、5話くらいまでおおよそ出来ているのでぼちぼち投稿していきます。
試合終了の笛が響く。
この音がこんなにまで残酷だったことは今までなかった。
全身が汗だらけなのに、心臓が凍りついたような寒気がした。現実を受け入れきれない急激なストレスで吐き気と眩暈に襲われた。
俺はそのまま心身ともに崩れ落ち、ピッチの上に大の字を書いて横たわる。
終わった。
──終わった?
実感がまったく感じられない。
自分に起きたことの意味は理解できているはずなのに、気持ちがさっぱりついていけない。
無駄に空が青い。
「マジかよ」
「なんで……」
チームメイトの声が胸に痛く響く。
俺たちは負けた。
高校生としては今年で最後になる選手権へのチャレンジは想像したよりもあっさりとピリオドを打つことになってしまった。
もっと先にいけると信じていたし、それだけのポテンシャルは絶対にあったはずなのに。
内容では圧倒していた。
シュート数。ボール保持比率。セットプレイ獲得数。パス成功率。スプリント回数。走行距離。
すべてが対戦校のチームを上回っていたのは明らかだ。
どっちがいいサッカーをやっていたのかは、どんな素人が見ていても答えられただろう。俺たちだ。
だが愕然とするほどゴールが遠かった。
ポストにせよバーにせよ、サッカーボールを枠に当てた数を争う競技だったら圧勝だったろう。だけどそれは、冗談としては笑えそうもない。
失点は事故というしかなかった。
起きるときには起きてしまうタイプの、もうどうしようもない不運だった。
クリアボールが審判の背中にヒットし、何故かそれがゴール前でフリーになっていた相手フォワードの前に転がった。シュートは止めに入ったディフェンスの足に当たり、それがかえってキーパーが届かないコースを飛んでネットを揺らした。
後にも先にも、与えたチャンスらしいチャンスはそれだけだったのに。
勝てたはずの試合。誰もがそう言うだろう。
だけど現実には俺たちは負けた。
負けたんだ──
悔し涙が、こめかみを伝って耳を濡らす。
こんなことなら──
もっとあのときのパスに早く反応できたら。
もっと上手くトラップできていたら。
もっと──……
とまらない後悔の言葉が頭の中で渦巻く。
涙と、想いが──
溢れて
・
・
・
「まあ、そう泣くな」
誰かがそう言って頭を撫でる。
髪をくしゃくしゃにするほどに力強く。
そんなにしたら前髪が滅茶苦茶になるじゃないか。
子供じゃねえぞ──
俺は反射的に、妙にごつい掌を振り払った。
反動で離れた体が変に軽くてふらつく。
おかしいな。俺はピッチに寝ていたと思ったが。
「ん、嫌だったか。悪いな」
知ってる声。──親父か。
たしかに親父の声だが何でこんなところにいるのか意味不明だ。
やつはもっと離れた土地にいるはずなのに。息子がサッカーやってるのをサプライズで応援にでも来やがったんだろうか。だとしたら今回は間が悪すぎるってもんだが。
俺は涙を拭う。そして見上げた。
「どうした、息子。変な顔しやがって」
なんか親父がやけにでかくなっていた。
成長期か? なわけねーか。何か肌艶もよくなってる気がする。
これは一体どういうことだ……
混乱しそうになるが俺はなるべく落ち着いて、今自分がいる状況を把握しようと周りを見る。
いつの間にかさっきまでいたはずのサッカー場ではない場所にいることがわかる。
なんでだよ。ワケわからねえ……
自分の手を見る。小さい手だ。
……どっちかっていうと、そういうことだよな。
親父が膨張してビッグな男になったんじゃなくて、自分が縮んだことを確認した。
俺はたしかに高校生で、サッカー部の試合に出ていたはずなのに。
「親父、ひとつ聞いていいか」
「なんだ息子。藪からボーンだな」
人が真面目なときに、親父のキャラのウザさはキツい。
「今、西暦何年だ。ボケなしで教えてくれよ」
「ボケなしか──難しいな。今は……」
親父がちゃんと質問に答えるかどうかを聞くまでもなかった。
