090話:プール攻め
デオンフォード侯爵領の都市を出て一時間ほどが経過した。
時刻は一四時を少し過ぎた辺り。
現在オレたちは最大戦速で走るマークたちに跨り、草原を駆け抜けながらクレイト帝国を目指している。
流石は神獣モードのマークたちといったところか?
さっき計測したら最高時速四〇〇キロに迫るスピードで、ぐんぐんとクレイト領地へ近づいている。
流石にこのスピードでは風圧でオレやソルムが飛ばされるんじゃないかと思っていたが、マークが風魔法の「防風」で風圧を遮ってオレたちの負担を減らしてくれていた。
そしてマーク、キャスト、ガドラの順で縦に並び、スリップストリームの要領で後続するキャストやガドラもぴったりとついてくる。
キャストに跨っているソルムも、その速さにこそ驚いてはいるが、風圧の影響は殆ど受けてない様子だ。
そして地図を確認すると、五〇〇メートル先にようやくクレイトとの国境線が見え出した。
「よし、ストップだ」
「「「御意!」」」
オレの号令でマークたちが徐々に速度を落として停止する。
地図と前方に広がる草原の景色を照らし合わせ、丁度坂道になっている丘の頂上が国境だと理解した。
つまり、この先を超えればオレとクレイトでの戦争が始まるって寸法だ。
地図で確認したところ、どうやら国境線直ぐにペルマンの領軍が待機しているようで、さっきようやくペルマンもそこに辿り着いたみたいだ。
自分の陣地に逃げ込んで今頃ひと安心しているんだろうが、こっちはマーカーで常に補足していたから動きが丸見えだ。
追いつかないように調整するのが面倒だったけどね。
じゃあ早速丘を上がってペルマン領の連中を片付けるとするか。
オレたちが緩やかな坂道を上って丘の上に到着すると、目の前は直ぐに下り坂だ。
そして坂道を下った辺りにペルマン伯爵領軍の先発隊、約五〇〇〇が左右二手に分かれ、綺麗な四角の陣を描いて待機していた。
本当にアルグランスに攻め込むつもりだったみたいだな……。
そして騎馬に乗った騎士がオレやマークの姿を確認すると、なにやら大きな笛のような楽器を鳴らして軍全体にそのことを知らせる。
ほほう? 向こうもやる気満々の様子だな。
じゃあ早速、挨拶代わりにいっちょ食らわせてやろうかいな?
「マーク、前方の陣と陣の間に雷を落とせ」
「御意! ウワォオオオオオンンンン!!」
マークの遠吠えと共に、敵陣の頭上から一閃の落雷が地面に直撃する。
その衝撃は凄まじく、深くはないが直径一〇メートルほどのクレーターを作り上げた。
敵陣の兵士たちからはどよめきの声が上がっている。
ふふふ、驚いてる驚いてる。
「マーク、風魔法でオレの声を拡張してくれ」
「御意! ◇◇……拡声」
これでオレの声がこの付近一帯に届くようになった。
じゃあ正式に宣戦布告をいきますか。
「クレイト帝国に属する全ての王族、貴族、騎士並びに兵士諸君に告げる! 貴様らの皇帝とその家臣は、愚かにもこのオレに刃を向けたどころか、オレの従者を傷つけた。よって今からオレとその僕たちが貴様らに制裁を与える。先の落雷はほんの挨拶代わりだ。次は本気でゆく。さあ、命知らずの愚か者はかかってくるがいい!」
………………ぷっ……ぶわっはははは!
