093話:クレイト内部事情
一〇〇〇年前の戦争の大敗から近代に至るまでに、歴代の皇帝はクレイトの行く末を案じて軍備はそこそこに、国力の回復と民たちの安定した暮らしを優先とした国政を行っていた。
しかも鎖国状態の自国の力だけで、長い時間をかけてひっそりとだ。
なぜそこまでしてか?
普通ならば数年経って色々と折り合いがついた頃に、相手国と交渉して講和条約なり不可侵条約なり結んで、互いにとってより良い方向へ向かうのが通例だろう。
しかしクレイトが相手した二つの国は、このフォーランド世界の中で最長の長寿を誇る亜人種、ドワーフ族の国だ。
短命な人族相手なら五〇年から一〇〇年も経てば世代も変わって当事者もいなくなり、感情面でも色々と交渉がしやすかろうが、約二〇〇〇年の長寿を誇るドワーフ族の中には、まだ一〇〇〇年前の戦争の当事者も数多くおり、一〇〇〇年経った今でも反クレイト感情を持ったドワーフたちは多い。
そんな国相手に自ら戦争を仕掛けて大敗し、今でも当事者が数多くいる現状で敗残国が納得できる交渉などできるだろうか?
結論から言えばノーだ。
講和条約の名のもとに幾分かの領地や財産の接収、軍隊の常駐など、数多くの譲歩を迫られるのは明白。
下手すりゃ無条件降伏なんてことも考えられる。
そんなことになった国をオレは知ってるけどね……。
まぁその辺りは置いといて……。
クレイトはそんな事情もあり、鎖国状態&自給自足の状況で頑張るしかなかったのだ。
この辺りはフォーランドで一番の繁殖力と、生に対する渇望が強い人間だからこそ成せる業なのだろう。
まぁとにかく、そんな経緯もあって、クレイトは自分たちの力だけで国を立て直すしか道が無かったのだ。
そして一〇〇〇年もの年月が流れて十分に国力も回復した。
あとはもう五〇〇年ほど辛抱して相手国、すなわちアルグランスとラドネスの世代が変わった折を見計らって水面下から交渉へ……というのが、歴代皇帝の思惑だったのだろう。
そんな歴史の流れからか、いつしかクレイトでは人族至上主義のような風潮は薄れ、実際なところ、多くのクレイト国民は亜人種に歩み寄る傾向が強かったそうだ。
しかし五〇年前に先代皇帝デルスが即位すると一転。
再び人族至上主義を大らかに掲げだして圧政を敷き、国税の大半を軍事力増強に費やし、相当な軍備を整えるに至った。
そして一〇年前。
デルス皇帝が死去すると、当時若干一〇歳だったデルス唯一の息子「マルス」がそのまま帝位に即位。
新皇帝マルスの名の下に、一部の門閥貴族たちが更に圧政を敷いて軍備増強を図ったのだ。
「幼き頃はデルス先皇帝の間違いを正し、人間と亜人種が仲良く暮らせる国にしたいと仰られていたのだがな……。人は変わるものだ……」
マルスが幼少の頃、教師を務めていたというオルソンが虚しげな表情でそう呟く。
マルス皇帝は帝位に即位するやいなや、人間が変わったかのように現在のような悪政を敷きだし、そしてとうとう開戦の火蓋を切った。
人間、幼かろうがそうでなかろうが、権力ってのを持ちだしたらそこまで増長しちゃうもんなのかねぇ? やだやだ……。
「私も子供の頃に皇帝陛下が即位する以前のお姿は何度か拝見しましたが、今の陛下はまるで別人だ……。あの頃のままでいてくれれば、今のクレイトはもう少しまともな国になってたのに…………くそっ!」
ディックはそう言いながら、やり場のない怒りを地面に転がっている小石にぶつける。
つまりだ。
一〇〇〇年もの時間と世代交代を経て、ようやく本当の意味での平和な国を目指そうと下準備が整ったところで、また同じ悲惨な歴史を繰り返しをしようとしているのだ。
そりゃ不平不満も溜まるってなもんですわな。
でもさ? 苦い過去を教訓とし、代々こういう平和主義で進んでいたのに、たった一代や二代でこうも激変するものかね?
普通、皇帝がそういうオイタを言い出しても、周りの貴族とかが何かしらの歯止めをかけるはずだ。
なぜ彼らはそれをしなかった?
しかもディックの話からすると、その周りの貴族たちも大半が人族至上主義を唱えているそうじゃないか。
その辺りをオルソンや、近くにいた老騎士などから色々と話を聞いてみると、一つ奇妙な話を耳にした。
今から五〇年前、先代皇帝デルスが即位したとほぼ同時に、とある人族の貴族が一族を伴って北大陸から亡命してデルスに取り入り、かなりの地位を持つようになったそうだ。
その貴族の家名はハイルマン。
あのペルマンの直系の家元らしい。
で、そのハイルマン家が来た頃から、デルス皇帝は豹変したかのように人族至上主義を唱え始めるようになったそうだ。
それから五〇年の年月が流れ、今では大半の上級貴族たちが皇帝の名のもとに人族至上主義を唱えて、再び戦争への気運が高まりだしたのだという……。
「恐らく先代皇帝陛下もマルス皇帝陛下も、そんな貴族どもに唆されていたのだろう……実に愚かしいことだ……」
「あのマルス様だけはそのようなことにはならないと信じていただけに、今は残念でなりません……」
オルソンとディックがそんなことを言いながら意気消沈する。
聞けばそのマルスって現在の皇帝は、幼いころは随分まともというか、かなりの人格者だったみたいだな。
それだけにこんな状況になり、その巻き添えを食らったみんなの心中たるやいかばかりか?
仕掛けた張本人が言うのもなんだけど、同情するわ。
とりあえず今のクレイトの状勢は概ね理解できた。
兎にも角にも、このまま放っておいたら今後もアルグランスの害になるのは明白なので、今回の一件は自重せず、チート能力全開で対処させてもらおう。
今週と来週の話ですが、週末に休日出勤が確定してしまい、その分執筆する時間が減ってしまいます。
出来る限り隔日更新を目指したいと思いますが、状況によっては二日空けてしまう可能性もあるので御了承下さい。




