073話:見送り
雷の月の六日。
朝食を終えたオレは、屋敷の中庭で神獣モードのマークたちに鞍を取り付けている。
高速移動するマークたちにそのまま跨るってのも、流石に色々と不都合あると思ったので、昨日はこれの制作にそれなりの時間を費やした。
競馬関連の雑誌や、屋敷所有の馬車の馬に使う鞍を参考にしながら錬金術と裁縫スキルの併せ技で作ってみたが、後橋は少し高めにして軽く背もたれできるようにし、取っ手や鐙(足を乗せる部分)も取り付けてあるので、これでそうそうのことでは振り落とされることもないだろう。
「どうだマーク? キャストやガドラも苦しい箇所があったら遠慮なく言えよ」
「主様のお作りになられたものに間違いなどありませぬ!」
「はい、まったく問題ありません!」
「ぼくも平気だよ~。へへ♪ なんだかぼくたちの服みたいでカッコイイ♪」
三頭とも、オレが作った装備品ってことだけでなんだか嬉しそうだ。
いや、そういうことを聞いてるんじゃないんだけどね……。
まぁとりあえず、問題ないならいいか……。
固定用ベルトの締まり具合の確認も済んだので、これで出発準備完了なんだが……。
「な、なあソーマ? この服、やっぱ少し変じゃないか?」
オレが作ったライダースーツやヘルメットを装備したダイルが、体のあちこちを見ながら落ち着かない様子だ。
まぁ……かなり近代的なレーシングスーツ仕立てにしたからねぇ。
準和風な衣服文化のアルグランスの人たちにとっちゃ、かなり違和感あるんだろうな。
でも騎士の甲冑なんかは普通に西洋風なんだよね? わけわからん。
「そんなことないよ。ダイルは体型がしっかりしてるから思ったより似合っててビックリした」
「そ、そうか? ならいいんだけどよ……」
チョロいなぁ……。
でもさっき言ったことは本心だ。
ダイルはハイドワーフの男性陣の中では程良く均等に鍛えられ、バランスの良い体型をしているので、その良さがしっかりと浮き出ている感じで実に似合っている。
「旦那様の仰る通りです♪ 実によくお似合いですよ、マクモーガン卿」
そうダイルを褒めるのは、これまたピッチリとライダースーツに身を包んだソルムだ。
オレやダイルのはレーサー寄りのデザインにしたが、ソルムのはやはり女性ってこともあって、某不〇子ちゃんよろしく、ナイスバディを強調した黒一色の本革製ライダースーツにした。
うん、長身の我儘ボディが実に扇情的……もとい、健康的で良い!
勿論各部に金属プレートや厚皮を仕込んでいるから、安全性もしっかりと確保してある。
狼耳型ヘルメットも相まって、ナンか某死神ライダーさんみたいになってしまったな……。今度大鎌持たせてコス写真撮りたい。
「確かソルムだったか? できれば旅のあいだだけは名前で呼んでくれ。家名で呼ばれるのは堅苦しくてあまり好きじゃないんだ」
「かしこまりました。では今後はダイル様とお呼びさせていただきます」
「すまんな。獣人族が一緒なら野営も心強い。数日の間だがよろしく頼む」
「はい。こちらこそどうぞ宜しくお願い致します」
お互い挨拶も済んだし、出発の準備は整ったんだが……。
「ライラのやつ遅いな…… なにやってんだ?」
正門前の中庭には準備を終えたオレたちや、見送りに屋敷の使用人が勢揃いしているのだが、見送りに来るはずのライラがまだ到着していない。
そのまま無視して出発してもいいんだが、そうしたら確実にあとで文句言われそうだから、ここは大人しく待機するか……。
と、思ったら、ようやく王家御用達の豪華な馬車が二台やってきた。
見送りとしてライラとアリオス爺の王族と、シルフィー、エルナイナの近衛騎士。
メイリン女史、リゼット女史、エキルス女史のメイド副長三人衆。
そしてサタが来てくれた。
「主様、くれぐれもお気を付けを」
「ありがとうサタ。オレが留守の間、王妃様やみんなをしっかりと守ってやってくれよ」
「はは! この命に代えましても! あなた、キャスト、ガドラ。 貴方たちも主様を守り、立派に務めを果たすのですよ」
「フン! お前に言われるまでもない。サタの方こそ、主様の命をしっかりと務めるのだぞ……」
「お任せ下さい母上!」
「母上もがんばってね♪」
そんな感じにマークがサタに対して減らず口を言うが、当の二頭はそのあと何も言わず、目を閉じながら数回お互いの鼻を突きつけ合う。
なんだかんだで仲睦まじい夫婦だ。
こういう仕草に言葉以上の信頼関係を感じるよ。
ハハハ、少し妬けるね。
「ダイルよ、ソーマやマークたちがおるから心配はしとらんが、自国とはいえ長い行程の旅でもあるので、くれぐれも用心してかかれよ」
「承知しましたアリオス陛下! 御忠告、痛み入るっス!」
「それにしてもマクモーガン卿~ その恰好なんなんですの?」
「ソーマが作った装備服らしいんスけど……やっぱ変っスかね?」
「ふむ……なんとも不思議な装備服じゃのう?」
「ですが、かなり頑丈そうな作りには感じますわね……」
ダイルを見送りにきたアリオス爺とエルナイナは、今のダイルの姿に少し苦笑い気味だ。
折角なので、二人にライダースーツの特徴を色々と解説して上げると、その合理性の高さに驚きの声を上げるばかりだった。
空気抵抗まで考慮した服という発想自体が斬新だったようだ。
「ソルム。ソーマ様に粗相のないよう、しっかりと務めを果たしなさい」
「はい、メイリン姉様。頑張ります!」
「体調にも十分注意するのですよ。あなたは少し張りきり過ぎるところがあるのだから、そこだけが心配だわ……」
「リゼット姉様も御心配なく。どうか安心して吉報をお待ち下さいまし」
「しかしソルムがソーマ様の御側役なんて羨ましい限りだわ。出来ることなら私に代わって欲しいくらい……」
「ええ~⁈ いくらエキルス姉様のお願いでもそれだけはダメです!」
「どうしても?」
「う……ダメったらダメなんです!」
「ざ~んねぇ~ん」
向こうではソルムを見送るメイド副長三人衆の姿がある。
エキルス女史に交代を迫られ、全力で拒否するソルムの仕草が実に可愛らしい。
ハハハ、本当に仲の良い姉妹たちって感じだね。
「ソーマ様、まだまだ未熟な妹ではありますが、ソルムのこと、どうか宜しくお願い致します」
「「宜しくお願い致します」」
メイリン女史がそうオレに告げると、他の二人も続けてカーテシーの姿勢でオレに頭を下げる。
「はい、ソルムは絶対無事に帰しますから安心して下さい」
「それを聞いて安心です…… それと……」
「それと?」
「例のあの子たちの制服の件、くれぐれもお忘れ無きよう、伏してお願い申し上げます……」
オレがソルムの安全の保障を伝えると、その時はメイリン女史も安堵の表情だったが、次の瞬間鋭い目つきでオレにそう告げる。
そんなにこのメイド服が気に入ったのか……。
メイリンさん……少し怖いです……。
で、肝心のライラとシルフィーなんだが――
「おお~~ソーマどの~~ 気を付けて行くのじゃぞ~~」
「どうか御無事でお戻りになりますようにぃ~~」
――二人とも目の下にクマを作って、頭がフラフラと左右に揺れていた……。




