緑がいっぱい その二
(ポップコーン・クラッシュは成功だった)
ポップコーン・クラッシュとは、絶対絶命の中で僕が編み出した技である。
技といっても、ただ孔明くんの口の中で暴れただけなのだが………
(ふう、何とか危機を抜け出した)
あの後、孔明くんにポップコーン・クラッシュを使って、何とか口の中から、脱出した後、孔明くんには、僕が食べ物ではないとわかるまで、追いかけっこをするはめになった。足で捉えられ、口に入れられ、、抜け出して、逃げて、追いかけられを繰り返し、やっと地獄のレースが終わったのである。
そして、孔明くんは疲れたのであろう、ごろんと寝っ転がって、こっちを見ている。
僕にまだ興味があるようだ。でも襲ってはこない、耳をピンと立てて、僕の臭いを嗅いでいる。
(うーんっ、くすぐったい)
孔明くんは間接的に僕をくすぐってくるのだ。
どういうことかと言うと、臭いを嗅ぐために鼻を近づけ、その鼻がスンスンと空気を吸ったり、吐いたりするので、その空気のせいで、非常にこそばゆいのだ。
(それにしても、ここはどこだろう?)
今まで、孔明くんの可愛さにばかり目がいっていたが、周辺を見渡してみると、孔明くんの背中側の草原地帯の終わりは、森に続いており、入れば、おそらく、迷うであろうと考えられる。
孔明くんのお腹側の方にも、草原に続いて、森が見えるが、遠くの方に木で覆われた山が見える。
周囲は《緑でいっぱい》だ。
(これから、どうしよう)
衣食住の問題もある。
だから、安全な場所を探して、家を作り、雨風を防がなくてはならない。
食料の問題もある。僕は魂だけの状態なので、おそらく、食べ物は必要ではないだろう。でも、孔明くんは違う。孔明には、食べ物が必要だ。
(ドッグフードでも落ちていないかなぁ~)
そんな都合のいいことが起きるわけがないのだが、人間都合のいいことが起きると思わなければ、やっていけないのだ。
曰く、《明日は、必ずいいことがあるはず》理論である。だが、現実は《必ず起こるとは限らない》理論である。
そんなことを考えながら、辺りを見回していると驚くべきことに気がついたのだ。
(こっ、これっは!!!)
そう、僕は忘れていた。孔明くんが亡くなってから、元の世界で70年近く経っているので、忘れていたのだ。
(肉球にピンクの部分が残っている!!)
このピンクの部分が残っているかいないかで、肉球の印象は変わるのだ。
大部分は黒くなっているが、端の方に点々と、まるで、世界地図に載っている大陸のような形をしたピンクの部分が存在している。
(そういえば、孔明はいつまでも子供みたいだったな。)
この肉球を見ただけでも理解できる。
(孔明くんの肉球は、《孔明くんは、大人になったけど、心の中には、子供の頃のあどけなさが残っているんだよ》と、伝えているんだよなぁ)
そして、さらに、肉球にピンクの部分が残っていることによって、肉球を見るだけでも、孔明くんが可愛ゆき存在であると理解できるのだ。
僕はそんな孔明くんの肉球をプニュプニュしてみた。
(おお、懐かしきこの感じ)
表面はざらざらとしていて硬く、ところどころにひび割れがある。弾力があり、中はそれ程硬くはない。
(中はグニグニ、外はゴニゴニ)
表面は砂利道で中はグミのような感触のする肉球である。
すると、孔明が
(-_-#)「グゥゥ……グゥゥ……グガァ~ァ!」
呻ってきたのだ。どうやら、肉球に触られるのが嫌なようだ。
ついでに、鼻に皺がよっている。
(そういえば、孔明くんは肉球に触られるのが嫌いだったなぁ~♡)
でも、僕は触る。触るといっても、僕は夜に見る蛍の光みたいな見た目なので、他の存在から見れば、孔明くんの後ろ足が光って見えるに違いない。
すると、今度は……
ヽ(*`Д´)ノ「ガワゥッワゥ!」
孔明くんは前足を使って上体を仰け反らせ、後ろ足の肉球をプニュプニュしていた奴に噛み付いてきた。ついでに鼻には、皺がよりすぎて、深い溝の一本線が黒くプリチーな鼻まで伸びている。
だが、そんなことなど、どうでもいいことだ。この反応には、もっと重要な意味がある。
(孔明くんは僕が兄ちゃんだって気がついたんだね)
この怒ってから噛みつくまでの一連の流れは、孔明くんが前世で毎日しつこくてウザい奴にしていた反応だ。
どうやら、僕が同一人物だと気づいたらしい。
孔明くんは、前世では、玄関に家族以外の人が来ると、その人に向けて吠えるときには、鼻に皺が寄ってはいないのだ。
逆に家族には、鼻に皺を寄せて呻ったり、吠えたりしていたのだ。
それと、噛みつくまでの時間が長い。
この世界に来てから、2時間は経っていると思う。その時間の中で孔明は僕が(???)だと気づいたのだろう。
そうでなければ、時間をかけて噛みつくなどしないはずだ。呻る時間を作ることで、自分にとって、気にくわないことをやめる機会を作っているのだ。
これは、家族の中でも、孔明にしつこくてウザがられている奴にしか分からないであろう。
(孔明、ウーッ言わない、ウーッ言わない、ッあれ?)
そして、今更ながら、僕は喋れないことに気づいた。
口がないのに、どうして喋れると思ったのだろう。
(そうだ。孔明には声が聞こえないんだった)
そんなことを考えながら孔明くんの鼻の皺を全霊を使って伸ばす。
これは、ママに孔明が撫でられていたり、ママにブラッシングをされたりしているときに、僕がそばに行くと、孔明が呻ったり、吠えたり、鼻に皺を作ったりするので、ママが……
ママ「ウーッ言わない、ウーッ言わない」
と言って、孔明くんの鼻の皺を指で優しく伸ばし、孔明をなだめていたのを真似したものだ。
(よ~し、皺がほぐれてきた………あれ?)
なんと、一旦は、ほぐれた皺が再度盛り上がってきたのだ。
そして、僕は、この方法を自分が使ってはならないことに今更ながら気づく。
(あっぁッ!そういえば………)
そう、この方法は、ママだからこそ、できるのである。
家族の中で孔明が一番好きな存在で、家庭内全般のことを取り仕切る存在であり、僕と姉ちゃんも悩みがあれば、相談する存在である。
そんな存在だからできる芸当なのだ。
それに、プニュプニュしていた犯人がましてや、前世で、散々ウザかった奴が許してと頼んでいるのである。
もう一度、言おう。《散々ウザかった奴》である。
どんなに呻っても、噛み付いても、ちょっかいをかけてきた奴である。
(`Д´)「ガグワァウ!!!」
(きゃああああ!)
僕は、孔明にガブガブをされてしまった。
当然の結果である。