いっぺんこういうの言ってみたかったんだよな~♪
いや~ 実に痛快痛快♪
漫画やアニメの悪役の気持ちがすげぇ解るわ。
コレはちょっとクセになりそうだ♪
まぁ本気でやったら魔王コース一直線なのでやらんけど。
「じゃあみんな、前進!」
「は、はい!」
「「「御意!!」」」
オレたちはどよめきの声を上げるペルマン領軍に向かって、ゆっくりと歩きながら丘の坂道を下ってゆく。
「主様、まずは我が先陣をきりましょうか?」
「いや、向こうが何かするまではこのままでいい」
「御意」
マークの息が少し荒いようなので、ここは静止させて落ち着かせる。
なんせ初めての本気の戦いだ。
マークも少し興奮気味なんだろう。
おっと、もう一度あのことを念押ししておかないとな。
「もう一度確認のためにも言っておくけど、無闇に殺生はするな。相手が命を賭してでも立ち向かってくる場合にのみ、殺生を許す。いいな?」
「「「御意!」」」
「そしてキャスト。お前はできるだけソルムから離れず、彼女を守ってやれ」
「仰せのままに! ソルム、私から離れないで下さいね」
「うん、解った! お願いね、キャストちゃん」
そんな話をしながら坂道を下っていると、前衛から弓兵が現れ、オレたち目がけて無数の矢を放ちだした。
「◇◇…………風!」
オレの唱えた風魔法に少し魔力を操作して注ぎ込むと、それは猛烈な突風となり、迫る矢を全てその場で叩き落した。
「な……なんだあの仮面の少年は?」
「あんな強烈な風魔法……見たことないぞ?」
「お、俺たちは一体何と戦っているんだ⁈」
領軍兵士からそんな声が聞こえてくるが、オレたちはお構いなしに坂道を下り…………そして領軍の目と鼻の先まで来て静止した。
さっきから威圧スキルをガンガン飛ばしていたので、騎士も兵士もみんな震えて動けない状態のようだ。
「どうも、ペルマンの兵士諸君。早速で悪いんだけど、皆さんには退散してもらうから悪く思うなよ。■■……穴!!」
「「「「「「「「「「うわぁああああ⁈⁈」」」」」」」」」」
オレが土魔法を唱えると、その瞬間、視界に入る前衛五〇〇〇の兵士たちの地面を深く空けて全員そこに叩き落した。
深さは大体三メートルほど。
簡単にいえば、深さ三メートルの超デカいプールを瞬時に作った感じだ。
魔力操作と魔力制御のスキルを駆使し、オレの膨大な魔力を操って実行してみたけど大成功だ!
何人かは落ちた拍子で軽い怪我もしてるみたいだけど、死人は出てないな。
じゃあ次だ。
「どうだい? 特大の落とし穴に落ちた気分は?」
まぁ解っちゃいたけど、返事は帰ってこない。
威圧スキルの影響と、この突然現れた落とし穴のインパクトで誰も状況が理解できてないだろうからな。
では次は水で目を覚まさせてあげよう。
「じゃあ今からこの大穴に水を投入しま~す。溺れたくなかったら、身に付けている鎧や武器、防具などの重い物を手放すのをお勧めします。警告はしたからな~。▽▽…………水!!」
人差し指を大穴に向けながら水魔法を唱えると、指先からチョロチョロと水が出てくる。
その光景に安堵した兵士もいたみたいだが……甘いよ?
少し指先に魔力を集中し、それを巧みに制御する……。
そう…………氾濫する濁流のような大量の水のイメージ…………。
すると水の出てくる量が徐々に増し、次の瞬間、指先から信じられないような大量の水が出て……いや、噴出した。
轟音を鳴り響かせながら流れ出る大量の水は、徐々に穴の中に溜まりだし、今はもう兵士たちの膝下まで溜まりだしている。
「よ、鎧を脱げ! このままじゃ溺れるぞー!」
「にっ、逃げろ~~!!」
どこに逃げるんだよ? 空でも飛べない限り、助かる道はただ一つ。重い武装を手放して水に浮かぶしかないっての。
カナヅチの奴は…………なんとかしてくれ。
そして大量の水を大穴に注ぎ込むこと約五分。
五〇〇〇人の兵士を落とした巨大穴になみなみと水が満たされた。
水面に浮かんでいるのは武装類を外して布の服だけの兵士だけ。
穴底には放棄された鎧や武具が沈んでいる。
「みんな武装を解いてくれて感謝する。コレはほんの小手調べだけど、どうする? まだやるかい? 言っとくけど次は……こんな水遊びじゃ済まさないけど?」
そう言いながら、またも威圧をビシバシと飛ばす。
すると水に浮かぶ兵士も、穴から這い出てきた兵士も全員その表情を青ざめさせ、その場から散らばるように逃げ出した。
「逃げろ~~~!!」
「ば、化け物だ~~!!」
「い、命ばかりはお助けを~~!!」
なんか散々な言われようだな……。
まぁとりあえず、初戦は無血占領ってことでいいかな?
そんなことを思いながら後ろを振り返ると……。
「ガ……ガドラくん…………キミの土魔法でも…………」
「うん! あれは無理だよ! ソルムお姉ちゃん」
「付け加えると、母上でもあの量の水の放出は無理です」
「ハッハッハッ! 実に痛快でしたぞ! 主様!」
呆気にとられるソルムと、誇らしげな表情のマークたちの姿があった……。
うん……まぁ……自重しなきゃこうなるよね……




