078話:東大陸状勢と先王会の思惑(改稿)
途中から視点が三人称となります
追記 2020/01/05
説明不足な点なども含めて、少し修正しました。
物語の流れ自体は変更ありません。
雷の月の九日。
王都エトロスタンを出発して四日が経った。
昨日で西側の海岸線を走破したので、今はそこから東へ向けて内陸へと向かっている。
今は北側にラドネス王国という、アルグランスと同じドワーフの治める国との国境線沿いを走っているところだ。
だが、その国境添いはほんの二〇〇キロほどで終了。
そこから北側の国境線は全て、クレイト帝国という人間の治める国との国境線となる。
ラドネスはアルグランスと一応国交はあるが、ほぼ貿易だけで友好国というスタンスは取っていない。
武と誓いを尊ぶアルグランスと違い、ラドネスは信仰と祈りを尊ぶ文化形態の違いがあるからだ。
だけど同じドワーフ族同士の国ってことで、無意味な争いはせずに貿易程度で、あとはお互い不可侵で行きましょうって感じらしい。
スンマセン……ドワーフ族って脳筋種族だとばかり思ってました……。
で、今の北側の国境線はクレイト帝国ということになっているわけだが、この東大陸で一番厄介な国ってのが、このクレイトだったりするらしい。
と、その前に、まずはこの東大陸に存在する国と、その御国事情を説明せねばなるまい。
大陸で一番の面積と最大の武力を誇り、東大陸で最古の歴史をもつドワーフ族の国。
武と誓いの国「アルグランス武王国」。
その北に位置する、東大陸最大の人口密度を誇る人間の国「クレイト帝国」。
クレイトの北西に位置しながらも、細長い西海岸沿いの領地でアルグランスと繋がっている、信仰と祈りの国「ラドネス王国」。
アルグランスの東に位置し、天王と呼ばれるオーガの王と数百名の議員が行政を管理している、独自の文化形態を持つ他種族混成国家、魅惑の国と呼ばれる「カスガ国」。
アルグランスの南に位置し、東大陸二番目の面積を誇る人間の国。
自由と平和を謳う南国の楽園「ファーベスト王国」。
ファーベストの東に位置し、多くの木々や草花に包まれた大森林を領地とするエルフの国「セイル森国」。
以上がフォーランド東大陸に存在する六カ国だ。
で、ここアルグランスは、ファーベストとセイルとで三国同盟を結んでおり、概ね友好的なお付き合いをしている。
カスガも比較的友好的で、主にアルグランスと交易をしてはいるが、他国との同盟を主張する講和派と、同盟には組せず独自路線を貫こうとする保守派に二分し、今もその方向性を巡って議論が行われているそうだ。
とまぁ、ここまでが東大陸の大まかな御国事情だ。
で、話を戻すが、なぜにクレイト帝国が厄介な国かというと、人族至上主義国であることが挙げられる。
要は「人族こそがこの地上を支配する優良種である。よって人族以外の亜人種はクレイトに隷属せよ」って感じのアレ。
……いやもう「アレ」としかいえずに嘲笑する他ないわ。
やっぱりこのフォーランドにも、こういうテンプレな国あったんだね。
いやもうほんと、お約束過ぎて笑うしかないわ。
だが侮るなかれ。
クレイトは東大陸で三番目であるが、ファーベストとほぼ同等の領地面積を誇り、しかもその人口は約五億人。
アルグランスの人口のおよそ四倍にも相当するのだ。
しかも国税の大半を軍事力に注いでおり、数だけでいえば、その軍事力は東大陸随一といえるのである。
普通そこまでの軍事力を蓄えていたら、アルグランスやラドネスに攻め込みそうな感じがするのだが、そうしないのにも実は理由があった。
クレイトは今から一〇〇〇年ほど前、つまりアリオス爺が現役バリバリの武王時代に、アルグランスとラドネスの両ドワーフ国を侵略しようと戦争を仕掛けたことがあったのだ。
ちなみに結果は大惨敗。
純粋な武力でぶつかれば、ドワーフ族に並ぶ種族は数少なく、ひ弱な人族など、文字通り一蹴で蹴散らされる。
しかもアルグランスは武の国。
一般兵士でも一騎当千の猛者揃いな上に、当時世界最強の一人とまで言われてその名を轟かせていたドランと、あのアリオス爺が男盛りの全盛期で猛威を振るうのだ。
その時の光景は想像に難くないだろう。
ならばアルグランスより小国のラドネスを。