周りの景色。
なんか知ってる気がしたが、ガキの頃に覚えのある近所の公園じゃないか。
それに懐かしいスポーツバッグに履きなれた運動靴。
導きだされる可能性はひとつしかない。
俺は時間を逆戻りしていた。
◇
何が起きたのかはよくわからない。
気がついたら俺は17歳から12歳に戻されていた。
小学校を卒業したばかりの春のタイミングに。
記憶を残したままで。
戻る前の、あの試合のことを思い出すと今でも悔しい。
どうせならあの試合開始のすぐ前に巻き戻りたかった。
ひとつひとつのプレーを思い返すともどかしさが込み上げてくる。ほんのわずか1センチメートルだけボールに触れる足が伸びていたら勝てていた。そんな試合だったから。
だけど実際はあの試合まで、あと何年もある。
この悔しさを晴らすまでのことを考えると、ちょっと気が遠くなるがゲームの攻略で一度読んだメッセージがショートカットできるみたいに時間を短縮して早送りすることはできないだろう。たぶん。
しかし時間があるってことは何も悪いことばかりじゃない。
記憶があって過去に戻ってるってことは、一度やった期間は前の経験をもとに悪いところはやりなおして改善できるってことになる。
だったら俺はリテイクできることになった4、5年の時間でもっとマシなサッカー選手になることにしよう。
今度は絶対にあんな負けかたはしない能力をゲットしてやる。
俺はそう誓った。
◇
はっきり言って前のときよりレベルの高いサッカー選手になるのは条件的には難しくない。
なぜなら俺は中学生だった3年間、サッカーから離れて生きていたからだ。
小学生で地元のチームでは天才じゃね?って扱いだった俺だが、プロクラブのジュニアユースに入団テストを受けてものの見事に落とされた。
はじめての挫折ってやつだった。
それでふて腐れて、しばらくサッカーをやらなかった。
でも結局やっぱサッカーは好きだったし、なんか不完全燃焼な感じはあったから、ちょっと誘われたのをきっかけに「しゃーねえなぁ、そんなに言うんならサッカー部入ってやるよ」的なノリで高校で復帰した。
2年でそこそこ試合に出られるようになって、3年でレギュラーに定着したんだよな。
だから今度は中学でも続けていれば間違いなく前よりいい選手に成長できるはずだ。
欲を言えば更に何年か前の過去からやりなおせて、クラブチームに合格してればもっと上を目指せたかもしれないけどな。
そんなわけで俺は中学に入学してすぐさまサッカーを始めた。
・
・
・
「浅尾を止めろー!」
俺にボールが渡った途端、群がる中学生。俺も中学生だけどな。
だけど中身はちょっと年食ってる分、多少は賢い。
なによりサッカー経験値が違う。
高校で、体を張ってボールキープできるフォワードだった俺の技術は小さくなっても健在だ。
落ち着いてやれば、よほどのフィジカル差のある相手じゃなきゃボディバランスも崩さないしボールは奪わせない。
「とれねー」
「囲めー」
前の俺なら、ここで敵を引き付けておいて味方にパスしていた。
だが今は違う──
「浅尾が回った!」
「なんだそれ!」
単独で局面を打開してシュートまで持っていけるスキルの獲得。
今はそれを目指している。
「──ッしゃあ!」
俺は狙い通りにフェイントで守備を外すと、足元からボールを離さないよう心がけドリブルで突破していく。
思った以上にどフリーになったのでシュートを冷静に撃って決めた。
最初は小さくなった身体に戸惑いもあったけど、そこはわりとすぐに慣れた。
ちゃんと高校生のときに鍛えた分のスキルは使えているから、これがまた強くてニューゲーム感がある。
「すげえな」
「天才だ」
「これでクラブチームは落ちたとか信じられないな」
まあ、クラブチームについてはたぶん今なら入団テストを合格できたんじゃないかって気はしないでもない。
中学のサッカー部では、1年ですでにエースの扱いを受けている。
