092話:二人の騎士
ペルマン伯爵領の都市にマークたちを放って三〇分ほどが経過したので、オレとソルムは都市部南側の城壁門に向けて前進を始めた。
城門から現在地まで続いている道の両サイドは平原だが、マークたちに蹂躙されて怪我してたり戦意を喪失している騎士が相当数、疎らに散乱している。
その光景はさらがら野戦病院の様相を呈している感じだ。
……まぁなんというか……お気の毒様。
恨むなら、オレやアルグランスに喧嘩を売った皇帝やペルマンを恨んでくれ。
「しっかりして下さいヘイワード卿! 誰か! 回復できる者はいないか⁈」
重傷気味で口から血を流して倒れている中年の騎士を、若い騎士が介抱しながら叫ぶ。
倒れている中年騎士をAR表示で確認したら、どうやら肋骨が折れている様子だ。
マークたち、少しやり過ぎじゃないか?
まぁ死んではいないから怒りはしないが……。
すると若い騎士はオレと目が合ったかと思うと驚いた表情で剣を抜き、それをオレたちに向けて構えだした。
「か、仮面の少年⁈ 先発隊の奴らが言っていた神獣の主か⁈」
「ああ、そうだ」
オレはそう答えるが、当の若い騎士は剣を構えつつも脚を震わせている。
威圧スキルを飛ばしてるからな~。
どうやら若い騎士もオレとの実力差が理解できているみたいだ。
散乱している騎士たちも、オレの存在に気付くと逃げ出したり、諦めてその場に留まったりと様々だ。
まぁこれだけの戦力差を見せつけられたら、こうもなるわなぁ。
「ディック……私のことはいい…………逃げろ……」
「それはできません! 貴方を置いて逃走するなど騎士の名折れ!」
「このままでは殺される…………無駄に若い命を散らすな……。あの伯爵にそこまで義理立てする必要はない…………」
「誰があんな奴のために! 私は貴方のために戦うのです!」
なんか二人で盛り上がっているみたいだけど……。
でも少し気になることを二人が言ってるので、確認させてもらおうかな?
オレは少し威圧スキルを強め、ディックと呼ばれた若い騎士を硬直させる。
ディックは剣を構える姿勢こそ保ってはいるが、全身を震わせながら汗びっしょりだ。
別に取って食いやしないから、そのまま大人しくしてくれ。
オレはディックの横を素通りしながら、動けない中年騎士に近づく。
「や……やめてくれ…… 私の命ならいくらでも…………」
「別にそんなの要らないよ。☆☆…………回復」
「なっ⁈」
敵である中年騎士に回復魔法をかけるオレに対し、ディックは驚きの表情だ。
「お……おお…………痛みが……引いてゆく…………」
魔法をかけ終えて中年騎士の状態を確認してみたが、見事に骨折も治っているようだ。
本来回復の魔法は傷口をふさぐ程度の回復魔法だが、魔力制御スキルで少し魔力を強めにして行使すると骨折も治せるようだ。
とりあえず実験は成功だな。
「仮面の少年よ…………なぜ敵である私を助ける?」
全快してゆっくりと立ち上がる中年騎士は落ち着いた表情でオレにそう尋ねる。
とりあえず戦意は無さそうだし、威圧スキルも解除しておくか。
解除した途端、背後にいるディックは剣を構えたままガクンと両膝をつき、肩を上下させながら息を荒げる。
「ハァ…… ハァ…… ハァ……」
「無礼な貴方に手を下さなかった旦那様の御慈悲に感謝することですね!」
ディックにそう言いながら見下ろすソルムが辛辣だ。
「ソルム、やめるんだ」
「ですが旦那様……」
「それ以上の言葉は、やがて無意味な暴力に変わるよ?」
オレの言葉を聞いたソルムがハッとした表情で視線を下に向ける。
そう……。思いやりのない言葉を投げかけ続けると、それは積り積って相手の心を蝕み、いつか暴力に変わる……。
ソルムはオレを慕うが余りに、敵対姿勢をとったディックに対して辛辣になっているが、彼女は本来優しい娘だ。
今のオレには、彼女にそんな争いの火種になるようなことを言わせない義務がある。
無用な争いを生まないよう、その辺りはキチンと躾けておかないとね。
「申し訳ございません旦那様! 私が浅はかでした。どうかお許しを……」
「別に怒っちゃいないよ。でも今度から戦意の無い者にそういうことは言わないようにね」
「あっ………… はい………………」
オレに向かって頭を下げるソルムの頭を優しく撫でてやると、ソルムは一瞬驚いたが、そのあとは目を閉じて尻尾を左右に振っている。
マスク越しだけど、顔が少し赤くなってるのも解る。
多分今は調教スキルが炸裂中なんだろう。
ソルムの表情が凄く嬉しそうだ。うん、可愛い♪
「見たところ貴殿は人間で、そちらの従者は獣人のようだが……随分と仲が良いのだな」
「オレはアンタたちみたいに人族至上主義じゃないからね……」
「ふっ……人族至上主義か…………実に下らん主張だ……」
あれ? クレイトの人たちってみんなそうなんじゃないの?
「それは一部の門閥貴族どもが掲げているだけの主張だ……」
中年騎士の言葉に同調するかのように、剣を鞘に収めたディックがそう言う。
なんかクレイトの事情って、オレが思ってたより違う方向で根が深そう?
「おっと…… 今は敵対しているとはいえ、傷を癒してくれた恩人に礼の一つも言わぬでは格好がつかぬな……。私の名はオルソン・ヘイワード。仮面の少年よ、貴殿の神獣に傷つけられてこういうことを言うのもなんだが……助かった。礼を言う」
「オレの名はソーマ。こっちはメイドのソルムだ。……今都市で暴れてる神獣たちと縁あってアルグランスの世話になっているが、一応アルグランスには属していない自由人とでも言っておこう」
「まさか本当に神獣を従える少年が実在したのも驚きだが、よもや我が国が敵対してしまうとはな……」
「フン……! 大方、使者へ向かったペルマンのやつが、彼の怒りを買うようなことでもしたのでしょうよ!」
うん、ディック君、キミの仰る通りですよ。
しかしなんだろう? 見た感じ二人ともペルマンの配下だけど、相当鬱憤が溜まっているみたいな様子だな?
これはもしかして、平民や下級貴族などが今のクレイトの内政に相当な不満を抱えているって流れではなかろうか?
今のクレイトの内部状勢を探るためにも、もう少しこの二人から話を聞いてみようか。