と思えば、ラドネスの誇る武装修道兵を筆頭に、発達した土魔法で防御陣をあちこちに築いて進行を遅らされ、ひとたび兵が傷つけば、これまた発達した光魔法で瞬く間に癒して戦線復帰といった感じで、魔法に乏しいクレイトからすれば、正に負のスパイラル。
しかも隆起の激しい地形も相まって進行は更に進まない。
そんな長期戦の行き着く果ては無様な敗走だ。
碌な回復手段もなく、兵糧も底を尽いたクレイト軍は大きな傷痕だけを残して撤退。
しかも追い打ちをかけるように作物の不作により大飢饉が発生し、当時最高潮を誇っていた七億を超える人口は二億にまで減少したそうだ。
そんな感じで大きな傷痕を残したクレイトはそれ以降、アルグランスとラドネスとは国交を閉ざし、それから今までの一〇〇〇年という長い時間をかけて着実にその人口……言うなれば兵力を回復させて現在に至る。
そして、それまでの間は比較的温厚な皇帝の代が続いていたらしく、まったくと言っていいほど争いは無かったが、丁度五〇年前、つまり先皇帝の代辺りから、また人族至上主義と東大陸制覇を大々的に掲げて軍事力を増強し、現皇帝の代に入ってからは、またアルグランス北側の国境付近で小競り合いが起こり始めていたらしい。
だが、その小競り合いもここ数日の間ですっかり鳴りを潜めて膠着状態に入ったそうだ。
原因はオレ。
アルグランスに神獣を従えた少年の来訪。
その話は東大陸諸国にあっという間に広がり、クレイトを除く各国はアルグランスと密に連絡を取り合うようになり、それまでイキっていたクレイトは突如沈黙しだしたそうだ。
一頭で一国を亡ぼすと言われる神獣四頭と、それを従える謎の少年の突然の出現に、東大陸は今大きく揺れている……。
「――というのが、この東大陸の今の状勢と、お前に置かれている状況だ」
「マジですか……」
ダイルの解説を聞き、軽く眩暈を起こすオレがいた……。
「そのクレイトとかぬかす国……我が盟友であるライラの国を脅かすとは気に入りませんな……。主様、その国、滅ぼしますか?」
「それは良い提案です、マーク様! あの国って獣人の扱いも凄く酷いんですよ! ホントどうにかしていただきたいです!」
「やめ~~っ!」
物騒なことを言いだすマークと、それに同調するソルムを全力で止める。
マークも友達思いなのは良い事だけど、短絡過ぎるだろまったく……。
ハァ……早くこのクレイトの国境添いを抜けたいよ……。
それまでの間に面倒なことが起こらないことを切に願う!
そんなことを思いながら、アルグランスの北側を守るデオンフォード侯爵領に入った。
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雷の月の一七日。
ソーマが王都を発って一二日目の昼間。
アルグランスの王都エトロスタン東側の外れに、とある森がある。
そしてその森の中には、アリオスと一部の関係者した知らない、名目上は保養地とされている小さな館があった。
そして今、その館の一室にはアリオスの他に、四人の人物の姿があった。
アリオス以外の人物の外観だが、まずは白髪と白鬚を蓄えた人族の男性。
続いて鮮やかな金髪の長い髪をなびかせる美しいエルフの女性。
その横に座すのは、身長三メートルほどの大きな巨躯を誇り、頭に一本の角が生えた赤い肌を晒すオーガの男性。
そしてアリオスに負けず劣らずの逞しい体つきをしながらも、実に温厚そうな表情を浮かべるハイドワーフの男性。
共通して言えるのは、エルフの女性を除く四人がアリオスを同じような初老の男性ということだ。
「各々方。まずは急な招集にも関わらず、よくぞ遠路はるばるお集まり下さった。このアリオス、深く礼を申し上げる」
「いやいや、むしろ今回は早急にお呼び下さって本当に助かりますじゃ」
「ええ、わたくしからもお礼申し上げますわ。アリオス殿」
アリオスの言葉に、人族の老人、ファーベスト王国の先王カルスと、セイル森国の先女王レクレアが深々と頭を下げる。
「それと、此度は同盟国でないにも関わらず、カスガ国のタイザン先天王陛下、並びにラドネス王国のユン先王陛下にも御同席いただき、感謝の極みにございます」
「お止め下されアリオス殿。こういう席があるとは先代から聞き及んでおりましたが、まさか本当に存在していたとは驚嘆の至り。此度は私めにもお声をおかけ下さり、感謝の念に絶えませぬ」
「ええ、私と貴方がこの「先王会」の場に同席させていただけるとは、思いもしなかったことですからのう。してアリオス殿、此度のこの会合の件ですが……」