なにしろレベルの低い部だからな。3年生だけでは11人集まらないくらいのサッカー部だ。弱小もいいところ。
それでも体格差がある2個上の先輩とサッカーできたりとか、試合にもレギュラーで出れたりとか環境的には悪いことばかりじゃない。
それでも来年あたりにはもっと違う環境でサッカーがしたい。
そんなことを思っている。
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「大変だ、浅尾!」
「なんすか先輩」
突然、教室に飛び込んできたサッカー部の先輩。
もう練習着になっているのは、俺たち1年の6限授業が延びぎみになったせいだった。
ぼちぼちイケメンの先輩が教室に登場したことでクラスの女子たちがキヤッとなった。
先輩も顔だけじゃなくてサッカーも上手ければもっとモテるんだろうけど。実は中身があんまりイケメンじゃないってバレている同級生女子からはすでに残念なキャラ扱いをされているとかいう話だ。
そんな先輩が俺を迎えに来たらしい。
「なんかサッカー部に看板破りみたいのが来てて……浅尾を呼んでる」
「はあ?」
よくわからない。
空手とかの道着みたいなのを着た熱血漢みたいなのを想像したが、そんな知り合いは少なくとも3次元方面にはいないはずだ。
変なコスプレとかしそうな恥ずかしい知人となると……親父くらいか?
とにかく行けばわかるってことで先輩にひっぱられてグラウンドに向かった。
そこではひとりの小柄なサッカー小僧みたいなのがいて、俺の部の仲間相手にドリブルで無双していた。
ターコイズブルーのTシャツにミリタリ風のハーフパンツ姿で、すぐにうちの生徒じゃないことがわかる。
そいつはキレっキレのテクニックが光る足技でサッカーボールをキープしていて、奪おうともがくサッカー部員がほぼ全員で翻弄されていた。
「あれは……」
かつての──いや、未来のチームメイトがそこにいた。
「泉、なのか?」
「よう。浅尾!」
ドリブルしながら俺に笑いかける泉。器用なやつだ。
「会いに来たぜ──ひさしぶりだな」
◇
そのあと教師にすぐに見つかって、校外につまみ出された泉と部活後に落ち合った。
今日中に帰らないといけないというので駅前まで歩いて、ひとつしかないファーストフード店に入る。
「サッカー、やってるんだ」
人懐っこい顔は中学生でも変わらない。
サッカーから離れていた俺が高校で戻ったのは、こいつに経験者だっていうのがバレたのがきっかけだった。
「やってる」
「中学校ではやめてたって言ってたよな」
「言ったな」
「やっぱ覚えてるんだな、高校生だったこと」
「……泉もか」
泉が現れた時点でわかってはいた。
こいつとは高校からの付き合いだ。だから泉が俺を知ってるってことは必然的に、俺と同じようにいったんは高校生まで成長していたときの記憶があることになる。
「どこで戻った?」
俺と泉は、巻き戻ったのがいつだったかを確認した。
やはりあの試合だった。
「あれは悔しかった」
「だな。今度やったら勝つけどな」
フライドポテトを口に運びながら同意する俺たち。
「で、サッカーやってんだ」
「やるだろ。あれじゃあな……」
泉のパスを俺がシュートまで持ち込んでゴールを決めたら結果は違うものになっていた。
だからまた、あの試合に出ることになるんだとすれば、それができるようにしておく。
「考えることは変わらないな」
泉も、前よりももっと高みを目指してサッカーをやっているという。
経験値分のアドバンテージがあるから順調にステップアップできているらしい。泉が前よりもっと上手くなっているとしたら、こんなに頼もしい仲間がいるだろうか。
「俺だけが巻き戻ったんじゃなかったんだな」
「浅尾は高校でここから引っ越してくるんだもんな。だから他の連中と会うこともないし、気づきにくかったか」
「他の連中……誰か他にも巻き戻ってるやつがいるのか」
泉はニッと笑う。
「いる。浅尾を合わせて、11人な」