見た目の厳つい風貌と巨体に似合わず、実に紳士的な振舞いで深々と頭を下げるタイザンとそれに同調するユン。
そしてユンから質問の言葉が投げかけられると、皆の視線がアリオスに集中する。
「各々方のお察しの通り、此度は先王会始まって以来、過去最大級の議題についてですじゃ! 最早同盟国とかそうでないとかは問題ではない。今この東大陸における大問題について協議したく存じる! そう! 我が国の賓客、神獣を従えた少年ソーマについてですじゃ!」
「先王会」
それは東大陸で王位を退き、隠居の身となった先王たちが集う、いわば老人会のことである。
その歴史は五〇〇〇年ほど前から。
東大陸が現在の国家形態に落ち着いた辺りからの話になる。
現在はお国事情で三国同盟だけでの会合となってはいるが、発足当時は東大陸六国家の先王が集い、時には国を動かすほどの協議を、時には道楽に勤しんでいたりもした。
そんな先王会の存在意義とは「老後の暇潰し」が大前提となる。
それゆえ、先王会の面子が集う時の理由は大抵「遊び」が基本となり、ここ近年は殆ど三国同盟の三者で会食しながらの近況報告会が主だった内容であった。
だが、今回はアルグランス以外の国も見過ごすことができない内容なだけに、クレイトのみ不参加となっているが、久しぶりに大所帯での会合となった。
「――と、以上がワシの知るところのソーマという人物の人となりですじゃ」
「ほほう……人族でありながら獣人族どころか亜人種に対しても偏見がないと……」
「それはなかなか見所がありますわね」
「それに見知らぬ多くの知識の話や、我がカスガ特産のビネルガを使った料理の話も実に興味深い」
「神獣を従えているという点でも敵対は御法度……。できれば我が国も友好的なお付き合いを願いたいですな」
「そこでどうじゃろうか? 特にカスガとラドネスに関しては、我らと特に因縁もなく、ちょっとした文化の違いで友好的ではないにしろ、敵対はせずに今もこうして交易をしておる。この際お互いに歩み寄るという意味も込め、我らと同盟を組んでクレイトを牽制するというのは?」
「クレイトか……我が国も北側が接しておるゆえ、些か目障りな国ではあるな……。今の御時勢で人族至上主義など馬鹿げておる」
「一〇〇〇年前の戦を思い出しますのう……。最近の皇帝はかなりの主戦派の様子じゃし、また悪さを仕出かす前に動きを封じるには効果てきめんの提案ですな」
「我ら三国にカスガとラドネスが加わった上に、神獣と神の使徒と思しき少年の助勢が得られれば……」
「クレイトを牽制するどころか、同盟に取り込むことも容易くなるかも知れませんわね。もしそうなれば、東大陸の全体的な強化にも繋がり、他大陸でも一目置かれましょう」
アリオスの提案に各々があらゆる感想を述べると、全員少し悪そうな表情を浮かべて頷き合う。
こういう企てをしたくなるほど、今のクレイトに対して皆も快くない感情を持っている様子だ。
「しかし各々方、ソーマは無益な争いや国政に巻き込まれるのは好まぬ。くれぐれも我らにその矛先が向かぬようにだけは、重々に御注意召されよ」
「「「「承知!」」」」
ソーマの思わぬところで、東大陸は大きく動き出しそうな様相を見せていた。
と思われた矢先、この先王会の密室に、アリオスの側近を務めるエルナイナが血相を抱えて飛び込んできた。
「突然の入室の御無礼、平に御容赦を! 先武王陛下! 一大事! 一大事でございますわ!」
「何事じゃエルナイナ! 騒々しい!」
「クレイト帝国が、その軍の全ての武装を解除! ソーマ殿宛てへの謝罪を述べた詫び状を携え、我が国と講和を求めて使者団が参っております!」
「「「「「……………………ハイ?」」」」」
訂正。
東大陸は既に大きく揺れ動いていた……。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
今回をもって、今年中の更新を終了とさせていただきます。
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次回更新は年が明けて1月6日からの再開ということで、どうぞ宜しくお願いします。
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